南相馬市立総合病院で脳動脈瘤を安定化させるための手術に失敗して、くも膜下出血を引き起こし、患者を死亡させたとして、患者の遺族が南相馬市長と同病院の院長に損害賠償を求める訴訟を福島地裁に提起した。入手した訴状を読み解き、手術室で何が起きていたのかに迫る。
脳動脈瘤手術失敗で遺族が市を提訴
南相馬市立総合病院は1931年に開設された原町実費診療所が本元。病床数300床(一般病床250床、療養病床50床=休床)。診療科目は内科、消化器科、脳神経外科など24診療科目。相双医療圏の中核病院として「〝人〟に寄り添い、〝人〟に信頼され、地域の未来へともに笑顔で歩む病院を目指します」を病院理念に掲げている。
昨年12月、そんな南相馬市立総合病院院長の及川友好氏と南相馬市(門馬和夫市長)を訴えたのは、同病院で手術を受けた後に死亡した森朝子さん(当時68歳)の遺族3人だ。
訴状によると、2021年3月2日、朝子さんは脳動脈瘤コイル塞栓術の手術を受けた。脳動脈瘤とは脳の動脈の壁が弱くなりこぶのように膨らむ病気だ。破裂するとくも膜下出血などの疾患を引き起こす可能性がある。そこでその部分にコイルを詰めて血流を遮断し、破裂を防いで安定化させるのがコイル塞栓術だ。
鼠径部の血管からカテーテル(細い管)を挿入し、脳動脈瘤内部まで到達させてコイルを挿入する。ところが、その際、医師が誤って中大脳動脈を穿孔(せんこう=穴が空くこと)してしまい、頭蓋内に大量のくも膜下出血を生じさせた。
脳内の出血により脳圧が上昇すると、脳浮腫(脳の組織に水分が過剰にたまって脳が膨張すること)を引き起こし、脳の機能が失われる脳ヘルニアが発生する危険性が高まる。
そのため早急に開頭手術に切り替える必要があったが、なぜか麻酔医が待機していなかった。約2時間後にようやく開頭手術による頭蓋内減圧術及び血管修復術が行われたが、すでに朝子さんは脳の一部を切り取らざるを得ない状況となっており、そのまま意識は戻らず、同19日に死亡した。
「30分ぐらいで終わる手術と聞いていたし、妻からは手術前日、『お父さん、明日はここ(待合室)で待っててください』と言われていた。あれが妻との最後のやり取りになるとは思ってもいませんでした」
こう語るのは森朝子さんの夫・森哲芳さん(77)だ。
哲芳さんによると、朝子さんは以前から集中力の欠如を感じることがあり、市内のクリニックで診察を受けていたという。特段問題はないと診断されたが、朝子さんの兄が脳溢血により53歳で亡くなっていたこともあり、精密検査を希望して市立病院で受けた。その結果、MRI検査で脳の血管(前交通動脈部)に動脈瘤が確認され、三次元脳血管造影検査では両側頸部内頚動脈狭窄症との診断を受けた。検査を担当したのはいずれも同病院長の及川氏だった。

及川氏は朝子さんの兄の事例も出しながら「明日にも死に至る可能性がある」と手術の必要性を説き、朝子さんは手術を受けることを決めた。手術前には「治療は30分ほどで終了するし、市立病院で同手術による死者はいない。4日ほどで退院できる」という説明も受けていた。
手術当日、朝子さんから「お昼前に手術室に行くようです」というショートメッセージを受信した哲芳さんは10時30分ごろ息子と待合室に入った。ところが、お昼を過ぎても手術が終わる気配がない。16時16分ごろ、執刀医のA氏が手術着から着替えた状態で待合室に走ってきて、哲芳さんらを院長室に呼び出した。
哲芳さんらが院長室に入ると、及川氏から「いやー旦那さん、ごめんねえ。くも膜下出血になっちゃった」と軽い感じで声をかけられた。くも膜下出血が生じ、両側瞳孔が拡大している状況で、「出血を止めるために頭蓋骨を切り開けて血を抜くので署名がほしい」と言われ、哲芳さんは同意した。朝子さんはその後、前述した開頭手術により左頭部が切除され、顔が腫れあがった状態となった。手術室前で見かけた哲芳さんが朝子さん本人と一瞬気づかなかったほどだ。朝子さんは結局そのまま危篤状態となり、亡くなった。
処置室で看護師らが朝子さんの体を拭いている姿を見ていたら、皮膚や肉がぼろぼろと落ちていた。安置所に移動して哲芳さんら遺族が合掌していたところ、及川氏は「医療事故でした」と謝罪したという。
「なぜ誰も気づかない」
30分で終わる手術と聞いていたのに、なぜ妻はここまでぼろぼろの状態にさせられ、死ななければならなかったのか。哲芳さんは同病院に説明を求め続けた。
「病院側の説明によると、手術当日の14時17分にカテーテルを挿入し、同56分に脳血管撮影を行ったところ、造影剤が血管外に漏れていたため、穿孔していたことが発覚したとのことでした。カテーテルが血管を突き抜けたのに30分近くも気づかないものなのか。手術は同病院の脳神経外科主任科長であるA氏が担当し、福島県立医大に所属する医師も複数立ち会っていたのに誰も気づかなかったのか。手術室の様子を見たいと映像の公開を求めたが、画像がぼけていて音声が入っていない映像を見せられるばかり。当日の様子を聞いても要領を得ない回答しか返ってきませんでした」(哲芳さん)
哲芳さんは同病院の責任を問うべく、同病院の管理者である南相馬市役所にも足を運び、これまでの経緯をまとめた文書を提出した。そのうえで門馬市長に面会を求め、一連の問題について市が先頭に立って原因究明するように求めた。だが「門馬市長はきょとんとした様子で、深刻さがあまり理解できていないように見えた」(哲芳さん)。その後も文書で対応を求め続けたが、最終的には弁護士を通した形でないと正式な回答は出せないと言われた。

業務上過失致死傷罪に問えないかと南相馬警察署にも相談したが、治療・書面等に違法な点は見当たらないという見解が示された。
それでも、哲芳さんは病院側の責任を問うことをあきらめず、さまざまな機関に相談し続けた。その結果、知人を通して医療事故系に強い東京の弁護士と知り合うことができ、今回の提訴に至ったわけ。
哲芳さんら原告は、病院(医師)の対応について具体的にどんな問題点があったと主張しているのか。訴状では次のように指摘している。
①必要性がないにもかかわらず手術が行われたこと
朝子さんの動脈瘤の大きさは2・3㍉だったが、小さな動脈瘤の場合、破裂の危険性は低く手術の必要性は低かった。また、脳動脈瘤コイル塞栓術は術中動脈瘤破裂や血栓塞栓性合併症が生じる可能性があり、3㍉未満の動脈瘤では危険性が高いとされている。加えてカテーテルの難しい屈曲蛇行の強い高齢者や動脈硬化のある例、前交通動脈瘤など遠位部の動脈瘤は術中破裂の危険性が高いと言われているが、朝子さんはこれらの条件に当てはまり、術中破裂のリスクが高かった。経過観察という治療をとる方が一般的だった。
すなわち医師らは不要かつ危険性の高い手術を行ったことになる。
②誤った説明により手術を決断させたこと
手術前の2021年1月20日の患者診療記録で「内頸動脈は、屈曲は強いが狭窄なし 前交通動脈瘤 最大径2・3㍉」と記載されていた。屈曲が強いということはカテーテルがうまく折れ曲がらず、突き刺さる可能性もあったのに、手術前の説明ではカテーテルの中大脳動脈穿孔の危険性についての説明は一切行われなかった。
一方で、及川氏は朝子さんに対し、3・5㍉程度の動脈瘤が存在しているとして、「明日にも死に至る可能性がある」と説明していた。だが、前述の通り、動脈瘤の大きさは2・3㍉であり、誤った事実を前提に手術を受ける決意をさせた。
③カテーテルに抵抗があるにもかかわらず手術を続け、動脈瘤とは関係のない中大脳動脈を穿孔したこと
手術は太さが異なるカテーテルを用いて、動脈瘤がある場所まで誘導する形で進められたが、執刀医であるA氏はカテーテルを進める際に抵抗を感じたと述べている。病院側ではカテーテル同士の摩擦と判断して手術を続行したと説明していたが、出血が死亡リスクに直結する動脈での施術であることを考慮して、挿入を中止、もしくはカテーテルをいったん抜いてから判断すべきだった。ところが、A氏は自身の経験を信じ、カテーテルを推し進めて中大脳動脈を穿孔してしまった。
④麻酔医のバックアップ体制のない状態で手術を行ったこと
脳動脈瘤コイル塞栓術の手術では、術中に動脈瘤が破裂する危険があり、緊急時開頭手術に備えて麻酔を行える体制を整える必要があった。ところが、このときは執刀医が麻酔医もかねて麻酔管理をしていたようで、麻酔医が不在の状態で行われた。
前述の通り、手術は2021年3月2日13時22分に開始し、遅くとも同日14時45分までに中大脳動脈穿孔が明らかになり、開頭による頭蓋内減圧術及び血管修復術を行うため、麻酔医に連絡が行われている。しかし、実際に開頭手術のために麻酔が施された時刻は同日16時41分で、1時間56分も経過していた。一刻も早く血液を外に排出して脳圧を低下させる必要があるのに、ここで約2時間出血した状態が続いたため、回復不可能な状態にまで脳浮腫、脳ヘルニアが進行した可能性が高い。
緊急時に麻酔をすぐに行うことができる適切な体制を設けることなく手術に臨んだ結果、死に至らしめたということで、市立病院は不法行為責任を負う。
市と病院の反応

訴状では被告らの不法行為責任を次のように記している。
①及川氏は朝子さんの主治医及び院長として手術に当たり、臨床医学の実践における医療水準に照らした手術の選択・要否、手術を行うに際しての体制の準備、患者への正確な説明、手術の際の執刀医に対する適切な助言等医師としての善管注意義務を怠り、死の結果を生じせしめた(民法709条)。また訴外A氏は当時の医療水準に基づく通常の外科医としての善管注意義務を果たしてカテーテル手術を行うべきところ、それを果たさず、脳内血管を破損し、脳内出血を引き起こして死の結果を引き起こした。
②及川氏は手術中手術後に、原告らに対して、患者の家族の心情をおもんぱからない言動により、原告らの感情を痛く傷つけた。
③市は及川氏及びA氏と雇用関係にあり、及川氏とA氏の不法行為について、病院を運営する市として使用者責任を負う(民法715条1項及び国家賠償法1条1項)
以上の点を踏まえ、哲芳さんら原告3人は被告の南相馬市と及川氏に対し、死亡慰謝料、逸失利益など合計1億1732万7105円の損害賠償の支払いを求めている。
哲芳さんは「及川氏からは『二度とこのようなことがないようにみんなでちゃんとした治療をしていきます』と言われたことがあったが、次の患者では意味がない。損害賠償請求でお金を得るのが目的ではなく、なぜ妻がこのような扱いを受けなければならなかったのか、裁判を通して原因究明を続けていきたい。無責任な医師たちに医療を任せている門馬市長の責任も重大だと思います」と語った。
哲芳さんの訴えを市と同病院はどう受け止めるのか。それぞれに質問状を送付したところ、同病院医事課の吉田貴之氏から市と合わせての回答が寄せられた。一問一答形式で紹介する。
――裁判を提起されたことに対しての受け止めは。
「当方では訴訟提起がなされたことを把握しておらず、また、訴状も送達されておりません。訴えの内容に対する応答は訴訟手続において行わせていただきたく存じます」
――南相馬市立総合病院では過去医療ミスがどれぐらい起きているのでしょうか。
「医療行為は人の身体に対する侵襲です。このような医療行為の性質上、一定数の医療事故が発生することは避けられません。そのため、医療現場では、事故に至らないインシデントと事故に至ったアクシデントについて必要な原因分析を行い、より安全な医療の提供に向けて取り組んでいます。これらのことは南相馬市立総合病院でも同様です。なお、南相馬市立総合病院における医療過誤あるいは医療事故の発生件数の集計は行っておりません」
懸念されていた医療事故
ちなみに本誌は、2年前に今回の問題に関する情報をキャッチし、同病院に確認しているが、その際は同病院医事課の担当者が「個別の事案に関する問い合わせは患者のプライバシーにもかかわるのでお答えできません。医療事故などが起きた際に公表するかどうかは病院内のマニュアルに従って判断しており、ケースによっては第三者機関である『医療事故調査・支援センター』に報告して対応しています」と回答していた。
同センターは2015年10月、改正医療法に基づき設置された機関で、報告するかどうかは医療機関の管理者の判断に委ねられている。同病院の場合は門馬市長ということになるが、朝子さんの件は報告したのか判然としない。
同病院に関しては、本誌2019年4月号「瓦解する南相馬市『二つの公立病院』」という記事で、次のような同病院看護師のコメントを紹介している。
「ここの医師たちはスキルがないので簡単な手術も失敗するリスクがある。及川院長に『難しい手術は避けるべきだ』と言っても『医師がやりたいんだから仕方ない』と聞く耳を持たない」
まさに懸念されていた通りの医療事故が起きてしまった格好だ。
昨年末には相馬市の公立相馬総合病院で、胃の内視鏡手術を受けていた患者が手術中に意識が低下し、死亡する医療事故が起き、遺族側に2150万円の賠償金が支払われていたことが明らかになった。
南相馬市立総合病院の医療事故はどういう結論が示されるのか。裁判を通して穿孔に気づかなかった背景、開頭手術まで約2時間もかかった理由などが究明されることに期待したい。