(2022年9月号)
2021年4月、設置した屋根に歪みが見つかり、工事が中断したままになっている田村市の屋内遊び場。対応を協議してきた市は、計1億5000万円の補正予算を組んで工事を再開させる予定だが、違和感を覚えるのは原因究明が終わっていない中、歪みを生じさせた業者に引き続き工事を任せることだ。それこそ〝歪んだ工事再開〟にも映るが、背景を探ると、白石高司市長の苦渋の決断が浮かび上がってきた。
前市長の失政に未だ振り回される白石市長
田村市屋内遊び場(以下「屋内遊び場」と略)は田村市船引運動場の敷地内で2020年8月から工事が始まった。計画では3000平方㍍の敷地に建築面積約730平方㍍、延べ床面積約580平方㍍、1階建て、鉄筋コンクリート造・一部木造の施設をつくる。利用定員は100人で、駐車場は65台分を備える。
総事業費は2億9810万円。内訳は建築が2億0680万円、電気が2600万円、機械設備が2340万円、遊具が4190万円。財源は全額を「福島定住等緊急支援交付金」と「震災復興特別交付金」で2分の1ずつまかない、市の持ち出しはゼロとなっている。
2021年3月には愛称が「おひさまドーム」に決まり、あとは同7月のオープンを待つばかりだった。ところが同4月、工事は思わぬ形で中断する。設置した屋根が本来の高さから5㌢程度沈み、両側が垂れ下がるなどの歪みが生じたのだ。
建物本体の施工は鈴船建設(田村市、鈴木広孝社長)、設計は畝森泰行建築設計事務所(東京都台東区、畝森泰行社長。以下「畝森事務所」と略)とアンス(東京都狛江市、荒生祐一社長)の共同体、設計監理は桑原建築事務所(田村市、桑原俊幸所長)が請け負っていた。
問題発覚時、ある市議は本誌の取材にこう話していた。
「鈴船建設は『設計図通りに施工しただけ』、畝森事務所は『設計に問題はない』、桑原建築事務所は『監理に落ち度はない』と、全員が〝自分は悪くない〟と主張し、原因究明には程遠い状況と聞いている」
実は、屋内遊び場は非常にユニークなつくりで、市内の観光名所であるあぶくま洞と入水鍾乳洞をイメージした六つのドームに屋根を架ける構造になっている(別図①)。
屋根も奇抜で、一本の梁に屋根を乗せ、玩具「やじろべえ」の要領でバランスを取る仕組み。ただ、それだと屋根が落下する危険性があるため、別図②のように屋根の片側(下側)をワイヤーで引っ張り、安定させるつくりになっていた。
しかし、屋根を架けた途端、沈みや歪みが生じたことで、市は別図③のように棒で支える応急措置を施し、原因究明と今後の対応に乗り出していた。
ある業者は
「こういうつくりの建物は全国的にも珍しいが、行き過ぎたデザインが仇になった印象。屋内遊び場なんて単純な箱型で十分だし、空き施設をリフォームしても間に合う」
とデザイン先行のつくりに疑問を呈したが、市が鈴船建設、畝森事務所、桑原建築事務所を呼び出して行った聞き取り調査では原因究明には至らなかった。市議会の市民福祉常任委員会でも調査を進めたが、はっきりしたことはつかめなかった。
本誌は2021年7月号に「暗礁に乗り上げた田村市・二つの大型事業」という記事を載せているが、その中で屋内遊び場について次のように書いている。
× × × ×
(前略)前出・某業者が興味深い話をしてくれた。
「六つのドームから構成される屋内遊び場は一つの建物ではなく、単体の建物の集合体と見なされ、建築基準法上は『4号建築物』として扱われている。4号建築物は建築確認審査を省略することができ、構造計算も不要。建築確認申請時に構造計算書の提出も求められない。もし施工業者に問題がないとすれば、その辺に原因はなかったのかどうか」
畝森事務所は構造計算書を提出していなかったようだが、屋根にゆがみが生じると「構造計算上は問題ない」と市に同書を提出したという。4号建築物なので提出していなかったこと自体は問題ないのかもしれないが、ゆがみが生じた途端「構造計算上は問題ない」と言われても〝後出しジャンケン〟と同じで納得がいかない。
そもそも公共施設なのに、なぜ4号建築物として扱ったのか疑問も残る。主に小さい子どもが利用する施設なら、なおのこと安心・安全を確保しなければならないのに、建築確認審査を省略できて構造計算も不要の4号建築物に位置付けるのは違和感を覚える。4号建築物として扱うことにゴーサインを出したのは誰なのか、調べる必要がある。
ちなみに、畝森事務所・アンス共同体は2019年10月に行われた公募型プロポーザルに応募し、審査を経て選ばれた。請負金額は基本・実施設計を合わせて3000万円。審査を行ったのは、当時の本田仁一市長をはじめ総務部長、保健福祉部長、教育部長、経営戦略室長、こども未来課長、都市計画課長、生涯学習課長、公民館長の計9人だ。
× × × ×
今回、この記事を補足する証言を得ることができた。当事者の一人、桑原建築事務所の桑原俊幸所長だ。
改正建築士法に抵触⁉
「確かに4号建築物は構造計算が不要だが、2020年3月に施行された改正建築士法で、4号建築物についても構造計算書を15年間保存することが義務化されたのです」
義務化の狙いは、建築物の構造安全性に疑義が生じた場合、構造安全性が確保されていることを建築士が対外的に立証できるようにすると同時に、建築設計の委託者を保護することがある。つまり、構造計算は不要とされているが、事実上必要ということだ。
「しかし畝森事務所は、歪みの発生を受けて白石高司市長が直接行ったヒヤリング調査の10日後に、ようやく構造計算書を提出した。最初から同書を持っていれば調査時点で提出できたはずなのに、10日も経って提出したのは手元になかった証拠。これは改正建築士法に抵触する行為ではないのか」(同)
まさに、これこそ〝後出しジャンケン〟ということになるが、
「後から『構造計算書はある』と言われても構造計算の数値が合っている・合っていない以前の問題で、建築設計事務所としての信頼性が問われる行為だと思う」(同)
同時に見過ごしてならないのは、構造計算書が存在することを確認せず、図面にゴーサインを出した市の責任だ。最初に図面を示された際、市が畝森事務所に同書の存在を確認していれば、問題発生後に慌てて同書を提出するという不審な行動は起こらなかった。そういう意味では、市も安全・安心に対する意識が欠落していたと言われても仕方がない。
「畝森事務所は工事が始まった後も『軒が長いから短くしたい』と図面を手直ししていた。問題がなければ手直しなんてする必要がない。要するに、あの屋根は最初から奇抜だった、と。玩具『やじろべえ』の要領と言っても、1本の梁に7対3の割合で屋根を乗せる構造ではバランスが取れるはずがない」(同)
桑原所長は屋根に歪みが生じた2021年4月の出来事を今もはっきりと覚えていた。
「設計の段階で、畝森事務所と市には『こういう屋根のつくりで本当に大丈夫か』と何度も言いました。しかし、同事務所も市も『大丈夫』と繰り返すばかり。そこまで言うならと2021年3月末、現場で屋根を架けてみると、屋根自体の重さで沈み込み、ジャッキダウンしたらすぐに歪みが生じた。目の錯覚ではなく、水平の糸を使って確認しても歪んでいるのは明白だった」(同)
ところが驚いたことに、それでも畝森事務所と市は、現場に持ち込んだパソコンでポチポチと数値を打ち込み「問題ない」と言い張ったという。自分たちの目の前で実際に沈み込みや歪みが起きているのに、パソコンの画面を注視するとは〝机上の空論〟以外の何ものでもない。
「結局、翌日には歪みはもっと酷くなり、棒などの支えがないと屋根は落下しそうな状態だった」(同)
前出の業者が指摘した「デザイン先行」は的を射ていたことになる。
「もし時間を戻せるなら」
建物本体を施工する鈴船建設の鈴木広孝社長は、本誌2021年7月号の取材時、
「施工業者はどんな建物も図面通りにつくる。屋内遊び場も同じで、当社は図面に従って施工しただけです。屋根を架ける際も、畝森事務所には『本当に大丈夫か』と何度も確認した。現場は風が強く、近年は台風や地震が増えており、積雪も心配される。ああいう奇抜なつくりの屋根だけに、さまざまな気象条件も念頭に確認は念入りに行った。それでも畝森事務所は『大丈夫』と言い、構造計算業者も『問題ない』と。にもかかわらず、屋根を架けて数日後に歪みが生じ、このまま放置するのは危険となった」
と話している。
今回、鈴木社長にもあらためて話を聞いたが、2021年と証言内容は変わ
らなかった。
「畝森事務所と市には『こんな屋根で本当に大丈夫か』と何度も尋ねたが、両者とも『大丈夫』としか言わなかった。問題発生後に行われた市の調査には『当社は図面通りに施工しただけ』と一貫して説明している。市からは、当社に非があったという類いのことは言われていない」
設計監理と施工に携わる両社にここまで力強く証言されると、屋根が歪んだ原因は図面を引いた畝森事務所に向くことになるが……。
本誌2021年7月号の取材時、畝森事務所は
「田村市が調査中と明言を避けている中、それを差し置いて当社が話すことは控えたい」
とコメントしたが、今回は何と答えるのか。
「田村市が話していること以上の内容を当社から申し上げることはできない。ただ、市の調査には引き続き協力していく意向です」
当事者たちの話から原因の大枠が見えてきた中、この間、調査を進めてきた市は事実関係をどこまで把握できたのか。
「各社から個別に聞き取り調査を行い、そこで分かったことを弁護士や一般財団法人ふくしま市町村支援機構に照会し、再び各社に問い合わせる作業を繰り返している。現時点では屋根が歪んだ原因は明確になっておらず、市として公表もしていません」(市こども未来課の担当者)
問題発覚後に開かれた各定例会でも、議員から原因究明に関する質問が相次いだが、市は明言を避けている。そうした中、白石市長が最も踏み込んだ発言をしたのが、2021年12月定例会(12月3日)で半谷理孝議員(6期)が行った一般質問に対する答弁だった。
「屋根の歪みの原因は設計か施工のいずれかにあると思っています。この件については、市長就任前の議員時代から情報収集しており、約1年前から屋根に懸念があるという情報をつかんでいました。もし時間を戻せるなら、施工前に設計者、施工者、発注者の市が話し合い、何らかの設計変更をすべきだったのではないか、と。もしタイムマシンがあれば戻りたいという気持ちです」
「施工者や監理者から話を聞いたところ、当初の図面から昨年(※2020年)12月に設計変更して、屋根の長さを短くしたとのことです。それは、自ずと屋根が歪むのではないか、この構造で持つのか、という投げ掛けがあり、屋根を小さくしたとのことでした。さらに施工前に懸念されていたことが、実際に施工して起きた、これも事実です。こうしたことを含めて、責任の所在がどこにあるのか考えていきたい」
明言こそしていないが、白石市長は設計側に原因があったのではないかと受け止めているようだ。
印象的なのは「もし時間を戻せるなら」「タイムマシンがあれば戻りたい」と繰り返している点だ。その真意について、前出の業者はこんな推測を披露する。
「屋内遊び場は、白石市長が就任前の本田仁一前市長時代に工事が始まり、就任後に歪みが生じた。白石市長からすると、本田氏から迷惑な置き土産を渡された格好。しかし自分が市長になった以上、本音は『オレは関係ない』と思っていても問題を放置するわけにはいかない。議員時代から調査していた白石市長は、そのころから『自分が市長ならこういうやり方でトラブルを回避していた』という思いがあったはず。だから、つい『時間を戻せるなら』と愚痴にも似た言葉が出たのでしょう。見方を変えれば、本田氏への恨み節と捉えることもできますね」
責任追及に及び腰のワケ
状況を踏まえると、歪みが生じた原因は明らかになりつつあると言っていい。にもかかわらず、市が責任追及の行動に移そうとしないのはなぜなのか。
某市議が市役所内の事情を明かしてくれた。
「責任の所在は業者だけでなく市にも一定程度ある。畝森事務所から上がってきた図面を見て、最終的にゴーサインを出したのは市だからです。逆に言うと、図面を見て『この屋根のつくりではマズい』とストップできたのも市だった。そういう意味では、市のチェック体制はザルだったことになり、業者だけを悪者にするわけにはいかないのです」
つまり、白石市長が責任追及に及び腰なのは身内(市職員)を庇うためなのか。某市議は「傍から見るとそう映るかもしれないが、そんな単純な話ではない」と漏らす。
「一つは、市町村役場に技術系の職員がいないことです。技術系の職員がいれば、図面を見た時に『この屋根のつくりはおかしい』と見抜いたかもしれないが、田村市役所にはそういう職員がいない。業者はそれを分かっているから『どうせ見抜けるはずがない』と自分に都合の良い図面を出してくるわけです。結果、図面上の問題は見過ごされ、専門知識を持たない市職員は提出された書類に不備がないか法律上のチェックのみに留まるのです。もう一つは、市職員はおかしいと思っても、上からやれと指示されたらやらざるを得ないことです。屋内遊び場をめぐり当時の本田市長が部下にどんな指示をしたかは分からないが、専門知識を持つ桑原建築事務所や鈴船建設が心配して何度確認しても、市は大丈夫と押し通したというから、担当した市職員は本田氏の強い圧力を受けていたと考えるのが自然でしょう」
こうした状況を念頭に「白石市長は市職員の責任を問うのは酷と逡巡している」(同)というのだ。
「本来責任を問うべきは当時の最終決定者である本田氏だが、本田氏は既に市長を退いており責任を問えない。じゃあ、本田氏から指示された市職員を処分すればいいかというと、それは酷だ、と。もちろん、最終的には市長自らが責任を負うことになるんでしょうが」(同)
事実、白石市長は前出・半谷議員の「これによって生じる責任の全てを業者ではなく、市長が負うと理解していいのか」という質問(2021年12月定例会)にこう答弁している。
「現時点では私が田村市のトップなので、全て私の責任で今後対応してまいります」
考えられる処分は市長報酬の一定期間減額、といったところか。
一方で、白石市長が原因究明を後回しにしているのは、屋内遊び場の完成を優先させているからという指摘もある。
屋内遊び場の事業費が全額交付金でまかなわれていることは前述したが、期限(工期)内に竣工・オープンしないと国から返還を迫られる可能性がある。当初の期限は2021年7月末だったが、市は屋根に歪みが生じた後、交付金の窓口である復興庁と交渉し、期限延長が了承された。しかし、新たに設定した期限(2022年度中の竣工・来年4月オープン)が守られなければ交付金は返還しなければならず、事業費は全額市が負担することになる。
もはや再延長は認められない中、市は2021年12月定例会で屋根の撤去費用1500万円、新しい屋根の葺き替え費用4500万円、計6000万円の補正予算案を計上し議会から承認された。ところが2022年6月定例会に、再び屋内遊び場に関する補正予算案として9000万円が計上された。ウッドショック(木材の不足と価格高騰)への対応や人件費など経費の高騰、さらには木造から鉄筋に変更したことで工程上の問題が生じ、更なる予算が必要になったというのだ。
この補正予算案が認められなければ屋内遊び場は完成しないため、結局、議会から承認されたものの、計1億5000万円は市の一般財源からの持ち出し。すなわち全額交付金でまかない、市の持ち出しはゼロだったはずの計画は、一転、市が1億5000万円も負担する羽目になったのだ。
さらに問題なのは、引き続き工事を行うのが鈴船建設、畝森事務所・アンス共同体と顔ぶれが変わらないことだ(桑原建築事務所は8月時点では未定)。市民からは
「歪みを生じさせた当事者に、そのまま工事を任せるのはおかしい」
と〝歪んだ工事再開〟に疑問の声が上がっている。
「市民の間では、信頼関係が失われている面々に引き続き工事をやらせることへの反発が大きい。『そういう業者たちに任せて、ちゃんとしたものができるのか』と心配の声が出るのは当然です」(前出の業者)
1.5億円の「請求先」
そうした懸念を払拭するため、市では構造設計を専門とするエーユーエム構造設計(郡山市)とコンストラクション・マネジメント契約を締結。同社が市の代理人となって施工者、設計者、設計監理者との仲介に努めていくという。業者間の信頼関係が疑われる中、同社が〝緩衝材の役目〟を果たすというわけ。
「すでに工事が3~4割進んでいる中、業者を変更して工事を再開させるのは難しいし、そもそも他社が手を付けた〝瑕疵物件〟を途中から引き受ける業者が現れることは考えにくい。そこで、同じ業者にトラブルなく仕事を全うさせるため、市はコンストラクション・マネジメントという苦肉の策を導入したのです」(前出の市議)
市としては補助金返還を絶対に避けるため、なりふり構わず施設の早期完成を目指した格好。
ちなみに、エーユーエム構造設計には「それなりの委託料」が支払われているが、これも市の一般財源からの持ち出しだ。
最後に。同じ業者に引き続き工事を任せる理由は分かったが、竣工・オープン後に待ち受けるのは、市が負担した1億5000万円(プラスエーユーエム構造設計への委託料)をどこに請求するかという問題だ。なぜなら、これらの経費は屋根に歪みが生じなければ発生しなかった。本来なら市が負担する必要のない余計な経費であり、その「原因者」に請求するのは当然だ。言うまでもなく「原因者」とは屋根の歪みを生じさせた業者を指す。
今は中途半端になっている原因究明の動きだが、最終局面は2022年度中の完成・2023年4月にオープン後、1億5000万円を請求する際に迎えることになる。
(6/9追記)2023年5月、田村市屋内こども遊び場「おひさまドーム」がオープン
おひさまドームオフィシャルサイト