復興イノベーションは実現できるのか【特集 原発事故から13年④】

復興イノベーションは実現できるのか【特集 原発事故から13年④】

 国は浜通りに企業を集積しイノベーション(技術革新)誘発を図るべく、企業誘致を促進している。狙い通り、新産業を生み出して企業活動を活発化させ、復興を加速できるのか。大熊町の取り組みを取材した。

学校跡地に企業支援拠点を設けた大熊町

大熊インキュベーションセンターのシェアオフィススペース
大熊インキュベーションセンターのシェアオフィススペース

 世界知的所有権機関(WIPO)が発表している「グローバル・イノベーション・インデックス」2023年版によると、世界でイノベーションが進んでいる上位5カ国はスイス、スウェーデン、米国、英国、シンガポール。日本は13位だった。

 内視鏡、青色発光ダイオード、リチウムイオン電池などを生み出し、「技術立国」と言われた日本だが、近年は日本発の技術革新を聞く機会がめっきり少なくなった。企業主導型の開発体制が経済低迷により縮小したのが主な要因とされており、大学・研究機関との協力態勢やベンチャーキャピタル(未上場の新興企業に出資して、将来的にその企業が上場した際に株式を売却する投資会社)などによる出資も活発ではなかった。

 経済発展にイノベーションは不可欠のため、経済産業省は環境整備などに予算を投じ続けてきた。そうした中、震災・原発事故の被害が大きかった浜通りを復興させるため、イノベーションが起こりやすい環境を作り、国を挙げて経済振興を加速させることになった。それが現在進められている「福島イノベーション・コースト構想」だ。

 新産業として期待される①廃炉、②ロボット・ドローン、③エネルギー・環境・リサイクル、④農林⽔産業、⑤医療関連、⑥航空宇宙の6分野で企業誘致・人材育成・交流人口拡大・情報発信を図る。浜通りに進出したい企業やスタートアップ(革新的なアイデアで短期的な成長を目指す新規事業者)企業向けに、立地補助金や税の優遇措置など支援制度を充実させ、新たな挑戦を後押しする。

 2020年、構想の一環として南相馬市と浪江町に整備されたのが、ロボットの開発実証拠点である福島ロボットテストフィールドだ。併設されている研究室には東京大学をはじめ、研究機関、スタートアップ企業など18事業者が拠点を置く。

 同施設近くの南相馬市復興工業団地、スタートアップ企業向けの南相馬市産業創造センターにもロボット関連企業が進出しており、独自の製品や技術を開発するところも現れつつあるという。

 市町村単位でも産業集積に向けて工業団地や施設を整備し、支援制度を充実させる動きが加速している。

 特に積極的に動いているのが大熊町だ。2022年7月には、当時避難指示が解除されたばかりの同町下野上地区の特定復興再生拠点区域内に、大熊インキュベーションセンターをオープンさせた。旧大野小学校の校舎を再生して使用しており、進出企業用の貸事務所やシェアオフィス、コワーキングスペースを備える。

 今年1月には同地区内に産業団地「大熊中央産業拠点」とアクセス道路が完成。すでに2社の進出が決まっている。さらにJR大野駅西口には今年、地上3階建てのオフィスビル「産業交流施設」がオープンする予定で、現在工事が進められている(巻頭グラビア参照)。このほか、進出企業に対する町独自の補助金も設けているという。

企業「被災地進出」の利点

黒田敦史さん
黒田敦史さん

 大熊インキュベーションセンターを実際に訪ねたところ、教室、廊下など小学校そのままの建物内に、高速Wi-Fiやデスクが整備されていた。コワーキングスペースではパソコンを開いて作業したり、ウェブで会議している姿がみられた。

 「個室を利用できる貸事務所会員は9社、フリーで利用できるシェアオフィス会員は79社が登録しています」と説明するのは、同センターインキュベーションマネージャーを務める黒田敦史さんだ。京大卒。大手電機メーカー、外資系経営コンサル会社などを経て独立し、ベンチャーキャピタルを手掛ける企業の経営者を務めてきた。

 黒田さんによると、同センターに来る事業者の多くは「被災地で自分たちの事業を実証したい」、「自分たちの製品・サービスを町に売り込みたい」、「町内に工場を建てたい」と考えており、そうした活動をできる限りサポートしている。大企業や投資家、ベンチャーキャピタルとのマッチングを図り、入居者同士のコラボも促していく。国の補助金をはじめとした資金調達のサポート、弁護士やほかのベンチャーキャピタルの紹介なども行っている。

 「実際にベンチャーキャピタルに携わっていた立場として、大熊町が魅力的だと感じるのは、補助制度が充実しているのに加え、事業機会を確保しやすい点でしょう。都会だと競合他社が多すぎて、どんなにいい商品・サービスでもなかなか顧客に使ってもらえないのです。取り組むべき社会課題は多いし、町はセンターに入居している事業者に積極的に協力してくれる。原発被災地に拠点を置いて復興に貢献したことが、会社のブランディングにつながるという利点もあります」(同)

 東京でスタートアップ企業を支援していた立場から見ても大熊町に進出するメリットは大きい、と。同施設周辺では、貸事務所会員となっている「OKUMA DRONE(大熊ドローン)」のスタッフが繰り返し飛行試験を行っていた。手軽に使える開発拠点を求めて、今後さまざまな企業が同施設に集まってくるのかもしれない。貸事務所の家賃は月4万7250円、シェアオフィス会員の会費は月3000円(いずれも町外事業者利用の場合)。

飛行試験の様子
飛行試験の様子

 今後は、福島イノベーション・コースト構想の中核拠点となる福島国際研究教育機構(エフレイ)の浪江町への整備が控えている。

 ①ロボット、②農林水産業、③エネルギー、④放射線科学・創薬医療、⑤原子力災害に関するデータや知見の集積・発信――に関する研究開発に向けて、2024年度以降、順次必要な施設を整備。2030年度までに開設し、国内外から数百人の研究者が参加する見通しだ。

 浜通りに企業集積が進み研究拠点が稼働することで、さまざまな分野でイノベーションが進んで新産業へとつながっていくことが期待される。実現すれば地元の既存企業にも好影響となるだろう。

 住民が避難先に定着したことによる人手不足、既存企業との連携など課題も少なくないが、ユニークな事業を展開する進出企業・起業者を報道などで少しずつ目にするようになっている。浜通りでのイノベーションの成否が日本経済の行方を左右すると言っても過言ではない。

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