会津若松市の市街地東部に位置する背炙山(せあぶりやま)周辺で、風力発電設備の増設計画が進行している。現在8基の風力発電機が稼働しているが、増設・新規参入により30基以上増える見通しだ。自然環境破壊につながるとして市民が反対運動を展開しているが、いま一つ議論は盛り上がっていない。
イヌワシ目撃情報で〝追認ムード〟一変

背炙山は標高863㍍。山頂まで県道374号東山温泉線が通り、アスレチック広場やキャンプ場を備えた背炙山公園が整備されている。
そんな市民から親しまれる山で、風力発電所「会津若松ウィンドファーム」が稼働し始めたのが2015年2月のこと。事業者はコスモ石油で知られるコスモエネルギーホールディングスのグループ会社コスモエコパワー㈱(東京都品川区)。資本金71億6400万円。民間信用調査機関によると、2023年3月期売上高114億3400万円。
同発電所の発電能力は1万6000㌔㍗(2000㌔㍗×8基)。ウェブサイトによると、同地は強い西風が吹き、県道も整備されており、風力発電に適しているのだという。
そうした立地ということもあってか、背炙山周辺ではさらに風力発電設備を整備する計画が浮上している。
1つは前出・会津若松ウィンドファーム増設事業。3200~4300㌔㍗の風力発電機を最大40基増設する方針を掲げている。
2つは会津若松みなと風力発電事業。設置者は㈱INFLUX(東京都港区)。資本金5100万円。民間信用調査機関によると、2023年2月期売上高12億3500万円。235㌶に4200㌔㍗の風力発電機を5基設置する。国有林が3、4割を占める見通し。
3つはクリーンエナジー会津若松風力発電事業。事業者はクリーンエナジー合同会社(郡山市)。資本金1000万円。2023年3月期売上高3000万円。184㌶(国有林改変面積14・4㌶)に3500㌔㍗の風力発電機を6基設置する。
風力発電所を稼働させるには、さまざまな許可を取らなければならないのに加え、事前に環境影響評価(環境アセスメント)を行う必要がある。環境影響評価法では①計画段階環境配慮書(配慮書)、②環境影響評価方法書(方法書)、③環境影響評価準備書(準備書)、④環境影響評価書(評価書)、⑤環境保全措置等の報告書(報告書)の5つを国に提出するよう定めている。①、②、③に関しては都道府県知事等の意見が反映される。
現在、会津若松ウィンドファーム増設事業と会津若松みなと風力発電事業は②、クリーンエナジー会津若松風力発電事業は③の段階まで手続きが進んでいる。
単純計算すると約60基近くの風力発電機が背炙山周辺に並ぶことになるが、会津若松市環境生活課によると、その後見直しが進み、実際は新増設分だけで三十数基程度になる見通しだという。
そうした中、市民からは反対意見が上がっており、昨年12月の市議会12月定例会議では市民団体「背炙山風力発電建設計画中止を求める会」(管文雄代表)が計画中止を求める陳情を提出した。
行政区長を務めていたという管さんは、風力発電建設に反対する理由を次のように述べる。
「一番は自然破壊です。クリーンエナジーの準備書によると、風力発電機はローター(回転部)直径最大約170㍍、全高最大約200㍍に及び、それを支えるため地面にアンカーを20本以上打ち込む。地下水の流れが変わる可能性があるし、近くの東山温泉に影響を及ぼすかもしれません。発電所整備のために森林を伐採すれば、周辺に生息する絶滅危惧種のクマタカをはじめ、多くの鳥獣類に影響を与えます。景観が損なわれれば観光面でも影響が出るだろうし、風力発電機から発生する騒音、低周波などによる健康被害、風力発電機の影が回転して地上部に明暗が生じる『シャドーフリッカー』の影響も心配されます」
環境省のウェブサイトによると、風力発電に関しては、猛禽類をはじめとした鳥類が風力発電機のブレード(羽根)に衝突し死亡する「バードストライク」も大きな懸念材料となっている。遠くから見るとゆっくり回転しているように見えるが、先端部のスピードは時速200㌔以上に及ぶ。
山形県鶴岡市では昨年6月、風力発電所の近くでクマタカ1羽の死骸が回収され、10月に事業者が撤退を表明した。翌月には環境省が「バードストライクが起きた可能性が高い」と結論付けた。事業者は風力発電機の数を当初計画の9基から5基に減らし、建てる場所を変えたり、一部のブレードを赤く塗るなどの対策をしたが防げなかった。
そうした不安要素を踏まえて会津若松市議会に提出された陳情だったが、文教厚生委員会に審査が付託されたところ、賛成者はおらず「不採択とすべき」という結果となった。
その理由は、①再生可能エネルギーは環境に優しい、②「多くの市民が中止を求める」というが、市民との意見交換会で中止を求める声は寄せられていなかった、③事業者は環境影響評価の手続きを進めており生態系や水資源、温泉源等に影響がないよう対応すると述べている、④再生可能エネルギーの充実を図る事業内容である以上、すべての事業に反対はできない――というもの。
たまたまイヌワシ撮影に成功

本会議の討論では、原田俊広議員(3期、日本共産党)が「観光団体や自然保護団体など市内いくつかの団体が反対している。市民の不安に寄り添うべき。市や市議会はこの事業に関する許認可権はないが、議会が持っている意見表明権を行使し、国及び関係機関に対して意見を述べることはできる」と陳情に賛成。
これに対し、高梨浩議員(3期、立憲連合)は「環境影響評価などの公的なデータを基にした議論が必要であり、再生可能エネルギーの確保が極めて重要な情勢の中、地権者、地域住民、真摯な意見と議論を基に判断すべき」と陳情に反対した。
採決の結果、陳情は3対24の賛成少数で否決された。賛成者は原田俊広議員のほか渡部認議員(6期、フォーラム会津)と譲矢隆議員(3期、社会民主党・市民連合)。
反対意見を表明する市民がいることをどう受け止めているのか、市環境生活課に確認したところ、「当然反対意見が出ていることも認識している。市には許可権限がないが、環境影響評価の中で意見を述べる機会があるので、地元住民の声を聞き、周辺に生息している希少猛禽類をはじめとした動植物に影響しないよう求めています」と説明した。その一方で「市としては再生可能エネルギーを推進している立場でもある」とも述べた。
管代表によると、現在稼働している8基が建設されたときは、「観光に役立つから賛成しよう」という経済人もおり、原発事故後で再生可能エネルギーのクリーンなイメージも強かったことから、反対の声はそこまで広がらなかったという。
今回はすでに8基が稼働していることもあり「多少増えたぐらいで大した問題はないだろう」というムードが醸成されているようで、市民の間でもいま一つ関心が高まっていないように見える。
フェイスブックで反対意見を表明し、議論を呼び掛けているのが、東京から移住したカメラマン・叶悠眞さんだ。背炙山周辺で撮影したクマタカ関連の動画のほか、風力発電施設完成後のイメージ画像などをアップしている。

「昨年、たまたまクマタカの幼鳥を見かけて、そのかわいらしさに魅了されていたころ、クリーンエナジーの説明会が開かれたので試しに出席してみたのです。質疑応答の時間に、予定地周辺のクマタカの生息数を聞いたら『3羽』という回答でした。ところが、後から調べたら、背炙山をはじめとした東山地区はクマタカの密集地で、生息数は10羽を超えるとのこと。それから毎日、東山地区に通って撮影するようになりました。計画通りに風力発電所ができればクマタカも影響を受ける可能性が高いので、反対しています」(叶さん)
クマタカは背炙山や東山ダム上流、同市湊地区の山中などで少なくとも8ペアが日本野鳥の会会津支部などによって確認されている。半径数㌔の繁殖テリトリー内でペアごとに行動し、互いのテリトリーは侵さない習性を持つ。風力発電所ができて押し出される形でそれぞれの繁殖テリトリーが狭められれば、環境が大きく変化するうえ、バードストライクのリスクも高まる。そうした理由から叶さんは反対意見を表明しているわけ。
その叶さんが今年に入ってフェイスブックにアップした動画が思わぬ形で注目を集めた。1月、いつものようにクマタカの観察現場に足を運んだところ、大きな鳥に遭遇した。専門家に確認してもらったところ、絶滅危惧種で国の天然記念物に指定されているイヌワシだったという。
クマタカ同様、イヌワシもペアで繁殖テリトリーを作る習性があり、〝つがい〟で巣に出入りしているところも確認された。背炙山周辺はクマタカばかりでなく、イヌワシも生息・繁殖する場所だったことが明らかになったのである。
環境アセスで県がブレーキ

それを受けて、2月9日には昭和村在住で日本イヌワシ研究会会員の菅家博昭さんが県庁を訪れ、内堀雅雄知事に対し、イヌワシの保護と事業者への周辺環境調査を指導することを求める要望書を提出。具体的には、イヌワシの保護区域を設定し、開発計画に関する県の手続きを保留にすべきと訴えた。同21日には会津若松市に鳥獣保護区域設定を国、県に働き掛けるよう求めた。
菅家さんによると、環境省も風力発電事業が猛禽類に与える影響について検討しており、1月にはクマタカやチュウヒなどに及ぼす「累積的影響」の基本的考え方を検討する必要があるとして、パブリックコメントを実施していた。
パブリックコメントの資料には、風力発電機ができたことで移動するペアがいると〝将棋倒し〟のようにテリトリーが移動するため、特に行動圏が密集している地域では影響が大きくなる可能性がある――ということが示されていた。そうした点を踏まえ、会津若松の計画は拙速に審査を進めるべきではない、と。
「絶滅危惧種のクマタカに加え、国の天然記念物であるイヌワシの生息・繁殖が確認されたのは極めて重要です。文化財保護法で保護される生物の周辺環境をむやみに変化させるべきではないと考えます」(菅家さん)
3月21日には前出・クリーンエナジー会津若松風力発電事業の準備書に対する知事意見が公表された。そこには▽事業区域が天然記念物のイヌワシなどの生息域とされるため、あらためて鳥類専門家らの意見を聞き、必要に応じて追加調査を実施する、▽調査地点の設定、累積的影響調査について、準備書の内容では不足があることから追加調査を行い、その結果を評価書に記載する、▽準備書では、猛禽類等の環境影響評価に必要な鳥類の内部行動等の情報が示されておらず、鳥類の生息調査日数に偏りがあること――などが指摘されていた。
菅家さんの要望書がどこまで反映されたかは分からないが、県(内堀知事)としても一旦ブレーキをかけた格好だ。
ちなみに、2022年7月には日立造船が下郷、南会津、昭和、会津美里の4町村にまたがる会津大沼風力発電事業(仮称)を計画し、地元自治体の反対を受けて廃止したことがあったが、菅家さんはその交渉にも昭和村文化財保護審議会委員長として関わっていたという。
「『予定地は野ウサギの越冬地であり、ここに風力発電所が整備されれば生息できなくなる。そうなると野ウサギをエサにするイヌワシやクマタカなどの猛禽類にも影響が出る』と説明したところ、日立造船の担当部長は涙を流しながら『環境アセスの調査にはそのような報告はなかった』と話し、撤回する旨を明かしました。経済的影響や健康被害の恐れを訴えるより、自然環境破壊や景観変更、生物への影響を訴えた方が共感を得られ、見直す機運が高まりやすいのかもしれません」(菅家さん)
市民から反対意見が出ていることに加え、天然記念物のイヌワシが確認されたことについて、当の風力発電事業者はどう受け止めているのだろうか。コスモエコパワーに問い合わせたところ、同社の野地雅禎代表取締役の名義で以下のような返答が寄せられた。
《(増設事業については)地元の皆さまからのご意見や現地調査結果などを総合的に勘案し、適切な計画規模を検討中です。
(地元住民などから反対の声が上がっていることについては)当計画を進めるにあたり、地域の住民の皆様をはじめとした関係者様からも様々な情報・ご意見を頂戴しております。これらのご意見と併せ、地域住民の皆様のご理解及び自然環境に配慮した事業計画とすべく適切に対応してまいります。
(イヌワシが確認されたことを受けた新たな調査・計画見直しの可能性について)弊社といたしましては、専門家及び関係各所と協議・相談し、対応方針について検討の上、適切に対応していく予定でございます》
ほかの2社にも質問を投げかけたが、どちらも期日までに回答はなかった。
岩手では県独自の規制を実施
1月26日には、岩手県が風力発電事業によって国の天然記念物・イヌワシの生息地が影響を受けないように、風力発電の開発に適さない地域を「レッドゾーン」と定め、地図にまとめて事業者などに示す方針を固めた。福島県環境共生課は「環境影響評価において県は許認可権を持っていないが、意見を言うことはできる」と第三者的な立場を強調したが、岩手県のようにやる気になれば独自の規制を設けるのも可能ということだ。
最も計画が進んでいたクリーンエナジー会津若松風力発電事業はブレーキを掛けられる形となり、会津若松みなと風力発電事業は地元関係者の反対に遭っているという話が聞かれる。会津若松ウィンドファーム増設事業に関しても、野生動植物の生息・生育地を保全する保護林をつないだ「緑の回廊」に整備される計画になっているが、その通りに実現するのか。東山温泉関係者からも、景観が変わることへの不安が漏れ始めている。
今後の県内の計画にも影響を及ぼす可能性が高いので、住民の関心の高まりも含めて今後の動向をウオッチしていく必要がある。