原発事故による避難指示が解除されて間もなく9年が経つ川俣町山木屋地区。養豚場の悪臭問題がいまも燻っているほか、遊休農地が増えたことを狙って、さまざまな企業関係者が地権者に土地利用を持ちかけているという。原発被災地の現状をリポートする。
原発被災地住民が抱える二重の苦悩


山木屋地区は川俣町南東部に位置し、福島第一原発事故に伴い計画的避難区域に指定された。2011年4月当時の放射線量は、地区の中心部にある山木屋郵便局付近で5・56マイクロシーベルト毎時(地上1㍍、区長会による測定)を記録。浪江町の町境に近い水境地区では20・93マイクロシーベルト毎時(同)に達していた。
区域再編で避難指示解除準備区域、居住制限区域となり、2017年3月31日に避難指示が解除された。昨年12月1日現在の居住者数は164世帯315人。3・11時点での同地区の人口は約1250人なので、4分の1に減ったことになる。
そんな同地区で悪臭と乱開発が問題視されている。
悪臭問題は養豚業のグローバルピッグファーム(群馬県渋川市、桑原政治社長)の農場から発生しているものだ。原発事故前から運営しており、避難指示解除後、豚の飼育を再開したが、周辺に強烈な悪臭が漂うようになった。

2020年には町や県が立ち入り検査を実施したが、規制基準を超える数値は確認されず、抜本的解決には至っていない。同社は柳津町に直営農場があるが、こちらも2018年の開業当初から悪臭やハエの大量発生が深刻化し、住民が抗議を繰り返してきた経緯がある。
本誌2022年2月号では、同社の桑原政治社長に取材を申し込み、「新たに脱臭装置を導入した」、「不快に思う基準は人それぞれだが、町と協議しながらできるだけ悪臭を減らしていく」とコメントしたことを報じた。そのうえで、住民との信頼関係を築く必要があると指摘した。
しかし、その後も悪臭問題は燻り続け、ついには同地区の住民により「養豚場悪臭公害被害者の会」が組織された。
昨年8月27日には同会代表者が同町議会に対し「グローバルピッグファームによる悪臭公害に対する請願書」を提出した。以下請願書の趣旨を掲載する(表記など原文ママ)。
昭和61年に設立された養豚業者「グローバルピッグファーム」は、平成10年に現川俣町山木屋に「直営農場本場」、そして二本松市田沢に「直営農場はやま」を開設しました。原発事故後の避難で一時操業を停止していましたが避難解除後に再開し、飼育頭数も年間3万頭に増頭、それに伴い養豚場から発生する悪臭公害も以前より広範囲となっており、不快感極まりないその臭いは耐え難く日常生活に大きな支障をきたしております。
これまで再三にわたる福島県や関係機関による立ち入り検査や、地元からの苦情や抗議にも関わらず悪臭公害は一向に改善されず、このような環境汚染が続いては帰還者が増えないのは当然の事であります。
特に酷いときは、住宅の窓を開けることも叶わず食事ものどを通りません。これら一連の悪臭公害は日常生活を破壊するもので、まさに憲法第13条(幸福追求権)や、第25条(生存権)にいう平穏生活権の侵害であります。今後もこのような環境汚染の状況が継続するなら事業の撤退を求めざるを得ません。
当該事業者は、平成31年5月に「環境保全・人権と福祉」の配慮に取り組んでいることから、JGAPの認証を受けている企業であります。一体どこに環境保全・人権と福祉の実態が見られるのでしょうか?
我々山木屋住民は、この悪臭公害を日々被らなければならない理由は何一つありません。この山木屋の美しく優しい自然と清らかな空気を享受しながら、人生を全うしたいのであります。
以上のような観点から住民の拠り所である川俣町は、基礎自治体として地方自治の本旨に従い、著しく苦渋を強いるような悪臭公害から住民を守るため事業者に対し、強力な行政指導を求めると同時に福島県に対しても強く指導を要請し、一日も早く平穏生活権が回復されるよう求めるものであります。
川俣町議会昨年9月定例会の一般質問では、山木屋地区に家がある菅野清一町議(6期)が「住民から多くの苦情が寄せられているのに改善がみられない」とあらためて質した。
町執行部は「悪臭防止法や家畜排せつ物法に基づき測定・指導を行ってきた」と説明しながらも「依然として苦情が寄せられている。効果的な対策を講じるために原因を調査し、臭気発生防止を農場に求めていく」と答弁。菅野町議は「定点観測で常時、臭気測定を実施すべきだ」、「町長には改善命令を出す権限がある」と町による積極的介入を求めた。
紛糾した住民説明会

昨年10月29日には、山木屋公民館でグローバルピッグファームによる住民説明会が開催された。
同社の桑原社長と執行役員2人、農場長2人が出席し、住民約15人に謝罪したうえで測定結果を説明し、質疑に応じた。斎藤修一副町長や役場内の関連部署の担当者、県北地方振興局、県北家畜保健衛生所の担当者も同席した。
同社によると、今年3月、豚舎脇で臭気測定モニタリングを実施したという。その結果は総揮発性有機化合物が最大値139・23ppb、硫化水素が最大値0・02ppm、二酸化硫黄が最大値0・01ppmで、いずれも規制基準を超えない程度の数値だった。だが、住民からは「一昨年も昨年も説明会が開かれたが、悪臭は改善していない。毎年同じ説明を聞いているような感じを受ける」、「臭気測定を計画的に行ってほしい、とお願いしているのに実現していない。約束を反故にされた」、「悪臭を改善できないなら規模を縮小するか、いっそのこと撤退してほしい」と厳しい意見が出た。
住民からその場でいつまでに臭気測定の実施計画を作成するか求められ、桑原社長は町と協議しながら、2月末までに臭気測定の計画書を文書で示す方針を明らかにした。
住民説明会終了後、桑原社長にコメントを求めたところこう話した。
「オゾン処理による脱臭装置を導入した柳津町直営農場の周辺住民からは『悪臭が改善されている』という評価をいただきました。川俣町山木屋地区に関しても同じような声をちらほら聞いていたので、効果を実感していましたが、本日の説明会では厳しい声をいただく結果となりました。臭いの感じ方は人それぞれ異なるので難しいが、引き続き取り組んでいく考えです」
山木屋地区自治会長の菅野良弘さんはいまだ悪臭が漂う日があることもさることながら、言動に不誠実な点があることに憤りを見せる。
「毎年説明会が行われているのに、抜本的な対策や悪臭の原因の解消には踏み込もうとせず、約束も守られない。別農場の未処理水を山木屋に持ち込んで処理していることに住民が違和感を抱いている中、タンクローリー代わりに、豚を運ぶトラックにタンクを乗せ換えていたのも不信感を抱きました。そもそも桑原社長が質疑に応じる姿を見ても、いま一つ誠実さが感じられません」
記者が同地区を訪れた際は、常時きつい悪臭を感じることはなかった。ただ、農場近くでは硫黄のような臭いがうっすら漂う場所が確認された。ある近隣住民も「かつてのような強烈な悪臭はなくなったが、完全に消えたわけではなく、時折臭いが流れてくる」と語った。
受け止め方は住民によって異なるだろうが、悪臭が残り続けていれば、住民生活と帰還促進の両面で看過できない問題となるのは間違いない。住民説明会のやり取りや自治会長・菅野さんの話を聞いていると、そもそもグローバルピッグファームが住民との信頼関係を十分に築けていないようにも受け取れる。行政と連携して、実効性のある対策を打ち出していくことが求められる。
データセンターの動きも
悪臭問題が長期化する一方で、山木屋地区では別の不安も広がっている。原発事故で避難指示が出され、営農を断念する人が相次ぎ、遊休農地が増えていることに目を付けた事業者が地権者に声をかけまくっているのだ。
本誌2022年3月号では、農地所有者に「営農型太陽光発電の用地として貸してほしい」と回っている農業マンがいることに触れた。
「20年間農地を貸してほしい。その間の農地の管理はこちらで担当する」という提案だったが、営農型太陽光発電設備は投資商品としての性質が強く、転売が繰り返される可能性が高い。そのため、責任の所在があいまいになり、結局荒廃農地が増えるのではないか、と住民らは警戒している。
同地区東側の山林では、産廃処分場の用地を探しているコンサルタントが地権者に接触、一部の土地を取得して、測量を始めると触れ回っているという。コンサルタントと話した男性によると、産廃処分場を運営するのは、郡山市で最終処分場の設置を計画しているミダックホールディングス(静岡県浜松市、加藤恵子社長)。1952年創業。資本金9000万円。民間信用調査機関によると、2023年3月期売上高40億6100万円、当期純利益29億1900万円。
同地区内の別の場所では、AIデータセンターを建設したいという企業関係者も地権者に接触していたという。生成AIの利用拡大に伴い、AIの処理に特化した演算装置やサーバーなどを備えたAIデータセンターの需要は拡大しており、全国で建設に向けた動きが活発化している。
町議会9月定例会での執行部答弁によると、データセンター関連業者は2024年4~5月、産廃業者は同年7月にそれぞれ町役場を訪問し、事業概要を説明した。ただ、地権者との調整がうまくいかず、その後は特に動きがないようだ。過去には同地区内にある富岡興業の産廃処分場の安全管理をめぐり紛糾したことがあり、反対姿勢を示す人が多い。
同地区周辺では風力発電計画も進められており、自然環境への影響や景観破壊、低周波音による体への影響などを懸念する声も出ている。悪臭問題、産廃処分場、データセンター、再エネ……住民はさまざまな開発話に翻弄され続けている。
前出・山木屋地区自治会長の菅野さんはこのように話す。
「子どもの世代にバトンタッチした後は『山木屋に帰ることはないので土地を処分したい』という人が増えるでしょう。その前に、山木屋の自然や環境を守り、住民の声を無視して乱開発が進まないような条例を作れないか、自治会などを交えて話し合っているところです」
避難指示解除から年月を経ても、原発被災地の課題はなお解消されていない。


























