かんの・けいじ 1952年生まれ。福島県農業短期大学校卒。JAたむら代表理事組合長、JA福島さくら代表理事専務、代表理事組合長を務め、2022年6月の総会でJA福島五連会長に選任された。
――昨年11月に「第42回JA福島大会」が開かれました。そこで決議された今後の方針の「柱」となる部分についてうかがいます。
「『第42回JA福島大会』では、JAグループ福島として今後3年間のスローガンを『持続可能な「福島の農業」と地域と食をつなぐ「JA」を目指して』と掲げました。この大会では、地域農業振興、組織基盤強化、経営基盤強化、人づくりの4つの重点戦略を決議しました。特に柱となる部分は、地域農業振興戦略の着実な実践です。これから5つのJAで地域農業振興計画を5月の総代会に提案する予定ですが、その中で、JAグループ福島県域農業振興戦略の策定を進めていきたいと考えています。また、震災前(2010年度)の農業産出額は2330億円でしたが、その水準への回復は前回の中期計画でも掲げており、これを早急に達成し、福島県を元の姿に戻していくことを強く願っています。特に、5年後、10年後を見据えた福島県域の農業振興戦略を作成し、農業産出額の増大を図って参ります」
――この間、福島県の農業は原発事故に伴う風評問題のほか、頻発する自然災害で生産基盤が被害を受けました。加えて、生産者の高齢化、担い手不足、昨今の物価高・燃料高騰などに伴う生産コスト増、国の制度・方針の転換など、全国共通の課題もあります。こうした中、生産現場で一番頭を悩ませているのはどんなことでしょうか。
「まず、生産基盤の現状についてですが、2022年のデータによると、県内の基幹的農業従事者は4万4300人で、過去20年間で半減しています。さらに、従事者の平均年齢は70歳に達しており、高齢化が急速に進行しています。このため、まずは生産基盤をどのように再構築していくかが重要です。特に、南郷トマトや昭和かすみ草のように、若い生産者が中心となっている産地の育成を目指す必要があります。
次に、農業経営における収支面の課題です。売上と人件費を含む生産費用のバランスを取ることができる経営体を構築することが求められています。特に、コメの生産者はこれまで赤字で販売してきたという思いがありますが、最近では生産原価を超えて利益を確保できる環境が整いつつあると感じています。今後は、安定的にそのような環境を維持することが必要です。さらに、生産基盤の根幹を成す農地の構造も重要な課題です。平場では、小さな区画のほ場を多数管理するよりも、同じ面積を管理する際には区画を大きくし、管理の手間やコストを削減することが求められます。また、JAグループでは約10年前からGAP(農業生産工程管理)の団体認証取得を推奨してきました。GAPに取り組むことで、経営コストに着目し、自身の経営状況を把握できる経営者を育成することが重要だと考えています」
14年前から続く風評問題
――ALPS処理水の海洋放出が始まってから1年半が経過します。この間の東京電力の情報発信や、国の理解醸成等の取り組みについてどう評価しますか。また、農業分野への影響やその対応についてもお聞かせください。
「2023年8月24日にALPS処理水の海洋放出が始まって以降、農作物の販売環境がそれ以前と比べて大きく変化したとは感じていません。しかし、2011年3月11日以降は、風評被害に加え、需給バランスの影響により、全国的に生産量が多い状況では福島県産の農畜産物が敬遠される傾向が続いています。この消費者の購買傾向は海洋放出とは無関係であり、14年近くにわたって引きずっているというのが私たちの認識です。
したがって、JAグループ福島としては、風評被害が完全に解消されるまで、東京電力との損害賠償協議会を通じて引き続き対峙し、賠償を求めていくというスタンスに変わりはありません。一方で、海洋放出に際しては、些細なミスやマニュアル通り行えば発生しなかったであろう小さな作業ミスが見受けられます。私たちは、農業分野への影響を最小限に抑えるため、その都度、改善を求めています。引き続き注意深く状況を見守り、必要な対応を行っていく所存です」
――県、JAグループ福島、福島県農業会議、福島県農業振興公社がワンフロアに常駐する総合相談窓口「福島県農業経営・就農支援センター」が開所し、間もなく2年が経過します。その成果についてはどのように見ていますか。
「当初は年間相談件数を1200件と想定していましたが、実際にはそれを上回る相談が寄せられています。新規就農者の実績についても、年間300人を超える状況です。この数字が多いか少ないかは一概には判断できませんが、ワンフロアに4者が揃い、あらゆる角度から相談・対応ができる体制は、全国でも初めてのケースです。そのため、県外から視察や研修に訪れる方々も多く、一定の評価を得られていると感じます。ただし、新規就農者が増えたからといって終わりではありません。キャリアの浅い方々は、自分の経営に対して自信が持てなかったり、周囲に相談できる人がいないといった不安を抱えていることが多いです。その不安の内容も多岐にわたります。したがって、新規就農者の経営が安定するまで伴走支援を続けることが、最終的な評価につながると考えています」
――昨年はタイやベトナムなどへの売り込みを行い、福島県産農産物の品質の高さを知ってもらえたであろうことは想像できます。一方で、農家の所得向上という観点で見た場合、海外への売り込みは、どのくらいの可能性があるのでしょうか。
「海外への売り込みに関しては、中間に介在する商事会社など、さまざまな専門業者が存在します。あらためて考えると、そうした業者が少し多いと感じています。しかし、私たちが現地の方々と日常的にコミュニケーションを取るのは難しいため、プロの方の助言や介在はある程度必要であり、これはやむを得ないことだと思います。その中でも、ベトナムは人口構成が若く、経済発展が期待できる市場として注目しています。日本産農産物の品質に対する評価も高く、富裕層をターゲットとした展開が可能です。ただし、生産基盤の強化と供給力の向上が不可欠であり、オールジャパンでの取り組みが重要となります」