県人事委員会は2022年10月5日、県職員の給料月額と期末・勤勉手当(ボーナス)の引き上げを県当局・議会に勧告した。公務員の待遇は、人事院(国)、人事委員会(都道府県・政令指定都市)の毎年の勧告によって決まるが、その前提にあるのは「民間準拠」である。ただ、実態は「民間準拠」とはかけ離れている。なぜ、それがまかり通るのか。
「優良企業準拠」がまかり通るワケ
人事院は「公務員給与実態調査」と「民間給与実態調査」を行い、職種、地域、学歴、役職、年齢などを加味して両者を比較し、給与勧告を行う。この勧告は一般職の国家公務員が対象となる。
2022年は8月8日に人事院勧告が行われた。内容は、2022年4月分の国家公務員(一般職)の平均給与(月給)は40万5049円で、民間より921円(0・23%)低く、期末・勤勉手当の支給月数は4・3カ月で、民間より0・11カ月低かったため、「民間給与との較差(0・23%)を埋めるため、初任給及び若年層の俸給月額を引き上げ」、「ボーナスを引き上げ(0・10月分)、民間の支給状況等を踏まえ勤勉手当に配分」というものだった。
一方、都道府県・政令指定都市の実態調査は各自治体の人事委員会が実施する。
福島県人事委員会は、委員長・齋藤記子氏(会社役員)、委員(委員長職務代理者)・千葉悦子氏(大学名誉教授、放送大学福島学習センター所長、福島県青少年育成・男女共生推進機構副理事長兼福島県男女共生センター館長)、委員・大峰仁氏(弁護士)の3人で、事務局職員は県職員。
県人事委員会では毎年、県職員と民間の給与実態調査を行っている。民間の調査対象は企業規模50人以上・事業所規模50人以上の県内事業所で、2022年は800事業所のうち、層化無作為抽出法によって抽出した175事業所を対象に調査した。
それに基づき、10月5日に知事と県議会に対して「職員の給与等に関する報告・勧告」を行った。それによると、2022年4月分として支給された県職員の給与月額は36万6864円、民間給与月額は36万7647円で、民間の方が783円(0・21%)多かった。特別給(ボーナス)は、県職員の年間支給月数は4・25月分、民間(2021年8月から2022年7月までの1年間に支給された特別給の割合)は4・35月分で民間の方が0・10月分多かった。
こうした調査結果から、「民間給与との較差(0・21%)を埋めるため、初任給を中心に、若年層の給料月額を引き上げ」、「特別給(期末・勤勉手当)を引き上げ(0・10月分)、民間の支給状況等を踏まえ期末手当及び勤勉手当に配分(それぞれ0・05月分)」と勧告した。
とはいえ、民間の給与月額36万7647円、ボーナスの年間支給割合4・25月分が実態を反映しているとは到底思えない。多くの人は、それで「民間並み」と言われても納得しない。
例えば、厚生労働省の「令和3(2021)年賃金構造基本統計調査」を見ると、福島県の給与額(所定外賃金を含む)は、企業規模10人から99人が26万4700円(平均年齢45・7歳、平均勤続年数11・9年)、同100人から999人が30万3000円(平均年齢43・7歳、平均勤続年数12・9年)、同1000人以上が33万3300円(平均年齢42・1歳、平均勤続年数14・1年)で、これらすべての平均値は29万6200円(平均年齢44・1歳、平均勤続年数12・8年)だった。
年間賞与(ボーナス)、その他特別給与額(全区分の平均値)は67万3600円で、これを前述の給与月額(平均値)で割ると、2・27月分となる。
なお、同調査は性別、産業別、事業規模別、学歴別、役職別、都道府県別などの賃金について、毎年6月分の賃金等について7月に調査を実施するもの。「令和3(2021)年調査」は、5人以上の常用労働者を雇用する民営事業所、10人以上の常用労働者を雇用する公営事業所から、都道府県、産業事業所規模別に無作為抽出した7万8474事業所が対象とされた。有効回答数は5万6465事業所で、このうち、10人以上の常用労働者を雇用する民営事業所4万9122事業所について集計したものである。
県商工労働部が実施した「令和3(2021)年 労働条件等実態調査」についても見てみたい。
同調査は鉱業・採石業、建設業、製造業、電気・ガス・水道業、通信・放送、運輸業、卸売・小売業、金融・保険業、不動産・物品賃貸業、学術研究、専門・技術サービス、宿泊業・飲食サービス、生活関連サービス、娯楽業、教育・学習支援業、医療・福祉、サービス業で、県内で常用労働者30人以上を雇用する民間事業所から1400事業所を抽出して実施した。有効回答数は748事業所で、その結果を集計したもの。
それによると、2021年7月に支給された所定内給与額(基本給など)は28万5000円(平均年齢41・5歳、平均勤続年数14・2年)、所定外給与額(時間外手当など)は4万円で、合わせて32万3000円だった。なお、同調査では、ボーナスについては記されていない。
他調査と差がある理由
県人事委員会の調査で示された民間の給与月額36万7647円と、厚労省調査の29万6200円では約7万1000円、人事委と県商工労働部調査の32万3000円では約4万4000円の開きがある。さらに、厚労省調査ではボーナスは2・27月分だったが、人事委員会の調査では、民間のボーナスの年間支給割合4・25月分となっており、約2月分の差が生じている。
こうしたデータを見比べると、「公務員の給与水準は民間に準拠する」というのが、まやかしであることが分かっていただけよう。
なぜ、両者の調査にこんなに違いが出るのか。それは人事院・人事委員会の調査対象が「企業規模50人以上・事業所規模50人以上」とされているから。これに該当するのは国内全事業所のわずか数%しかなく、大部分の事業所が調査対象に入っていないのである。もっと言うと、人事院・人事委員会の調査では非正規従業員は含まれない。総務省の労働力調査(2022年8月分)によると、全体の約37%が非正規従業員で、かなりの割合になっているが、これらは対象とされていない。
さらに問題なのは、調査対象の事業所が公表されていないこと。これでは、調査の妥当性を検証する余地がなく、「優良企業」だけをピックアップしていても外部からは分からない。むしろ、ほかの調査との差を考えると、何らかの〝手心〟を加えていると疑うべきだろう。
ましてやいまは、コロナ禍で多くの事業所が影響を受けているほか、ロシアのウクライナ侵攻で資材・燃料高騰が起きており、その影響も少なくない。
例えば、大手旅行会社のJTBは、旅行代理店の中でも優良企業で、従業員の待遇がいいことで知られている。ただ、近年はコロナ禍の煽りで、2021年3月期は1000億円超の赤字となった。本社ビルを売却したり、社員のボーナス無給などを行い、2022年3月期は284億円の黒字となった。こうした企業を、業績が悪い時は調査対象から外し、回復したらまた加える、といった作為をしていても分からない。
同様に、業績が悪化しているところを除外し、コロナ禍の影響を受けていない、あるいは業績を伸ばしている企業を調査対象に加える――ということをしていても、それを暴きようがないのが、人事院・人事委員会の調査なのだ。
もう1つ、不可思議なのは、県人事委員会の勧告が、常に人事院勧告に倣ったものであること。人事院の調査ではこうだったが、県人事委員会の調査では違った傾向が出た、ということがあってもいいはずなのに、毎年、人事院と同様の調査結果になり、同様の勧告内容になっているのは、「結論ありき」で調査を行っているからではないのか、と思えてならない。
いずれにしても、人事院・人事委員会の勧告制度が社会の実態を反映していないのは明らかで、公務員の給与は「民間準拠」ではなく「優良企業準拠」なのである。
「民間準拠」を謳うのであれば、優良企業に限るのではなく、全事業所を調査対象とし、その給与実態に倣うべき。そうすれば、公務員の人件費は2〜3割は削減できよう。「優良企業準拠」を続けるならば、正直にその実態を明らかにし、国民・県民の審判を問うべき。
人事院・人事委員会の勧告制度にはこうしたカラクリがあるわけだが、これは「昭和時代の名残」なのだという。というのは、昭和40年代半ばごろまでは公務員の待遇は低かった。日本が高度経済成長期にあったこともあり「民高官低」の状況だった。労組が「生活できる給料を」と主張したほどだったとか。
そうした中で、前述のような「インチキ勧告制度」が構築され、昭和50年代半ばに民間の水準に追いついた。ただ、その後も「インチキ勧告制度」が続けられ、「民高官低」から「官高民低」へと逆転した。それでも改められることはなく、バブル崩壊や今般のコロナ禍などを経て、「官高民低」が加速していった。
本来なら、昭和50年代半ばに民間の水準に追いついた時点で、制度を改めるべきだったが、そうならなかった。これは政治家の責任と言っていい。
共済負担金と退職手当
最後に1つ付け加えておく。「公務員の人件費」という視点で見ると、給与・期末手当などだけでなく、共済負担金と退職手当負担金がある。前者は県と職員が折半、後者は県が負担する。
「福島県人事行政の運営等の状況」によると、2021年度の職員数(一般行政職のほか、医療職、教育職、公安職などを含む)は2万5415人で、給与費は約1853億円。1人当たりにすると、約729万円となる。ただ、共済負担金などを加えた人件費で言うと、総額は約2543億円で、1人当たりにすると約1000万円になる。
退職金については「福島県職員の退職手当に関する条例」に基づき支払われ、「基本額+調整額」で計算される。
基本額は、退職日の給料月額に、退職理由別・勤続年数別の支給率を乗じた額。支給率は勧奨・定年の場合、勤続25年で33・27075月分、35年で47・709月分(最高限度額)となる。
そこに調整額がプラスされる。調整額は在職期間中の役職などに応じた貢献度を加味して支給されるもの。2006年に創設された制度で、「国家公務員退職手当法」に規定されている。この国の制度に倣い、地方公務員に対しても調整額が支払われることになったのである。県の制度では調整額は最大で400万円程度になる。
この計算式に基づき、定年まで35年間勤めたとして計算すると、退職手当は2500万円前後になる。
これも民間の水準からはかなりかけ離れたものである。