【税理士・伊藤江梨】夜明け前の地域経済ノート④

【税理士・伊藤江梨】夜明け前の地域経済ノート

働きたくない!

【税理士・伊藤江梨】夜明け前の地域経済ノート

伊藤江梨 いとう・えり

1984年1月生まれ。安積黎明高、大阪大卒。共同通信社記者を経て、税理士に転身し、2017年4月に暁経営会計を開業。家業の建設会社を継承し、2020年に同名の株式会社として再出発を果たした。東北税理士会福島県支部連合会広報部長などさまざまな団体の要職を務めている。事実婚で2児の母。

「実はFIRE(ファイア)を目指しているんですよ」。そんな人に会うことが増えた。FIRE(Financial Independence, Retire Early)、投資収益で生活費を賄い、早期リタイアを目指すこと。つまり、みんな働きたくないのだ!

「いや、全く働きたくないってわけじゃないんですけど、サイドFIREっていうか、働いてばっかりの生活をちょっと変えたいんですよね」。分かる。非常に分かる。日本の最大にして積年の問題、もはや変えようもない少子化によって、日本はいよいよ働き手不足になり、現役世代はとにかくあくせく働いている。

忙しいのに追加の人材は入ってこない。忙しすぎて次々人が離脱し、より一層きつくなる。イライラして、環境は悪くなる。仕事ができる人ほどニーズが増えるので、どんどん忙しくなって休む暇がない。

あれ、何のためにこんなに働いているんだっけ? 働くだけの人生でいいのか? よし! FIREを目指そう!

ああ、こうしてまた一人働き手が減ってしまった。

FIREに最適な投資環境

そこに来てこの株高である。3年前の日経平均株価は3万円を切っていたのに、今や7万円?

福島県の1人当たり平均預金残高は473万円(福島県統計協会「一目でわかる福島県の指標2025」)。473万円の預金を3年前に日経平均連動型の商品に突っ込んでおけば1000万円になったのだ。その間に給与はどれだけ上がったか。3年間での昇給など月給で数万円程度。あくせく働くのがバカバカしい。

実際にはなけなしの預金を全部日経平均に賭けるなんてことはしないほうがいいが、「ああ、3年前に株を買っておけば、苦労しないで大金を手に入れられたのに!」と思ってしまうもの。

確かに政府は親切にもメッセージを出していた。旧NISA(少額投資非課税制度)が2014年に始まって以来、どんどん拡充して年間上限360万円に。もはや「少額投資」とは言えない。「非課税にしてあげるから、もっと株式投資をして資産形成をしなさい」ということだったのだ。仕組みに気づいた若者の中にはNISAに突っ込むために節約をする「NISA貧乏」もいるとか。

それにしてもこのところの投資ブームはすごい。日々の暮らしや経営状況は物価高で苦しいのに株価だけがみるみる上がっている。実体のないバブルのようにも感じるが、どんどん資金が流入し「まだまだ上がる」というアナリストも多い。バブル崩壊で心底痛い目を見た世代の人も減ってきた。今の若い世代にとってはまだまだ続きそうなインフレもあって「持ち続けていればいつかは必ず上がる」という認識が強いように感じる。それが正しいかどうかは分からないが(投資は自己責任で)。

不労所得>労働

世の中には働かなくても生きていける人がいる。不労所得というやつだ。代々の地主などが典型的な例。地主一族をみると、誰かしら働かずに好きなことをやって暮らしている人がいる。働かなくていいなら働かないという選択をする人が現れる。

夢の不労所得。そんな人にはどこかで痛い目を見てほしいと心の底で願ってしまう底意地の悪い自分もいる。この労働が、報われてほしい。しかし必ずしもそうはならないのが世の常。

2013年に発表されたトマ・ピケティの『21世紀の資本』は世界に大きな衝撃を与えた。古今東西、資産運用で得られる利益の方が労働で得られる利益よりも大きいらしい。つまり、我々の労働は、金銭的利益では資産運用には勝てないということだ!

なんという絶望。

労働の苦しさ

労働は貴い。貴いし、働く価値は金銭的利益だけではない。でも、やりがいとか社会貢献とか理念とか、たくさん囁かれるそんなキラキラだけで済まないのが労働。労働には必ずなにかしら辛いこと、苦しいことがついてくる。期限に追われる。ミスをして謝罪をする。重めの責任を負う。嫌な人と交渉をする。嫌な同僚や上司とチームを組む。理不尽を飲み込まなくてはいけない場面。意に沿わない忖度。

学生のころは、夏目漱石の『坊っちゃん』を読んで、「赤シャツ」のような卑怯者や「野だいこ」のような太鼓持ちは蔑んでよいと習ったのだが、社会人になったとたん、おためごかしや太鼓持ちがまかり通る世界に放り出される。新卒採用の何割かがすぐに辞めてしまうのも無理からぬこと。「うっせぇわ」と歌いたくなる気持ちもよく分かる。

働く意味

FIREを目指す人が増えているということは、働く意味を見失いつつある人が増えているということだろう。働きたい人が「働いて働いて働く」のは勝手だが、我ら昭和生まれはブラック企業育ち、体や心を壊すくらい「働いて働いて働いてきた」ので、もうそんなに働きたくない。本当はもっと漫画を読んだりゲームをしたり旅行をしたり、そうだ、世界遺産だって見に行きたい。そういう人生のささやかな希望を叶えるには、お金と時間が必要だが、どちらも揃う機会が少ない。時間があるときはお金がないし、お金があるときは時間がない。

仕事は人生の一部に過ぎないのに、現代日本の教育・労働システムは、勉強や仕事に全振りすることで上に昇るシステムになっている。もう何十年もそのシステムに乗っていたので細胞レベルに刻み込まれてしまった。ほどほどでいい、ワークライフバランスと思いながら、訳知り顔の年長者に「仕事を振られたら『はい』か『YES』か『喜んで』だぞ!」などと煽られて、また断ることもできず次の仕事を詰め込んで、締切りに追われて夜明け前にメールを返す。

人生を選びたい。しかし選ぶにはまだ手持ちのカードが足りなさそうなので、苦痛を和らげるべく、前向きに働きたい。幸いなことに、本当は働きたくないけれど、自分なりの働く意味を見つけ出して、なんとか働いている仲間がたくさんいる。

働くことは、人手不足の日本においてものすごい社会貢献だ。我々は「生きているだけで優勝」だが、そのうえ労働をして、社会や経済を回し、日本のGDPを高め、さらには税金や社会保険料を納めて支えているなんて、もっと誇っていいし褒められていい。もっと褒めあうことにしよう。

月曜日の朝になると、先週積み残した山積みの仕事を思い出してため息が出る。憂鬱を抱きしめて、今日も一日誇りと自信をもって、ともに労働に励もう。

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