「双葉町の所有地で30年にわたり大切にしていた梅の木など4本を請戸川土地改良区に無断で切られてしまいました」
こう憤るのは、郡山市在住の年配男性・Sさんだ。
Sさんはもともと双葉町で自営業を営んでいたが、原発事故以降は郡山市で避難生活を送っている。中間貯蔵施設内にも農地や山林を所有しているため(※Sさんは用地売買、地上権設定などの交渉に応じていない)、2022年11月6日に一時帰宅した際に様子を見に行った。そうしたところ、長年大事にしてきた立ち木が切られており、周辺を通る用水路周辺の草刈りが行われていた。
一体誰が切ったのか。町役場などに確認したところ、請戸川土地改良区(管轄=南相馬市小高区、浪江町、双葉町)が用水路周辺の草刈りをしていたことが分かった。中間貯蔵施設内での業務ということで環境省が担当し、現場での作業は大手ゼネコンとその下請け業者が担った。同4、5日に作業し、切った立ち木はフレコンバッグに入れて廃棄していた。私有地の立ち木を切ってしまった原因は、同改良区の職員が土地の所有者確認を忘れ、環境省に「周辺の土地は改良区の用地だ」と伝えたことだったという。
大切にしていた立ち木を切られたSさんの怒りと精神的ダメージ、同改良区に対する不信感は大きく、電話や文書を通して繰り返し抗議した。それを受けて、同年11月には同改良区の泉田重章庶務会計理事ら3人がSさんの自宅を訪ねて謝罪。さらに2023年7月には同改良区の理事長を務める吉田栄光浪江町長もSさんの自宅を訪ねて謝罪した。
同改良区は立ち木を補償する方針を示したが、4本分で8万円と、Sさんの想定を大幅に下回る金額だった。そのため、Sさんはさらに態度を硬化。封書などを通して同改良区への原因究明・責任追及を続けた。Sさんはそもそも放射能汚染が激しかった帰還困難区域での営農再開に反対の立場で、用水路の手入れをすることをナンセンスと感じていたこともあり、同改良区との交渉は平行線をたどった。
そんなSさんだったが、今年6月までに同改良区と和解したという。同改良区に事実確認したところ、担当者が「こちらの確認ミスで誤って民地の立ち木を切ってしまいましたが、弁護士を通して補償金をお支払いすることが決まり、解決に至りました」とコメントした。
Sさんは「こちらの要望する金額を受け入れてもらい、問題を長期化させても仕方がないので和解に応じた」と話した。その一方で、「用水路周辺の地権者に何も知らせず草刈りを行い、ミスで大切な立ち木を切られたのはやはり納得できない。公共事業を行う際は地権者から同意を得るのが当たり前。『周辺の土地の地権者を事前にチェックしておいた方がいい』と全く思わなかったことが問題であり、改善すべきだと思います」と話した。
同改良区に関しては、本誌2020年5月号で、当時の事務局長によるパワハラが横行し、精神的ダメージを受けて退職する職員が続出していることを報じた。立ち木が切られた2022年11月ごろと言えば、この事務局長がまだ在籍していたころ。ガバナンスが機能していない中で、確認不足のまま作業を進めてしまった可能性も考えられる。
なお双葉郡内では、Sさんのほかにも「公共機関の間伐事業を受け入れたら、事前に打ち合わせしていた以外の木が切られた。気付いたときには手遅れで、結局泣き寝入りした」という声も聞かれる。そうした問題についてはあらためて次号以降で詳報したい。
