江尻次郎元理事長のもとで起きた不正を受けて出直しを図るいわき信用組合(いわき市小名浜)。本誌先月号では元職員Aによる1億9600万円余の横領を詳報したが、その後の取材でAが横領に手を染めた理由や、横領とは別に起こしていたAの「犯罪行為」の詳細が分かった。
退職後、偽造免許証で500万円を詐取
本誌は7月号でいわき市の「鈴建グループ」に247億円が不正融資された問題、先月号で元職員Aと元職員Bが起こした横領について詳報した。不正は全て江尻次郎元理事長の主導で隠蔽が図られていた。
これらの事実関係は不正を調査した第三者委員会が発表した調査報告書に基づいているが、今号は本誌の独自取材で分かった元職員Aに関する事案を取り上げたい。その前にAが起こした横領がどのようなものだ
ったのか、おさらいする。
Aは2009年頃からギャンブルに大金を賭けるようになった。自己資金では間に合わず、いわき信組から職員向け融資を受けるほどのめり込んだが、負けは膨らむ一方。そんな時、Aは上司から、不良債権を回収するための架空融資が存在することを聞かされる。鈴建グループへの無断借名融資のことだった(詳細は7月号を参照)。
Aはそのスキームを模倣し、横領を始める。2011年12月から13年5月にかけて、発覚の危険が低そうな顧客の口座を使い、計1億2600万円余の無断借名融資を実行。併せて別の手口の横領や定期預金の解約・着服も行い、横領の総額は1億4000万円余に上った。
これらが発覚したきっかけは、支店長がAの口座やAが横領に用いていた口座に不自然な融資の実行があるのを見つけたことだった。支店長が問い質すと、Aは横領を認めた。
支店長から報告を受けた江尻次郎理事長(当時)は、他の役員と対応を協議する。その結果、横領が公になれば鈴建グループへの不正融資も明るみに出る恐れがあるとして、Aへの処分見送りと横領を隠蔽する方針が決まった。
Aはそのまま同じ支店に勤務したが、呆れたことに1回目の横領発覚から1カ月後、再び横領に手を染める。2回目の横領は2013年6月から14年8月にかけて行われ、計9000万~1億円に上った(※)。
※1回目の横領と合算すると2億3000万円以上になるが、第三者委員会はAが横領した総額は少なくとも約1億9600万円余としている。
二度目の不正に、役員の一部からは「さすがに処分を科すべき」という意見が出た。しかし、江尻理事長の〝鶴の一声〟で、再び処分見送りと隠蔽の方針が決まった。
Aは、横領に利用した個人ローンの一部は返済したものの、大半は返済せず、いわき信組が返済を迫ることもなかった。それだけでも十分異様だが、江尻理事長は「さらに異様な方法」でAに返済をさせようとする。Aを役員とする不動産会社を設立し、その収益で返済させることを決めたのである。
そしてつくられたのが不動産会社αだが、驚くのは会社設立の登記手続きや資本金1000万円の工面までいわき信組が行ったことだ。さらには、α社が収益を得るために所有するアパート(3棟)の購入資金7700万円も融資した。「盗人に追い銭」とはまさにこのことだろう。
こうしてスタートした不動産事業だったが、その後、Aが「横領とは別の犯罪行為」を起こす。いわき信組は「これ以上、Aに事業を続けさせるのは危険」と考え、アパートを全て売却し、融資金を全額回収した。
飼い犬に手を噛まれる
ここまでが先月号で触れたAの横領の概要だが、その後の本誌の取材で以下の事実が判明している。
Aは横領した金をギャンブルに使っていた。2億円近い金がギャンブルに消えるのは想像しづらいが、AはJRAの五つのレースの1着馬を全て当てるWin5で大万馬券を的中させた経験があり、それが「もっと大金を賭けて儲けたい」という欲求を呼び起こしたとみられる。
そんなAが横領に手を染めたきっかけは、鈴建グループの担当者が異動になり、Aがその担当を引き継いだことだった。ここで無断借名融資のスキームを覚え、ギャンブルで負けが込んでいた状況も重なり、タガが外れたように横領を繰り返してい
ったとみられる。
Aが処分を免れたのは「横領が公になれば鈴建グループへの不正融資も明るみに出る恐れがある」というのが表向きの理由だ。第三者委員会の中には「Aと江尻氏の人間的関係が影響しているのではないか」という意見もあったが、同委員会は調査報告書で「そこまでの深い関係性はない」としている。
しかし関係者によると、Aの親と江尻氏は同級生で、Aと江尻氏の子どもも同級生だったという。Aは有名国立大学出身で、卒業後は別会社への就職が決まっていたが、Aの学歴に目を付けた江尻氏がいわき信組にリクルートしたという。
こうした両氏の関係性を知ると、江尻氏が横領の隠蔽を決めたのはAをかばいたい心理も働いたのではないかと思えてくる。
本誌の独自取材では、そんなAのためにいわき信組がつくった「不動産会社α」も判明した。いわき市内にあるライフエンジニアリングという会社だ。法人登記簿によると2016年設立で、役員はAのみ。事業目的の1番目は「インターネットを利用した各種情報収集及び情報提供サービス」、2番目が「介護関連サービス」で、3番目にようやく「不動産業」が出てくる。
ここでおとなしく横領分の返済をしておけばよかったのに、先述の通りAは「横領とは別の犯罪行為」を起こす。
いわき信組を依願退職したAは、ライフエンジニアリングの役員を務める一方、家族のツテで損害保険代理店の仕事に携わる。この時、同信組の元同僚に保険の営業をかけ、元同僚から預かった免許証を悪用する事件を起こしたのである。
当時の地元テレビ局のニュースによると「他人名義の偽造運転免許証を使って口座を開設し、金融機関から現金計500万円を騙し取ったなどとして、いわき中央署は不動産会社役員A(ニュースでは実名で報じられた)を偽造有印公文書行使、有印私文書偽造・同行使、詐欺容疑で逮捕した」。
Aは元同僚から預かった免許証の写真部分を自分の顔写真に張り替えた偽造免許証を使い、地元の金融機関からマイカーローンなどの融資を受けた。それを返済しなかったため元同僚に督促状が届き、融資を受けた覚えのない元同僚が金融機関に問い合わせたところ、他人の筆跡で書かれた債権書類と、顔写真だけAに張り替えられた自分の免許書が金融機関に提出されていたことが分かったのである。数々の不正に手を染めたAにとって、この程度の偽造は訳もなかったということだろう。
このほかライフエンジニアリングでは、Aが会社名義で地銀から融資を受け、返済が滞る事案も起きていた。保証協会の保証付きだったため地銀は損失を免れたが、そもそもライフエンジニアリングの通帳や印鑑はいわき信組が管理し、Aは持ち出すことができないはずだった。要するにAは別の印鑑を用意し、同信組に無断で融資を受けていたわけ。「盗人に追い銭」だけでなく「飼い犬に手を噛まれた」同信組は、己の不明を恥じなければなるまい。
Aは、偽造免許証による詐欺等は罪を償ったかもしれないが、いわき信組での横領は江尻氏が隠蔽を図ったことで、この間罪に問われなかっただけでなく時効が成立している可能性もある。不正に金を得ておいて何の罰則も科されないのは釈然としないが、その責任の一端が江尻氏にあるのは言うまでもない。
























