今年1月に郡山市で酒を飲んで運転し、大学受験で大阪府から訪れていた19歳の女性をはねて死亡させたなどとして、危険運転致死傷罪などに問われた男に福島地裁郡山支部は9月17日、懲役12年(求刑懲役16年)の判決を言い渡した。遺族は量刑が軽いとして検察に控訴するよう申し入れている。一般の感覚からすると、飲酒運転した時点で死傷事故を起こす可能性は十分あり、危険な運転。だが男は、今回の危険運転致死傷罪が成立する要件が「ことさら信号を無視したかどうか」であったことから、「飲酒や眠気の影響で注意力が散漫になっていた」と飲酒運転の事実を逆に利用。裁判所は同罪を適用して男の目論見は外れた。
「信号無視は故意ではなく飲酒と眠気の影響」



被告人の男は、郡山市昭和1丁目に住む池田怜平氏(35)。法廷に刑務官2人に拘束されたまま現れた池田氏は、スーツ姿で頭を丸く刈り込んでいた。小柄で大人しそうな印象だ。被害者らに贖罪の意を示す一方で、「ことさらに赤信号を無視したわけではない」と危険運転致死傷罪の成立は争っていた。
福島地裁郡山支部で9月8日から17日の間に行われた裁判員裁判では、池田氏の生い立ちや事件の詳細が明らかになった。裁判でのやり取りを基に事故の状況を再現する。
池田氏は市内の小学校、中学校、高校を卒業した後、大学に進むが中退。アルバイトを転々とし、市内の実家で両親や祖父母と暮らしていた。独身。昨年9月から市内の飲食店に正社員として勤務していたが、今回の死傷事故を起こした後、懲戒解雇された。交通違反で摘発された過去があり、2018年3月には一時停止場所で止まらなかったり、2019年3月には点滅信号を無視したりした。2021年9月にも点滅信号を無視して摘発されている。
今年1月22日(水)午前6時半ごろに郡山駅前で池田氏が赤信号を無視して起こした死傷事故では、大学受験に備えて駅前のホテルに前泊していた大阪府箕面市の横見咲空さん(19)=当時=が横断歩道を渡っている途中にはねられ犠牲になった。横見さんは歯科医師を目指して市内の奥羽大学などを受験していた。電車通学のため自宅から自転車に乗って郡山駅に向かっていた当時20歳の女性Aさんも事故に巻き込まれ、首や足に加療2週間のけがを負った。
法廷では「ことさらに赤信号を無視した」という危険運転の要件が成立するかどうかが争われた。一般の感覚からすると、そもそも飲酒してハンドルを握った時点で危険を顧みない運転だ。池田氏は飲酒運転し、法定速度を上回るスピードを出して複数の赤信号を無視したことを認めつつも、理由は「飲酒や眠気の影響で注意力が散漫になっていた」と故意や悪質性を否定した。
実際、酒量はどれくらいだったのか。池田氏は事故を起こす3時間ほど前まで、記憶を無くすまで飲んでいた。前日21日(火)午後10時ごろ、仕事を終えた池田氏は郡山市朝日の飲食店で職場の仲間と杯を交わす。当時勤めていた職場の歓迎会だった。ビールをジョッキで4杯ほど飲んだところで、気持ちがフワフワして記憶を失った。翌22日午前2時ごろ、近くの2軒目に入店。ハイボールや酎ハイを飲み、1時間ほどカラオケを楽しんだ。
店のトイレで便器に座り、眠り込んだ姿が目撃されている。前のめりになってのっそりと立ち上がる動作をしたため、同僚が肩を貸した。午前4時ごろに代行で帰った。自分の軽乗用車を停めたコインパーキングに向かう途中、駐車券を入れたバッグを2軒目の店に忘れたことに気付き、同僚に届けてもらう失態を犯す。
午前4時半ごろに代行で帰宅。池田氏はこの日は仕事が休みだったので、大人しく寝ていればよかったのに、休日だからこそやっておきたいことがあった。趣味であるネット動画配信の準備だ。
動画制作に使うパソコンが壊れかけていたため、新しいものを買っていた。古いパソコンには本業で使うデータや趣味の動画配信で使う音楽、背景画像などの素材があった。新しいパソコンにデータを移すのに、池田氏はネット上のクラウドではなくUSBメモリを愛用していた。
池田氏によると、データ移行には6~8時間かかり、作業は半日掛かる。逆算すると、朝から動き出さねばならない。池田氏は後に法廷で、弁護人から「1秒でも早くやらなければならないことだったのか」と聞かれ、「そこまでしてやらなくてはならないことではなかった」と認めた。
帰宅後、ベッドに横たわったが「ふらつく様子はないな」と感じたため、酒が残った状態で車を運転し、24時間営業している市内のディスカウントストアに向かった。池田氏はこれまでも深夜や早朝にUSBメモリを買う時は、運転してこの店に来ていた。本人曰く「飲酒運転したのは今回が初めて」という。
店に向かうまでの飲酒運転の様子は市内各所に設置された監視カメラが記録していた。約2時間後に死傷事故を起こす時とは違い、赤信号ではきちんと止まり、方向指示器も適切に使用していた。
「信号無視する奴の顔」
20分ほどして店の駐車場に着くと、池田氏は車内でひと眠りした。本人にとっては、眠りについたのは短い間だったというが、1時間半以上が経っていた。池田氏は自宅に財布を忘れたことに気付き、入店せずに午前6時26分ごろに出発。「財布がないことに落胆し、自宅に忘れた自分にイライラしていた」という。郡山駅の東側にある自宅への道を急いだ。前ページ図のような経路をたどった。
午前6時32分ごろ、池田氏は美術館通りを東に走り、大町二丁目交差点で南下しようと右折した際に赤信号を無視してタクシーと正面衝突しそうになる。タクシーは南北に走る道路の右折レーンにおり、目の前の信号は青だった。「車が突進してくる」と思ったタクシー運転手は、ブレーキを踏んでクラクションを鳴らした。衝突寸前で止まった後、池田氏はハンドルを大きく右に切り、タクシーの助手席側を通って対向車線を一時逆走した。
運転手の男性は「信号無視するような奴の顔を拝みたい」と思い、車が対面した際、フロントガラス越しに池田氏の顔を見た。異変を感じ取るには十分な時間だった。
「無機質な表情。何も考えていないというか、ボーっとしているのでもなく『本当に何も考えていない表情』」(法廷での証言)
池田氏の無機質な表情に、タクシー運転手は別の理由を察知した。
「普通だったら手を上げたり会釈したりして謝罪の意を示す。ノーリアクションで通り過ぎて行ったので、早朝という時間帯もあって飲酒運転を疑った」(同)
運転手の男性は、池田氏の車と衝突しかけた直後の時間帯に郡山駅前で受験生が車にはねられて亡くなったことを、その日の夕方のニュースで知った。男性は言う。
「あの時ぶつかりそうになった車が人をひいたのだと思った。私の車にぶつかっていれば死亡事故が防げたのにと思うと胸が苦しくなる」
池田氏が赤信号を無視し続けた理由は何か。自宅に財布を取りに急いでいたのだろうか、或いはタクシーとの衝突事故寸前のトラブルをきっかけに飲酒運転が露見するのを恐れ、家路を急いだのだろうか。池田氏は法廷でいずれの理由も否定した。
池田氏の軽乗用車は、赤信号が続く通いなれた直線道路に入った。制限速度を超過しながら最大時速70㌔まで加速する。青か緑の光がぼんやりと視界に入ったというが、なぜか赤やオレンジの光を見た記憶は曖昧だった。「目がボーっとする」と手でこすったり、「暑い」とエアコンのダイヤルを操作しているうちに前方から目を離したと言い、車に向かって赤信号を示している横断歩道に突入した。死傷事故が起こったのは、郡山駅前交番の目と鼻の先だった。
衝撃で自転車ごと転んだAさんは、倒れていた受験生に駆け寄り「大丈夫ですか」と声を掛けた。反応はなかった。池田氏は車を停めた後、しばらく車内から出てこなかったがようやく降りてきた。Aさんによると、惨状をただ眺めるだけだったという。
「あなた、飲んでるね」
Aさんが「救急車呼びましょう!」と強めの口調で急かすと、池田氏は我に返り「救急車、救急車」とうろたえながら携帯電話を掛けた。動揺しているのか、うまく状況を伝えられない様子だった。
駅前交番から警察官たちが走ってきて、事故の対応に当たった。
「あなた、お酒飲んでるね」
「……昨日の夜飲みました」
過失運転致傷と酒気帯び運転の疑いで現行犯逮捕された。
自身も被害者であるAさんは、警察の取り調べにこう供述している。
「医療を学んでいるのに被害者に声掛けしかできなかった。すぐ駆け寄って助けになれるのは自分しかいなかったのに、申し訳ない」
思い出すと眠れないほど自責の念に駆られてしまうという。
被告人質問で弁護人は、受験生を死なせただけでなく、Aさんの心身も傷つけたことを忘れていないか池田氏を問い質した。
――Aさんは自責の念を感じている。どう思うか。
「Aさんは医師を目指して勉強中と聞いた。私が身勝手な理由で事故を起こしていなければ、けがをさせず、自責の念を起こさせることもなかった。あの時は動揺してAさんを被害者ではなく第1発見者と認識していた。Aさんが被害者というのは取り調べを受けた時に初めて知った。存在を分かっていないで運転していたのが申し訳ない。自分はつくづく身勝手だ」
池田氏は彼なりに被害者と遺族らに贖罪の意を示している。保釈が認められる可能性があるのに申請しなかったのも、「自分を牢に入れるため」という。拘置施設からは毎朝事件現場に向かって正座し、手を合わせて土下座している。法廷では、亡くなった受験生の遺族代理人と次のようなやり取りがあった。
――今後どのように被害者や遺族に償うつもりか。
「まずは事故の現場に花を手向けて手を合わせたい。今、謝罪の手紙を書き続けているが、それを続けたい。許してもらえるか分からないが、もし許してもらえるならば、お墓に手を合わせたい」
さらに、
「飲酒運転という馬鹿な行為で、このような事件を起こしてしまった。もう酒も飲まないし、車にも乗らないのはもちろん、他の人が事故を起こして犠牲者が出てほしくないし、見たくもない。私は動画配信をしており、メディアで活動する機会があった。そういうところで交通ルールを守るよう啓発し、飲酒運転撲滅に尽力させていただきたい」
――その他にはあるか。
「今思いついているのは以上です」
――それしかないのか。
「すみません」
危険運転致死傷罪は重罪なので、裁判官3人のほかに、裁判所管内の有権者から選出された6人の裁判員(プラス補充裁判員数人)が審理に加わり、証人や被告人に質問する。今回は、裁判員は見たところ6人全員が池田氏よりも年上の女性だった。膨大な書類とにらめっこするのが仕事の裁判官よりも運転する機会が多く、土地勘があるためか、一般市民ならではの意義のある質問が多かった。
1人目の裁判員。
――お酒は普段から飲むのか。量と頻度を教えてほしい。
「居酒屋で飲もうと誘ってくるような人はいない。外で飲むことはまずない」
――家ではどうか。
「週に3~5日は飲む。基本的にビールで、500㍉㍑と350㍉㍑の缶を合わせて2本飲むか、500㍉㍑を1本飲む。多い時だと500㍉㍑を2本飲む」
――酔うとどうなるのか。
「そのまま寝るような形になる。寝酒として飲んでいる」
――外で飲むとどうなるのか。
「自分が外で飲んだ最後の記憶は大学時代のサークル。周りからは『飲むとテンションが上がるね』と言われた」
――記憶を失わない酒量の限界は把握しているか。
「把握している。大学3年生か4年生の時に気持ちが悪くなって歩けなくなり友人に肩を貸してもらった。ビールを7、8杯飲んだのを覚えている」
――今回事故を起こした時に飲んでいた量と同じくらいか。
「今回の方がジョッキが大きかった気がする」
――普段はどのような運転をするのか。
「一般道路では時速60㌔を守っている」
――どのような運転か。安全運転なのか。
「はい。事故当時に勤めていた飲食店は解雇されたが、その前に私は出張修理業をしていた。車には基盤など精密部品が積んであり、衝撃が加わると損傷する。安全運転が一番大切だった」
――被告人の基本的な性格を知りたい。普段はどんな性格なのか。
「自分としては、穏やかな性格だと思う。職場でも『何でそこまでやられても怒らないの?』と言われたことがある」
――普段は怒らないのか。イライラすることはないのか。
「勤めていた飲食店での話だ。午後6時の夕飯時で混み合う時に、アルバイトが料理が出来上がっているのに提供しないことがあった。『早く持ってって』と急ぐよう促した」
2人目の裁判員。
――運転していたのはスズキアルトで軽乗用車。軽乗用車はアクセルを強く踏み込まないと意外とスピードが出ないということは理解しているのか。アクセルを踏み込んだということか。
「踏もうと思って踏んだわけではない」
――そうは言うが、安全確認ができていない状況だったら普通は減速したりブレーキを踏んだりする。あなたは「目がボーッとしている」状況なのに突っ切っている。それは危険運転だと思わないのか。しかも軽乗用車なので、時速70㌔を出すにはアクセルを踏み込まなければならない。踏みっぱなしだったのでは。
「さらに踏み込んだ覚えはない」
信号も交番も無視
3人目の裁判員。
――USBメモリを買うのに24時間営業しているトライアルに飲酒運転で向かった。コンビニにも売っているのではないか。なぜ家から離れたトライアルに向かったのか。
「自分の中ではトライアルに行くという認識しかなかった」
下山洋司裁判長は、池田氏が言う「青い光」や「オレンジ色の光」を信号と認識していたのかどうかを確認した。池田氏は、青い光については青信号と認識していたが、オレンジ色の光については赤信号の光との認識はなく、対象を判別する意識はあったとしても街灯の光と捉えていたとした。そして、下山裁判長は本誌が当初から気になっていた重要な点を聞いた。
――酒が体に残っているのに交番の脇を通って運転することにマズいとか、避けた方がいいのではという考えはあったか。
「当時はマズいという考えはなかった。アティ(駅前商業施設)の前に交番があるとは認識していた」
裁判員裁判は9月8、9、10、17日の4日間にわたって開かれ、裁判所は危険運転致死傷罪を認定、池田氏には17日に懲役12年(求刑懲役16年)を言い渡した。池田氏側が「同罪は成立しない」と争っていたこと、遺族が「量刑が軽い」と検察に控訴を申し入れていることから、双方からの不服申し立てが想定され、原稿執筆時点では刑が確定しているかどうかは分からない。確かなのは法律論の前に、酒に酔って運転した時点でそれは危険、ということだ。


























