「イクボス」という言葉をご存じだろうか。「育児」と「ボス」を組み合わせた造語で、部下が仕事と家庭を両立できるように支援・配慮する上司のことを指す。福島県では働きやすい職場環境づくりを推進するため、「イクボス宣言」する企業を募っている。
イクボス宣言
福島県の労働者一人当たりの年間総労働時間平均(パートタイム労働者を含む)は全国平均を100時間程度上回る水準で推移し、所定外労働時間の平均も全国平均かそれを上回る水準で推移している。
労働政策研究・研修機構の調査によると、就業者のうち25・8%がメンタル面で不調を感じていると回答しているが、週実労働時間90時間以上の就業者に限っては、37・5%が不調を訴えている。
すなわち県内労働者はメンタル不調のリスクを抱えているということだ。長時間労働を続けていれば、生産効率の低下、労災事故発生、過労死につながるリスクも高まる。大学生の就職意識調査では、「生活と仕事を両立させたい」という傾向がみられ、長時間労働の問題を放置すれば、人手不足の解消にも影響を与える。
とはいえ、企業が労働時間を減らすためには、労働者一人の取り組みではなく、休暇の取得促進、所定外労働時間の削減、一人休んでも対応できる仕組みの構築や生産性の向上、職場環境・待遇改善などに組織単位で取り組むことが求められる。これらを実現するためには、まず経営者・管理職がワーク・ライフ・バランスに関心を持ち、リーダーシップを持って取り組むことが不可欠だ。
そうした中で、福島県が力を入れているのが「イクボス宣言」の取り組みだ。イクボスとは厚生労働省が提唱している理想の経営者・管理職像で、部下の育休取得や短時間勤務などがあっても、業務効率を上げて仕事と私生活を両立できるよう配慮し、自らも仕事とプライベートを充実させる――というもの。組織のトップがワーク・ライフ・バランスを実践していくことで、その考え方が周囲に広まり、企業全体に浸透していくという考え方だ。
福島県では県内企業を対象にイクボス宣言を行う企業を募っている。県のホームページによると、イクボス宣言企業は3月末現在、764事業所に上る。宣言の方法や内容に決まりはなく、県雇用労政課に宣言書を送付することで、宣言企業として認められる。
イクボス宣言をした後は具体的に働き方の見直しを行う流れとなる。一例を挙げると▽残業せずに業績を上げるための方策を検討、▽従業員の家庭生活に配慮した有休取得の促進、▽部下の心身の健康面に配慮する――など。これらを実行していくことで、①優秀な人材の確保、②離職率の低下、③人件費や光熱費などコスト削減、④風通しの良い職場環境・雰囲気、⑤従業員の仕事へのやりがいやモチベーションアップ、⑥労働生産性の向上、⑦企業評価の向上、⑧新卒の就職希望者の増加――といった効果が期待される。
実際にイクボス宣言した企業はどのような取り組みを行っているのか。
棚倉町の藤田建設工業は2017年9月、藤田光夫社長(当時)が「従業員のワーク・ライフ・バランスを考え、男女問わず、育児や介護など時間制約のある社員を含む全ての従業員が、安心して生き生きと働き続けられる職場環境づくりを目指す」として、イクボス宣言をした。

「該当する女性社員の育児休業取得はもとより、男性社員が育児休業や短時間勤務などを利用し、積極的に育児に関わりながら仕事と育児の両立を図ることで、これまでの業務の進め方を見直すきっかけになりました。個人及び組織として時間管理能力や効率的な働き方が定着し、職場の結束が強まったと感じます。また、短時間勤務の代替措置として、テレワークを行えるように就業規則を改定しました。今後は、育児だけでなく、介護に直面する従業員も増えてくることが予想されるため、早い段階での情報提供や、意向確認の実施を積極的に進めていきたいと考えています」(同社担当者)
福島市のテレビユー福島でも昨年5月10日、イクボス宣言を行った。

「働きやすい職場環境を整えるための第一歩として申請しました。現在は育休からのスムーズな復職を促すため、外部保育園と提携しているほか、さまざまなハラスメントに対応するため、外部にハラスメント窓口を設置しています。今後はハラスメント防止研修を行い、より働きやすい職場環境を目指していく考えです」(同社総務部担当者)
企業への支援制度
県では「イクボス宣言」に関する取り組みと併せて、ワーク・ライフ・バランス実現に向けた取り組みをサポートするための支援制度も充実させている。
「次世代育成支援企業認証制度」として、▽「働く女性応援」中小企業認証(女性の活躍支援や男女がともに働きやすい職場環境づくりに積極的に取り組む中小企業を認証)、▽「仕事と生活の調和」推進企業認証(仕事と生活のバランスが取れる働きやすい職場環境づくりに向け、総合的に取り組む企業を認証)という2つの認証制度を設けている。
これらの認証を得ることで、①企業のイメージアップ、②優秀な人材の確保、③「働きやすい職場環境づくり推進助成金」の利用、④「働き方改革支援奨励金」の利用、⑤県が行う入札などでの優遇措置、⑥県主催の新卒採用企業合同説明会などへの優先的な参加――などのメリットがある。
「働きやすい職場環境づくり推進助成金」は働きやすい職場環境づくりや人材育成事業、社内の労働環境整備事業に対し助成金が交付される。
「働き方改革支援奨励金」は男性の育児休業取得促進、所定外労働の削減、年次有給休暇の取得促進など、ワーク・ライフ・バランスの推進を図るため働き方改革に取り組む企業に奨励金が交付される。
「イクボス宣言」をする企業が増え、ワーク・ライフ・バランスを保つ取り組みが県内全体に広まれば、より住みよい環境となり、定住人口増加などに結び付く可能性もある。そういう意味では、社会貢献にもつながる取り組みと言えよう。