浪江町の教育現場で保護者たちからの不信が高まっている。一つは町の共同調理場が町内の小中学校と大熊町の義務教育学校に提供する給食で、2024年から今年5月までの間に異物混入が5件発覚した問題。町が再三改善を求めたにもかかわらず、調理業務を受託するキョウワプロテック(福島市)の衛生管理が改善されなかった点や、保護者への説明がなかった点が信頼低下につながった。町立認定こども園では、職員が医師に園児の皮膚の異変を相談する際に、保護者の同意なく裸体を撮影していたことも判明。食の安全・安心、子どもの個人情報保護の在り方が問われている。(小池航)
認定こども園で「裸体写真誤送信」 問われる園児の個人情報管理意識
浪江町が運営する認定こども園「浪江にじいろこども園」に2歳の息子を預ける母親Xさんは6月11日に同園職員から届いたメールを見て目を疑った。我が子の裸の写真が載っている。襟足から下を背中側から撮り、おむつの上半分までが写っていた。おむつ一丁の姿を撮影したのだろうか。でも、何のために。
宛先はXさん宛ではなく「先生」となっていた。皮膚が炎症を起こしているのを心配して、町営浪江診療所の非常勤小児科医に相談したメールのようだ。つまり、おむつ一丁の我が子の写真を誤送信した、と。
園からは、医師に健康状態を相談する際に裸の写真を撮影する場合があるとは聞いていない。医師への相談は保護者がするべきではないか。そもそも見解を仰ぐとはいえ、子どもの裸体を撮影する必要があるのだろうか。
ショックなのは、自分の知らない間に子どもの裸体が撮影されていたことだけではなかった。
「子どもの衛生状態と私の普段の身なりを結び付ける内容が書かれていました。『私はそんな風に思われていたのか……』と悲しい気持ちになりました。親として精一杯やってきたつもりです。信頼できる町職員や園の先生たちに巡り合い、よき相談相手と思っていただけに残念でした」(Xさん)
町の対応の問題点は次の四つに分けられる。①医師に送るべきメールを保護者に誤送信した。②誤送信メールには保護者に知られたら信頼を損ねる情報が記されてあった。③医師に患部を見せて相談するためとはいえ、幼児をおむつ一丁にして裸体を撮影した。④保護者は「医師に相談する際に裸体の写真を撮る場合がある」と園から説明されておらず、同意した覚えもない。
一番問題なのは、③「子どもの裸体の撮影」だ。ネット環境に接続したスマートフォンやタブレットでのカメラ撮影が当たり前になったことで、撮影者に悪用の意図のあるなしにかかわらず、一度情報管理を誤ってしまえば拡散し、悪用される危険性が高まっている。事故ではなく悪意のある事件だが、今年7月には、名古屋市の小学校教員らが児童の性的な画像を盗撮し、SNSで共有したとして逮捕されている。
国も子どもを預かる現場に注意を呼び掛けている。2024年5月7日に、こども家庭庁など子どもに関わる国の行政機関は、各都道府県に「保育所等のホームページにおけるこどもの性的な部位を含む画像等の掲載等について(注意喚起)」を通知した。各市町村にも県を通して周知されており、認定こども園を所管する浪江町教育総務課も「内容は把握している」という。
通知は、保育所や幼稚園などのホームページに掲載されている子どもの水着写真や身体測定の写真が、幼年者を性的対象と見る者に悪用されている現状を受けて、性的な部位を含む画像を掲載しないよう管理を求めるものだ。通知では、たとえ正当な理由がある撮影であったとしても十分に配慮するよう、過去の通知を再三周知した。
《2023年7月13日通知 「刑法の改正等に伴う保育士の欠格事由の追加等について」(中略)
留意事項(1)保育所等がその管理するこどもの性的姿態等の画像を使用するに当たっては、正当な理由があって撮影されたものであっても、撮影者や掲載者の意図にかかわらず、わいせつな目的で利用される場合があることに十分に配慮し、その態様や閲覧可能な者の範囲等が適切なものとなるよう特に慎重に検討すること。(2)保育所等において保育士がこどもの様子を撮影・記録等するに当たっては、保育所等の管理下において適切に行う必要があること。(※傍線部筆者注)》
「保護者の同意」の実態
浪江町の認定こども園ではどのような個人情報の不適切管理があったのか。教育総務課の鈴木清水課長は「プライバシーに関わることなので答えられない」という。
Xさんによると、メールが誤って送信されたことを同園に伝えると、子どもを迎えにいった際に馬場隆一園長と当該職員から謝罪があったという。だが、何についての謝罪か明確ではなかったため、有識者の見解を求めて、同園が委嘱する苦情解決第三者委員らを交えた意見聴取を申し入れた。この制度では、馬場園長が苦情解決責任者となり、副町長経験者など町行政に明るい人物が第三者委員を務める。園は見解をまとめ資料で示した。
①当該園児の皮膚に病変があり、感染症の可能性があった。②他の園児への影響を懸念し、浪江診療所の非常勤小児科医にメールで相談するため、当該園児の皮膚の病変部分の写真を計4枚撮影した。③必要最低限の情報をメール本文に記載し、写真2枚を添付して医師に送ろうと思ったが、誤って保護者に送った。
4枚の写真について、Xさんは馬場園長から「職員が1台ずつ業務用に使っているタブレットで、子どもをおむつを履いた状態で上裸、下半身を前後1枚ずつ撮った。私の目の前で消去させ、削除を確認した」と説明を受けたという。
資料には、メール誤送信は「(当該職員が園児の)皮膚の状態を目の当たりにして驚き、保護者のことが頭をめぐり集中力を欠いた結果、医師のメールアドレスを選択すべきところ、保護者の管理しているメールアドレスを選択し、誤送信に至った」と経緯が記されている。
誤送信先は保護者に留まり、画像は削除し、事なきを得たように思えるが、問題はそこではない。慎重さを欠いた幼児の撮影と保護者への説明不足という、より深刻な運営上の問題点が浮き彫りになった。
Xさんによると、園が委嘱した苦情解決第三者委員は、「医師にメールを送信する前に園長に許可を取るべきだった」と述べたという。園は、「保護者の同意を得ていた」という見解に立っている。ただし「撮影の同意を得ていた」という明確な表現ではなく、指す内容は曖昧だ。認定こども園の利用に当たって、Xさんは保育士と看護師から一連の説明を受けた。町が業務を委託する医師に健康状態について相談する場合があることを説明する際、園側は「保護者から同意を得たと認識した」という。
具体的には「子どもへの外用薬の使用」「オンライン診療」「医師の支援及び支援にかかる情報共有」の3点を口頭で説明し、「保護者のうなずき等から、了承を得たものと認識していた」という。「うなずき」が了承を示し、撮影の同意は「医師の支援及び支援にかかる情報共有」に該当するとの言い分だ。
さらに、利用に当たり要求される全16項目からなる同意事項のうち、Xさんが医療機関への相談を了承する項目に同意を示すチェックを入れ、署名していた点も根拠に挙げる。問題の文章は「お子さんの身体や発達に関する事柄で、こども園の利用開始後に判明した症状については、医療機関の受診や専門機関への相談のうえで、必要な手続きをとっていただく場合もあります」。「必要な手続き」に子どもの裸を撮影する行為への同意が含まれるかどうかの明示はない。Xさんは「裸体を撮影する同意はしていない」と語気を強める。
園が同意事項を曖昧に設定し、問題発覚後に「医師へ相談する際の撮影も実は含まれていた」と言い訳している印象は拭えない。ただ、園自身も「同意取得が不十分だった」と認識を改め、新たに浪江町長の名で「個人情報の第三者提供に関する同意書」を全ての保護者に渡し、署名してもらう方針を示した。
Xさんはここでも首をかしげる。
「提供される個人情報の項目に氏名、住所、健康情報などがあるのは分かります。ただ8番目に『その他町長が必要と認めるもの』とあるのはおかしい。町長の考え次第でどんな個人情報も提供するのを認めることになってしまう」
「裸体を撮る必要はない」
提供先の最後に「外部業者(教材提供会社、写真館等を含む)等」と明記し、営利企業を含む幅広い事業者に広げる余地を残したのも気味悪さを感じ「個人情報保護を骨抜きにする一文に思えてならなかった」。現時点で文面は案に過ぎず、Xさんら保護者の了承を得て正式な文書にするというが、Xさんは「このままの文面では認めないつもりです」。
内閣府やこども家庭庁で認定こども園など保育施設の在り方を検討する委員会の委員を歴任した吉田正幸氏に浪江町の対応の問題点を聞いた。吉田氏は、保育分野に特化したシンクタンク㈱保育システム研究所の代表を務める。
「そもそも裸体だと分かるように距離を置いて子どもを撮る必要はなく、患部を拡大して撮るだけで十分だったと思います。緊急を要しない場合は、患部を撮影して医師に診せることの説明を保護者に行い、同意を得るべきでした。皮膚炎で直ちに命に危険が及ぶとは考えにくいので、今回は緊急を要しないケースだと思います。撮影に際しても、事前に園長に相談する必要があった。写真を撮影する行為が個人情報保護上、デリケートな行為に当たるという認識が、園や町に薄かったのではないでしょうか。職員個人だけの問題ではありません」(同)
スマホやネットを通して写真が気軽に共有できるようになったことで意図せぬ流出や悪用という危険をはらむ中、私たちはどのように気を付けたらよいのか。
「個人の端末は絶対に使わないことです。セキュリティの高いフォルダに収納し、個人情報保護規定と情報管理規定を作成し、情報管理の責任者を明確にします。ホームページや園だよりには個人が特定される顔写真は載せない。保護者にお子さんの写真を配布する場合もあると思いますが、拡散しないように念を押す必要があります。欧米の保育施設は徹底しており、ホームページに子どもが特定される写真は載せません。それが世界の標準となっています」(同)
保育士らが子どもの写真を撮ること自体には効用があり、「保護者に子どもの育ちの姿を伝え、次の保育に生かす目的がある」という。ただあくまで「適切な情報管理が大前提」だ。
園児の裸体写真誤送信を受けて、浪江町が作成した「個人情報の第三者提供に関する同意書(案)」に記された、適用範囲を限定する作用がない文面についてはどう考えるか。
「『その他町長が必要と認めるもの』は曖昧過ぎるため、一般的には『法令等による公的機関の要請など』とするのが望ましいです。提供先に『外部業者』を含めるのは不適切。ネットを検索すれば、重要事項説明書や同意書などのひな形を公開している認定こども園がありますし、関係省庁もガイドラインを公表しているので参考にしてほしいです」(同)
震災・原発事故後、住民の帰還が進んだ浪江町は2018年4月に認定こども園を開園した。帰還する世帯に加えて県内外から移住する若年層が増え、入園者は増加している。居住地に選んでくれた住民を裏切らぬよう、浪江町は全国水準、ひいては世界水準の法令順守がいち早く求められている自治体だ。