福島市と宮城県柴田町をつなぐ第三セクターの鉄道会社「阿武隈急行」が危機に立たされている。コロナ禍による乗客数減少と自然災害による被害で大打撃を受けた。宮城県側からはバスへの転換を模索する動きや負担割合を見直すべきとする意見も出始めている。現状をリポートする。
露呈した沿線自治体間の温度差


阿武隈急行は福島市の福島駅から宮城県柴田町の槻木駅まで54・9㌔の区間を運行する鉄道会社だ。福島県、宮城県、沿線周辺9市町(福島市、伊達市、宮城県仙台市、同角田市、同名取市、同岩沼市、同白石市、同丸森町、同柴田町)、福島交通が株主の第三セクターで、会社設立は1984(昭和59)年、資本金は授権資本20億円、払込資本15億円。
そんな同社の業績について、「間もなく債務超過に陥る可能性がある」とする報告が8月5日、宮城県庁で開かれた阿武隈急行線沿線地域公共交通協議会の中で行われた。
報告者である同社の冨田政則社長によると、1988(昭和63)年に全線開業し、1995(平成7)年度には乗客数325万人となったが、それ以降は沿線自治体の少子高齢化、車社会の進展などを背景に乗客数が減少し続けている。
苦境に拍車をかけたのが2019年度以降続いた自然災害だ。令和元年東日本台風ではあぶくま駅(丸森町)が土砂崩れに巻き込まれるなど約11億円の被害が発生し、全線復旧までに1年かかった。2021年、2022年と連続で発生した福島県沖地震では駅や線路、橋が損傷し、2021年は約9000万円、2022年は約10億円かけて復旧した。
そこに、新型コロナウイルス感染拡大に伴う行動制限・外出自粛による乗客数激減が加わった。コロナ禍があけた2023年度の乗客数は若干回復したが、それでも190万人とピーク時の1995年度の6割程度だ。
もともと鉄道事業の営業収支は慢性的な赤字で、黒字になったのはわずかな期間だけだったが、前述した〝厄災〟に加え、老朽化する車両や施設・設備の更新を迫られたこともあって、2023年度の赤字額は5億1000万円まで膨らんだ。
国・自治体からの補助金を示す特別利益は2023年度総額16億円。2020~2022年度はコロナ減収分の支援として、2023年度は赤字補てんとして自治体の一般会計から支援を受けた。期末損失の累計は14億6000万円に達し、このまま推移すると債務超過に至る。民間会社であれば経営難で存続危機を迎えている状況となっているのだ。
同社の経営改善に関しては、2005年に経営健全化計画を策定する阿武隈急行線再生支援協議会(会長=伊達市長)が設置されている。
同協議会は2018年、地域公共交通活性化再生法に基づく法定協議会として、阿武隈急行線沿線地域公共交通協議会(会長=吉田樹福島大学准教授、以下法定協議会と表記)を設置し、阿武隈急行線地域公共交通網形成計画を策定。
さらに業績悪化を受けて抜本的な経営改善を図るため、昨年、法定協議会の分科会として「阿武隈急行線在り方検討会」が設置され、この間非公開で6回にわたり会議が行われている。具体的には、沿線の大学・高校での意見聴取、現地調査、宮城県知事と沿線市町村長による意見交換会などを実施。路線のバス高速輸送システム(BRT)への転換、線路や駅舎を自治体が所有し、企業が運行を担う「上下分離方式」の導入――などが検討事項として挙げられているが、まだ経営改善策を取りまとめている段階ではないという。
現時点で検討会で確認されたことは、▽福島県側の自治体は「鉄路維持」で一致、▽宮城県側の自治体は「輸送モード(バスなどの交通形態)の転換」について秋口をめどに検討、▽現在10編成(1編成2両で、金額は約5億円)所有している車両のうち、8編成までは更新して、9編成目は検討を継続――など。
来年3月までに法定協議会に対し検討会としての最終報告を行い、法定協議会から再生支援協議会に報告する流れとなる。
負担金を拒否した柴田町

8月5日、宮城県庁で開かれた阿武隈急行線沿線地域公共交通協議会では進捗状況をオープンにして議論する狙いから、検討会も公開形式で開催された。
検討会では沿線自治体や関係者が意見を寄せたが、注目を集めたのは柴田町がどのような見解を示すか、という点だった。
というのも、柴田町は両県と沿線5市町が負担している補助金について「補助金の負担割合について角田市、丸森町と協議を続けており、見直しを進めている」として、この間2023年度分2358万円の支払いを拒否しているからだ。
補助金の負担割合と2023年度分の金額は別表の通り。福島、宮城県がそれぞれ50%ずつ負担。沿線自治体間の負担割合はルールが定められており、角田、柴田、丸森3市町は半分を均等割り、もう半分を各市町にある駅の定期券利用者数の比率に基づいて金額を決める。福島、伊達両市は営業距離の比率、両市の駅の乗客数の比率で算出している。柴田町はこの負担割合がおかしいとして、支払いを拒否しているわけ。
補助金の負担割合と2023年度分内訳
負担割合 | 補助額 | ||
福島県側 | 福島県 | 25% | 9491万円 |
伊達市 | 25% | 9491万円 | |
福島市 | |||
宮城県側 | 宮城県 | 25% | 9491万円 |
角田市 | 25% | 9491万円 | |
柴田町 | |||
丸森町 | |||
補助金計 | 3億7964万円 |
この日も柴田町は「単純な赤字補てんには協力させていただくことが難しい」ときっぱり言い切った。一方で「負担割合が決定次第、補助金の支出を考える。事務レベルでは話が進んでいる」と協議を続けていることを明かし、支払う意思を持っていることも分かった。
柴田町がここまで強硬な姿勢を示すのにも事情がある。柴田町には阿武隈急行の起点となる槻木駅、東船岡駅があるが、そのほかにもJR東北本線が通っているのだ。町内には阿武隈急行も乗り入れている槻木駅のほか、柴田町役場などがある町の中心部に船岡駅がある。阿武隈急行のダイヤは1時間1本(朝夕は2本、仙台乗り入れ便もあり)なのに対し、東北本線のダイヤは1時間2本。仙台方面に向かう下り線は朝7時台に5本運行しており、利便性が高い。
阿武隈急行槻木駅の乗降人員(1日平均)は921人で、JRへの乗り換えも含まれていると思われる。かたやJR槻木駅の乗降人員(同)は2594人、JR船岡駅は2918人。角田市や丸森町、福島県方面へ向かう阿武隈急行より、仙台市・白石市へ向かうJRが主に使われていることが分かる。
柴田町の滝口茂町長は昨年6月の株主総会で取締役を退任し、後任に副町長が就いた。その理由について滝口町長は「経営から少し離れた立場から自治体の費用負担に物申すため」と明かしている。
河北新報オンライン2023年7月9日配信記事によると、角田市と柴田町では定期券利用者数が角田市の方が多く、約4倍の差があるのに、均等割りを加えた負担額になると角田市と柴田町の差は2倍差にとどまるという。そのため、滝口町長は「槻木駅で定期券利用者を全数調査し、均等割りをやめ(福島県側と同じ)営業距離と乗客数の比率で負担割合を算出すべきだ」と訴えていた。
要するに、同町ではこの負担割合を見直さない限り、補助金支払いには応じられないと訴えているのだ。
明言を避ける宮城県

沿線自治体間の足並みの乱れはこれに留まらなかった。宮城県側自治体をまとめる宮城県の担当者は検討会で現在の課題を厳しく指摘した。
「県境区間の利用者が少ない一方で、橋梁やトンネルなどの設備の老朽化は進んでおり、修繕に多額の費用がかかるとみられる。もともと東北本線のバイパス機能を備えていたが、宮城県側では朝の通勤の便が減便され、仙台直行便(朝夕1往復のみ)に関しても厳しい意見をいただいている。こういった状況が続くと、利便性、利用性が減少し、マイナスの循環に陥るのではないかと懸念している」
そのうえで「ここ数年という短いスパンではなく、将来にわたってどうしていくべきか、責任ある判断をしていくべきと思っている。まずは3市町の意向を第一に考えていきたい。秋ぐらいまでに宮城県側の意見をまとめて、福島県とも連携して進めていきたい」と県としてのスタンスについて明言を避けながらも、含みをもたせる意見を述べた。
宮城県の村井嘉浩知事は6月10日の定例記者会見でこう述べている。
《福島側は比較的経営状況がいいんですけれども、宮城側が非常に経営状況が悪いということです》
《それを維持しようとすると、その分どこかにしわ寄せが来て、市民サービス、町民サービスが低下すると思います。ですから、その覚悟を持って臨むのかどうか。一応県としては、鉄路を維持する、BRTあるいはバスで代行するといったような案を示すことはいたしましょうと、それでまずみんなでよく話し合いましょうと》
「鉄路維持」で一致している福島県と異なり、かなり厳しく現状を捉えていることが分かるだろう。
ちなみに、福島県の内堀雅雄知事は6月6日の定例記者会見でこう話している。
《まず、この阿武隈急行線に対する福島県としての基本的なスタンスでありますが、地域住民の皆さんの日常生活を支える足として大切な路線であります。
福島県として、利用者数の回復を図るため、福島県側の区間における増便や運行ダイヤの見直しなど、利用される皆さんのニーズを踏まえた利便性向上策を検討会に提案しているところであります。
阿武隈急行線の在り方について、様々な御意見があります。引き続き経営改善に向け、検討会において丁寧に議論を重ねていきたいと考えております》
相変わらず表面的な言い回しに終始しているのが分かるだろう。県として「鉄路維持」を望むというのなら、もっと宮城県側に強く呼びかける姿勢を見せるべきではないか。
福島県側は「鉄路維持」

柴田町、宮城県以外の沿線自治体は基本的に鉄路維持のスタンスを示した。意見の概要は以下の通り。
「在り方検討会では利便性を向上させ鉄路を維持していくという方針を確認した。2021年のダイヤ改定で朝夕の通勤・通学の時間帯が減便になったので、運行ダイヤの見直し、福島県側の増便を提案していた。利用者からは満足度が低いという話も聞かれるので、利用者のニーズをしっかり捉えていくべき」(福島県)
「阿武隈急行をまちづくりの中でどのような位置づけにしていくかが重要。あらゆる可能性を検討し、その結論を導くためのプロセスを重要視したい」(福島市)
「福島市への通勤・通学に利用している市民が多く、必要不可欠。駅周辺の開発も行っているので、沿線自治体と協調しながら支援し、利用促進を図っていきたい」(伊達市)
「重要な公共交通機関であり、市単体でも鉄路を維持していく考え。乗客維持・増加が課題。阿武隈急行を応援する市民団体もできているので一緒になって集客を図っていきたい。教育機関や企業とも連携して、どのように利用促進が図れるか模索していく」(角田市)
「前身の国鉄丸森線時代から利用促進活動を進め、定期購入助成などを実施している。町にとって重要な公共交通機関。沿線で協調した経営支援をどのように行っていくか話し合っている」(丸森町)
福島県側としては「鉄路維持」という意見を固めているが、宮城県側の歩調がそろわず翻弄されている状況。福島県側の自治体担当者からは「こちらはボールを投げて返ってくるのを待っている状況。なかなか次のステップに移れない。宮城県側の協議が進んでいるのかどうも見えてこない。宮城県としても積極的に調整していく必要があるのではないか」との不満が漏れる。
在り方検討会に示されているロードマップによると、宮城県側の話し合いは7月末までに大半の検討を終え、10月中旬までに沿線市町と意見集約すると明記されているという(福島民友8月6日付)。
あらためて宮城県の担当者に問い合わせたが、「現在、バス転換や鉄路維持にどれぐらい経費がかかるのか客観的なデータを集め、資料を作成している。それを踏まえて秋までに宮城県側の意見をまとめる予定です。検討会は昨年3月から約2年かけて議論し、法定協議会に報告するというスケジュールになっており、基本的にはそのスケジュールに基づいて動く」と述べるだけだった。
周知の通り、福島県では2011年の新潟・福島豪雨で被災し、一部不通となったJR只見線が「上下分離方式」(県が線路や駅舎を保有し、維持管理費は県と沿線自治体が負担。運行はJR東日本が担う)という形で復旧した。
一方、宮城県では気仙沼市と岩手県一関市を結ぶJR大船渡線が津波被害を受け、復旧には巨額の費用がかかるとして不通・廃線となり、その代替となる交通機関として大船渡線BRTが運行されている。
大船渡線は巨額の費用がかかることを理由に復旧を断念したのに、阿武隈急行はいくら赤字を垂れ流しても補てんし続ける、という話では宮城県民の理解は得られないだろう。宮城県が阿武隈急行の問題に、より慎重な姿勢で臨んでいる理由にはそうした背景もあるのかもしれない。
阿武隈急行の前身は福島県側への延伸が停滞していた国鉄丸森線。国鉄改革に伴い廃止対象路線となり、福島・宮城両県が反対したのがきっかけで自治体出資による第三セクター鉄道に転換することになった。
1983年12月28日付の福島民報には、松平勇雄福島県知事、山本壮一郎宮城県知事、第三セクターに経営参画する小針暦二福島交通社長、三塚博衆院議員(宮城1区)、天野光晴衆院議員(福島1区)、亀岡高夫衆院議員(同=いずれも当時)が東京・永田町の東京ヒルトンホテルで会談した様子が報じられている。
40年前のアンケート結果

もっとも、同年5月31日付の福島民報には、保原青年会議所の実施したアンケート調査で保原町、梁川町など伊達地方の住民の半数近くが「廃止やむなし」と答えたと書かれていた。廃止支持の理由は「どうせ赤字になる」がほぼ半数を占め、廃止後の利用法では「自動車道路への転用」を望む声が49%に達した。
赤字路線を第三セクターが引き継いだ経緯を考えると当然のことではあるが、40年前に現在の状況は予言されていたことになる。
法定協議会会長の吉田准教授は会合後、「阿武隈急行が過去に廃止が議論された公共交通機関と異なるのは、通勤・通学の利用者が多いということ。赤字続きだから廃止にすればいいということではなく、どこが問題なのか議論していく必要がある。そういう意味で、今日は各自治体の担当者からどこを問題と捉えているのか聞くことができたので、大きく前進したと思います」と話した。
国鉄職員時代に丸森線廃止を担当していた元伊達市長の仁志田昇司氏は「柴田町は昔からJR利用者が多く、私が市長だったころも滝口町長と負担割合について議論したことがある。ローカル線はどこも厳しい状況だが阿武隈急行に関しては都市近郊線であり、生活路線としても活用されているので、鉄路維持を目指すべきだと思います」と話す。
阿武隈急行に現状をどのように捉えているか問い合わせたところ、担当者はこう話した。
「あぶQウオーク、車両基地内での運転体験などさまざまな活動に力を入れ、運転免許返納者対象割引などを導入して利用促進にも努めています。今年度は『とにかくやってみる』というスローガンを掲げ、新たなイベントにも挑戦しています。阿武隈急行は生活路線として使われており、沿線地域外からの利用は2割程度に留まります。人口減少が進む中でその2割をいかに伸ばしていくかが重要になるので、SNSなどネットを活用して魅力発信、知名度アップに努めていきたいと思います」
角田市などでは住民が中心となって阿武隈急行の利用を促進する動きもみられ、同市在住の福島学院大学の学生が中心となって「あぶきゅう応援団」が結成されている。
とは言え、こうした地道な活動を続けているだけで、爆発的な勢いで乗客数が増えて赤字状態が改善するとは思えない。鉄道はあくまで目的ではなく移動するための手段であり、同検討会では「沿線地域のまちづくりが重要」という指摘も出ていた。そういう意味では、阿武隈急行の存続は沿線自治体と一体となって考えていく必要があり、首長の関心・姿勢がポイントになりそうだ。
果たして、宮城県側の自治体では秋口にどのような結論を示すのか。