たけのした・せいいち 1951年生まれ。鹿児島市出身。群馬大医学部卒。福島県立医科大附属病院長、同医大副理事長などを歴任し、2017年4月から現職。
福島県立医科大学の新たな理事長兼学長に選考会議が竹之下誠一氏(3期)を選んだ。医大は、県民に高度な医療を提供し、医療従事者を育成するのが主な役割だが、浜通りに設置された福島国際研究教育機構の主要研究機関として先端研究の使命が課されている。竹之下氏に新しいフェーズにどう対応するのか聞いた。
――意向投票後、委員たちによる選考会議で理事長兼学長に選ばれました。率直な感想をお聞かせください。
「福島県立医大は大震災・原発事故から12年を経て、復興を担う研究・医療機関としての新しいフェーズに入りました。福島国際研究教育機構が始動し、本学はその核となります。政府、他大学、他国の機関との連携も今以上に盛んになります。県民の皆様の健康に奉仕する従来の役割はもちろん、日本政府や海外からも研究で新たな役割を期待され、大きな視野でかじ取りをしていかなければならないと責任の重さを感じています。
1期目は前例のない事態にしなやかに対応する意味でレジリエンス、2期目は個人や組織が協力し、最大限の力を発揮することを狙いアライアンス(連携)を掲げました。3期目は新しいフェーズに対応できるよう、さらに機敏さや俊敏さを備えたアジリティの精神で取り組みます」
――5月8日から新型コロナの感染症法上の位置付けが5類に引き下げられます。
「入院の調整もこれまで保健所が関わってきたものから医療機関同士の自主的なものに移行していきます。今まで以上に医療機関同士の連携が強く求められます。県と調整して受け入れ体制の維持に協力していきます。国、県の方針とこれまでに築いてきた『福島モデル』を組み合わせて連携していきます」
――県内は医師・医療スタッフが不足しています。地域医療支援センターが行っている医師派遣について教えてください。
「県内医療機関からセンターへの医師派遣依頼に対し、2022年度は常勤医師・非常勤医師の派遣が延べ1856件ありました。そのうち、会津地方の派遣件数は会津・南会津合わせて延べ294件、浜通りは相双が延べ177件、いわきが延べ102件です。特に非常勤医師については、県が掲げる中期目標値である対応件数1000件以上(対応率80%以上)に対し、実際の対応件数は1379件(対応率87%)と5年連続で達成しています。
医師派遣で重要なのが、経験豊富な指導医、専門医を招いて派遣先で若手医師の育成に当たらせることです。若手は専門医の資格を取りキャリアアップを目指します。資格取得には、定められた研修プログラムを修了して試験に合格しなければなりません。若手一人だけが派遣されると、その期間は専門医になるための教育が受けられなくなるという問題があります。逆に、派遣先に指導する医師がいれば、専門医へのキャリアが継続できるし、むしろ進んで赴任する動機になります。
2021年度以降、計9人の指導医らを招いています。うち5人は浜通りの医療機関で地域医療に貢献していただいています。医師派遣と専門医育成を両立させる仕組みは軌道に乗ってきました」
――福島国際研究教育機構(F―REI)が発足しました。
「『放射線科学・創薬医療』と『原子力災害に関するデータや知見の集積・発信』の2分野について、F―REIと連携を密にして取り組んでいます。4月5日には研究開発、人材育成、人材交流、施設・設備の相互利用などの協働活動を推進するために合意書を締結しました。国は『福島国際研究教育機構基本構想』で、『本学等との連携を進め、我が国における放射線の先端的医学利用や創薬技術開発等を目指していく』と明示しています。早速、今年1月には先行研究として『放射性治療薬開発に関する国際シンポジウムin福島』を南相馬市に国内外の研究者を集めて開きました。
放射線科学・創薬医療分野では本学は既に実績があります。アルファ線を放出するアスタチン211という人工の放射性元素を用いて、悪性褐色細胞腫という珍しい病気の治療薬の研究開発に取り組んでいます。臨床研究で人体に投与したのは世界で初めてです。これを他のがん治療へも応用しようと考えています。
放射性元素アスタチン211は半減期が7・2時間と短く、遠方へ運ぶ間に減衰してしまいます。新規薬剤の合成等には時間がかかり、放射線管理という点でも、学内で扱う必要があります。本学は治療目的の研究で世界をリードしていますから、自ずと、最先端の学術研究・臨床のフィールドは福島県内に定まります。世界中から優秀な研究者が集まり、研究はより進みます。こうして得られた最先端の知見をいち早く県民の皆様の医療に還元できます。最先端とは、必ずしも日本国外や都市部にあるわけではありません。福島で行っているのはまさに最先端と呼べる国際的な研究です。
『原子力災害に関するデータや知見の集積・発信』の分野に関しては、既に2020年度から福島イノベーション・コースト構想推進機構における『大学等の『復興知』を活用した人材育成基盤構築事業』に長崎大、福島大、東日本国際大とともに参加しています。災害・被ばく医療科学分野の人材育成や国際会議の開催を進めてきました。今後も医療分野でさらに貢献していきます」
――地域包括ケアシステム導入が進められる中で総合診療医の役割がが期待されています。
「地域包括ケアシステムとは、可能な限り住み慣れた地域で自分らしい暮らしを最期まで続けられるような支援・サービス提供体制を指します。多疾患の患者を診療し、介護福祉、地域社会とつなげていく役割を担うのが総合診療医です。
本学は総合診療医がまだ注目されていない2006年から育成を進めてきました。この実績が認められ、本学は厚生労働省から『総合的な診療能力を持つ医師養成の推進事業』に採択されました。総合内科・総合診療医センターを設置し、育成に取り組んでいます。本学で育った総合診療医が各地で活躍できるような体制を整備しつつ、岩手医科大との連携を進め、東北地方全体での総合診療医育成にも貢献していきます」
――抱負を教えてください。
「大震災から12年が経ち、本学は新しいフェーズを迎えました。福島の地に根差す医療系総合大学として、今までと同じように医療を担うとともに、世界の知見や研究成果をあまねく地域と県民に還元し、健康を支える大学であり続けます。研究と医療、医療人の育成などいずれの分野でも最先端を切り拓く強い意志と覚悟を持って、福島県立医大の価値と存在感を高めていきます」
掲載号:政経東北【2023年5月号】