混沌とする【自民衆院新4区】の候補者調整【坂本竜太郎】【吉野正芳】

混沌とする【自民衆院新4区】の候補者調整

 県議選が11月12日に投開票されたが、その告示前から、いわき市では別の選挙に注目が集まっていた。衆院選の自民党候補者をめぐる動向である。県議選同市選挙区に同党公認で立候補する予定だった坂本竜太郎氏(43)=当時2期=が告示直前に立候補取りやめを発表。支持者や有権者は「次期衆院選に向けた意思表示」と受け止めたが、同市を含む新福島4区の支部長は吉野正芳衆院議員(75)=8期=が務めている。もっとも、吉野氏の健康状態が良くないことは周知の事実。坂本氏の決断は、同党の候補者調整にどのような影響を与えるのか。

健康不安の吉野衆院議員に世代交代迫る坂本前県議

吉野正芳氏
吉野正芳氏
本誌の取材に応じる坂本竜太郎氏
本誌の取材に応じる坂本竜太郎氏

 坂本竜太郎氏の県議選立候補取りやめは、選対幹部も〝寝耳に水〟の急転直下で決まった。

 《県議選いわき市選挙区(定数10)で、自民党公認の現職坂本竜太郎氏(43)=2期=が(10月)25日、立候補の見送りを表明した。坂本氏から公認辞退の申し出を受け、自民県連が承認した。(中略)

 会見で公認辞退の理由を問われた坂本氏は「熟慮の結果」とした上で、「政治の世界から身を引くわけではなく、今後さらに熟慮を重ね、どのように貢献できるかを改めて模索したい」と説明した。次期衆院選への立候補の意思を問われると、「熟慮を重ねさせていただきたいという言葉に尽きる」と直接的な言及を避けながらも否定はせず、さらなる政治活動に強い意欲をにじませた》(福島民報10月26日付)

 各紙が一斉に報じた10月26日、坂本氏は県議選の事務所開きを予定していた。不出馬の決断はギリギリのタイミングだったことが分かる。

 「それ(選対本部)用の名刺をつくっていたのですが、1枚も配らずに終わってしまった」

 と苦笑するのは坂本氏の選対幹部だ。前回(2019年)の県議選でも選対を取り仕切ったというこの幹部によると、10月25日の朝、坂本氏から電話で立候補取りやめを告げられたと言い

 「本人から直接会って話したいと言われたが、翌日には事務所開きを控えていたし、本番に向けて各スタッフも予定が入っていたので。急きょ集まって坂本氏の話を聞くのは難しかった」(同)

 選対幹部でさえ相談は一言も受けていなかったという。ただ「それに対して憤ったり落胆する人は誰もいなかった」とも話す。

 「出馬挨拶で回ったところを1軒1軒お詫びして歩いたが、批判する人は誰もいなかった。むしろ100人いたら100人全員が『よくぞ決断した』と歓迎していました」(同)

 背景には、衆院選に向けて坂本氏が本腰を入れたと解釈する支持者が多かったことがある。

 坂本氏の支持者が明かす。

 「県議選に向けて支持者回りをする中で、必ず言われたのが『県議のあとはどうするんだ』という投げかけだった。『国政を目指すべきだ』『いつ衆院選に出るのか』と直球質問をする支持者もかなりいた。それに対し、坂本氏は『県議として頑張る』と言い続けてきたが、強く国政を促す人には『とりあえず県議として』と答えるようにしていたんです。ただ、坂本氏は同時に『とりあえず』との言い方に違和感を持っていた。とりあえず県議をやる、というのは有権者に失礼だし無責任と思うようになっていたのです」

 前回の県議選でトップ当選を果たした坂本氏は、立候補すれば落選することはないと言われていた。要するに、とりあえず県議を続けられるわけだが、それを良しとしない気持ちが坂本氏の中に強く芽生えていたというのだ。

 「告示直前に立候補を取りやめ、公認を辞退するのは無責任に映るかもしれない。しかし、坂本氏は『とりあえず』の気持ちで県議にとどまる方がよっぽど無責任と考え、あのタイミングで立候補取りやめを発表したのです」(同)

 さらに言うと、任期の問題もあったと思われる。今の衆院議員の任期は残り2年、解散総選挙になればもっと短くなる。初秋には年内解散も囁かれていたので、そうなると坂本氏は県議選で3選を果たしたあと、時間を置かずに辞職を考えなければならない状況もあり得た。本気で衆院議員を目指すなら、とりあえず県議を続けるのではなく、準備を進めるタイミングは今――という判断が働いたのではないか。

 坂本氏は1980年生まれ。磐城高校、中央大学法学部卒。父である坂本剛二元衆院議員の秘書を務め、2009年のいわき市議補選で初当選したが、翌10年12月、酒気帯び運転で現行犯逮捕され同市議を辞職した。その後、5年の反省期間を経て15年11月の県議選に立候補し最下位の10位(6881票)で初当選すると、再選を目指した19年11月の県議選ではトップ当選(1万1828票)を果たした。

 最初の県議選では事件の記憶が薄れておらず、有権者の見る目も厳しか
ったが、県議1期目の活動が評価されたのか二度目の県議選では得票数を5000票も伸ばした。4年間で坂本氏への評価が大きく変わったということだろう。

 そんな坂本氏に衆院議員の話が付いて回るのは、父・剛二氏の存在があることは言うまでもない。

 坂本剛二氏は1944年生まれ。磐城高校、中央大学経済学部卒。いわき市議、県議を経て1990年の衆院選で初当選、通算7期務めた。

 国会議員としての出発は自民党だったが、1994年に離党し新党みらいなどを経て新進党に合流。96年の衆院選は同党公認で3選を果たした。その後、同党の分党を受け無所属での活動が続いたが、99年に自民党に復党。小泉内閣では経済産業副大臣などの要職を務めた。2009年の衆院選ではいわゆる民主党ブームの影響で落選したが、12年の衆院選で国政復帰。しかし、14年の衆院選で落選し、17年9月に政界を引退した。18年11月、急性心不全で死去、74歳だった。元参院議員・増子輝彦氏は義弟に当たる。

父・剛二氏と吉野氏の因縁

坂本剛二氏
坂本剛二氏

 坂本竜太郎氏に衆院議員の話が初めて持ち上がったのは、剛二氏の政界引退がきっかけだった。

 「剛二氏は集まった支持者を前に引退を発表した。2017年10月22日投開票の衆院選が迫る中、その1カ月前に自身の立場を明確にしたわけだが、支持者からは惜しむ声と共に『引退するなら息子を立てるべきだ』という意見が上がった。結局、剛二氏は後継指名しなかったが、剛二氏の後援会から竜太郎氏に意向確認の連絡が入った」(前出・坂本氏の支持者)

 この時、竜太郎氏は県議1期目で9月定例会の真っ最中だった。本人は衆院選に出るとは一言も言っていなかったが、父親の後援会の打診を無下にするわけにはいかないと検討した結果、9月定例会終了後に「立候補の考えはない」と返答した。

 「竜太郎氏はわざわざ不出馬会見まで開いたが、本人が出ると言ったことは一度もないのにあんな会見を開かされ気の毒だった。ただ、会見では『将来的には国政を目指せるよう精進したい』とも発言したため、それが最初の衆院選への意思表示と受け止められたのは確かです」(同)

 とはいえ、いわき市には現職の吉野正芳衆院議員がいる。

 1948年生まれ。磐城高校、早稲田大学商学部を卒業後、家業の吉野木材㈱に就職。87年から県議を3期12年務め、2000年の衆院選で初当選。以降、連続8回当選を重ねている。

 吉野氏と坂本剛二氏の政治経歴は複雑に絡み合っている。

 そもそも吉野氏が県議から衆院議員に転じたのは、剛二氏が自民党を離党したことが理由だった。1999年に復党したとはいえ「党に砂をかけて出て行った」レッテルは拭えず、地元党員の間には吉野氏こそが正当な候補者という空気が漂っていた。ただ地元の感情とは裏腹に、党本部としては当時現職だった剛二氏を公認しない理由はなく、2000年の衆院選はコスタリカ方式で吉野氏が選挙区(福島5区)、坂本氏が比例東北ブロックに回り、両氏とも当選を飾った。

 以降2003、05年の衆院選はコスタリカ方式が機能したが、当時の民主党が躍進した09年の衆院選で状況が一変。同方式は解消され、剛二氏が福島5区から立候補すると、吉野氏は党本部の要請で福島3区に国替えを余儀なくされた。3区は自民党候補者が玄葉光一郎衆院議員にことごとく敗れてきた鬼門だった。事実、吉野氏も玄葉氏には歯が立たず(比例東北で復活当選)、剛二氏も5区で落選。ここから、それまで保たれてきた両氏のバランスが崩れてい
った。

 2012年の衆院選は、再び剛二氏が福島5区から立候補し、吉野氏は比例中国ブロックの単独候補という異例の措置が取られた。ここで剛二氏は返り咲きを果たし、吉野氏も当選するが、14年の衆院選ではさらに異例の措置が取られた。

 この時の公認争いは、共に現職の両氏が福島5区からの立候補を希望したが、党本部は公示前日(2014年12月1日)に吉野氏を5区、剛二氏を比例近畿ブロックの単独候補に擁立すると発表。当時の茂木敏光選対委員長は「2人揃って当選できる可能性のある近畿を選んだ」と配慮を強調したが、剛二氏の後援会は冷遇と受け止めた。

 それでも吉野氏が比例中国で当選したように、坂本氏も当選すればわだかまりは抑えられたが、結果は落選。一方、吉野氏は9年ぶりとなる地元での選挙で6選を果たし、両氏の明暗は分かれた。

 それから3年後の2017年9月、坂本氏は政界を引退した。

 選挙区で公認されるか比例区に回されるかは党本部が決めることなので、それによって本人同士にどれくらいの溝が生じるかは分からない。ただ、後援会同士は互いの存在を必要以上に意識するようだ。

 かつて森雅子参院議員の選対中枢にいた人物が、次のような経験を思い返す。

 「参院選期間中、適当な森氏の昼食・トイレ休憩の場所がなくて吉野事務所を借りようとしたら、それを聞きつけた剛二氏の女性後援会から『なぜ坂本事務所を使わないのか』と猛抗議が入り、慌てて取りやめたことがあった。剛二氏の後援会はそこまで吉野氏を意識しているのかと意外に感じたことがあります」

姿が見えない吉野氏

 坂本竜太郎氏の支持者が県議選立候補取りやめを歓迎していることは前述したが、反対に吉野氏の支持者からはこんな声が聞かれている。

 「正直不愉快な決断です。この間、いわき市における選挙で保守分裂が繰り返されてきたことは竜太郎氏自身も分かっているはず。自分が衆院選に出たいからと県議選立候補を見送るのは、立ち回り方として幼稚に見える」

 竜太郎氏の決断をよく思っていない様子がうかがえる。

 だったら竜太郎氏に今回のような決断をさせないよう、吉野氏が熱心に議員活動をしていれば問題なかったのだが、現実には活動したくてもできない事情がある。

 周知の通り吉野氏は近年、健康問題に苛まれてきた。2017年4月から18年10月まで復興大臣を務めたあと、脳梗塞を発症。療養を経て復帰したが、身体の一部に障がいが残った。そんな体調で21年の衆院選に立候補し8選は飾ったものの、選挙中に足を痛めてからは車椅子に頼る生活が今も続いている。喋りも次第にたどたどしくなっている。

 本誌は取材などで自民党の国会議員、県議、市議と会う度に吉野氏の様子を聞いているが、

 「秘書や事務所スタッフに車椅子を押してもらわないと、自分一人では移動できない状態」

 「会話のキャッチボールにならないもんね。最近のお決まりのフレーズは『〇〇さん、ありがとね』。それ以外の言葉は聞かないな」

 吉野氏の姿が最後に目撃されたのは今年2、3月ごろ、いわき市内で営まれた葬儀だった。その際に吉野氏と会話したという人に話を聞くことができたが

 「ご挨拶したら『〇〇さん、ありがとね』と言っていただいたが、それ以上は言葉が続かなかった。移動は車椅子でしたよ」

 吉野氏の公式ホームページを見ると未だに「復興大臣を終えて」(2018年10月2日付)という挨拶が大きく載っている。最も新しい活動報告は21年7月11日にとみおかアーカイブミュージアムの開館式に出席したこと。「吉野まさよし最新ニュース」というページを開くと「該当するページが見つかりません」と表示される。

 「マスコミ向けに発表される県関係国会議員の1週間の活動予定は、吉野氏の場合、本人が出席できないので秘書が代理で対応している」(地元紙記者)
 吉野氏は3月の自民党県連定期大会も欠席するなど、今年に入ってから公の場に姿を見せていない。いわき市は9月の台風13号で広範囲が被災したが、その現場にも足を運ぶことはなく、秘書が代わりに訪れていた。県議選の応援演説に駆け付けることもなかった。

 自民系の市議からも「地元選出の国会議員が大事な場面に一切登場しないのはイメージが悪いし、われわれも何と説明していいか困ってしまう」と困惑の声が漏れる。

「覚悟を示すなら今」

 要するに今の吉野氏は、国会や委員会での質問、地元での議員活動、聴衆を前にした演説など、国会議員としての仕事が全くできない状態なのである。

 ここで難しいのは、政治家の出処進退は自分で決めるという不文律があることだ。周りがいくら「辞めるべき」と思っても、本人が「やる」と言えば認めざるを得ない。

 そうした中で吉野氏に〝引導〟を渡すために掲載されたのが、福島民報6月9日付の1面記事と言われている。内容は、吉野氏が今期限りで政界を引退する意向を周辺に伝えたというもの。

 《党本部が今後、吉野氏に意向を確認した上で後継となる公認候補の選定が進められる見通し。吉野氏と同じく、いわき市を地盤とする自民党県議の坂本竜太郎氏(43)=2期=を軸に調整が進められるもよう》(同紙より抜粋)

 福島民報にリークしたのは自民党県連とされる。

 「6月上旬はちょうど衆院解散が囁かれていたが、吉野氏は議員活動を再開させるでもなく、かといって引退表明もしない。後釜と見られている竜太郎氏は現職が辞めないうちは表立った行動ができないが、現実問題として解散が迫る以上、立候補の準備に取りかかりたいのが本音だった」(マスコミ関係者)

 そこで県連が、福島民報にああいう記事を書かせたのだという。雑誌と違い新聞があそこまで踏み込んだ記事を書くのは、県連上層部のゴーサインがなければ難しい。

 一部には「リークしたのは竜太郎氏ではないか」との説もあったが

 「竜太郎氏は記事が出た日、静岡方面に出張に出ており、早朝にあちこちから電話をもらってそういう記事が1面に載ったことを知ったそうです。当時、本人はどういうこと?と困惑していて、吉野事務所も竜太郎氏に対し『うちの代議士は辞めるなんて一言も言っていない』と告げたそうです」(同)

 前回(2021年)の衆院選前には「竜太郎氏が森雅子参院議員の案内で永田町を回り、党幹部らに接触していた」「場合によっては無所属でも立候補すると息巻いている」との話も漏れ伝わったが、それらを反省してか、以降、竜太郎氏は自身に出番が回ってくるのを静かに待ち続けている印象だ。

 県議選立候補取りやめの会見では奥歯に物が挟まった発言に終始していた竜太郎氏だったが、県議の任期を終えた11月20日、あらためて竜太郎氏に話を聞いた。

 ――県議選立候補取りやめは一人で決めた?

 「24日夜から25日朝にかけて考えを巡らせ、目が覚めた時点で決断しました。告示直前に公認辞退を申し入れ、県連にはご迷惑をおかけしたが、私の思いを尊重していただき感謝しています」

 ――今回の決断を、多くの人は衆院選に向けた動きと見ている。

 「新福島4区の支部長は吉野正芳先生です。先生には日頃からお世話になっており、先生と私の自宅・事務所は数百㍍圏内で非常に近い関係にあります。今後については、さらに皆様のお役に立てるにはどうあるべきか、各方面からご指導をいただき、しっかりと見いだして参りたいと考えています」

 ――とはいえ吉野氏は健康問題を抱え、公の場に姿を見せていない。

 「政治家は自らの命を削って活動するもの。今は秘書の方々と、やれる限りのことを懸命にやっておられると思います」

 ――いくら秘書が頑張っても、本人不在では……。

 「いわき市をはじめとする浜通りはこの夏、処理水の海洋放出という深刻な問題に直面しました。海洋放出は今後も長く続きます。これを安全に確実に進め、新たな風評を生じさせないようにして、放出完了時にはこの地域の水産業が世界最先端であるべきと考えます。この長期にわたる課題に責任を持つのは国ではありますが、国に訴え続けるためには地元としての本気度も示すべきで、それを担っていくのは必然的に地元の若い世代になります。国政の最前線で活躍する若い先生たちを見ると自分のような40代が若いとは言えないかもしれませんが、この世代として責任と役割を果たして参る覚悟があります。同世代の方々と、地元の思いはこうなんだと国に強く主張していくべき、と」

 ――もし、吉野氏の健康が回復して元通り政治活動ができるようにな
ったらどうするのか。

 「まずはご快復なされ、今の任期を全うしていただき、末永くご指導いただきたいです。その先のことは県連や党本部がお考えになることですが、県議選立候補を取りやめたのは覚悟を示すなら今しかないと考えたからです」

 慎重に言葉を選びながらも、若い世代がこれからの政治を引っ張っていくべきと力説する。

 一方の吉野事務所は次のようにコメントしている。

 「坂本氏が県議選立候補の取りやめに当たり、どのような発言をしたかは分からないが、他者の行動に当事務所がコメントすることはない」

「表紙」変更だけでは無意味

 前出・竜太郎氏の選対幹部は「吉野氏は、本音では竜太郎氏を後釜にしたいと思っていても、支持者を思うと言えないのではないか。そもそも吉野氏は、党から擁立されて衆院議員になったので、後継も党で立ててほしいのが本音かもしれない」と吉野氏の気持ちを推察する。

 これに対し、ある自民党県議の意見は辛らつだ。

 「自民党は県議選いわき市選挙区で4議席獲得を狙ったが、結果は3議席。確かに党への逆風は強かったが、地元の吉野先生が一切応援に入れなかった責任は重い。現状では個人の思いや後援会の都合で衆院議員を続けているように見える。被災地選出の立場から、どういう決断を下すのが最適か真剣に考えてほしい」

 事実、朝日新聞は《(吉野氏をめぐり)県連が党本部に対し、立候補できる状態にあるかの確認を求めていることがわかった。(中略)候補者として適任かの判断を党本部に委ねたかたち》(11月21日付県版)などと報じている。

 ただ、有権者からすると「表紙」が変わっても「中身」が変わらなければ意味がない。吉野氏が旧福島5区にどのような影響をもたらしたかは検証が必要だが、仮に表紙が竜太郎氏に変わっても、地域が良くなったと実感できなければ「(政治活動ができなかった)吉野氏と変わらない」と評価されてしまう。「衆院議員になりたい」ではなく「なって何をするのか」が問われていることを竜太郎氏は肝に銘じるべきだ。

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