会津若松市の東山温泉の旅館が破産開始決定を受けた。コロナ禍がひと段落し、観光客は増加傾向にあるが、なぜ破産することになったのか。
業績好調旅館はコロナ禍から設備投資

10月24日付の福島民友に「東山ホテルが破産開始決定受ける 老朽化やコロナ禍影響」という記事が掲載された。
《信用調査会社の東京商工リサーチ郡山支店によると、温泉旅館を運営していた東山ホテル(会津若松市)は23日までに、地裁会津若松支部から破産開始決定を受けた。負債総額は約1億円。
同社は1997年8月設立。東山温泉で「おやど東山」を運営し、毎期5000万円前後の売上高を計上していた。

しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響で2021年8月期は売上高約3800万円にとどまり、約200万円の最終赤字を計上。業績は一時回復したものの、設備の老朽化やコロナ禍前の水準まで客足が戻らなかったことから資金繰りが限界に達し、事業継続を断念した》
近隣の温泉旅館経営者によると、おやど東山は当初、「新東山ホテル」という名称で営業していたという。社長は佐藤雅哉氏。総部屋数13室の小規模な旅館だが、「囲炉裏と会津頑固職人の宿」として、一般料理から郷土料理、特別料理などを提供し、丁寧な接客も人気を得てリピーターが多かった。
「うちが満室で受け入れられないときは紹介していた」という声も聞かれるほど高品質なサービスで信頼される旅館だったようだが、なぜ破産に至ったのか。
複数の宿泊業界関係者によると、経営的に行き詰まって破産を決めたわけではなく、資金繰りに奔走する生活に疲れて経営を断念したという側面が大きいようだ。
「長年家族で経営していたが、近年は佐藤社長1人になり、資金繰りを続けながら24時間365日、旅館経営に携わる生活に疲れてしまったらしい。もっとも、佐藤氏はまだ中年で、負債額も年商の倍程度。ようやく昨年から宿泊客・売り上げが回復してきたので、周辺の旅館・ホテル経営者は引き止めていたが、本人の心が折れてしまったようで、結局そのまま破産に至った」(前出・近隣の温泉旅館経営者)
負債に関しては、佐藤社長が所有していた不動産などをすべて売却して返済に充て、取引業者への影響を最小限に留めたという。それでも「会社を潰した以上はもう会津若松市にはいられない」と市外に移り住む考えを周囲に明かしていた。
なお、おやど東山の不動産登記簿によると、土地・建物には債務者東山ホテル、根抵当権者東邦銀行、極度額1億6200万円の根抵当権が設定され、11月25日現在、解除されていない。
11月上旬、おやど東山跡を訪ねたところ、すでに片付けなどは終わったようで、人影もなかった。宿泊業界関係者によると、複数の企業が調査・交渉に入っているとのことだが、会社ごと引き継ぐ話なのか、建物を取得して再生する話なのかまでは分からなかった。
前出・近隣の温泉旅館経営者はこのように嘆いた。
「リピーターが多い半面、新規宿泊客が少なく、経営が厳しくても宿泊料金はなかなか上げられなかったようだ。いい旅館だったので、きちんと説明して値上げしたら良かったのに……。本当に残念です」
会津若松市観光課によると、今年の東山温泉の観光入り込み数(9月末時点の暫定値)は別表の通り。
東山温泉の2024年入り込み状況
月 | 入り込み数 | 前年比 |
---|---|---|
1月 | 2万6499人 | 99.50% |
2月 | 4万1856人 | 163.10% |
3月 | 4万2955人 | 99.00% |
4月 | 4万3392人 | 116.10% |
5月 | 4万2336人 | 102.70% |
6月 | 4万5981人 | 103.40% |
7月 | 3万9629人 | 101.40% |
8月 | 5万8985人 | 105.60% |
9月 | 4万6850人 | 109.30% |
2024年累計(9月時点)は2023年比109%。2023年1~12月入り込み数(実数)は約49万人なので、その109%で計算すると53万人超となる。
県が公表している「福島県観光客入込状況」によると、2019年の東山温泉の観光入り込み数は52万4329人。このまま順調に推移すればコロナ禍前の水準を上回ることになる。
3連休直後の11月5日、東山温泉に足を運ぶと、紅葉シーズンということもあり、そぞろ歩きする観光客の姿が見られ、会津東山温泉観光協会の事務所には「全館満室」との張り紙が掲示されていた。
回復状況は二極化

コロナ禍の影響から順調に回復しているように見えるが、県内のある老舗温泉旅館の役員は「おやど東山のように倒産するケースが続いても不思議ではない」と危機感を示す。
「確かに入り込み数は増えているが、コロナ禍の時期に減った売上高分を回収するまでには至っていない。むしろ、その時期の借り入れ金の返済に追われている旅館が多い。一方で、コロナ禍の時期に『いまは新たな戦略を練る時期だ』と割り切り、補助金を活用して客室の改装や労働集約型産業からの脱却・効率化に踏み切ったところはいま業績を順調に上げている。同じ温泉地の旅館でも二極化しつつある印象です」
本誌で取り上げたところで言うと、福島市飯坂町の穴原温泉・吉川屋では昨年4月、補助金を活用して、館内のクラブやバーを改装し、名作漫画をそろえたブックラウンジや子どもが遊べるスペースを整備した。
畠正樹社長はその狙いについて「もともとは宿泊客の宴会の二次会で使われていたクラブだったが、コロナ禍前から稼働率が低く、景色が良い場所なので、もったいないと考えていました。コロナ禍で団体旅行から個人・少人数旅行への切り替えが急速に進む中、思い切ってクラブをなくし、かねてからの夢だった漫画専用のブックラウンジを整備することにしたのです」と説明していた(本誌2023年6月号参照)。
他の温泉旅館も旅行形態の変化に対応すべく、食事会場を半個室スタイルに改装したり、より良い部屋に泊まりたいという需要に応え高級ルームを新設するなどのリニューアルを施した。旅行需要が回復したいま、それらの温泉旅館は人気を集めており「コロナ禍前より業績が伸びている」という声も聞かれる。
一方で、以前から売り上げが低迷していたり、設備老朽化への対応が遅れていたり、観光誘客が思うようにできなかった旅館はコロナ禍の時期、金融機関から借り入れて営業を持続するだけで精いっぱいだった。
「補助金を使って設備投資すれば、付加価値が高まるので値上げしやすくなる。効率化のための投資を怠らず、デジタル導入や従業員のマルチタスク化などを促進すれば、少ない従業員でも対応できるようになる。それだけに、コロナ禍に対応できたかどうかが大きな差となっている。まして福島県はインバウンド客が少なく、『県民割』のような大型キャンペーンも期待できないので、こうした〝準備〟の差がダイレクトに出てしまう」(老舗温泉旅館の役員)
おやど東山については破産手続き開始後、前述の通り、複数の企業が調査・交渉に入っているとのウワサが流れている。ただ、経営に行き詰まる旅館が続出した場合、建物が解体されずそのまま廃墟化していくケースが発生する可能性もある。
懸念される廃墟増加

本誌では、廃業した旅館・ホテルが廃墟化し、温泉街の景観を損ねている問題をたびたび取り上げている。
2021年11月号では二本松市・岳温泉のホテル安達屋跡が競売で資本金0円の〝幽霊会社〟に取得されていたことや、同温泉内の温泉旅館の建物が運営会社倒産後、再開できていない実態について報じた。
昨年11月号では芦ノ牧温泉の芦ノ牧ホテルが廃墟と化している問題を中心に、会津若松市内の温泉旅館の現状をリポートした。
廃墟の解体費用は数億円規模。営業停止後もそのまま残しておけば固定資産税がかかるが、耐用年数が満了となってからは新築時より納付額がかなり低くなる。仮に固定資産税が支払われず税金滞納で行政に差し押さえられたとしても、すぐに競売にかけられることは少ない。
競売にかけるには行政が100万円単位の金額をかけて不動産鑑定をする必要があるためで、行政の担当者も「売れる見込みがない廃墟にそれだけの経費はかけにくい」と及び腰になる。破産した経営者とは連絡も取りづらく、結果、廃墟の解体は後回しにされてしまう。
東山温泉では4つの旅館・ホテルが廃墟化しており、市は一昨年に策定した会津若松市温泉地域景観創造ビジョン・同アクションプランで、令和14(2032)年度までに解体する方針を示している。解体費用の概算は約10億円。
解体費用については、国の補助金を活用しつつ地域の事業者なども負担する方式を検討中で、市としても廃墟解体を支援するため、会津若松市温泉地域活性化基金を新設する方針だ。入湯税を引き上げ、その分を基金に積み立てていく。市議会12月定例会に基金と入湯税に関する条例案が提出される予定だが、可決されたとしても準備期間に半年以上はかかる見通し。
会津若松市観光課の担当者は「おやど東山に関してはまだ情報収集している段階で、アクションプランの変更なども考えていない」と話す。ただ、破産して廃墟化する旅館・ホテルがいま以上に増えれば解体費用が確保しづらくなり、同アクションプランの実現も難しくなる。おやど東山の今後と併せて、温泉街の先行きについても注視していきたい。