11月9日告示、同16日投開票で行われる福島市長選に大きな注目が集まっている。衆院比例東北選出の馬場雄基氏(32)=2期=が衆院議員を辞職し、同市長選への立候補を表明したからだ。同市長選には3選を目指す現職の木幡浩氏(64)と各地の選挙に立候補する会社役員の髙橋翔氏(37)も出馬表明しているが、市民の多くは投票の行方もさることながら、馬場氏が立候補を決めるまでの経緯に強い関心を寄せる。
衆院選挙区転身を恐れた立憲民主党県連

9月9日に開かれた会見で、馬場氏は次のように述べて福島市長選への立候補を正式に表明した。
「市民の皆さんの、まなざしの中の光が失われていないか危機感を抱いた。私には見て見ぬふりはできない。たとえ衆院議員の職を辞してでも、全てを投げ打ったとしても、ここに住まう市民一人ひとりと希望あふれる福島市をつくっていきたい。この地には国をも動かすトップリーダーが必要。その決意のもと、福島市長選挙に挑む決意を固めた」
記者会見が行われたのは、福島市の曽根田ショッピングセンター4階にある交流施設「アオウゼ」。ここは馬場氏が衆院議員になる前に勤務していた場所でもある。
2021年から衆院議員を2期務めた馬場氏は、郡山市を中心とする福島2区で政治活動を展開。市内で妻と暮らし、「出身は郡山」と強調していた。
しかし、実際に郡山市に住んでいたのは幼少期だけ。親の転勤に伴い3歳で福島市に転居し、福島大学附属小・中学校、福島高校を卒業後は慶応大学法学部、三井住友信託銀行を経て松下政経塾に進み、前述・アオウゼの指定管理者㈱福島まちづくりセンターでインターン研修を受けた。2019年からはアオウゼ事務統括コーディネーターとしてまちづくりにも携わった。この後、馬場氏は福島2区から衆院選に立候補するため、郡山市に戻ることになる。
馬場氏のことをよく知らない福島市民は「なぜ郡山の国会議員が福島市長選に出るの?」と疑問を持ったかもしれないが、馬場氏はいわゆる落下傘候補ではなく、福島市と縁もゆかりも深い人物なのである。
ただ、経歴上は違和感がなくても立候補するまでの経緯が釈然としないのは事実だ。市内の会社社長もそう思っている一人。
「馬場さんが福島市長選なんて話は、これまでウワサにすらなったことがない。それが突然『馬場氏を推す動き』と報じられたから『どういう経緯で?』と思った市民は私だけではないはず」(会社社長)
最初に馬場氏が福島市長選に立候補する可能性が報じられたのは9月3日付の新聞。その5日後に、馬場氏は衆議院に議員辞職願、所属先の立憲民主党に離党届を提出。同9日に冒頭の会見に臨んでいる。短期間のうちに立候補が決まったように感じられるのは当然だ。
意外だったのは、馬場氏が所属していた立憲民主党県連も市長選出馬を「全く知らなかった」と話していることだ。同党県連の宮下雅志幹事長(県議)が語る。
「私も新聞報道で初めて知りました。馬場氏が衆院議員を辞職したことで、県連としても馬場氏が今後進むであろう方向性をいろいろと想像していたが、まさか福島市長選とは想像もしていませんでした」
県連を司る幹事長ですら寝耳に水の話だったのだ。
気になるのは「馬場氏が今後進むであろう方向性」とは何を指しているのかである。宮下幹事長に代わって県連関係者が解説する。
「一つ目の方向性は、馬場氏が離党し無所属で次の衆院選に挑むことです。選挙区は従来の2区、福島市が含まれる1区、場合によっては県外もあり得ると思っていた。二つ目の方向性は、福島1区の支部長が決まっていない自民党から馬場氏が立候補することです」
仮に1区なら金子恵美氏、2区なら玄葉光一郎氏と、どちらも立憲民主党の現職と激突する。つまり同党県連は、身内だった馬場氏が敵に回る可能性を警戒していたのだ。
もしそうなったら選挙区がどこだろうと驚きの立候補になるが、その可能性が取り沙汰された背景には、比例東北選出の馬場氏が次の衆院選も選挙区から立候補できる確証を持たないことがある。
「馬場氏は2024年の衆院選で2回目の当選を果たしたが、県連が求めた玄葉氏と馬場氏のコスタリカを党本部が認めていたら、馬場氏も少しは納得したと思う。しかし、党本部は結論を先送りした。馬場氏はコスタリカを認めてもらえなかったことで、地盤に対する思いが一層強くなったんだと思う。明確な地盤がない中で、来る選挙に向けて活動するのは相当辛い。馬場氏には同情します」(同)
馬場氏が地盤にこだわっていたのは確かだろう。初当選した2021年の衆院選は、旧福島2区から立憲民主党公認で立候補し、選挙区では敗れたものの比例復活。次の衆院選は選挙区で勝つと気持ちを新たにした矢先、選挙区の区割り改定で県内の選挙区は5から4に減った。馬場氏が立候補した旧福島2区は、市町村が入れ替わり新福島2区に移行。ただ、馬場氏がここから立候補することは叶わなかった。新福島2区の公認候補は旧福島3区を地盤としていた元外務大臣の玄葉氏に決まり、馬場氏は名簿順位単独1位で比例東北ブロックに回ったのである。
この時、立憲民主党県連は党本部に玄葉氏と馬場氏のコスタリカを求めたものの、党本部は「今回は」という枕詞をつけて選挙区は玄葉氏、比例東北は馬場氏という裁定を下した経緯がある。コスタリカをどうするかは、次の衆院選でまた考えるというのだ。
なるほど、馬場氏が地盤にこだわる気持ちは理解できた。しかし、立憲民主党県連が警戒した衆院選ではなく、福島市長選を選択した理由はまだ見えてこない。
この間の報道だけを見ると、馬場氏は短期間のうちに立候補を決めたように映るが、実は、伏線は7月の参院選前からあった。
消えた西山県議の出馬
関係者の話を総合すると、馬場氏は6月頃、秘書に「馬場事務所を辞めて新たな移籍先を探してほしい」と打診。秘書が理由を尋ねても「今後に向けてバージョンアップを図るため」としか告げられなかった。一方で、馬場氏本人は「参院選までは立憲民主党の国会議員としての役目を果たす」として、同党公認で福島選挙区から立候補した石原洋三郎氏の選挙運動を支えた。
ただこの時点で、事務所を辞めた秘書が党関係者に挨拶回りを始めていたため、参院選の最中に「馬場氏は今後どうするつもり?」との話が水面下で広まり出した(余談になるが、馬場氏は参院選出馬も模索したが石原氏を候補者とする決定は覆らなかったという話もある。馬場氏の地盤にこだわる姿勢が見て取れる)。
参院選が終わると、残っていた秘書も辞めた。郡山市の事務所も閉鎖作業が始まった。8月、事態を重く見た立憲民主党県連は党本部に報告し、幹部が馬場氏と直接面会した。馬場氏の意向を確認した幹部は、県連会長の小熊慎司衆院議員らに「絶対に引き止めろ」と釘を刺したものの、この時点で離党は避けられそうもないと覚悟した。これ以降、前述した「どこかの選挙区から衆院選に出るのではないか」との見方が急速に広まっていった。
ただ、離党を覚悟していた党本部も県連も、馬場氏が議員バッジを外すとは一切思っていなかった。「馬場氏は比例選出ではなく、選挙区選出の議員になりたいに違いない」と解釈していたからだ。
同じ頃、福島市長選をめぐっては西山尚利県議会議長(60)=5期=の立候補が取り沙汰されていた。「親しい人に出馬の意思を伝えた」との話が広まり、お盆前には自民党県連も推す方向という情報が駆けめぐった。それが、お盆を過ぎた途端、西山氏が立候補するという話はパタリと聞かれなくなった。
以前から「西山市長待望論」があっただけに、市民は「9月定例県議会で議長の役目を果たし終えたら辞職―出馬表明するのではないか」と西山氏の動向を注視していた。そうした中で馬場氏の立候補が急浮上すると、巷の選挙通は訳知り顔で次のように言った。
「西山氏が引き下がり、代わって馬場氏が市長選に出ることが2人の直接協議で決まったんだと思う」
タイミング的には確かにそう見えるし、党派は違うが西山氏と馬場氏は親しい間柄で、西山氏は普段から馬場氏に「自民党で活動してはどうか」と声を掛けていたという話もあるため、2人の直接協議は可能性としてはゼロではない。ただ選挙通の話からは、肝心の「西山氏が引き下がってまで馬場氏を立てなければならない理由」が見えず、直接協議は推測の域を出ない。
西山氏の有力支持者にも問い合わせてみたが、
「西山氏が市長選出馬に傾いたのは事実だが、諸事情でなくなった。西山氏が馬場氏と普段から交流があるのも事実。ただ、私たち支持者は馬場氏とは面識がない」(支持者)
どこまでいっても、馬場氏が福島市長選出馬を決めた本当の理由は見えてこない。「馬場氏の相談相手である某氏なら何か知っているはず」と聞き、その某氏にも取材した。
「馬場氏から相談? 何もなかったよ。私としては本気で福島市長を目指すなら、比例選出の衆院議員を続けながら福島に足繁く通い、支持基盤を広げる方がいいと思います。比例は東北全体が選挙区なので、馬場氏が福島にいても何の違和感もありませんから。いくら同級生やアオウゼ時代のつながりがあっても、そういう準備もなしに市長選に出るなんて考えが甘いと思う」
厳しいアドバイスとともに、馬場氏から相談はなかったことを打ち明けてくれた。
「あと4年は待てない」

実際、馬場氏は周囲にほとんど相談することなく市長選出馬を決めた節がある。身近で接してきた秘書たちも「新聞で知った」と言い、立憲民主党を陰で支える佐藤雄平元知事も「知らなかった」と驚いていたという。地元紙は「一部経済人から推す声」と書いているが、商工会議所や経済同友会は否定。元所属先の立憲民主党をはじめ各政党は、共産党を除いて現職の木幡氏を推薦することを発表している。9月9日の会見も馬場氏と妻の2人で仕切り、特定の支援者がいる様子はなかった。「ポスター張りはボランティアを募ると聞いた」(前出・某氏)というから、馬場氏は孤立無援で市長選に挑むと言っても過言ではなさそうだ。
前出・選挙通は、またまた訳知り顔で言う。
「32歳の馬場氏は市長を3期務め終えても44歳。そこから再び衆院議員に転身しても長く活躍できる。市長を3期務めれば、福島市に念願の地盤を持つこともできるからね」
馬場氏がこだわってきた地盤を持てるという点では、将来の衆院議員を見越して市長を目指すルートは理にかなっている。
9月9日の会見後に設けられた馬場氏とマスコミ各社の個別取材の場で、筆者が「なぜ福島市長選だったのか」と尋ねると、馬場氏はこのように答えた。
「福島市への熱い思いはアオウゼで働いていた頃からあった。政治家はなりたくてなれるものではない。いろいろな歯車が噛み合い、周囲から求められてなれるものだと思う。私にとっては、そのタイミングが今だった。あと4年待ってはどうかと言う方もいますが、財政が悪化し、超高齢社会が訪れる中、あと4年待てますか? 私には待てない」
4年も待てない、やるなら今だという馬場氏に市政を任せたら福島市はどんな姿になるのか、ちょっと見てみたい気もする。
























