Uターンジャーナリストが見る福島 【第4回】夫婦の氏

斎藤美幸 さいとう・みゆき
福島市唯一の造り酒屋金水晶酒造株式会社4代目蔵元取締役会長。Uターンジャーナリストとして内外の視点から情報発信している。元フジテレビ・福島テレビ記者。
日本の法律婚は夫婦同姓
日本は結婚で夫婦同姓と民法で決まっているが、さまざまな不便を感じている人がいる。兄弟姉妹のいない一人娘の私は人生の中盤を過ぎた。選択的夫婦別姓の審議が進まない一方で旧姓の通称使用は進んでいる。法律や社会の意識と私の人生はどのように連動してきたのだろう。
法人登記は旧姓OK 先代の名を諦めないで
私の戸籍名が「中島美幸」であったことを知る人は、ママ友と保険証を見る病院関係者が主で、仕事関係者は少ないかもしれない。
旧姓の斎藤美幸で仕事をした福島テレビを退職後、福島民友新聞に「子連れ滞米記」を連載した際は、ジャーナリスト中島美幸と名乗ったが、今また斎藤の名で仕事をしている。
2015年春、福島市唯一の造り酒屋を守りたいとUターンした際、父の会社に戸籍名で登記するものと思っていたところ、顧問税理士から「旧姓も併記できる」と聞いて驚いた。私が戻る直前の2月末に商業登記規則が改正され、婚姻前の姓も併記できるようになっていた。戸籍名の中島ではなく、父や祖父と同じ斎藤姓であれば、私が四代目蔵元であることが伝わりやすい。
こうして民法上は夫婦同姓、仕事では夫婦別姓という不思議な私が再び誕生した。今では離婚や養子縁組で名字が変わった際も旧姓を併記できるようになったそうだ。
一人娘が結婚で改姓
社会人2年目が終わろうとする平成の初め、私は大学の先輩で当時大学院生だった今の夫と結婚した。学生結婚でも私が働くから生活は大丈夫だと思ったが、問題は相手の姓が中島だったことだ。私が改姓すると有名歌手と同じ発音になり、別人になってしまう気がした。
加えて一人娘の私が改姓したら、福島の先祖代々の墓を継げるのかという不安もあった。夫の実家は高知だ。戸籍や氏、墓の歴史、家族制度の変遷、法律や世界各国の夫婦の氏などについて本を読みあさる中、井上治代著『女の「姓(なまえ)」を返して』(創元社、1986年)に、親と姓が違うため墓石の彫り直しを求められた例や、結婚改姓によって実家の墓を思うように守れなくなった例が紹介されていた。最近流行の「墓じまい」という概念は一般的ではなく、明治民法の改正で解体されたと思っていた日本の家制度が墓にはまだ残っていた。
それなら私の姓を夫婦の氏にすればよいと考え、夫に頼んでみた。夫は長男だが妹と弟がいたので、可能性はあると思っていたが断られた。夫の父が「自分は結婚改姓で嫌な思いをしてきたので、息子には同じ思いをさせたくない」と言うのだ。
私は義父も夫も悲しませたくなかったので、自分の喪失感は自分が引き受けようと考え、中島姓で結婚することに同意した。私を産んだ後に病気をし「娘一人しか産まなかった」と陰に陽に言われてきた母に申し訳ない気持ちもあったが、夫の姓を選ぶ人がほぼ9割という社会の中で抗う力が私には無かった。
「東大女子は結婚が難しい」という俗説を信じ込んで、早く結婚したいとも思っていた。後に、東大女子は結婚できないのではなく、経済的に自立しているため不本意な結婚なら選ばない女性が多いということだと分かったのだが、当時は知る由もなかった。
ともあれ「夫婦の氏は夫の氏、でも本籍は福島市」と決め、1990年、結婚生活がスタートした。
フジテレビ報道局初めての通称使用記者
その頃、NHKの久能木あゆみアナが結婚後に黒田あゆみとしたのは会社が旧姓使用を認めなかったからだという話を耳にした。
私はアナウンサーではなく記者だったが、組織上は普通のフジテレビ社員である。当時の会社には旧姓の通称使用という考え方自体がほとんど存在しなかったように思う。
思い切って人事部に
「電話を取り次いでもらえず、取材に支障が出たら困るので、旧姓で仕事をしたいのですが」
と相談すると、驚くほどあっさり認められた。「本人の希望があれば生得姓の使用を許可する」という張り紙まで出た。視聴率三冠王を連発していた当時のフジテレビには、新しいことを柔軟に取り入れる若々しさがあったように思う。私の後に結婚した記者も、多くが旧姓を使った。
時代は変わり始めた
記者や営業職だけではなく、研究者にとっても旧姓使用は切実な問題だ。論文で評価される研究者は、改姓によって別人と思われれば、積み上げてきた業績が途切れる恐れがある。私立大学が先に通称使用の整備を進め、国立大学が続いた。今では多くのところで旧姓を使える。
おそらくそうした流れの中で、冒頭の会社登記への旧姓併記も認められるようになったのだろう。
2019年には、住民票、マイナンバーカード、運転免許証への旧姓併記も可能になった。
かつては「子ども関係と保険証は中島、それ以外は斎藤」と使い分けていたが、今はどちらの姓で申し込んだのか自分で忘れる年齢になってきた。どちらでも本人確認ができるのはありがたい。
担当は高市早苗総務大臣
驚いたのは、この改革が当時の総務大臣であった高市早苗氏のもとで実現したことだった。
1996年に法制審議会が選択的夫婦別姓導入を答申して以来、大反対して止めてきた一人が高市氏だと思っていたのに、すばらしい早業。推測だが彼女は「名を捨てて実を取ってきた」のかなと思う。
選択的夫婦別姓の実現には民法750条の改正が必要で、国会での議論と議決を経なければならない。
一方、旧姓併記は法律改正を伴わず、政令や省令の改正で済み、実現までのハードルは全く異なる。
法改正には反対派議員も多いので、もし高市氏が「別姓法案に賛成」と一度でも言っていたら今、総理大臣の座には無かったように思う。
この世を生きるには、したたかさが要る。
戸籍を旧姓に戻す
結婚35周年はサンゴ婚というそうだ。通称使用を始めた35年前は、いちいち説明が必要だったが今では経団連からも法改正を求める声が上がるようになった。時代は確実に変わった。
還暦を迎え、大学で管理職を務める夫に尋ねてみた。
「職場では通称使用で困ることはない? 管理職としてどう?」
「何もない。大丈夫だよ」
というわけで、戸籍姓を私の旧姓の斎藤にし、夫には通称使用をしてもらうことにした。細かい点で不便はたくさんあるだろうが、それは私が35年間耐えてきたこと。
夫の父はとうに亡くなり、私の父も昨年亡くなった。父に最後の親孝行ができて良かった。




)_eyecatch-185x130.jpg)




















