
えがみ・ごう 1954年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。第一勧業銀行(現みずほ銀行)に入行。勤務の傍ら2002年に作家デビュー。2003年に築地支店長を最後に退行。作家業のほかテレビのコメンテーターとしても活躍。『隠蔽司令』(徳間書店)、『再建の神様』(PHP文芸文庫)、『財閥、最後の日』(同)、『荒れ地の種』(光文社)など著書多数。8月に最新作『信念の経営者・小原鐵五郎』(PHP研究所)を上梓した。
大切なのは再生担うトップの資質 作家・江上剛さん
いわき信組で起きた不正は、どこでも起こり得ると思います。
この8月に『信念の経営者・小原鐵五郎』(PHP研究所)を上梓しました。城南信用金庫(東京都品川区)の第3代理事長で、全国信用金庫連合会と全国信用金庫協会で会長を務めるなど「信用金庫の神様」と呼ばれた小原鐵五郎(1899―1989)の生涯を描いた小説です。
その小原の後に理事長に就いたのが真壁実という男ですが、彼は全ての人事を掌握し、自分の障害になりそうな者は容赦なく飛ばすなど〝真壁色〟を一気に強めました。当然、役員は真壁に忖度するようになり、真壁も「出世したければ盆暮れに付け届けをしろ」と露骨な要求をするようになりました。その後も私的な施設をつくる、娘婿を次の理事長に据える、孫まで入職させる等々、エスカレートしていきました。
しかし、城南信用金庫の中に真壁に異を唱える人は誰もいませんでした。真壁の影響力は、それくらい強かったわけです。結局、真壁はクーデターにより失脚しますが、素晴らしいトップ(小原鐵五郎)が現れたと思ったら、すぐ後にとんでもないトップ(真壁実)が就くケースは珍しいことではないと思います。
翻って、いわき信組はどうだったのか。報道によれば、江尻次郎氏は理事長を18年務め、理事長を退いた後も会長として実権を握っていました。人事も掌握し、役員が江尻氏に忖度する光景は日常茶飯事だったようです。真壁体制の城南信用金庫と変わらない様子がうかがえます。
これは金融機関に限ったことではありません。組織にカリスマ的存在が現れ、その人が実権や人事を握ると、その人が君臨している間は言うことを聞かざるを得ない空気が蔓延します。ただ不思議なことに、その人からすると自分が組織に悪影響を及ぼしている自覚がない。
分かり易いのはフジテレビの日枝久さんです。タレントと女子アナの問題をめぐり日枝さんは散々叩かれましたが、親しい人には「会社のためにやってきたのに、最後はこういう目に遭うのか」と怒りの電話をかけたそうです。周囲が「日枝天皇」と恐れていたのとは対照的に、日枝さんにはフジテレビに悪影響を及ぼしている自覚がなかったという事実は興味深いですよね。
問われるトップの決断
ご承知の通り、地方経済は少子高齢化や人口減少で衰退しています。そうした中で今起きているのが「金融のブラックホール化」です。地方で暮らす親が亡くなると、中央で暮らす子が親の預金を引き上げます。結果、中央の金融機関にカネが集まり、逆に地方の金融機関からはどんどんカネが流出していく現象です。
そうなると何が起きるのか。地方の金融機関は数少ない有力取引先への融資がどんどん増えていきます。数年で異動になる支店長は短期業績主義に陥りがちになるため、不動産購入やゴルフ場開発、海外での工場建設など経営の多角化を勧め、さらに貸し込もうとします。
取引先が好調なうちは、それでもいい。支店長も「困った時は助けますから」などと調子のいいことを言う。しかし、いざ困った時にはその支店長は既におらず、巨額の借金だけが残るのです。
鈴建グループもいろいろな企業で構成されているから、いわき信組の本店や各支店との取引があったはずです。鈴建グループの場合はペーパーカンパニーを使った迂回融資や組合員の口座を勝手に使った無断借名融資が行われたようですが、それもこれもいわき信組にとって、鈴建グループが有力取引先だったから不正が繰り返されたのです。
こういう取引先が二進も三進もいかなくなった時、問われるのがトップの決断です。再建の目途があるとか、社長が真面目ということなら応援してもいいが、どうにもならない場合は膿を出し切る決断をしなければなりません。しかし、それを決断できるトップは現実には少なく、後任、さらに後任へと決断が先送りされがちです。
私が第一勧銀に勤務していた頃、総会屋への利益供与事件が社会問題に発展しました。表面的には総会屋との付き合いをやめればいいだけの話ですが、実際にやめた場合、その時点のトップの辞任はもちろん、歴代トップにまで遡って諸々を清算しなければならず、一筋縄ではいきません。再生を担うトップも会見や株主総会で厳しい追及を受けることになりますが、それらを全てクリアしなければ再生はあり得ないのです。私は第一勧銀時代、広報部にいて再生の最前線に立ったので、その厳しさと難しさはよく理解しているつもりです。
再生を担うトップがどういう人物であるかも重要です。いわき信組は第三者委員会が外部人材の登用を求めたにもかかわらず、プロパーを新しい理事長に据えました。新理事長は就任に当たり「自分は不正融資に関わっていない」と言っています。しかし、関わっていないことを証明するものは何もありません。ご自身が再生の最前線に立つというなら、不正融資には一切関わっていない、鈴建グループとは一切付き合いがないことを示す明確な証拠を出さないと、再生の最前線に立つ資格が疑われると思います。
組合員に丁寧な説明を
警察の介入も必須です。不正の責任を誰がとるのか明確にすることは自身の潔白を証明することにもつながるので、新理事長は早急に被害届を出すなり刑事告訴をするなり事件化すべきです。もし新理事長が事件化を躊躇しているなら、総代や総代会が株主代表訴訟のように旧経営陣を訴える方法もあるし、そういう動きがあれば東北財務局はサポートすべきだと思います。
鈴建グループは今も経営を続けていますが、大口融資先が破綻した場合、金融機関はどう対応するのか。一般的には貸倒引当金を積んだり、自己資金の増強に努めます。それができなければ制度に則って生き残れる方策を探します。それも無理なら貸し剝がしを行い、それでも間に合わなければ不良債権飛ばしなどに走ります。いわき信組は震災後に公的資金200億円が注入されているので貸し剥がしが起きることはなさそうですが、組合員の中には心配が広がっているでしょうから、今の経営状態を丁寧に説明した方がいいと思います。
いわき信組は今、コンプライアン意識の向上を迫られています。これだけの不正が起きた後ですから、当然と言えば当然です。しかし、コンプライアンスに縛られすぎると、かえって何もできなくなる面があります。昨今の上司が、ハラスメントを恐れて部下に指導しづらくなっているのと同じです。こうなると、職員は過度にコンプライアンス違反を恐れ、創造的な仕事をしなくなる弊害が表れます。
そこで大切になるのがトップの資質です。「自分がいないとダメだから長く続ける」という旧態依然の考えではなく、トップの任期は〇年、定年は□歳と自らに厳しいルールを定める。もし上層部に関する内部告発があったら、対象者をきちんと処分するのは当然ですが、部下に向けて内部告発があったことや処分内容を隠さずに伝える。
そうやって上層部の風通しを良くすれば、組織は自然と引き締まり、コンプライアンスに関する厳しいルールをつくらなくても部下の意識は自然と醸成されていくと思います。
新理事長のもとで、いわき信組がどのようにコンプライアンス意識を向上させ、ガバナンスを構築していくのか注目したいと思います。
























