会津若松市の元職員による巨額公金詐取事件。その額は約1億7700万円というから呆れるほかない。
専門知識を悪用した元職員
巨額公金詐取事件を起こしたのは障がい者支援課副主幹の小原龍也氏(51)。小原氏は2022年11月7日付で懲戒免職になっているため、正確には元職員となる。
発覚の経緯は2022年6月13日、2021年度の児童扶養手当支給に係る国庫負担金の実績報告書を県に提出するため、小原氏の後任となったこども家庭課職員が関係書類やシステムデータを確認したところ、実際に振り込んだ額とシステムデータに不整合があることを見つけたことだった。
内部調査を進めると、2021年度の児童扶養手当支給に複数の不整合があることが分かった。また小原氏の業務用パソコンからは、同年度の子育て世帯への臨時特別給付金について小原氏名義の預金口座に振込依頼していたデータや、重度心身障がい者医療費助成金をめぐり小原氏が給付事務を担当していた07~09年度に詐取していたことをうかがわせるデータも見つかった。市は会津若松署に報告し今後の対応を相談する一方、金融機関に小原氏名義の預金口座の照会を行うなど、詐取の証拠集めを2カ月かけて進めた。
市は2022年8月8日、小原氏に事情聴取した。最初は「分からない」「覚えていない」と非協力的な姿勢を見せていたが、集めた証拠類を示すと児童扶養手当と子育て世帯への臨時特別給付金を詐取したことを認めた。
小原氏は動機について「不正に振り込む方法を思い付いた。魔が差した」と語り、使途は「生活していく中で自然に使った」と説明したが、続く同9、10、15日に行った事情聴取では「親族の借金を肩代わりし返済に苦労していた」「競馬や宝くじに使った」「車のローンの返済に充てた」と次第に変化していった。
市は事情聴取と並行し、詐取された公金の回収に取り組んだ。預金口座からの振り込みに加え、生命保険の解約や車の売却といった保有財産の換価を行い、2022年11月8日現在、約9100万円を回収した。
2022年9月8日には小原氏に対する懲戒審査委員会を開き、懲戒免職が妥当と判断されたが、引き続き事情聴取と公金回収を進めるため、小原氏の職員としての身分を当面継続することとした。
小原氏は2022年10月7日、市に誓約書を提出した。内容は児童扶養手当(約1億1070万円)、子育て世帯への臨時特別給付金(60万円)、重度心身障がい者医療費助成金(約6570万円)、計約1億7700万円を詐取したことを認め、弁済することを誓約したものだ。
市は2022年11月7日付で会津若松署に詐欺罪で告訴状を提出し、その日のうちに受理された。また、同日付で小原氏を懲戒免職とし、併せて上司らの懲戒処分を行った。
「会津若松署が告訴状を受理したので、事件の全容解明は今後の捜査に委ねられることになる。警察筋の話によると、捜査は2023年2月くらいまでかかるようだ」(ある事情通)
それにしても、これほど巨額な詐取がなぜバレなかったのか不思議でならないが、
「市の説明や報道等によると、児童扶養手当の詐取は管理システムの盲点を悪用し不正な操作を繰り返した、子育て世帯への臨時特別給付金の詐取は本来の支給額より多い金額が自分の預金口座に振り込まれるようデータを細工した、重度心身障がい者医療費助成金の詐取もデータを細工する一方、帳票を改ざんして発覚を免れていた」(同)
合併自治体特有の「差」
それだけではない。こども家庭課に勤務していた時は、自分が児童扶養手当支給の主担当を担えるよう事務分担を変え、支給処理に携わる職員を1人減らし、それまで行っていた決裁後の起案のグループ回覧をやめることで他職員が関連書類に触れないようにしていた。また主担当の仕事をチェックする副担当に、入庁1年目の新人職員や異動1年目の職員を充てることでチェックが機能しにくい体制をつくっていた。
「パソコンがかなり達者で、福祉関連の支給事務に精通していた。そこに狡猾さが加わり、不正がバレないやり方を身に付けてい
った」(同)
小原氏は市の事情聴取に「不正はやる気になればできる」と話したというから、詐取するには打って付けの職場環境だったに違いない。
小原氏は1996年4月、旧河東町役場に入庁。2005年11月、会津若松市との合併に伴い同市職員となった。社会福祉課に配属され、11年3月まで重度心身障がい者医療費助成金の給付事務を担当。18年4月からはこども家庭課で児童扶養手当と子育て世代への臨時特別給付金の給付事務を担当した。2022年4月、障がい者支援課副主幹に。事件はこの異動をきっかけに発覚した。
地元ジャーナリストの話。
「小原氏は妻と子どもがおり、父親と同居している。父親は個人事業主として市の一般ごみの収集運搬を請け負っているが、今回の事件を受けて代表を退き、一緒に仕事をしている次男(小原氏の弟)が後を引き継ぐと聞いた。三男(同)は、小原氏と職種は違うが公務員だそうだ」
小原氏は「親族の借金を肩代わりした」とも語っていたが、
「過去に叔父が勤め先で金銭トラブルを起こしたことがあるという。親族の借金の肩代わりとは、それを指しているのかもしれない」(同)
河東町にある自宅は2000年10月に新築され、持ち分が父親3分の2、小原氏3分の1の共有名義となっている。土地建物には会津信用金庫が両氏を連帯債務者とする5000万円の抵当権を付けている。
小原氏の職場での評判は「他職員が嫌がる仕事も率先して引き受け、仕事ぶりは迅速かつ的確」といい、地元の声も「悪いことをやる人にはとても見えない」と上々。しかし、会津若松市のように他町村と合併した自治体では「職員の差」が問題になることがある。
ある議員経験者によると、市町村合併では優秀な職員が多い自治体もあれば能力の低い職員が目立つ自治体、服装や挨拶など基本的なことすらできていない自治体等々、職員の能力や資質に差を感じる場面が少なくなかったという。
「合併から十数年経ち、職員の退職・入庁が繰り返されたため今は差を感じることは減ったが、中核となる市に周辺町村がくっついた合併では職員の能力や資質にだいぶ開きがあったと思います」(同)
元首長もこう話す。
「町村役場は、職員を似たような部署に長く置いて専門性を身に付けさせ、サービスの低下を防ぐ。そこで自然と専門知識が身に付くので、あとは個人の資質によるが、悪用する気になればできる、と」
小原氏は旧河東町時代も重度心身障がい者医療費助成金の支給事務を行っていたというから、専門知識は豊富だったことになる。
市町村職員になるには採用試験に合格しなければならないが、競争率が高いため「職員=優秀」というイメージが漠然と定着している。しかし現実は、小原氏のような悪質な職員も存在すること、さらに言うと合併自治体特有の、職員の能力や資質の差が今回のような事件の契機になることも認識する必要がある。
市は今後、未回収となっている約8600万円の回収に努め、場合によっては民事訴訟も視野に入れるという。事件を受け、室井照平市長は給料を7カ月2分の1に減額し、現任期(3期目)の退職手当も2分の1に減額する方針。
市の責任を形で示したわけだが、市民からは市が注力しているデジタル田園都市国家構想を踏まえ「巨額公金詐取を見抜けなかった市に膨大な市民の個人情報を預けて大丈夫なのか」と心配する声が聞かれる。ICT導入を熱心に進める前にチェック機能がない、いわば〝ザル〟の組織を立て直す方が先決ではないのか。
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