2月下旬、郡山市の大成小学校で児童に塾のチラシが配られた。学校が営利企業である塾のチラシを配ることは、通常ではあり得ない。「あり得ない出来事」はなぜ起きたのか。
「中立性欠く行為」を防げなかった原因

「娘が学校から塾のチラシをもらってきたんです。実物を見たら近所の塾だった。こういうことは今までなかったので、驚いたというか信じられないというか」
呆れた様子でこう話すのは、郡山市の大成小学校に子どもを通わせる保護者だ。ちなみに筆者も3児の親だが、子どもが学校から塾のチラシをもらってきた経験はない。
大成小は1973年開校。東北自動車道・郡山南ICから北東に3㌔の場所に位置し、静町、台新、堤、鳴神、大槻町の一部などが学区になる。児童数約600人。
児童に配られたのは「個別指導スクールIE」のチラシだった。市内に4校あり、大成小の近くでは郡山大槻校が開設されている。
チラシの実物を見ると「新規入会生 春期講習受講生 受付中」「無料送迎 エリア拡大中」「県立安積中高一貫校合格者出ました!」「プログラミング教育HALL 郡山・須賀川全教室で開校!!」などの宣伝文句が散りばめられている。前出の保護者によると、チラシが配られたのは2月27日だった。
保護者が驚きと呆れを持って受け止めた理由。それは、公の組織である学校が営利企業である塾のチラシを配布したからだ。
「塾にとって児童・生徒は『お客様』。そのお客様に効率良く宣伝するには学校からチラシを配るのが一番手っ取り早いが、中立性が求められる学校が営利企業の宣伝を手伝うなんて常識では考えられない」(前出・保護者)
筆者も複数の教員に確認したが、最初は全員が「学校が塾のチラシを配った? ウソでしょ?」と信じなかった。事実と分かったあとの教員たちの意見は次の通り。
「校門から一歩外に出たらチラシを配るのは自由だが、学校の敷地内で特定の塾のチラシが配られたことは今まで経験がない」
「スポ少の団員募集のチラシですら校長に決裁をもらって配布するのに、営利目的の塾のチラシを配るなんて……。つまり、校長が許可したってことですよね?」
「1社のチラシ配布を認めたら、他社も『ウチのも配ってほしい』と言い出しますよ。それも全部配るんですかっていう話です」
否定的な見解が次々に並んだ。では、法律的にはどうなのか。
学校教育法は第29条から第44条で小学校の目的を謳っている。教育活動とは無関係な塾の宣伝を学校内で行うことは、同法に照らして不適切とみなされる恐れがある。
一方、地方公務員法に目を移すと第33条では信用失墜行為の禁止、第35条では職務に専念する義務、第38条では営利企業への従事等の制限を定めている。チラシ配布がこれらに明確に抵触するわけではないが、要するに公務員は中立性や公平・公正性を重んじなければならないことがよく分かる。
「何人も教員がいて、配布に待ったをかける人が誰もいなかったことも気掛かり。一人くらい『これってマズいんじゃないですか』と言い出す教員がいてもいいのに、それもないまま配られたことも組織としてどうなのかなって」(ある教員)
チラシ配布はガバナンスが機能していなかった証拠、という指摘はまさにその通りだ。
3月中旬、大成小に取材を申し込むと、長瀬龍男校長、江井宏之副校長、七見和宏教頭が応じた。
まずはチラシが配布された経緯を聞いた。
「2月20日、チラシ配布を依頼する電話がかかってきました。応対したのは教頭ですが、電話の声がよく聞き取れず、イベント案内のチラシか何かと思い込んで『クラスごとに配布する分には問題ありません』と返答したそうです」(長瀬校長)
この時、七見教頭が電話の声をきちんと聞き取っていれば、あるいは再度聞き返していれば、相手が塾と認識し断ることができた、と。これが第一の落ち度になる。
では、チラシはどのようにして配られたのか。
「2月27日、女性がチラシを持って来校しました。教頭は不在で副校長が応対しました。チラシは封筒に入れられ、クラスごとにクリアファイルに分けられていました。副校長は女性に『各クラスの配布ポストにクリアファイルを入れてくれれば下校時に教員から児童に配られます』と伝え、女性がポストに入れたそうです」(長瀬校長)
この時、江井副校長は封筒の中身を確認しなかったという。確認していれば、その場で塾のチラシと認識できたわけで、これが第二の落ち度になる。
問題意識を持つ人が皆無!?

こうして、チラシは各担任から児童に配られてしまう。
「この日に配られたクラスもあれば、担任不在や学級閉鎖中で配られなかったクラスもありました」(長瀬校長)
教員の中から「配ってはマズいのではないか」という声は上がらなかったのか。
「配布ポストに入っているものは基本的に配っていいと教員が認識していること、加えて、営利目的のチラシは中立性の観点から扱うべきではないという認識が、特に若い教員の間で薄かったことが影響したんだと思います」(長瀬校長)
前出の教員が指摘したように、配布に待ったをかける教員が誰もいなかったことが第三の落ち度になる。
ちなみに配布時、長瀬校長は不在だったという。
配布後、一部の保護者から疑問の声が寄せられたため、学校は2月28日、保護者にメールで「確認ミスで営利企業『個別学習塾』のチラシを誤って配布してしまいました。今後このようなことがないよう十分注意して参ります」と謝罪。さらに職員会議を開き、配布前にチラシの内容を点検することや思い込みによる行動はしないこと等々を話し合ったという。
「市教委にもすぐに報告し、原因究明と再発防止、保護者の信頼回復に努めることを指導されました」(長瀬校長)
市学校教育部学校管理課に問い合わせると、担当者はこう答えた。
「中立性を保たなければならない学校で、営利企業のチラシを配るのは適切ではないと指導しました。学校からは複数のチェックポイントが機能しなかった点について、今後改善していくと報告を受けています。今回の事態は校長会にも伝え、周知していく予定です」
筆者が危機感を覚えるのは、法律的な問題よりガバナンスが機能しなかったことだ。配布に待ったをかける教員が誰もいなかったということは、問題意識を持つ人がいないとも言い換えられる。これでは、学校内の事件・事故を未然に防げない。結果、事態が見過ごされ、一大事に発展するリスクがあることを肝に銘じるべきだ。
最後に、チラシを配布した塾側にも意見を求めた。以下はスクールIE郡山大槻校の担当者の話。
「昨年夏から始まったプログラミング教室をPRしたくてチラシ配布をお願いしました。配布は当校独自で行ったものです。児童数を聞いて必要枚数を持っていきました。(配布を)断られなかったので問題ないという認識でした」
学校で塾のチラシを配ろうという発想は疑問だが、学校が三つの落ち度を一つでも無くせていれば配布せずに済んだのは間違いない。