相馬地方広域消防本部で起きたパワハラは、3月18日付で消防長ら幹部職員13人が懲戒処分されたことで一つの区切りを迎えたが、現役職員は「根本的には何も変わらないと思う」と悲観的だ。同消防本部が抱える病根は想像以上に根深い。
トップ替わらず再発防止策の実効性に疑問
3月19日、会見の場に現れた相馬地方広域消防本部(以下、相馬広域消防と略)の五賀和広消防長、太田修司次長、管理者の門馬和夫・南相馬市長は深々と頭を下げた。会見は本誌昨年6月号、今年1月号で詳報したパワハラ問題をめぐり、五賀消防長、太田次長ら幹部職員13人が懲戒処分されたことを受けて開かれたものだった。
パワハラの加害職員に対しては昨年4月から12月までに、40代から60代の10人に免職や停職などの懲戒処分が科されている。今回、幹部職員に行われた処分は、五賀消防長が減給6カ月(10分の1)、太田次長が減給3カ月(10分の1)、氏名非公表の5人が減給1カ月(10分の1)、同5人が戒告、同1人が訓告という内容だった。
暴力、暴言、カツアゲなどが長期にわたり繰り返され、幹部職員は見て見ぬふりをしてきたのに、それに対する処分が減給、戒告、訓告では生ぬるいと言われても仕方ないだろう。処分発表前、職員の間には「降格もあり得るのではないか」との見方もあった。
会見では第三者委員会の調査が終了したことを受けて再発防止対策も発表された。それを見ると①ハラスメント等撲滅推進会議を設置・開催する、②前任者が日々ハラスメント未然防止員を選任し、ハラスメント行為やそれにつながる言動を観察・注意する、③ハラスメント等撲滅推進会議からの報告を検証する外部委員会を設置する、④被害・加害職員への対応を強化する、⑤産業医を選任し、必要な指導・助言を受ける、⑥通報・相談窓口の周知と複数化を図る、⑦処分基準・公表基準を見直し、明確化する、⑧様々な研修の実施――等々が個別具体的に記されているが、ある現役職員は「これらが全て実行されたとしても、組織の再生は期待しづらい」と悲観的だ。現役職員とは本誌1月号の取材にも応じた「Aさん」だが、なぜ期待しづらいのか。
「引責辞任すると思われた五賀消防長が、引き続き指揮を執るからです。今まで散々パワハラを見過ごしてきた人に再発防止の先頭に立たれても、職員は付いていく気になれない」(Aさん)
五賀消防長は、幹部職員からパワハラの報告を再三受けても適切に対応しなかったことが、第三者委員会の答申書で〝認定〟されている。そのような人物がトップに居座り続けるうちは、いくら再発防止対策の中身が立派でも組織の再生は難しいとAさんは考えるわけ。
Aさんによると、五賀消防長は会議で良い意見が出ても、自分の意に沿わないと「いや、そういうことじゃなくて」と受け入れないため、職員の間には「五賀消防長には何を言っても無駄」「なびいた方が楽」と忖度する空気が蔓延しているという。
「『魚は頭から腐る』という言葉があります。本気で再生しようとするなら、まずはトップを替えないと相馬広域消防は生まれ変われないと思います」(同)
幹部職員が軒並み処分されている現状を踏まえると、プロパーの登用は難しく、外部からトップを連れてこないと浄化作用は働かないのではないか。五賀消防長が続投しているうちは小手先の変化にとどまり〝喉元過ぎれば熱さを忘れる〟になりかねないとAさんは危惧する。
その点、五賀消防長と共に氏名公表のうえ減給処分を科された太田次長は違っていたという。
「太田次長は3月末で依願退職しました。表向きの理由は『家庭の都合』ですが、今回のことで引責辞任したのは明らかです」(同)
Aさんによると、太田氏は第三者委員会から答申書が出されたあとも現場を回って必要な調査を継続していた。「私のところにこういう報告があがっているが、事実かどうか確認したい」と職員から個別に聴き取りもしていた。
ところが、太田氏が突然退職したことで、相馬広域消防の総務部門は混乱を来たしている。
「太田次長は総務課長も兼務していたので、不在の影響は大きい。加えて再発防止対策の一環で同課から職員1人が南相馬市に出向しているため、現在同課にいるのは主幹と係長の2人だけなんです」(同)
しかも、その主幹というのが本誌1月号で問題視したバーベキューなどの酒席で悪質なパワハラを繰り返していたにもかかわらず処分を免れた人物なので、職員の間では「太田次長が継続していた調査が引き継がれず、うやむやにされるのではないか」と心配する声が上がっている。
Aさんの話を聞けば聞くほど、立派な再発防止対策に反して、相馬広域消防の再生が遠のいていくように感じるのは筆者だけだろうか。
喉元過ぎれば熱さを忘れる

2023年11月にパワハラ問題が発覚してから今日に至るまで、相馬広域消防の内部はどんな様子だったのか。
「とりわけ政経東北さんに記事を書かれた時は動揺が広がったが、残念だったのは、そこで反省するのではなく『誰が政経東北にリークしたんだ』と犯人探しが行われたことです。OBが『わざわざ外部に漏らす必要はないのに』と言ったのを聞いた時は愕然としました」(同)
当然、職員同士の信頼関係は薄まっており「些細なことでも通報されるのではないかと疑心暗鬼になっている」とAさん。
犯人探しをするのもOBが的外れな発言をするのも、問題の本質を全く理解していないからだろう。すなわち、相馬広域消防内にまともな相談窓口があり、加害者を適正に処分すると共に被害者を守る意識があれば、パワハラの根絶につながった可能性があったのに、そういう機能が一切なく自浄作用も期待できないから、本誌のような部外者に情報が寄せられたことを、五賀消防長もOBも深刻に受け止める必要がある。コンプライアンス意識もガバナンス機能も無かったことを恥じ、同消防全体で改める意識を共有してほしい。
Aさんによると、停職処分の期間があけ、職場復帰した加害職員もいるが、復帰直後は殊勝な態度を見せていたのに、しばらくすると「地」が表れるようになったという。ヒトの性根はそう簡単には変わらない(変われない)ということか。
「近年、アップデートという言葉が使われているが、加害職員はアップデートできないんでしょうね。今の時代、そういう言動はダメという認識に至らない。表面上は変わったフリをしても、メッキはすぐに剥がれますから」(同)
相馬広域消防の今年度の新規採用は5人。ただし、採用試験で合格した1人が辞退したため、補欠合格の1人を繰り上げて人数を充足した。辞退者がパワハラ問題を理由にしたのかどうかは分からない。
「そういう若手が働き易い職場環境にしないと、地域の防災を担う人材がいなくなってしまう。トップを替えて、組織全体をアップデートさせるべきです」(同)
大量処分を科し、再発防止対策を打ち出すなど表面的には変わったように見える相馬広域消防が〝喉元過ぎれば熱さを忘れる〟にならないよう厳しく注視する必要がある。