任期満了に伴う郡山市長選は4月20日に投開票され、前県議の椎根健雄氏(48)が初当選した。本誌は新人4人が争った点に注目し、選挙期間中に全候補者に会う「選挙漫遊」を行ったが、投票率は低調だった。
投票率「思わぬ低調」のワケ

選挙漫遊とは、投票権のない地域の選挙でもスポーツ観戦のように楽しんで観ることで選挙を身近に感じようという取り組み。本誌で「選挙古今東西」を連載するフリーランスライター畠山理仁さんが提唱する。ポイントは「選挙期間中に全候補者に会う」だけ。選挙区域が広いと有権者が候補者に遭遇するのは至難の業だが、たとえ短い時間でも候補者と直に接すれば、彼らの主張だけでなく、声や背格好、雰囲気から感じ取れる「何か」がある。その醍醐味を知ってほしいというのが畠山さんの見解だ。
本誌が選挙漫遊を行うのは、2023年の県議選、2024年のいわき市議選、衆院選、国見町長選に続いて5回目。これまで本誌スタッフで手分けしたり、いわき市議選では地元紙「いわき民報」と協力して全候補者を直撃し、インタビュー動画を本誌ホームページにアップしてきた。郡山市長選は立候補者が4人だったので、筆者が一人で回ったが、動画撮影は今まで同様1分~1分半程度とし「市長になったら郡山をどういうまちにしたいか」と「有権者に一言」という二つの質問に答えていただいた(※)
郡山市長選の結果は別掲の通りだが、実際にやってみて感じたのは、候補者や選対事務所に動画撮影・公開に対する理解が確実に広まっていることだ。
当 54,639 椎根 健雄 48 無新
41,076 勅使河原正之 73 無新
3,845 髙橋 翔 37 無新
3,820 大坂 佳巨 54 無新
投票率40.28%(前回40.66%)
当日有権者数259,605人
初めて選挙漫遊を行った2023年の県議選は、候補者や選対事務所に企画の趣旨を理解してもらうのに苦労した。選対事務所から「そういうのはいいよ」と言われたり、候補者から「動画撮影に時間を取られるなら有権者と一人でも多く握手したい」と断られるケースもあった。いわき市議選でもインタビューに渋々応じる候補者が少なからずいたし、国見町長選では当時の現職から演説の様子すら撮影することを拒まれたが、そういう姿勢は本誌(動画)の背後に多くの有権者がいることを理解していない証しでもある。
しかし、今回の郡山市長選は違った。椎根健雄氏の選挙事務所は調整に若干時間を要したが、髙橋翔氏、大坂佳巨氏は二つ返事でOKし、勅使河原正之氏もすぐに日程を取ってくれた。忙しく限られた選挙期間の中で素早い対応をしていただいた各陣営には、この場を借りて感謝を申し上げたい。
一方、本誌が動画をアップするまでもなく、各氏がSNSを積極的に活用していた点も4年前の郡山市長選とは違っていた。大きな組織を持たない髙橋氏と大坂氏はX、インスタグラム、フェイスブック、ユーチューブとあらゆるSNSを駆使し、投稿数も多かった。地上戦(街頭演説)は少なかったかもしれないが、空中戦(SNS)に活路を見いだす狙いが見て取れた。候補者の中で最年長の勅使河原氏もSNSの活用を意識し、子ども向け動画を配信するなど工夫を凝らしていた。椎根氏は4人の中でSNSの活用が最も少なかったが、インスタグラムでその日の動向を素早く発信していた。
ある郡山市議は「選挙におけるSNSの位置付けが急速に変わりつつあるのを感じた」と話す。
「髙橋氏と大坂氏が揃って3800票獲ったのは驚いた。2年後には郡山市議選があるが、両氏が同じような選挙スタイルで臨んだら、我々もうかうかできない。組織や人脈を頼りに名刺を配り、握手する昔ながらの選挙は、地方でもだんだん通用しなくなるのかもしれない」
椎根氏も「これまで当たり前のように行われてきた選挙前の個人演説会や決起集会をほとんど開かず、椎根氏を事実上後継指名した現職・品川萬里氏がLINEやメールで広く支持を呼び掛けていた」(同)というから、地方の選挙スタイルも都市型に変わってきたということか。
ただ、若者や時代を意識した空中戦に傾倒していけば、かえって選挙漫遊のような「生の候補者に会いに行く」意義は高まっていくのではないか。多くの人に選挙に興味・関心を持ってもらえるよう、本誌は今後も選挙漫遊を続けていく。
自民「分裂選挙」の余波

郡山市長選の投票率は40・28%で前回(2021年4月18日投票)を0・38㌽下回った。
4年前は現職で3選を目指した品川氏に今回も立候補した勅使河原氏と前市議の川前光徳氏が挑む三つ巴の構図だった。その時と比べると20年ぶりとなる新人同士の争いで、4人が立候補した今回は有権者の関心を引くと思われたし、筆者も投票率は若干上がるだろうと見ていたが、結果は予想以上に低調だった。
「始まる前から盛り上がりを欠いていると言われていたが、告示後の地元紙調査でも盛り上がっていないことが数値で表れていたので、40%超えは善戦した方だと思う」(市内の会社役員)
盛り上がりを欠いた理由は何か。
一つは、椎根氏と勅使河原氏それぞれの支持者が熱心に動いていなかったことだ。とりわけ保守分裂となった自民党はシラけ気味だった。
「重鎮の佐藤憲保県議が早々に椎根氏を推すことを明らかにし、県連会長の星北斗参院議員、この夏に改選を控える森雅子参院議員も揃って椎根氏に為書きを寄せた。これに勅使河原氏を応援した自民系の市議が憤るも、表立っては反発しにくく、昨年初当選した根本拓衆院議員も複雑化する状況を踏まえて市長選から距離を置いた。それでも根本衆院議員は自民党が勅使河原氏を推薦した手前、総決起大会だけは出席した。すると、今度は椎根氏を応援する自民系の市議から『そういう行動は控えてほしかった』と不満の声が上がり、両陣営ともどこかモヤッとする選挙になっていた」(事情通)
自民党の分裂が、今後の国政選挙にどう影響するか分からないが、椎根氏を推した佐藤憲県議が「選挙が終わればノーサイド」と早々に強調したのも、分裂の影響を少しでも和らげたい思惑があったとみられる。
「国政選挙や県議選への影響は気になるが、椎根市長が誕生したことで佐藤憲県議が郡山市政とのパイプを手にしたのも事実」(同)
こうした事情に加え、盛り上がりを欠いたもう一つの理由が明確な争点がなかったことだ。公約で言えば実現するかはともかく、宇宙関連産業や地域通貨の創出を謳った髙橋氏と大坂氏の方が目新しさがあった。
「結局、最後は『73歳の勅使河原氏より48歳の椎根氏』と年齢で決着がついた印象」(同)
さて、4月27日から任期が始まった椎根市長は物腰の柔らかさから、選挙期間中、相手陣営に「やさしいねくん」などと揶揄されていたが、佐藤憲県議だけでなく品川氏が後継指名したことで「市政に余計な意向が反映されなければいいが」と早くも心配の声が上がっている。
若さを打ち出して当選したのに、ベテランにコントロールされては元も子もないというわけだ。優しい人柄は悪いことではないが、その他大勢の議員と違い、一人しかいない首長には常に決断力が求められる。優しさで決断が鈍らないよう、椎根市長には周囲に惑わされることなく市政運営に臨んでいただきたい。