本誌昨年11月号、今年2月号で、双葉地方広域市町村圏組合消防本部のパワハラについて報じた。いずれも匿名の告発文(投書)に基づくもの。5月31日には同組合の定例議会が行われ、議員からパワハラ問題についての質問があった。
ハラスメント防止条例案が出されるも否決
双葉地方広域市町村圏組合は双葉郡8町村で構成される。最高責任者である管理者は篠木弘葛尾村長が務めており、ほかの7町村長は副管理者に就いている。消防業務は同組合における最も重要な業務で、消防本部(楢葉町)、浪江消防署、同消防署葛尾出張所、富岡消防署、同消防署楢葉分署、同消防署川内出張所を配置している。実人員(職員数)は127人で、県内の消防本部では小規模な部類に入る。
最初に届いた告発文(昨年10月)には、「2023年2月22日、職員同士の飲み会で、上司が嫌がる部下にタバスコ入りの酒を一気飲みさせていた」など、同消防本部内でのパワハラ行為が記されていた。
併せて加勢信二消防長(当時)が各消防所長に向けて送付した「職員の義務違反について(通知)」という公文書の写しも添付されていた。内容は職員がパワハラで懲戒処分されたのを受け、言葉遣いや態度への注意を呼び掛けるもの。こうした内部文書が同封されていたのだから、告発文の差出人は内部の関係者である可能性が高い。
その後、同消防本部の職員3人が昨年9月14日付で懲戒処分(減給)となっていたことが昨年10月14日付の地元紙で報じられた。
9月14日付で懲戒処分したことを公表せず、10月14日付の地元紙が報じて初めて事実が明らかになったことについて、当時の本誌取材に同消防本部の金沢文男次長は「公表の基準が決まっており、それを下回ったので公表しなかった」と説明した。組織全体でパワハラを軽視しており、情報公開を極力避けている印象が残った。
そんな中、今年1月には再度、本誌編集部に同消防本部のパワハラに関する匿名の投書が届いた。それによると、昨年9月に処分が下された件以外にもパワハラの実態があり、それが理由で退職した職員もいること、加勢消防長を含めほとんどの職員が把握しているのに上層部で握りつぶしている、ということが綴られていた。
こうした指摘について、金沢次長に事実確認の取材をすると、「投書に記されている氏名はいずれも当消防本部に所属している職員、元職員なのは間違いありません。各町村に投書が届いているという話は聞いていますが、内容に関しては確認していないので、パワハラの有無や通勤手当不正受給について現段階でコメントできません」とのことだった。
5月31日には同組合議会が開かれ、議員からパワハラ問題に関する質問があった。なお、同組合議会は構成町村の議会から3人ずつ(浪江町は4人)出て、計25人で構成されている。質問したのは、楢葉町の松本明平議員。
その中で明らかになったのは、今年1月に本誌編集部に届いた投書は同組合にも届いており、管理者から消防長に事実確認をするよう指示し、内部で確認した結果、投書に記載されていたパワハラは確認できなかったという。
このほか、松本議員は、「パワハラ調査のための第三者委員会の設置」、「ハラスメント防止条例の制定」の必要性を説き、そうした対応をする考えがあるかを尋ねた。
これに対する篠木管理者の答弁は次のようなもの。
「まずはハラスメント行為の再発防止対策を継続することが重要であり、第三者委員会の設置、ハラスメント防止条例の制定は考えていません」
相馬広域消防との違い
この答弁を受け、松本議員は最近の全国の消防組織でのパワハラの事例を列挙した。その1つに、隣接する相馬地方広域消防本部の問題がある。これについては本誌6月号「腐敗する相馬地方広域消防本部」という記事で報じた。
相馬広域消防では、昨年11月に1人の職員が代理人弁護士と連名で申し入れ書を提出した。そこには加害者とされる職員4人の実名と、①2015年以降、常習的にパワハラを受けていた、②複数の消防署・分署でパワハラ被害がある、③内部のパワハラ調査で申告し対策を求めたが改善されなかった――等々が記され、詳細な調査と結果の公表、再発防止策の取りまとめと速やかな実行、加害者への厳正な処分などを求めていた。
これを受け、広域組合は昨年12月7日に「相馬地方広域消防内におけるパワーハラスメント行為に関する第三者委員会」(委員長・安村誠司県立医科大学理事兼副学長)を設置。今年5月28日までに計23回の会議を開き、6月12日に第三者委員会の中間答申を公開した。その詳細は割愛するが、不適切な対応があったと認定している。
相馬広域消防では第三者委員会を立ち上げ、公正な立場から問題を洗い出し、改善に向けて動いているのに対し、なぜ双葉広域消防ではそうしないのか、ということは確かに誰しも思うことだろう。松本議員はそのことを再度質したのだ。
これに答弁したのが金沢次長。なお、現在同消防本部では専属の消防長は不在になっており、吉田淳大熊町長が「消防長事務取扱」を担っている。後にこの点について同消防本部に確認したところ、「過去にもそういうことがあり、浪江町の馬場有町長(当時)や、楢葉町の松本幸英町長が消防長事務取扱をしていた。珍しいことではない」とのことだった。つまり、現場のトップは金沢次長であり、金沢次長が議会に出席し、松本議員の質問に答弁したのだ。
「総務省消防庁で出しているハラスメント防止要領があります。それに則って我々の要領を作成していますので、現在のところ、第三者委員会を設置する考えはありません」
最後に松本議員は再度「広域組合に勤務する職員の方々が安心して職務に励むことができるよう、条例の制定の必要性があると思う」として、管理者の答弁を求めたが、これに答えたのは金沢次長でこう述べた。
「先ほど、管理者が答弁しましたが、ハラスメント行為の再発防止対策を継続することが重要であり、相談・通報の手段についてさらに広く職員に周知徹底し、相談しやすい環境整備に努めるということで、ハラスメント防止条例の制定は考えていません」
同議会では松本議員が提案者となり、ハラスメント防止条例制定案が提出された。提案理由は次の通り。
「双葉地方広域市町村圏組合は6町2村の消防活動を中心に一般廃棄物の処理や介護認定に関することなど、住民生活に密接に関わる極めて公益性の高い業務を行っている。組合の職員及び消防職員は6町2村の住民全体の奉仕者として公共の福祉の増進に努めなければならない。ハラスメントは、それを行うものが他者の人生を容易に左右し破壊してしまう、極めて悪辣な行為であり、『人権侵害』以外の何ものでもない。また、ハラスメントは職員や消防職員だけの問題ではなく、双葉地方広域市町村圏組合への住民からの信頼を大きく損なう行為であることを忘れてはならない。そこで、組合議会は、職員及び消防職員が十分に実力を発揮し、住民の信頼に応えるためにハラスメントを一掃することを決意し、この条例を制定する」
賛同者には井出茂議員(川内村)、千葉幸生議員(大熊町)が名を連ねた。ただ、同条例案は賛成少数で否決された。
消防組織の問題点
本誌は過去の記事で、同消防本部は今回の問題について、どこか他人事で、組織全体でパワハラを軽視しており、情報公開を極力避けているように感じる、と指摘したが、今回の議会を傍聴してその思いは一層強まった。
一方で、松本議員が議会で全国各地の消防組織でのパワハラの事例を列挙していたが、確かに目立つ。県内の事例を見ても、消防本部は12あるが、そのうち表面化しているだけでも相馬、双葉と2つの消防本部が現在進行形でパワハラの問題を抱えている。
なぜそうしたことが起こるのか。本誌なりに考えてみたい。まず、消防本部は広域組合で組織されることが多い。県内では福島市といわき市は単独だが、そのほかは、複数市町村が一部事務組合を組織して、その中で消防業務を行っている。
組合(消防本部)の最高責任者である管理者は構成市町村長が持ち回りで就くケースがほとんど。そのほかの構成市町村長は副管理者になる。当然、管理者は普段は当該市町村の行政執行が最大の仕事で、組合管理者は「ついで」のようなもの。
つまり、現場は最高責任者の目が届きにくいのだ。しかも管理者は短いスパンで交代することが多い。となると、自分が管理者の時に面倒ごとを抱えたくない、といった心理が働くことが予想される。こういった構図がハラスメント行為を生み出すうえに、その是正に積極的でない、といった状況になるのではないか。結果、さらにハラスメント行為を助長させる、と。
もう1つは、消防職員は「階級社会」であること。その点で言うと、警察も「階級社会」だが、警察と消防では少し様相が違う。警察官の階級は、警察法で定められているのに対して、消防は「消防庁が定める基準に従い、市町村(※広域組合)の規則で定める」とされているのだ。警察の階級が法律に基づくものなのに対して、消防は市町村の規定、すなわち内規によるのだ。
つまりは、階級が上がるかどうかは内部の判断に委ねられるということ。言い換えるならば、法律に基づく警察は「自力」で階級を駆け上がることができるが、消防は「上の覚え」がめでたくないと、駆け上がれない可能性があるということでもある。
おそらく、各消防本部とも「昇級試験等は公正に実施している」というだろうが、実際に現場にいる人は「あの人は上層部に気に入られているから」とか、逆に「あの人は上層部からよく思われていないから」といった感情は絶対に出てくる。
そうなると、「理不尽なことでも上層部の言うことは絶対」というような空気が生まれ、それがハラスメント行為を生み出すのではないか。そう思えてならない。