レゾナック(旧昭和電工)喜多方工場でフッ素やヒ素などによる土壌・水質汚染が発覚してから4年になる。昨年10月には汚染源と地下水の接触を断つ遮水壁が完成したが、周辺ではいまだに井戸水から基準値を超えたフッ素が見つかり、飲用水の供給を受けている世帯がある。昭和の時代から廃棄物の杜撰管理を目にしてきた住民たちは、「他にも有害物質が埋まっているのでは」と土壌と水質の詳細調査を求めてきたが、同社は拒否。市は「レゾナックに対応を求める」と答えるだけで進展はない。
元従業員が廃棄物の杜撰処理を証言


JR喜多方駅南側の同市豊川町米室にフッ素汚染の原因となった工場はある。「レゾナック喜多方事業所」よりも、旧名の「昭和電工」の方が通りはいいだろう。2020年に旧昭和電工は旧日立化成を買収し統合、23年1月に現社名に変えた。新会社は半導体に注力してグローバル化を一層進めるが、喜多方市民には縁遠い話だ。
喜多方事業所の西側、太郎丸行政区のある男性住民はため息をつく。
「世界に良い顔をするよりも、まずは喜多方に与えた汚染の責任を果たしてほしい。私たち住民は井戸水の汚染が発覚し、飲めなくなって丸3年経ちました。いまもウオーターサーバーの供給を受けて煮炊きをしています」
2020年6月にレゾナック喜多方事業所は敷地内を調査し、土壌と地下水がフッ素やヒ素、シアン、ホウ素で汚染されていることが分かった。フッ素の汚染が最も深刻で、検出された最大値は土壌汚染対策法でそれ以下と定める基準(1㍑当たり0・8㍉㌘)の約120倍だった。
同年9月30日、レゾナックは同法を運用する県に報告。10月末までにレゾナック、県、市を交えた打ち合わせを5回程度行い、11月上旬に住民説明会を開いて汚染を発表した。
翌2021年4月、県は同法に基づき、同事業所敷地を土地の工事が制限される「形質変更時要届出区域」と、汚染状況から健康被害が生じる恐れがある「要措置区域」に指定した。レゾナックは汚染源と地下水を遮断する壁を敷地境界に巡らせ、汚染した地下水を汲み上げて薄める浄化設備を設置する公害対策工事を進めた。
レゾナック喜多方事業所周辺では、同事業所が原因とみられる地下水汚染が起こっている。喜多方市街地は地下水が豊富で流速が早い。同事業所周辺では、北から南に流れ、住民が使っていた複数の井戸で同事業所敷地内と同じくフッ素やホウ素が基準値を超過した。
「汚染発覚前は井戸水を使っていました。上水道は通っているが、味は地下水の方がおいしいので飲用に使っている家庭が多い。喜多方市街地は地下水が豊富なので農業用水、工業用水のほか、冬季に汲み上げて融雪に使ってきた」(前出の太郎丸行政区の男性)
男性によると幸い健康被害は聞いていないという。同事業所は複数の住民宅に観測井戸を掘り、汚染が広がっていないかフッ素など4物質の値を常時監視している。昨年10月には遮水壁が完成し、住民は汚染が改善すると期待した。だが、地下水の流向・流速は読めず、太郎丸地区では3カ所の観測井戸でフッ素がたびたび基準値を超過している。男性宅の観測井戸では昨年10月と11月に1㍑当たり1・30~1・50㍉㌘に上昇した。期間を細かく分けて調査すると、同1・89㍉㌘まで上昇していた。
「レゾナックは改善していくと説明しますが信用できない。汚染が発覚したのは2020年だが、汚染原因はもっと昔にあったはずだ。これまで有害物質を含んだ水を、知らずに長い間飲んでいたと考えると不安になる」(同)
「重油で燃やして埋めた」

汚染の原因は、40年以上前に敷地内に有害物質を含む廃棄物を埋めていたことだった。同事業所は戦前に操業を開始し、1982(昭和57)年までアルミニウム製錬を行ってきた。現在はメーカー向けに加工用のアルミ部材を製造する。
アルミニウム製錬では、フッ化水素を含んだ煙が発生し、それが喜多方事業所の周囲に飛散して農作物や樹木を枯らした。公害に対する意識が低かったと言えば時代のせいにできるが、ツケを払うのは現代に生きる人々だ。もし今、対策をしなければさらに未来へとツケを回すことになる。
基準値を超えたフッ素よりも有害な物質が埋没している可能性は否定できない。「工業廃棄物を重油を掛けて燃やして埋めた」と1950~80年代に同事業所で働いていた元従業員男性が証言しているからだ。
「昭和40年代のことだ。第三電解工場の南側には大きな穴が掘ってあってな(右ページ地図参照)。作業に使って油でまみれた軍手やゴム手袋を埋めていた。手袋は1日でダメになる。穴は深かったが塵も積もれば山となる。かさが増すと重油を撒いて燃やした。真っ黒な煙が上がった。全て燃えるわけではなくクズが残った」
元従業員によると、敷地東側にはアルミニウムを精製する電解炉とは別に鋳造工場があった。鋳造部門では冷却と洗浄に大量の地下水を使う。潤滑油を水で流し、水路を経て敷地内の素掘りの池2か所に貯め、上部に油を分離させる。貯水池があふれそうになると、センサーが鳴って知らせる仕組みだったという。
「センサーはしょっちゅう鳴って従業員が駆け付けていた。雨が降ると排水路を越えて敷地外に油が流出した。下流は田んぼだ。担当者の判断でろ過せずに流していた。実際、農家からは『油を流しただろ』と苦情が来た」(同)
元従業員が特に罪悪感を覚えるのは、第二電解工場を解体した時に出たがれきの処分方法だ。同事業所OB会が記した『昭和電工喜多方工場六十年の歩み』(2000年)によると、第二電解工場が全面解体撤去されたのは1983(昭和58)年10月。元従業員の話では、事業所北西にあった池の水を抜いてゴム製シートを敷き、その上にがれきを埋めたという。がれきはダンプで運び込み、すぐに一杯になった。埋没地の上では現在、ケミコン東日本マテリアル喜多方工場が操業している。
「ゴム製シートを敷いたのは地下水に触れるとマズイ物を埋めたってことだ。溶けても問題ない物だったら素掘りでいい。今は建物が立っていて無理だろうが、もしボーリング調査をしたらとんでもない物が出るのではないか。ケミコン東日本マテリアルは何が埋まっているか知った上で入居したのか。レゾナックはケミコンに説明したのかどうか気になる」(同)
分析を無駄にする喜多方市
太郎丸行政区をはじめ、レゾナック喜多方事業所の周辺住民は子どもの時から同事業所から出たフッ化水素による煙害を受けてきた。親世代は訴訟を起こして闘った。一方、同事業所に雇われていたため抗議ができない者、杜撰な廃棄物処理に関わり、罪悪感を抱く者もいた。
80年の月日を掛けて、レゾナックへの不信感を高めてきた住民たちが求めるのは主に2点。
①レゾナック喜多方事業所敷地に隣接する農地の土壌汚染の原因解明。所有者と住民はフッ素の基準値が上回っている点、同事業所の排水路が農業用水路に合流し、降雨時には農地に土砂を運んで越水する点からレゾナックが原因と考えている。しかし同社は「自然界にもともとあった」、「肥料が原因」などと関連を否定しているという。
②レゾナックがフッ素、ヒ素、ホウ素、シアンの4物質のみに限定している同事業所敷地外の地下水調査を、水道水の基準と同じく51項目で計測すること。これは、80年以上に及ぶ操業と、元従業員が証言した杜撰な廃棄物処理からどのような有害物質が埋まっているか分からず、安全の根拠がほしいからだ。
①、②の原因解明のため、太郎丸行政区と住民からなる「太郎丸昭和電工公害対策検討委員会」は、喜多方市議会2022年9月定例会に「昭和電工喜多方事業所における公害(土壌汚染・地下水汚染)の実態調査に関する請願」を提出し、採択された。これを受け、市当局は同年12月に土壌と地下水を1カ所ずつ調査。翌23年2月に汚染結果が判明した。
結果が分かったのに市当局の動きが鈍いことから、今年の3月定例会で山口和男議員(12期)=豊川町米室=が3月7日の一般質問でただした。
太郎丸行政区の住民ら11人が傍聴に詰めかけた。以下は議事の抄録。実際は全ての質問を続けて行ったが、分かりやすくするため質問に対する答弁をつなげて記述する。
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山口議員 市は2022年12月に土壌と地下水を1カ所ずつサンプリング調査した。基準値を超過したのはどの物質か。調査結果を受けて市は今後どのように対応するのか。
永井輝彦市民部長 調査は地域住民の不安解消のため行った。しかし当該調査は市が独自に実施したもので、法に基づく調査ではない。汚染原因者が特定される調査ではないので、新たに汚染が明らかになったとは認識していない。
傍聴席からは「原因を突き止めないなら何のために調査したんだ」と声が上がった。
永井市民部長は続ける。
「土壌については土壌汚染対策法の、地下水には水道法の基準を準用した。土壌はフッ素が基準値1㍑当たり0・8㍉㌘以下に対し同0・94㍉㌘で超過。地下水は5項目が基準値を超えた。色度が基準値5度以下に対し7度、濁度が基準値2度以下に対し8・7度、鉄が同0・3㍉㌘以下に対し同0・51㍉㌘、マンガンが基準値同0・05㍉㌘以下に対し同0・25㍉㌘、アルミニウムが基準値同0・2㍉㌘以下に対し同0・7㍉㌘だった。市は昨年5月と12月の2度にわたりレゾナックに土壌と地下水の追加調査を要望したが、いずれも『予定はない』という回答だった。引き続き地域住民の不安解消への取り組みを要望していく」
山口議員 レゾナック喜多方事業所の下流に農業用水路があり、住民からは汚染された雨水と工業用排水が合流しているとの声がある。市は同社に、雨水や排水を市の下水道に流すよう求めてはどうか。
永井市民部長 レゾナックは「毎月モニタリング調査をしており、基準値以下と確認して排出している」と言っている。
山口議員 全国で有機フッ素化合物(PFAS)の汚染が深刻だ。アルミニウム製錬で生成されたフッ素に問題はないのか。
永井市民部長 「有機フッ素化合物の使用履歴はなく、測定分析の予定はない」とレゾナックから2月2日付の文書で回答があった。
山口議員 遮水壁工事が完了した後も住民宅では地下水の基準値超過が頻繁に起こり、井戸が渇水したところもある。喜多方の伏流水をアピールしている市は現状をどう認識するか。
永井市民部長 レゾナックからは地下水位が安定するまでは一定期間を要すると地域住民に説明すると同時に、基準値超過や渇水の相談があった場合は個別に対応しているとの回答を得た。市は引き続き同社に、地域住民との丁寧な対話を求めていく。
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半導体に注力の前に

レゾナックが市に答えた「個別の対応」は、住民にとっては形だけで解決につながらないものだった。
前出・太郎丸行政区の男性の家では、従来の井戸が汚染されていたことが分かり、レゾナックの費用負担で深さ20㍍ほどの深井戸を新たに掘ることになった。だが、基準を超える細菌が見つかり、飲用には使えない見通しだという。
「事業所の境界に遮水壁が完成して、家の井戸の水質が改善すると期待したが、有害物質の数値はたびたび暴れて基準値を超える。しまいには遮水壁の影響か井戸の水位が低下し渇水しました。昨年秋にレゾナックの担当者に相談したが、12月に渇水しているのを確認しただけで、その後は何の連絡もありません」(太郎丸行政区の男性)
市が水道水の基準と同じ51項目を調査した地下水のサンプルは、この男性宅の井戸から採取した。レゾナックが掘った観測井戸だ。市の調査では2022年12月時点で鉄、マンガン、アルミニウムが基準値を超過した。
男性は結果を受けて「汚染源はアルミニウム製錬で出た有害物質なので、うちの井戸から検出されたアルミはレゾナックに起因するのではないか」とレゾナック職員に問うた。すると、本社の総務部長は「アルミは自然由来で存在しないとは言い切れない。弊社とは関係ない」と言ったという。
住民対応に当たるレゾナック喜多方事業所の副所長は、この1年の間に2人は変わったと男性は話す。そのたびに住民側が一からの説明を強いられている。
レゾナックは地方の一拠点に過ぎない喜多方市の住民を舐めているのではないか。半導体を主軸に据える同社にとって、アルミニウム事業は傍流に変わったかもしれないが、土壌汚染を除去するまでは責任から逃れられない。世界で存在感を示すには、まずは国内の課題をきちんと解決すべきだ。