JAグループが2021年に決議した中期計画は、今年が最終年度となっている。同計画では「農業産出額を大震災・原発事故前の水準(2330億円)まで回復」という目標を定めたが、その見通しはどうなのか。さらには、近年の県内農業分野の課題や、ALPS処理水の海洋放出の影響なども含めて、管野啓二JA福島五連会長に話を聞いた。
――2021年に開かれた「第41回JA福島大会」での決議で「農業産出額を大震災・原発事故前の水準(2330億円)まで回復」を大きな目標としました。
「2022年時点の農業算出額は1970億円で、これを2330億円まで回復させる目標でしたが、達成は厳しい状況にあります。果物や花卉は増加していますが、主食用米は以前の減反政策のような拘束力のあるものではないものの、国から作付面積の目安が示されており、面積が減っています。作付面積が減り、価格が上がらなければ全体の売り上げ(農業産出額)は少なくなります。これが1つの要因です。加えて、コロナ前と比べると米の需要が減っており、需供バランスの中で価格は上がっていません。同様に野菜等も需要が伸びず、畜産についても外国人観光客が減ったこともあり、伸ばすことができませんでした。
一方で、今年は米の価格は上がっており、(本誌取材時の8月21日時点で)6年度産米の概算金は発表になっていませんが、先行して発表された他地域を見ると、概算金が前の年に比べ20%程上昇しており、本県産米の概算金引き上げにも期待しているところです。野菜等も、品目によって出荷量は伸びていないものの、単価は確保できているので、9月以降に適温状態に入れば出荷量も伸びていくと予測しています。畜産については、5月の連休ごろから和牛のインバウンド需要を見込んでいましたが、伸び悩んでいます。国内需要についても、肌感覚として収入が増えていないことが要因の1つと考えられますが、需要が伸び悩み、それに伴い価格も落ち込んでいます。目標達成について望みは捨てていませんが、挽回するのはなかなか厳しいと思っています」
――近年はさまざまな分野で、AIやロボット技術などの導入が進み、農業分野でも「スマート農業」として注目されています。
「特徴的なのは浪江町に福島国際研究教育機構(エフレイ)ができ、研究テーマを公募しました。その中で農業部門でも、いくつか研究テーマが決まっているものがあります。JAグループとしても、収穫ロボット等の申請をしています。
すでに普及しているものでは、ドローンを活用した直播栽培、つまりドローンを使って田んぼに種を直播きする方法や、除草剤散布や虫の防除なども行われています。あとは田植えをしながら、この場所は肥やしが少ないから肥やしを増やしたり、農薬も一緒に散布したり、といった性能を持った田植え機も出ています。無人で田植え機、トラクター、コンバインなどの作業ができるものも出ており、大規模形態で導入が進んでいます。ただ、そういった機械は価格も高いので、今後は経営的なことを踏まえた中で、導入が進んでいくと思います」
新規就農者増加に期待
――昨年4月に「福島県農業経営・就農支援センター」が開所しました。昨年1年間の成果や実績について。
「これは、県、県農業会議、県農業振興公社と、JAグループが設置したもので、全国初の試みです。そのため、注目を集めており、当初は、年間1200件を相談目標としていましたが、実際はそれを上回る1300件に至る結果となっています。昨年度の新規就農者は県が取りまとめて公表することになっており、(本誌取材時の8月21日時点で)もう間もなく公表されると思いますが、われわれとしても期待しながら、発表を待っています。一方で、就農してもらえればそれで終わりではなく、就農者が安定して経営していけるように継続して相談に応じるよう、そういった点でも利用者の安心の材料になっていると思います」
――昨年8月、ALPS処理水の海洋放出がスタートし、1年が経過しました。この間の東京電力の経過説明等は十分と感じていますか。また、農業分野への影響は出ているのでしょうか。
「ALPS処理水の海洋放出によって風評被害は出ないだろうと考えており、実際その通りに推移していると認識しています。その一方で、原発事故由来の風評被害が完全になくなったわけではありません。2010年比で、福島県と全国や他県の農産物平均単価を比較した場合、福島県産だけが下がっているものがあり、これが風評によるものだと捉えています。原発事故発生から13年が経過したいまも継続してJAグループ福島東京電力原発事故農畜産物損害賠償対策福島県協議会を通して東京電力に請求しています」
――JA全農は全国各地の名産品をPRするためメーカーと協力して新たな商品を開発するプロジェクトを進めていますが、評判はいかがでしょうか。
「福島県産の桃を使用した商品には、モモのタルト、ゼリー、ラテ、グミなどがありますが、ローカルフードや土産品として、親近感を持って捉えてもらっているように感じます。また、グミシリーズは全国の特産品を網羅して開発しており、公式通販サイトの『JAタウン』ではグミ全種類を販売しています。グミは、お子さんや若い方に人気な商品ではないかと感じています。これは、全国を網羅しているJA全農だからこそ、各地域の特産品を使った商品開発ができたものと思います」
――今後の抱負。
「食料・農業・農村基本法改正が5月29日に成立し、6月5日に公布・施行になりました。それに基づいた基本計画の策定が進められており、来年3月に閣議決定される見通しです。国際的な動きの中で、自国の国民を守るためには、国内の生産を増やしていかなければなりません。自給率のアップにつながるような政策にしていただきたいとお願いしています。
加えて、なぜいま農業部門が苦しんでいるかというと、生産資材価格高騰の中、生産コストに見合った利益が取れない状況であり、コストに見合った販売価格になるような政策を望んでいます。いま、農水省が全国約20カ所で生産原価の調査を実施しています。それらの結果が出て、流通過程の価格、あるいはスーパーなどの小売店の価格の調査を行うことで、利益構造を吟味していただき、生産者の利益が確保できるような仕組みにしていただきたいと思っています」