甲子園球場(兵庫県西宮市)で行われる「第96回選抜高校野球大会」(通称・センバツ、3月18日開幕)の出場32校を決める選考委員会が1月26日に開かれ、学法石川が選出された。同校は2018年秋に、前年まで仙台育英(宮城県)を指揮していた名将・佐々木順一朗監督を迎えていた。古豪復活の軌跡と、佐々木監督のチームづくりに迫る。
佐々木順一朗監督のチームづくりに迫る

学法石川のセンバツ出場は1991年以来、33年ぶり4度目。夏を含めても、1999年以来の甲子園出場となる。長い間、甲子園から遠ざかっていた同校だが、2018年秋に佐々木順一朗監督を迎え、チーム強化を図ってきた。
佐々木監督は、1995年から2017年まで仙台育英を指揮し、春夏通じて19回、甲子園に出場している。2001年春と2015年夏の甲子園で準優勝したほか、2012年と2014年の明治神宮野球大会優勝、2012年の国体優勝などの成績を残している。
もっとも、これだけの実績を持つ佐々木監督だが、仙台育英の監督就任当初は勝てない時期が続き、前任の竹田利秋監督の存在感の大きさを痛感させられたという。いまでこそ、東北地方のチームが甲子園で上位進出することは珍しくないが、かつては組み合わせ抽選で東北地方のチームと当たると、対戦相手チームが喜ぶような時代があった。そんな状況を変えた最大の功労者が竹田監督で、宮城県、東北地方の高校野球のレベルを押し上げた名監督である。
佐々木監督はこう述懐する。
「最初(仙台育英の監督になった当初)は勝てない時期が続き、僕の前任(竹田監督)が偉大な方だったので、『佐々木じゃ勝てない』みたいなことをだいぶ言われました。そこから2、3年してからですかね、勝てるようになったのは。それまでは『勝ちたい』、『甲子園に行きたい』ということを前面に出していましたが、そうではなく『将来、いい親父になるための修行だね』とか、『みんながずっと野球をやるわけじゃないから、(高校野球が)終わってから何をするか、そういったことにアンテナを広げようね』とか、そういうことを言うようになったんです。あとは、『いろんな運命を全部受け入れよう』とも言いましたね。まずは運命を受け入れて、そうすると何をすればいいのかが見えてくるから、と。例えば試合で予期せぬことが起きても、じゃあどうすればいいかとか、その後の作戦とか、いろんなことが考えられるようになります。そんなことばかりを言うようになって、それからは劣勢を巻き返したり、甲子園でもいろんな逆転劇とか、信じられないような勝ちをだいぶ拾えるようになりました」
昨年夏の悔しさ

これが佐々木監督の指導の原点になった。当然、学法石川に着任してからも、そうした姿勢で指導に当たったが、最初は受け入れられない部分もあったという。
「学法石川に来てから、『いつも笑顔で』とか、『難しいけど、逆転されても頑張って笑顔になろうぜ』と言ってきましたが、最初は受け入れられなかったというか、『なんで逆転されて笑顔にならなくちゃいけないんですか』みたいな感じもちょっとありました。だけど、それを少しずつ浸透させて、グラウンドにも『いい親父になる』という横断幕を掲げたり、そういうことがだんだん当たり前になって、少しずつ県大会、東北大会でも惜しいところまで行けるようになりました。それでも、期待に沿えない(甲子園に届かない)歯がゆさというか、そういったこともありました」
中でも象徴的なのが昨年夏の県大会。決勝戦まで進み、あと1つ勝てば甲子園の切符をつかめるところまで来た。相手は県内の絶対王者・聖光学院だったが、試合序盤は優位に進め、中盤に逆転を許すも、終盤に同点に追いつき、6―6で延長戦に入った。昨夏から、延長10回からノーアウト1、2塁から攻撃を始める特別ルール(タイブレーク)が採用され、学法石川は10回表に4点を挙げ、10―6とリードした。甲子園をほぼほぼ手中に収めたと言っていい展開だったが、10回裏に5点を入れられ逆転サヨナラ負けを喫した。
昨夏決勝戦のランニングスコア
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 計 | |
学法石川 | 1 | 1 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 4 | 10 |
聖光学院 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 4 | 0 | 0 | 0 | 5× | 11 |
「あの試合でも10回裏の守りで、チームで一番守備の上手い選手がエラーをしたり、一番コントロールのいいピッチャーが連続でデッドボールを与えたりと、なんでこの場面でこんなことが起こるんだろうということが凝縮してあったんです。何か不思議な感情というか、これでも行けないのかと思いましたね」
1、2年生はこの試合の先輩たちの悔しさをグラウンドやスタンドで見ていた。そんな思いを背負っての新チーム始動となった。
「福島県に来て初めて分かったことなんですけど、聖光学院の壁というのがものすごくて。だから、もし分けるとしても、聖光学院と当たるまでは負けたくない、聖光学院と当たって負けるのは仕方がない、みたいな雰囲気が漂っているんですね。これはウチだけでなく、ほかのチームを見てもそう。その感覚は打破しないといけないと思っていた中で、お兄ちゃんたちがあの場面で負けた。そのことがみんなの瞼に焼き付いていて、最後の最後まで勝ったと思わず、負けていても勝っていても、試合終了の合図があるまでは、やっぱり最後まで戦い抜くんだという感覚を、あの試合で学んだような気がします。もう1つは覚悟が足りなかったなと思うんですね。覚悟というと、負けに対するもののように思われるでしょうけど、それだけでなく、ちゃんと勝ち切って皆さんの代表として甲子園に行くんだという覚悟ですね。甲子園に行くことになれば、いろいろな人に見られるし、取材を受けることもあるでしょうし、そういったことを含めた覚悟ですね。その2つの覚悟に対する意識がだいぶ芽生えたと思います」
秋季大会を振り返る
別掲に秋季大会の戦績をまとめた。県南支部大会は難なく勝ち上がり、県大会準決勝で聖光学院と再戦した。昨夏の敗戦があり、「聖光」のユニフォームを前にすると、本来の力が発揮できないような苦手意識がある中で、この試合では7人のピッチャーをつぎ込む作戦に出た。
秋季大会の戦績
県南支部大会 | 2回戦 | ○10-0 | 清陵情報 |
準決勝 | ○ 8-1 | 白河実業 | |
決勝 | ○22-4 | 白河 | |
県大会 | 2回戦 | ○12-1 | 学法福島 |
3回戦 | ○10-6 | 郡山 | |
準々決勝 | ○10-0 | 会津北嶺 | |
準決勝 | ● 3-7 | 聖光学院 | |
3位決定戦 | ○ 4-3 | 東日本国際大昌平 | |
東北大会 | 1回戦 | ○ 8-5 | 盛岡中央(岩手) |
2回戦 | ○ 2-1 | 聖和学園(宮城) | |
準々決勝 | ○ 3-1 | 金足農(秋田) | |
準決勝 | ● 0-1 | 八戸学院光星(青森) |
昨年秋季大会のメンバー
背番号 | 選手 | 守備 | 学年 |
1 | 大友 瑠 | 投手 | 2年生 |
2 | 大栄 利哉 | 捕手 | 1年生 |
3 | 小澤 陸蒔 | 内野手 | 2年生 |
4 | 小笠原涼太 | 内野手 | 2年生 |
5 | 岸波 璃空 | 内野手 | 2年生 |
6 | 福尾 遥真 | 内野手 | 2年生 |
7 | 渡邊 大世 | 外野手 | 2年生 |
8 | 瀬川 俊晃 | 外野手 | 2年生 |
9 | 佐藤 辿柊 | 外野手 | 2年生 |
10 | 佐藤 翼 | 投手 | 1年生 |
11 | 末永 昌聖 | 投手 | 2年生 |
12 | 渡邊 莉央 | 捕手 | 2年生 |
13 | 大河原千晟 | 内野手 | 2年生 |
14 | 小宅 善叶 | 投手 | 2年生 |
15 | 宇梶哩惟河 | 内野手 | 2年生 |
16 | 坂本 奏都 | 内野手 | 2年生 |
17 | 小山陽向汰 | 外野手 | 2年生 |
18 | 加藤 龍雅 | 投手 | 2年生 |
19 | 福尾 翔 | 外野手 | 1年生 |
20 | 志賀 雅 | 内野手 | 2年生 |
「ちょっと作戦を変えるというか、この試合はいろいろと試させてもらおうということで7人のピッチャーを送り込んだ。本番(公式戦)のそれも聖光学院戦で『この子はこういう感じなんだ』というのを確認することができました」
試合には敗れたが、練習での能力や調子だけでなく、各ピッチャーが聖光学院を相手に厳しい場面で、どんな表情・精神状況で、どんなピッチングをするかを試したというのだ。その中で、「このピッチャーは劣勢の場面で投げるとこうだ」、「このピッチャーはピンチでも行ける」といったことを把握できた。
さらに、翌日の東日本国際大昌平との3位決定戦では、本来はキャッチャーの1年生、大栄利哉選手を初先発させ勝利した。
「この試合に負けたら東北大会に進めない中、大栄が外連味のない投球をしてくれたというか、予想通りピンチでも笑顔でチームを鼓舞してくれました。本来はキャッチャーですけど、こんなに気持ちよく投げて、ピンチでも笑顔だったら乗り切れるんだよというのを、下級生がみんなに教えてくれたような試合ができました。試合展開としても、3―3の同点で9回裏2アウトランナーなしから、当たり損ないが野手の間に行ってヒットになり、次もボテボテの当たりがヒットになった。ランナー1、2塁で一番の頑張り屋の岸波(璃空)に回って決めてくれた。あれで苦しくても後ろにつなげば何とかなるんだという思いがみんなに芽生えたように感じました」
こうして、さまざまな収穫があった中で県大会を終え、福島第3代表として東北大会の切符をつかんだ。
迎えた東北大会初戦の盛岡中央戦は天候との戦いだった。雨で開始時間が遅れただけでなく、試合中も約1時間の中断を余儀なくされた。
「中断中も、『集中力を切らすなよ、相手も同じだよ』、『ウチは強くないから、こういう(イレギュラーな)ことが起きた方がウチには有利だね』と声をかけていました」
中盤までに2―5とリードを許したが、7回に1点差に詰め寄り、8回の集中打で逆転して、そのまま勝利を収めた。
「初戦の盛岡中央戦が多分一番しんどかった。追いつ追われつの試合展開で、中断もあり、そんな中で逆転勝ちできたのは、2ランクぐらい強くなったような気がします」
東北大会2回戦は聖和学園(宮城)に勝利し、準々決勝は金足農業(秋田)との対戦だった。「ここが甲子園を決めた最大のポイントだった」という。初回に2点を先制し、中盤に1点を返されて2―1で迎えた8回裏の守りで、味方のエラーでノーアウト2塁のピンチとなった。
「『もう終わりだ』みたいな雰囲気になったときに、バント処理をキャッチャーが超ファインプレーでサードに投げてアウトにした。練習でも見たことがないようなプレーでした。これでエラーをした子も、チームも救われた」
この日は、本来はレギュラーキャッチャーの大栄選手がマウンドに立っていた。大栄選手に次ぐ2番手キャッチャーは怪我でメンバー入りしていなかった。つまり、チームで3番手のキャッチャーがマスクを被っていたのだ。渡邊莉央選手。この選手がチームを救うビッグプレーをしたことで、「行ける」という雰囲気になり、そのまま勝ち切った。
「渡邊は寮長をやっているんですけど、みんなが嫌がるようなこともできる子なんです。やっぱりそういうことができる子は大事な場面でも強いな、と。『人間性』ということは普段から言っていることですが、あらためてそう思わせてくれる場面でしたね」
準決勝では八戸学院光星(青森)に敗れたが、0―1の接戦だった。
枠増の巡り合わせ
昨年までは東北地方でセンバツに選ばれるのは2校だったが、今年から3校に増えた。出場枠が2校だったころは、東北大会決勝に残った2校(優勝・準優勝)が選ばれるケースがほとんどだったが、今年からは準決勝で敗退した2校のうち、東北大会の内容がよかったどちらかが選ばれる可能性が高い。
その点で言うと、学法石川は2回戦で宮城県大会優勝の聖和学園、準々決勝で秋田県大会優勝の金足農業に勝っており、東北6県のうち2県の王者を倒している。準決勝も僅差だった。その時点でかなり有力になった。
ところが、準決勝で敗れた八戸学院光星が、決勝戦で青森山田(青森)にノーヒットノーランで敗戦。自チームを負かしたチームが、次の試合で完敗(点数は0―3)したことで、どう評価されるのかが分からなくなった。
「準決勝までの戦いぶりを見たら、ある程度有利なんじゃないかなというのは正直ありました。ただ、それは1日で吹き飛びました。決勝を見て、五分五分かな、と。それだけに選ばれたときは本当に嬉しかったですね」
前述したように、昨夏は甲子園をほぼほぼ手中に収めたような状況から、まさかの逆転負けを喫した。そのときは、「野球の神様に『まだ早い』と言われたような気持ちだった」と言う。それが今回は、たまたま今年から東北地方の出場枠が1つ増え、そのタイミングで3校目の枠に選ばれるような成績を残した。この巡り合わせこそが、佐々木監督が普段から口にしている「運命」と言えるかもしれない。
夏の甲子園は県大会で優勝しなければ出場できない。文字通り、自ら勝ち取らなければならないわけだが、これに対してセンバツは各地方大会の戦績を参考に、選考委員会が選ぶ仕組み。そのため、「今回は勝ち取ったというより、選んでいただいたという思いが強い」と言う。
「選ばれたのは、いろいろな理由付けがありますが、選手たちは『こういうことをやったから選ばれたんだ』ということを考えて、その後の行動もきちんとしていくと思います。ですから、選ばれたときは、『嬉しいね』と言ったんですけど、同時に『選ばれた責任も生じてくるね』ということも伝えました」
チームは「Believe(ビリーブ=信じる)」というスローガンを掲げる。甲子園では、どんな試合展開になろうと、仲間やこれまでの歩みを信じて戦う。