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来春開校【安積中高一貫校】の「尽きない懸念材料」

来春開校【安積中高一貫校】の「尽きない懸念材料」

 来年4月に開校する郡山市の県立安積中学校。県内トップの進学校、県立安積高校に併設される中高一貫校として注目を集めるが、1月の入学者選抜まで半年に迫る中、聞こえてくるのは「期待していたイメージと違った」という落胆の声だ。県教育委員会が掲げる理想と、児童や保護者、教育関係者のニーズが噛み合っていない感がある新しい中高一貫校の姿に迫る。

噛み合わない県教委の理想と子・親のニーズ

安積高の敷地内で建設中の県立安積中校舎

 県内には県立の併設型中高一貫教育校が二つある。会津若松市の会津学鳳中高と広野町のふたば未来学園中高である(別表参照)。
 会津学鳳は卒業生の多くが四年制大学に進学し、2020年度の四年制大学進学率は65%。16、17、21年度には現役東大合格者(計6人)を輩出している。ふたば未来学園は震災の被災地域に開設され、未来探求学習などを実践。スポーツ選抜で入学した生徒は「トップアスリート部活動」に指定されている全国優勝常連のバトミントン部をはじめレスリング部などで活躍している。

会津学鳳ふたば未来安積
開校年度高校2002年度2015年度1884年
中学校2007年度2019年度2025年度
設置学科総合学科総合学科普通科
募集定員高校240人160名280人
中学校90人60名60人
通学区域県下一円県下一円県下一円


 こうした中、県教委は2020年2月に発表した「中高一貫教育後期実施計画」で三つ目の県立中高一貫校に関する方向性を示した。

 《新たな併設型中高一貫教育校を設置するに当たっては、進学面で高い志を持った生徒の進路実現に対応する必要があり、難関大学への進学実績が豊富である高等学校へ併設する》《公共交通機関の利便性の良さにより児童・生徒の志願がより広範囲から可能であることや、施設整備が可能となる敷地面積を有することなどの点を踏まえることも重要》《(これまで)会津と浜通りに配置しており、地域のバランスを踏まえ、今後全県的な中高一貫教育を展開するには中通りへの設置が必須》――これらの点を踏まえ、郡山市の安積高に県立安積中を併設することが決まった。開校は2025年度。

 現在、安積高の敷地内では中学校の校舎(3階建て)が建設中で、高校と共用の図書館や大講義室なども整備される。高校の校舎とは2階部分を渡り廊下で接続する。

 先行2校と異なるのは、歴史の浅い高校に中学校を併設するのではなく(※1)、今年創立140周年の伝統校が対象になったことだ。県内トップの進学校「安高」に併設される点も注目の的になった。

※1 会津学鳳高は2002年度開校だが、前身は1924年開校の若松女子高

 「県教委が『高い志を持った生徒の進路実現』『難関大への進学実績が豊富な高校に併設』と高らかに謳ったわけだから、受験対象のお子さんがいる家庭では『ウチの子も受けさせてみようか』と一度は話題になったはず」(ある塾講師)

 とりわけ熱を帯びたのは、併設発表時に小学2年生の子どもがいた家庭である。もし我が子が県立安積中に合格したら1期生となるため、当事者の子より親の関心が高まった。

 地元・郡山市内の塾では、3年前から県立安積中専門の受験コースが開設され、入塾者を募っている。募集定員は60人で、入学者選抜は来年1月上旬に適性検査を行い、結果は同中旬に通知される。適性検査は①言語(外国語を含む)②数理③自然や社会に関する力をみる「三つの適性検査」と調査書、面接により合否が判定される。

 某塾の幹部によると「ウチの塾では小6が50人超、小5以下が40人弱受講している。隣の塾は小6が70~80人いると聞いた」。定員60人という超狭き門に、一体どれくらいの受験生が集中するのか。

 「当初は2000人なんて話もあったが(苦笑)、今は700~800人と言われている。もっとも初めての入試なので、蓋を開けてみないと分からないけど」(同)

 仮に700~800人が受験すると倍率は11~13倍超。参考までに、会津学鳳中の倍率は初年度が4・14倍、2022年度が2・14倍。ふたば未来中は初年度2・02倍、22年度1・73倍(※2)。これを目安にすると会津、浜通りより生徒を集めやすい県立安積中は会津学鳳中の初年度より高くなるのではないか。

※2 ふたば未来中は一般選抜とスポーツ選抜があるが、ここでは一般選抜のみ示す

 ちなみに、県高校教育課県立高校改革室が昨年11月に県内7カ所で計8回開いた県立安積中の説明会には300家庭、470人の小学5年生と保護者が出席。この300家庭が全て受験すると倍率は5倍になる。

 そんな県立安積中では入学後、どんな授業が行われるのか。

 毎日の日課は安積高に合わせ、授業時数は市町村立中学校より2時間多い週31時間で、数学、英語、総合学習を標準授業時数より多く設定している。部活動の設置状況にもよるが、放課後は図書館や多目的ホールで高校生と一緒の学習を推奨するなど、自ら学ぶ姿勢を育てていく。

 これらをベースに▽世界思考の学び(トップリーダーに必要な知識や技能を身につけグローバルな見方や考え方で課題に主体的に向き合う人間性等を培う)▽探究的な学び(課題を見つけその解決に向けた活動で物事を俯瞰し異なる分野の知識を結びつける力を身につける)▽協働的な学び(多様な個性を生かした対話と協働を通して他者と意見や考えを交わし思考を深め、他者を認める寛容さを育む)――を行うと共に、三つの学びをつなげるSTEAM教育(S=科学、T=技術、E=工学、A=芸術・リベラルアーツ、M=数学を統合的に学習)を展開。中高教員による乗り入れ授業やTT(ティーム・ティーチング)、中高合同行事による生徒間交流なども取り入れていく予定だ。

「先取り授業はやらない」

県立安積中の校舎完成予想図

交流ラウンジ、階段教室

 高校教育課県立高校改革室の佐藤克敏室長は「目指すのは次世代の福島、日本、世界を牽引するトップリーダーの育成」と語る。

 「県立安積中では物事の裏側に隠れた原因や理由について深く考え、応用力を養う『深掘り授業』が行われます。知・徳・体を錬磨し、次代を担い人類に貢献できる志の高い人材を育てていきます」(同)

 深掘り授業については安積高の森下陽一郎校長も次のように話す。

 「中高一貫というと、6年間で行う授業を5年で終わらせ、残り1年を大学受験対策に当てる『先取り授業』を連想するが、県立安積中では先取り授業はしません。普通ならサラッと流すところをじっくり追究したり、一つの教科に捉われず別の教科とつなげて考えるなど大学のような学問を意識していきます。一見すると遠回りに映るかもしれないが、深掘りしていくと結果的に先取りになることもあると思います」

森下陽一郎校長

 安積中高一貫校が掲げる「安積の精神」は①開拓者精神②質実剛健③文武両道の3要素からなり、この精神を養うには深掘り授業が欠かせないことは理解できる。しかし、保護者や児童、教育関係者が県立安積中に求めていたのは、まさに森下校長が「やらない」と述べた先取り授業なのである。

 ある保護者は肩を落とす。

 「ようやく郡山にも難関大合格を意識した県立中高一貫校ができると喜んだのに、先取り授業はやらないと聞いてガッカリした。トップリーダーの育成を目指す目標は確かに素晴らしいが、子を入れたいと考える親からすると抽象的でイメージが湧きにくい。やはり『東大合格を目指す』とか『最低でも難関私大』と言ってもらった方が子も親も目標を描きやすい」

 こうした意見があることは前出・森下校長も承知しているが、同時にこうも言う。

 「首都圏の子は解く力に優れているが、それは訓練でスキルを身につければいくらでも高められます。しかし私は、中学という発達段階でやるべきは他にあると考えます。地方の子は吸収力が高く、伸びしろもあります。その特性に合った教育があると思うし、そもそも県立安積中は義務教育として文部科学省が定める学習指導要領の範疇でカリキュラムが組まれるので、特別な取り組みは難しく、やれることが限られる点もご理解いただきたい」(森下校長)

 ちなみに会津学鳳、ふたば未来の校長は中高兼任なので、森下校長も県立安積中が開校すれば、異動がない限り安積高と兼任することになるとみられる。

「過度な期待が間違い」

将来どんな人材が輩出されるのか

 「学習指導要領の範疇を超えられない」のは確かにその通りかもしれない。しかし、中通りに県立の中高一貫校をつくる大前提は県教委も自ら述べているように《高い志を持った生徒の進路実現に対応》するためで、だからこそ《難関大への進学実績が豊富な高校》に中学校の併設を決めたのではなかったのか。

 安積高OBの会社社長は

 「先取り授業はやらず東大合格も目指さないなら、安高に併設する意味はないんじゃない? 深掘り授業で人材育成を目指すなら、むしろ安積黎明高や郡山高に併設した方がよかったと思う」

 と素朴な疑問を口にするが、もっともである。

 県立安積中が進学に熱心な子や親の期待を集めるのは、教育内容も関係している。

 例えば県教委が昨年5月に発表した「福島県立安積中学校・高等学校(仮称)教育内容に関する基本計画」には「理数教育の充実」として《理数分野の興味・関心を高めることや、研究や技術の基礎となる科学的な手法等の技能の習得や観察力、考察力、表現力の向上のため、先端的な研究・学術分野に触れる機会を設け科学技術系リーダーを育成する》とあり、一例として「安積高で実施する医学コースの入門講座開設」が挙げられている。

 さらに世界中の人と議論する表現力を身につけるため、オールイングリッシュによる英語授業を行うことや、安積高が文科省のSSH(スーパーサイエンスハイスクール)に指定されている点を踏まえ、理数系の授業や発表に力を入れることなど特色の一端が明らかになっている。

 「特に保護者の関心を引いたのが医学コース入門講座です」と述べるのは前出・某塾の幹部だ。

 「ウチの塾にも県南の医者の子が入塾しました。しかも、母親と郡山市内にアパートを借りて」

 我が子に父の跡を継がせたい強い思いが伝わってくる。

 ところがあとになって、医学コース入門講座は医学に特化した授業を行うのではなく、安積高に医学コースがあることから、医師という職業に触れる機会を設ける程度と分かると、その子は塾をやめたという。

 「県立安積中では自分の夢を実現できないと、その子は首都圏の中高一貫校を受験することを決め、母親と引っ越していきました」(同)

 これも、前出・安積高の森下校長が言う「学習指導要領の範疇でやれることが限られる」ため、中学校で医学に特化した授業が無理なのは当然なのかもしれない。ただ一方で、県内トップの進学校に併設される中学校だからこそ、レベルの高い授業が行われるに違いないと子や親が期待するのは、これまた当然と言えば当然ではないか。

 「いや、私は過度な期待をした子や親にも責任があると思います」と冷ややかに述べるのは県内の進学事情に詳しい教育関係者だ。

 「県立は市町村立との関係性もあるから『公立の枠』を超えた取り組みはできない。教員も『公立の枠』以上のことは教えられない。ところが、子や親は『安高に併設される中学校だから、きっと凄い教育をするはず』と過度に期待した。そこがそもそもの間違い。県教委が発表した教育内容を見た時、私の感想は『予想の範囲内』でしたよ」

 そんな教育関係者の目に、安積中高一貫校はどう映るのか。

 「県立安積中の60人は希望すれば入学者選抜なしで安高に進学可能。高校では、その60人と市町村立中学校からの入学者220人(※3)が混在するクラス編成になるが、そうすることのメリットが何なのかがよく分からない。少なくとも6年後に県全体で東大合格者が20人に増えることはないでしょう。もともと福島県教委は数値目標を掲げない。掲げて達成できなかったら責任を取らなければならないので『東大合格者〇人』とは絶対に口にしない」

※3 安積高の募集定員は現在280人なので、今後も変わらなければ県立安積中から進学する60人を差し引いた220人が入学者選抜を経て入学できる人数になる

 混在については、前出・某塾の幹部もこんな懸念を口にする。

 「普通は中3の夏から受験勉強が本格化するが、県立安積中の3年生は無試験で安高に進学できるので、中だるみで学力が落ちたり、かえって勉強しなくなる心配がある」

 これに対し、市町村立中学校の生徒は懸命に受験勉強して安積高に入学するので、60人と220人の間に学力差がつくのか、あるいはつかないのかも気掛かりという。

 こうした指摘に、前出・県立高校改革室の佐藤室長も安積高の森下校長も「学習環境が異なる進学生と入学生が高校で一緒になれば、互いに刺激し合い、高め合う相乗効果が期待される」と語るが、前出・教育関係者は「公立の中高一貫校は全国各地にあるが、東北地方は取り組みが遅く、その中でも福島県は最後発。ならば他県ではやっていない取り組みで特徴を出すべきなのに、県教委は相変わらず『県全体の学力の底上げ』に固執し、難関大進学者を増やそうとしない」と厳しく批判する。

 進学生と入学生を混在させるメリットを、相乗効果などという抽象的な言葉ではなく具体的に示してもらわないと、現状に疑問を持つ人たちの納得は得られない。

成果が見えるのはずっと先

 このほか、県議会商労文教委員長の佐藤郁雄県議=2期=からは「優秀な人材を育成するなら、それを意識した教員配置が必要だが、義務教育なので一本釣りはできない。県教委に質問しても『来年度人事で適切に配置する』と答えるだけ。また、入学者は広範囲から集まることが予想されるが、スクールバスは出さない、寮はつくらない、給食はなく弁当持参という。保護者の負担もさることながら、経済格差によって入学させたくてもさせられない家庭も出てくるかもしれない」との意見も聞かれた。

 開校が9カ月後に迫る中、未だに課題山積の県立安積中。ただ、郡山市の学習塾「ベスト学院」の細谷雄次社長は「中学受験があることで県全体の学力は確実に上がる。そこで合格できなくても、市町村立中学校で3年間頑張ることは大きな意義がある。その子たちが安高に入学すれば、県立安積中から進学する生徒と良い意味で競争し合う効果も出てくると思います」と明るい材料も紹介する。

 東大や難関私大の合格は数値で可視化され、毎年結果が出るので評価しやすい。これに対し、人材育成の成果は短期間では見えてこない。卒業生が多方面で活躍したり、それこそ世界を牽引するトップリーダーが現れて初めて、安積中高一貫校が目指した取り組みは成功だったと言えるのだろう。現状は県教委が掲げる理想と、子や親、教育関係者のニーズは噛み合っていないが、どんな成果をもたらすかは長い目で見守る必要がありそうだ。

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