郡山市内の特別養護老人ホームで入所者への虐待や事務長によるパワハラが起きている――という告発メールが本誌編集部に相次いで寄せられた。真偽を確かめるため施設を運営する社会福祉法人理事長を直撃すると、意外な事実が判明した。(※筆者はメールの差出人に直接取材を申し込んだが応じてもらえず、疑惑の払拭には至らなかったため、記事中では施設名を伏字とする)
相次ぐ告発メールに他人事の理事長
最初の告発メールは2月下旬に届いた。以下、抜粋して紹介する。
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郡山市内にある〇〇について、話を聞いているとあまりにも酷い状況なので告発します。私は、ここの職員の家族です。
〇〇は、小野町の介護施設で入所者の女性を暴行して死亡させた男が以前勤めていました。彼が勤務していた当時、入所者がケガをすることが何度もあり、その際に犯行を疑われ逃げるように辞めて、小野町の介護施設に転職し事件が発生した、という顛末だそうです。
〇〇では今でも虐待疑惑があります。ここ1年の間だけでも下記のようなことが発生しています。
・入所者の女性の身体に、転んだだけではできないような大きなアザができる。
・入所者の私物(お菓子など)が盗まれる。
・入浴の際、お湯の温度を確認せず高温のお湯に入浴させる。
・夜はベッドで就寝させるべきなのに、車椅子に座らせたまま朝までそのままにしておく。
このほかにも体調の悪い方を放っておき病院への搬送が遅れるなど、いろいろと起こっています。
事務長の職員へのパワハラも相当酷く、気に入らない職員は孤立させ退職へ追い込み、そのせいでかなり深刻な人手不足です。意味もなく会議を長引かせ、3時間近く会議でつぶれる日も多々あります。
職員の財布がなくなるなどの窃盗も発生しており、あまりに酷い状況のため昨年から郡山市の監査が入っています。ですが状況は全く良くなっていません。監査の情報が、市から施設に垂れ流しになっているという話もあります。
事務長は理事長とかなり折り合いが悪く、なんとか理事長を退任に追い込みたいようで「理事長を脅すために退職願を提出するように」と職員に言ってきます。退職願を出すか出さないかで、踏み絵のように職員を試しているという話を事務長がしているようです。本意ではない退職願を書かせるのは違法ではないでしょうか。
私は散々、家族に「労基に告発すべきだ」と言っているのですが、洗脳されているのかなんなのか一向に動かないので貴社に連絡しました。入所者は認知症が深い方も多く、虐待されても声を上げることができません。前述した窃盗事件も入所者の家族には伝わっていません。いつ死亡事件につながるかと思うと、入所者や家族のために見過ごせません。
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自身は施設で働いておらず「家族が職員」とのことだが、綴られている内容は詳細だ。
告発メールによると、この特養施設には①入所者への虐待、②私物窃盗、③事務長のパワハラ、④事務長が画策する理事長の失脚という四つの問題があるようだが、実際はどうなのか。
特養施設を運営する社会福祉法人は設立から間もなく40年になる。社会福祉法人・施設は定期的に行政の監査を受けるが、告発メールによると、郡山市の監査は機能していないような書きぶりになっている。
郡山市では社会福祉法人・施設に対し3年に一度、通常監査を行っているが、通常監査で問題があると認められた場合や正当な理由なく監査を拒否した場合は特別監査が随時行われる。
通常監査は実施日の1カ月前までに法人・施設の代表者に通知され、事前に一部資料の提出も求める。実施方法は、抽出により帳簿などの関係書類を検査したり、職員にヒアリングすることで法人・施設の運営状況や福祉サービスの提供状況などを確認する。その結果、改善が必要な事項が見つかれば代表者に口頭で伝え、後日、指摘事項を記載した通知を送付する。それに基づき代表者は適切な措置を講じ、市に改善結果または改善計画を報告、市はその確認を進めていく。
市のホームページには監査結果と改善状況が公表されており、くだんの社会福祉法人は昨年10月に通常監査を受けているが、改善を要する事項は「なし」となっている。
にもかかわらず、この法人が運営する特養施設には告発メールにあるような問題が存在するのか。
筆者は事実確認のため、メールの差出人に取材を申し込んだが何の反応もなく、数日経ってから「私は〇〇で働いているわけではなく、私の家族が働いています。ですので残念ながら、私が直接見たり聞いたりしたわけではありません」という返事が届いた。ただ「最近も労基署に駆け込んだり、先輩から暴力を振るわれたと警察に相談している人もいるようです(その人は退職させられた模様)」とも書かれ、実際に働く家族からその都度内情を聞かされている様子がうかがえる。
「告発は半分当たっている」
果たして、特養施設は今どんな状態にあるのか。3月12日、筆者が施設を運営する社会福祉法人の理事長を直撃すると「メールの内容は半分くらい当たっている」と意外な話を口にした。
「2、3年前、当施設で入所者への虐待と疑われる事案があったのは事実です。ただ、そのアザが虐待によって付いたのか、どこかにぶつけて付いたのか、また、いつ付いたのか、職員の誰が最初に気付いたのか等々を職員に聞き取りをしても判然としなかったため、市に報告し調査を依頼した」(理事長)
虐待によるかどうかは分からないが、入所者の体にアザを見つけたことがあったというのだ。
「結局、市の調査でも原因ははっきりしなかった。そういう意味ではクロとは言えないが、グレーと言われれば否定できない」
自ら市に通報し、第三者の視点から原因究明に努めた姿勢は評価できるが、虐待の有無がはっきりしないと入所者は不安だし、家族も安心して預けられないのではないか。
「残念ながら、社会福祉施設では大小様々な問題が起こるため、トラブルをゼロにするのは難しい。だからこそ、問題が起きた際は迅速に対応し、同じミスを繰り返さないよう努めている」
そうは言っても、虐待をする人間が少しの指導で態度を改めるとは思えない。表面的には反省しているように見えても、陰で再び虐待する恐れがある。そういう問題職員がいる場合はどう対応しているのか。
「問題職員には厳しく指導するし、あまりに酷い場合は辞めてもらっている。実際、辞めさせた職員は結構いる」(同)
告発メールには、小野町の介護施設で入所者の女性を殺害した罪に問われている被告男性(本誌昨年1、12月号参照)が以前勤めていたとあるが「もう10年近く前のこと」。
入所者や職員の私物窃盗には答えなかったが、事務長のパワハラについては「ない。私から見ても職員にきちんと指導していると思う」。さらに、事務長が理事長の失脚を画策しているとの指摘は「何のことかさっぱり思い当たらない」。
その上で、理事長はメールの差出人にこう求めた。
「誰が(本誌に)メールしたのか分からないが、もし施設に問題があるなら直接言ってほしい。私たちは当施設が完璧とは思っていない。間違いがあれば、それを真摯に受け止め改善する用意がある」
理事長は「市に報告し、調査を依頼した」と述べたが本当なのか。市保健福祉総務課の早川利郎課長に確認すると「虐待事案は市が調査し、その結果は県に報告されるので、市はコメントする立場にありません」。県は問題のあった社会福祉法人・施設に対しどのような指導を行ったか公表しているが、名称は伏せており詳細は判然としない。
参考までに県高齢福祉課が今年1月に発表した「令和4年度における県内の高齢者虐待状況」によると、養介護施設従事者等による高齢者虐待の件数は別表①の通り。相談・通報された全てが虐待に当たるわけではなく、虐待と認定される割合は3~5割となっている。
表① 養介護施設従事者等による高齢者虐待
R2年度 R3年度 R4年度
相談・通報件数※ 8件 22件 32件
虐待事実が認められた件数 4件 8件 9件
※相談・通報内容が多岐にわたる場合も1件と計上
令和4年度、虐待と認定されたのは9件だが、そのうち特養ホームで起きた事案は4件(別表②)。実際にどんな虐待が行われ、それによって入所者にどんな影響が出たのかは定かでないが、こうした事実に接すると、家族を預けたり、いざ自分が入所する立場になった時、大丈夫だろうかと不安になる。

郡山市が公表している「高齢者虐待防止について」という資料によると、明確に「虐待」と判断できる行為の周辺には、虐待かどうかの判断に迷うグレーゾーンが存在するという。グレーゾーンの中には「顕在化していない虐待」に加え「不適切なケア」に当たる行為が存在する。虐待か否かの線引きは難しいが、高齢者虐待は不適切なケアが底辺になって起こるとしている。
すなわち養介護施設従事者等による高齢者虐待は、不適切なケアを発端に連続的に起こると考える必要があり、ほんの些細でも不適切なケアを放置すれば、蓄積→エスカレート→虐待に発展する恐れがある、と。不適切なケアの段階で発見し、虐待の芽を摘むことが大切――と同資料は指摘している。
いみじくも、理事長は「グレー」という言葉を使ったが、虐待か否か判断がつかなかったとはいえ、日頃から不適切なケアが行われていないか経営者として注意を払う必要があるのでないか。
実は、本誌編集部に届いた告発メールは前記のものだけではない。筆者が理事長と面会した数日後、今度は別の差出人から新たなメールが寄せられたのだ。以下、抜粋して紹介する。
異様な職場環境
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理事長のところに3月12日、記者の方が来て①理事長と事務長の折り合いが悪い、②事務長のパワハラ、③相次ぐ盗難、④退職願を強制的に提出させ、理事長を退任に追い込もうとしている――について話したと聞きました。
①について
かなり前から対立しています。3年前に虐待の疑いで行政が監査に入
ったあと、職員の前で大喧嘩をしてから更に事務長の恨みは深くなりました。事務長は喧嘩の時にいた職員が庇ってくれなかったと執拗にパワハラを繰り返しています。
②について
事務長のパワハラはかなり前からあります。多数の職員を追い込み、退職させています。理事長に訴えても無視されます。3年前の行政監査時も指導を受けていますが、何も変わりませんでした。例えば事務長が床に職員の写真を置き、それを踏んで「写真のテーマは猿の惑星」と大笑いしながら他の職員に一緒に写真を踏むよう言っていました。
③について
ここ1年ほど、職員の財布から現金が抜かれています。財布・携帯電話・金券の紛失、利用者個人の菓子の紛失が続けて起こり、事務長に報告したが全て隠蔽されました。
④について
この3年、会議などで事務長から「理事長に対抗するため、皆で退職願を出すくらいの気持ちを持て」と繰り返し言われています。「理事長に対抗するため」と主任、副主任に強制的に退職願を提出させました。ただ、記者の方が来た翌日に「強制ではない。また提出してもらう」と退職願は返されました。
私をはじめ提出した職員は、事務長から長期にわたり「理事長がクビにすると言っている」と脅されています。事務長は理事長室のパソコンから個人的な日記?記録?を見ています。印刷して職員に見せ、理事長が今何を考えているか知り、対抗するための戦略を話し合うよう強制されています。
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前回の差出人は「職員の家族」だったが、今回は「私をはじめ(退職願を)提出した職員は」とあり、明らかに現場で働いている職員であることが分かる。筆者が理事長に会った日付を知っているのは、内部の人間以外あり得ない。
今回の告発メールには入所者への虐待の記述はなく、理事長と事務長の軋轢、事務長のパワハラ、私物窃盗が綴られていた。かなり異様な職場環境だが、改善の気配はないと嘆いている。
あらためて、理事長に新たな告発メールが届いたことを伝え、再度の面会を申し込んだが「忙しくて会う時間は取れない」。そこでメールの大まかな内容を伝え感想を求めると、今回も意外な話を口にした。
「私は、記者さんからどんな取材を受け、何と答えたか職員の誰にも話していない。にもかかわらず、そのようなメールが届いたことに驚いている。今回のメールに書かれていることに対し、私からコメントすることはありません」
氷山の一角
筆者が理事長と面会したのは理事長室で、同席者は誰もいなかった。ドアを隔てて複数の職員が仕事をしている事務室があり、理事長の話し声は少々大きかったものの、隣の部屋から筆者とのやりとりを詳細に把握するのは難しいだろう。「職員の誰にも話していない」のが事実とすると、どういう方法で取材の中身を把握し、メールを送ってきたのか。
ともかく、事務長のパワハラや施設内で窃盗が起きているとすれば深刻な事態だ。理事長は「コメントしない」と言ったが、筆者が「放置するのは良くないと思う。必要な調査を行い、事実なら早急に改善すべきではないか」と質すと、このように答えた。
「メールに書かれている内容が本当なら問題だし、いろいろな不満を持つ職員がいるということなのかもしれない。そこは何らかの対応や改善が必要になってくると思います」
自身がトップの施設で深刻な問題が起きている疑いがあるのに、本気で真相究明に取り組む様子は見られない。他人事のような姿勢に感じるのは筆者だけだろうか。
超高齢化社会に突入し、社会福祉法人・施設の役割はますます重要になっていく。そうした中で告発メールのような「声」は、入所者の人権尊重・虐待防止や働き易い職場づくりの一助になる。こうした「声」をきっかけに、国は賃金を手厚くするなど人手不足の解消に向けた政策を講じる一方、施設や行政は監督・監査を強化しないと、利用者は安心してサービスを受けられないし、職員は健全に働けない。
理事長は「残念ながら、社会福祉施設では大小様々な問題が起こる」と語っていたが、今回取り上げた事案は氷山の一角に過ぎないということだろう。問題を抱える社会福祉法人・施設はほかにもあるはずだ。