選挙漫遊を知っているだろうか。本誌に「選挙古今東西」を連載するフリーランスライター畠山理仁さんが提唱する、選挙を肩肘張らずに楽しむ取り組みだ。決まりは「全候補者に会う」という1点のみ。畠山さんは、有権者が1票を投じるまでに多額の税金が注ぎ込まれていることを念頭に言う。「車を買う時、ポスターとチラシだけで決められますか。ポンとお金を振り込めますか。しかも4年間は返品不可ですよ」。
「嫌われているから帰れ」と支持者
本誌は国見町長選で選挙漫遊をした。町民が「4年間のお買い物」をする判断材料にしてほしいと、マスコミが沈黙する選挙期間中に演説動画をノーカットでネットにアップした。
11月5日の告示日、新人村上利通氏の第一声には、現職引地真氏と対立する町議数人のほか、元町長の太田久雄氏、JAふくしま未来伊達地区役員代表の深谷元雄氏の姿があった。事務所には前衆院議員の亀岡偉民氏の為書きがあった。
現職引地氏の第一声には、須田博行・伊達市長、高橋宣博・桑折町長、藤原一二・川俣町長、JAふくしま未来の数又清市組合長、伊達果実農業協同組合の佐藤邦雄組合長が駆け付け挨拶に立った。事務所には金子恵美衆院議員や木幡浩・福島市長の為書きがあり、金子氏や亀岡義尚県議の応援メッセージが読み上げられた。
新人松浦和子氏は川俣町スポーツ協会長や友人女性が応援演説に立った。陣営、聴衆には女性が多かった。
「町長なんだぞ」

取材拒否事件が起こったのは選挙2日目の6日だった。村上氏の演説動画を撮り終えた本誌記者は、届け出順に撮影しようと、引地氏が演説する予定の公民館に向かった。選対本部の男性に演説のスケジュール表をもらい、男性にいずれかの会場に動画を撮影しに行くことは伝えてあった。公民館前で引地陣営の選挙カーを見つけたので、車を停め、スマートフォンのカメラで撮影しようとした。
すると、引地氏が突然演説を止め、記者に動画を撮影しないよう要請してきた。取材拒否の様子は、スイッチを切り忘れていたカメラにたまたま収録されていた。一部始終を本誌のYouTubeに上げたので動画を見てほしい。
本誌は公職選挙の演説は公開されるべきものであり、撮影拒否は間違っているとその場で抗議した。引地氏は取材を拒否する理由を「政経東北の報道は平等でなく偏っているから」と述べた。応酬は続いたが、引地氏はそのうち記者を無視して演説を再開した。
これだけでは終わらなかった。動画を撮り始めると、引地氏に触発された支持者の男が撮影中の記者の前に現れ、去るよう通告してきた。「嫌われているから帰った方がいい」、「これは身内の集まりだ」と。
記者は「これは公職選挙だ」「嫌われているかどうかは関係ない」と反論したが通じない。演説終了後には「この人が誰だか分かっているのか。町長(筆者注:当時)なんだぞ」と別の男が訳の分からない抗議をしてきた。この狭い集まりでは「偉い者に嫌われたら去らなければならない」が正解のようだ。
公的な選挙演説を「身内の集まり」と言い切り、忖度した支持者が「町長に嫌われているから帰った方がいい」と権力者の威光を盾にヨソ者を排除する。全て令和の時代に起こった出来事である。(小池 航)