日本政策投資銀行東北支店が3月に公表した「アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査」(2024年、東北地方版)が興味深い。この調査では、外国人旅行者の東北地方の認知度や訪問希望はあるか等々が分かるが、福島県は東北他県(他地域)に比べると、認知度・訪問希望ともに高水準。同調査のリポートでは触れられていないが、原発事故によるところが大きいと予想される。そこを踏まえながら、福島県のインバウンドの可能性を探る。
「原発事故」で知名度は高いが来訪者はイマイチ
日本政策投資銀行東北支店の「アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査」(2024年、東北地方版)は、昨年7月8日から18日に韓国、中国、台湾、香港、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシアのアジア8カ国・地域と、アメリカ、オーストラリア、イギリス、フランスの欧米豪4カ国、計12カ国・地域を対象に、インターネットで調査を実施した。有効回答数はそれらの国・地域に住む7796人。
同調査リポートによると、回答者のうち訪日旅行経験者は3349人(43・0%)で、東北地方への訪問経験者は380人(4・9%)、訪問意向者は1002人(12・9%)だった(グラフ参照=同調査リポートを基に本誌作成。以下、ことわりがない限り同)。首都圏、関西、東海などの大都市と比べると、認知度、訪問意向ともに低い水準になっている。




大都市は国際便が多く運航されている空港があるから、その影響もあるだろう。それに比べ、福島空港はかつては韓国・仁川、中国・上海への定期就航路線があったが、いまは台湾チャーター便があるのみ。実際、福島県に来るのは、台湾からの旅行客が最も多いという。その時点で、大都市と福島県・東北地方では、そこに降り立つ外国人観光客数に差が出るのは当然と言える。
実際、東京や大阪などの観光地に行くと、外国人の割合はかなり多い。何なら、自分以外は全員外国人というような場面(観光地)に遭遇したことさえあるほど。その点で言うと、東北地方は外国人の割合はそれほど多くないのは実体験でも感じる。
一方で、東北のエリア別で見ると、福島の認知度は27・7%、訪問意向は6・3%で、東北地方ではトップになっている(グラフ参照)。
このほか、同調査リポートでは以下のような点をポイントとして挙げている。
○東北地方は、認知度は38・2%と低位であるが、訪日回数が多くなるほど、訪問意欲は高くなる傾向があった。東北地方内では、青森県の認知度と訪問意向が高く、特に台湾や香港の居住者からの評価が高かった。一方、東北訪問経験者における東北再訪希望率は、他地域訪問経験者における同地域再訪希望率と比べ低かった。
○東北訪問希望者が訪日旅行で希望する宿泊施設として、「温泉のある日本旅館」はアジア居住者に好まれるのと比較して、欧米豪居住者では希望率は若干低位な一方で「豪華で快適なホテル(西洋式)」を希望する割合が相応にあった。
○東北訪問経験者が直近の訪日旅行で体験したことは、「桜の観賞」や「雪景色観賞」等の自然体験、「イベント・祭りの見物」等の歴史・文化体験の実施率が高い一方、レジャーや買い物関連の体験、「伝統的日本料理」等の食体験は、訪日旅行経験者全体の回答率を下回る項目が多かった。
○上記の東北訪問経験者が自然体験、歴史・文化体験の実施率が高いという観点から、全国地方別で訪問経験者のアドベンチャーツーリズムの経験度を分析したところ、東北地方は訪日経験者全体の平均より高い値であった。
不本意な知名度

同調査で注目したいのは、やはり福島が東北地方では認知度・訪問意向ともにトップになっていること。国内全体で見たら、それほど高い数字ではないが、ローカルエリアでは高い部類に入る。
同リポートでは触れられていないが、これは「不本意な形」でそうなっている部分が大きいだろう。「不本意な形」とは、言うまでもなく東京電力福島第一原発事故のこと。外国でも、原発事故や処理水海洋放出など、折に触れて「福島(フクシマ)」というワードを見聞きすることがあるに違いない。その点では、認知度が高いのはうなずける。
とはいえ、仮に不本意な形であっても、知名度が高いことは生かせるはず。もっと言うと、原発被災地そのものが人を呼び込めるコンテンツになっている。
例えば、東日本大震災・原子力災害伝承館(双葉町)では昨年度(昨年4月から今年3月)、4565人の外国人の来館があった。なお、これは受付担当者が目視で確認した数字で、見た目には分からない外国人(中国、韓国、台湾など)はカウントされていない可能性もある。そのほか、県内唯一の震災遺構である浪江町の請戸小学校には、「海外からも問い合わせがあり、実際、海外の学校の先生や、在日大使なども訪れています」(同町の担当者)という。
一方で、福島は認知度の割には訪問意向が低い。やはり、前述した不本意な形で名前は知られているが、それゆえに旅行先としては敬遠されているということか。

上のグラフは観光庁の宿泊旅行統計調査(2024年)をもとにまとめたもの。それを見ると、昨年1年間で県内に宿泊した延べ人数は1001万8860人で、このうち外国人は34万5300人だった。東北他県と比べると、延べ宿泊者は最も多いが、外国人宿泊者は宮城県、青森県、岩手県より少ない。例えば、青森県は延べ宿泊者数は458万9350人で総数は福島県の半数以下だが、外国人に限ると、43万5010人で福島県より多い。こうしたデータからしても、名前は知られているが、旅行先(宿泊先)としては好まれていないように映る。
日本政策投資銀行の調査リポートに戻って、国別の福島の認知度・訪問意向を見ると、認知度は台湾が最も高いが、訪問意向はインドネシア、オーストラリア、タイ・マレーシアの順になっている。

福島第一原発構内で保管されていた処理水が2023年8月から海洋放出されたが、その際、隣国の韓国や中国からは非難の声が上がった。その割には中国の認知度はそれほど高くはない。訪問意向は韓国・中国ともに低くなっており、全体を合わせた際の平均値を下回っている(グラフ参照)。
伸び代はある

これをどう見るかは難しいが、県内の観光関係事業者はこう話す。
「海洋放出直後は、中国とか、そっち系からだと思いますが、イタズラ電話がひどくて電話線を抜いていたほどです。ただそれも、しばらくすると落ち着きました。あるエージェントによると、中国、韓国などでは20代、30代くらいの若い世代はあまり気にしていないそうです。ただ、その親世代に『日本に観光に行く』と言うと、あまりいい顔をしなかったり、明確に止められたり、ということがあると話していました」
それが「福島」となればなおさらだろうが、若い世代はさほど気にしていないというのだ。
一方で、県内で外国人観光客のツアーガイドをしている事業者は「いまは特に敬遠されているとは思えない。それよりも、まだまだ呼び込めるチャンスがある」、「福島県に来る人は旅行慣れしている人が多い」という。傾向としては、日本に来るのは5回目、10回目とかで、最初は首都圏などに行くが、日本に旅行に来る回数が増えると、地方に目を向けるようになるというのだ。
ルートとしては、成田・羽田空港から来て東京や日光などを観光して、福島県に入る。福島県では鶴ヶ城、会津地方の温泉、大内宿、只見線などのほか、冬季ならスキー場が人気という。そのほか、仙台空港から来て、仙台近郊や蔵王などを観光してから福島県に入り、同様のルートを回るケースが多いのだとか。
前述の調査リポートでは「東北地方は、認知度は38・2%と低位であるが、訪日回数が多くなるほど、訪問意欲は高くなる傾向があった」とされており、この話とリンクしているように思われる。
さらに、このツアーガイドはこうも話した。
「私のところでは、台湾、中国などからの観光客が多いが、そこで出てくるキーワードとしては、『スキー場』、『温泉』、『お城』などです。あとはアクセスですかね。その点で言うと、福島県はまだまだ可能性があり、特に会津地方は強い。東京(成田・羽田両空港)や仙台(空港)からアクセスしやすく、『スキー場』、『温泉』、『お城』がありますから。あとは、福島県に来る人は『消費』(買い物など)より、『体験』(見る・体験する)を望む方が多いですね」
前述の調査リポートでは「東北訪問希望者が訪日旅行で希望する宿泊施設として、『温泉のある日本旅館』はアジア居住者に好まれる」、「東北訪問経験者が直近の訪日旅行で体験したことは、『桜の観賞』や『雪景色観賞』等の自然体験、『イベント・祭りの見物』等の歴史・文化体験の実施率が高い」とされており、その点でもこのツアーガイドの話と一致している。
「現状では、特段、敬遠されているようには感じません。それよりも、やり方次第では、まだまだ伸び代はあると思います」というのが、このツアーガイドの見立てだ。
県観光交流課に外国人観光客の誘客策について尋ねると、次のように話した。
「インバウンドに関しては、全国的に伸びていますが、まだまだその伸びに追いついていない状況です。最近では個人での旅行客が増えており、そういった層に向けてはSNSなどを活用して発信しているほか、団体向けには旅行エージェントへの売り込みなどを行っています。そうした地道な取り組みを進めていきながら増やしていきたい」
繰り返しになるが、福島県は国内のローカルエリアでは、外国人からの認知度が高い。それは不本意な形によるところが大きいと思われるが、それを逆手にとった取り組みが必要になろう。