6月2日、福島市笹木野地区に体長約100㌢のツキノワグマが出没し、20~80代の男女4人が重軽傷を負った。クマは工場に立てこもり、市は自治体判断で銃器での発砲が可能となる「緊急銃猟」を試みたが、取り逃がして捕獲に至らなかった。市の対応については、市民や関係者から不満の声が漏れ聞こえており、今後に向けた課題は多い
事前想定の甘さで危険にさらされた住民

JR福島駅から西に約3㌔の位置にある福島市笹木野地区。閑静な住宅街に位置するJR奥羽線笹木野駅の周辺がパトカーで封鎖され、マスコミ関係者が駆け付けるなど、物々しい雰囲気に包まれた。6月2日、同地区に出没したクマが4人を襲い、工場内に立てこもる事件が起きたからだ。
報道によると、同日朝6時25分ごろ、同地区に立地する部品製造会社「福島製鋼」の敷地内にクマが正門から侵入し、20代と60代の男性従業員を襲った。その後、奥羽線の線路を渡って北側の住宅地に移動し、近くに住む80代の女性を襲撃。いずれも軽傷だったが、付近の電子機器製造販売会社「OKIシンフォテック」では60代の警備員男性が顔面を骨折するなどの被害を受けた。
そのまま同社の工場内に留まったことから、市は、クマが住民の生命・身体に危害を及ぼす恐れがあると判断し、同日13時18分、馬場雄基市長の権限で「緊急銃猟」を許可。
ただ、「建物内には引火性物質があり、跳弾などの可能性も高い」として、実弾は使わず麻酔銃での捕獲を狙った。狩猟免許を持つ市職員(ガバメントハンター)が麻酔銃1発を発砲し、命中したが、何らかの理由で麻酔薬が注入されなかったようで、効果が見られなかった。
その後も麻酔銃での捕獲を試みたが、屋内で障害物が多く目視で狙うのも難しかった。にらみ合いが続く中、クマの警戒心を解き、設置した箱わなに誘い込むため、周辺の照明を消した。
そうしたところ、3日22時50分、クマが工場敷地外に出ていく姿が警察官に目撃された。3階建ての建物の1階の窓の鍵が外されており、そこから逃げたとみられる。付近の柱にはクマのものと見られる爪痕が残っており、網戸が破られていた。市側はワイヤ入りガラス窓をクマが破って出ることはないと想定していた。出入口はパトカーで封鎖されていたが、クマの動きを見るため、窓へのバリケードは設置せず、人は配置されていなかった。やむなく市は緊急銃猟態勢を解除した。
住民の生命・身体を守るために緊急銃猟を許可したのに、クマを取り逃し、結果として真夜中の住宅街への逃走を許す最悪の事態となったわけ。その後、周辺でクマの目撃情報が相次いだが、結局どこに行ったか分かっていない。
4日に行われた緊急記者会見で馬場市長は「関係機関の協力を得て最善を尽くしてきたが、結果を出せず反省している」と述べた。全国ニュースなどで流されたのはその前段で馬場市長が「極めて知能が高いクマだと思う」と言及したシーンだ。クマが水道の蛇口に手をかけて水を飲む姿が目撃され、鍵を開けて出ていったことを踏まえた発言で、「そんなクマを相手に最善を尽くした」とアピールしたかったのだろう。
ただ、河北新報6月5日付に掲載された専門家の見立ては「前足をバタバタさせていたら、たまたま開いた可能性はある」、「偶発的に爪に引っかかるなどして開いたと考えるのが正しいのではないか」といずれも冷ややかだった。
市の仕切りに不満の声

緊急銃猟で主体となり現場の指揮を執るのは市町村だ。警察は連携を図りながら、交通規制や現場周辺のパトロールなどを実施する。県も応援要請に基づき職員を派遣したり、専門委員を派遣して猟友会などと一緒に捕獲班を組織したり、ドローンによる捜索を行うなど市町村をサポートする。
今回は福島市が司令塔となったわけだが、県や警察の関係者からは、「市が事前に定めたマニュアル通りに全く進まず、現場対応に課題が残った」、「これで県や警察に責任が及ぶのでは納得できない」、「知能が高いクマだったから仕方ないというような説明では市民の理解は得にくい」という声が漏れ聞こえる。
特に警察は延べ数十台のパトカーを出動させて交通規制を敷き、現場で体を張る。加えて、クマ出没の情報が寄せられるのは110番通報が圧倒的に多く、住民の生命・身体を守る立場にあるので、もどかしい思いを抱えているだろう。
麻酔銃が十分な効果を発揮しなかったり、窓にバリケードを設置せず逃げられるなど、技術的な問題もさることながら、特に問題視されたのは情報発信が十分だったのか、という点だ。
クマが出没し緊急銃猟が許可された2日午後、笹木野地区内の店舗の経営者は次のように話していた。「朝から店の前の道路をパトカーが行き来していたので何か事件があったのかな、ぐらいに思っていた。初めてクマが出没していることを知ったのは、テレビやネットのニュースです。広報車が住民に注意を呼び掛けていたそうだが、聞こえませんでした」。
福島市LINE公式アカウントによる市民への情報発信は朝8時40分ごろだった。周辺の小中学校にはすぐにクマが出たという連絡があり、休校となったが、周辺の市民が情報を得るまでかなりタイムラグがあったことが分かる。
クマが逃走した際の対応も遅かった。市は3日23時前に事実を把握したが、報道機関向けのプレスリリースを発信したのは4日深夜1時ごろ、ホームページに市長メッセージを更新した。さらに、福島市LINE公式アカウントで市民向けに情報を発信したのは、6時間以上経った朝6時30分ごろだった。
市は「正確な情報を整理していた」、「現場対応を優先した」と釈明しているが、クマがどこへ逃げたか不明な状況下で、周辺住民は無防備に夜を明かしたことになる。その後、市役所には十数件の問い合わせ・意見が寄せられたという。
福島製鋼で従業員がクマに追いかけ回されて倒される衝撃的な動画が公開されたこともあり、福島市の緊急銃猟の様子はNHK総合ニュースウオッチ9(夜9時のニュース)など全国ニュースで大きく取り上げられた。
その際、馬場市長が記者会見で説明する様子が映り、SNSなどでは「若くてイケメンな全国最年少市長」に注目する向きもあった。馬場市長にとっては全国での知名度アップになったかもしれない。
ただ、その一方で、記者会見で馬場市長が「通行規制や警戒活動に協力してくれた市民に感謝したい」と話していたことに対し、「現在進行形で市民は危険にさらされているのに馬場市長は何を言っているのか」と呆れる投稿もみられた。市民の実感に近い意見といえるのではないか。
担当部署である市農業企画課は今回の緊急銃猟についてどのように受け止めているのか。担当者はこのようにコメントする。
「市では昨年9月、10月と緊急銃猟になった場合を想定した訓練を実施していたが、いずれもクマの出没が多い河川敷で行われたもので、今回のような住宅街の工場内で、実弾の使用が制限される環境は全く想定していませんでした。市にとって初の緊急銃猟でしたが、複合的な要因が重なり捕獲には至りませんでした。広報に関してもLINE公式アカウントで発信していましたが、今後さまざまな方法を検討していきたいと思います」
出没リスクが高い地区

福島市西部では従来、佐原地区の開拓パイロット事業跡地や高湯温泉がある町庭坂地区など、吾妻山近くの山あいの地域でクマが目撃されていた。だが、近年は市街地寄りのエリアや川沿いなどで多く出没するようになっている。
福島市西部には市街化を抑制する「市街化調整区域」が広がっており、耕作放棄地となって、雑草が生い茂っている場所も少なくない。畑や雑木林など自然が多いのも特徴だ。クマ被害の舞台となった笹木野地区はまさにそうした環境で、クマの通り道になりやすい川(北側の松川と南側の荒川)に挟まれている。
クマにとっては山側から身を隠しつつ、移動しやすい「ハイウェイ」のような通路になっているのかもしれない。偶然かもしれないが、今年クマが出没しているエリアをチェックすると、市街化区域と市街化調整区域の境界線周辺が多かった。福島市西部のクマ出没リスクは今後も高いと考えるべきだろう。
クマは木の実や果物が好物で、秋はクリやカキの木に引き寄せられて人里に現れる。移動時は川沿いを好み、雑草に身を隠しながら移動する。クマ出没を防ぐには、空き家管理の徹底や耕作放棄地の草刈りなどを徹底して荒廃化を防ぎ、クリやカキの木の収穫を速やかに済ませるようにするなど、地域住民が協力して誘因要素を地道に潰していくしかない。
ひとたびクマが出没すれば周辺で予定されているイベントは中止になるし、クマを警戒して釣りや登山、キャンプなどを控える動きも見られる。自治体が徹底した対策を講じる姿勢を見せなければ、経済活動にも影響を及ぼし得るということだ。
記者会見で馬場市長は緊急銃猟での現場対応や監視体制の在り方、情報について、関係機関と協議して検証・見直しするとともに、情報発信の遅れに関しても分析して改善する方針を示した。
同様の意見交換会は4月8日に緊急銃猟でクマを捕獲した郡山市でも開催しており、「市街地やコンクリートの構造物がある場所は跳弾の危険性があるので発砲できない」、「定期的に情報共有会議を実施し、役割分担を明確化しておく」などの課題が示されたという。
今年は都市部の市街地にクマが現れるケースが目立つ。郡山市のケースに加え、4月19日に仙台市青葉区木町通に出没。6月7日には宇都宮市中心部の宇都宮オリオン通り商店街で目撃されたが、いずれもその後に捕獲されたので住民の安全確保につながった。一方、福島市では捕獲に至らず逃走を許した。初の緊急銃猟とはいえ、事前想定や関係機関との連携、情報発信の在り方など、あらためて検証する必要がある。

























