【税理士・伊藤江梨】夜明け前の地域経済ノート②

【税理士・伊藤江梨】夜明け前の地域経済ノート

エリサラの世界

【税理士・伊藤江梨】夜明け前の地域経済ノート

伊藤江梨 いとう・えり

1984年1月生まれ。安積黎明高、大阪大卒。共同通信社記者を経て、税理士に転身し、2017年4月に暁経営会計を開業。家業の建設会社を継承し、2020年に同名の株式会社として再出発を果たした。東北税理士会福島県支部連合会広報部長などさまざまな団体の要職を務めている。事実婚で2児の母。

ソニー生命保険の「中高生が思い描く将来についての意識調査2025」で、男子中学生の「将来なりたい職業」1位は、ユーチューバーを3位に蹴落として「公務員」が初の1位になった。女子中学生も2位は「公務員」。高校生は男女ともに1位「公務員」という、徹底した安定志向が浮き彫りになった。第一生命保険の「第37回大人になったらなりたいもの」アンケートでも、会社員、公務員がずらりとならぶ。社会不安の表れだろうか。

私もかつて公務員を志望したことがあったが、大人になって、公務員の皆様の働きぶりを見ると、私が公務員になっていたとしても3カ月持たなかった自信がある。人間には向き不向きがある。危なかった。公務員も会社員も安定のためだけで続けられるほど楽じゃない。

早期教育競争の過熱

少子化極まる令和キッズの教育環境は我々の頃とはずいぶん違うようだ。関東・関西などの都市部では、「中学受験」が過熱している。

合格の鍵は「父親の『経済力』と母親の『狂気』」(高瀬志帆「二月の勝者」より)といわれる中学受験。教育虐待に至るケースや年間百万単位でかかるようなとんでもない高額の塾代、どんどん低年齢化する早期教育競争、学力偏差値が人間の価値のように子どもに刷り込ませる序列の仕組みなど、かなり強烈だ。国連も日本の教育が「過度に競争的」だと警告している。

子育てに金と労力がかかりすぎて少子化も進む。みんなで過度な競争を抑えたほうが良いことはわかっているのに、自分の子どもが他の子に遅れをとることを恐れて、結局競争に参入する。「囚人のジレンマ」というやつだ。

いつでものんびり、大体他県に遅れをとっている福島県でも、教育熱はじわっと押し寄せている。早期教育を重視した「○○式」の保育園は一番人気だし、中高一貫校も増えて福島県最難関筆頭格だった安積高校がいよいよ中高一貫校になった。保護者説明会には、医師や経営者などの教育熱心な親が集まり「なぜ先取り学習をしないのか」との声が上がったとか。早々に安積高校門前に「安積中受験専門塾」が大きな看板を掲げたのを見た時には戦慄した。

親の思惑、業界の思惑

親世代の教育熱の裏側には、公教育への不信感もあるが、「学歴信仰」、「職業信仰」が見え隠れする。中学受験を志す親子たちの目標の多くはその先の「大学受験」を勝ち抜くことにある。今の親世代は就職氷河期以降。就職で苦労したり、昨今の格差を目の当たりにしたりして、何とか子どもが格差の「下」にならないように、「いい大学の学歴」を得て、安定した「公務員」か「大手企業」の「レールに乗せたい」とある母親は言っていた(あわよくば医者にしたい)。

そういう親のニーズと不安を、少子化で先細りが見えている塾業界や私立学校が上手に刺激して(煽って)、事業拡大につなげている。母数が減るのだから率を上げるしかない。数が増やしにくいから単価を上げるしかない。拝金主義は塾業界だけかと思ったら、少子化で学校もみるみる廃校になる時代となった。生き残りに必死だ。

大学受験の変化

しかし大学受験の仕組みも我々が子どもの頃とはずいぶん違うようだ。間口は多様化し、推薦入試や総合型選抜の入り口が過半数まで広がっている。皮肉なことに大学側は「学力がすべてではない」という考え方が強くなっている。確かに、社会や学問で価値を生み出せるかどうかは学力だけの問題ではない。経営者など正にそうだ。

福島県の公教育も、我々の頃にはなかった「探究」などの社会活動、地域課題解決を意識した科目を重視している。原発災害、自然や過疎化などを抱える福島県は有り余る探究のフィールドがあり、いい選択だと思う。詰め込みで都市部の「先取り教育重課金」エリートキッズと争っても勝てそうもないし、地頭が学習向きの子は何もしなくてもサクッと「先取り重課金」を超えてくれる。

しかし、福島県の総合計画でも「福島ならではの教育の充実」と謳いながら、指標には「全国学力調査」との比較を載せている。学力じゃないと言いながら、学力が下がったといわれると不安になる。学力の呪縛はなかなか解けない。

エリサラの悲哀

一方、最近の大手企業のエリートサラリーマン(以下、エリサラと呼ぶ)の所業には、目に余るところがある。地方の中小企業に仕事を回す代わりに「バックマージン」を要求したり、「過度な接待」を要求したり(いずれも背任罪等に当たる可能性がある)。まともに経理処理できないような金の動きを「どうしたらいいですか」と相談される。昭和のバブル時代で駆逐されたと思っていた蛮行が、令和の今になってよく耳に入るようになってきた。

過度な競争の末に勝ち取った「学歴」や「エリサラ」の肩書きだけでは、足りないものがあるのだろうか。確かに金はいくらあっても足りないし、上を見ればきりがない。SNSの普及で人との比較が一層見えやすい世界になった。人との比較は不幸の始まりだ。

昨年、幕張メッセのイベントに遊びに行った後、1人で月島でもんじゃ焼きを食べ、近くのバーで酒を飲んで、行き会った地元常連客とおしゃべりをした。建設会社を営む中小企業社長の日本人男性とウクライナ人女性の夫婦、サラリーマンの男性だった。下町だった月島も今では人気のタワーマンションエリアだ。とんでもない値上がりで1部屋買おうと思ったら今や中古でも1億する。

サラリーマンの男性は「うちも建設関係ですね、発注側ですけど」と、聞いてもいないのに自分が大手H製作所に勤めていて、妻は公共放送勤務で、近くのタワマンに2人で住んでいることを教えてくれた。パワーカップルの「DINKs」というやつだろう。

福島から来たなどと言って田舎者扱いされるのも癪に障るし(みんな地方出身者だったが)、行きずりの酒場で自己開示する必要もないので、仕事や住まいなどは適当にごまかしておいたのだが、そのうちサラリーマンが自社の話から「原発は必要だ」と自説を述べ始めた。

隣に座っている人が福島から来ているとは想像しなかったのだろう。チェルノブイリがウクライナだと知って言っているのだろうか。うーん、これがいまの東京のエリサラの世界か、と酔っぱらって隅田川と東京スカイツリーを眺めながら、しみじみと福島の穏やかさをかみしめた。

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