西会津町議会の9月定例会で、秦貞継副議長(52)に対する不信任決議が議決された。理由は、秦氏による職員へのハラスメント行為。決議に法的拘束力はなく、秦氏は副議長を続ける意向だが、本誌の取材に反省の弁を述べた。県内では、会津美里町議会や白河市議会でハラスメントが問題視され、全国の議会でも散見される。なぜ、議員によるハラスメントは起きてしまうのか。
議員が職員を威圧する構造的要因

秦貞継副議長のハラスメントが広く知られるようになったのは今年2月20日、マスコミ各社に「秦貞継議員によるハラスメントに対する告発文」と題した匿名投書が届いたことがきっかけだった。
そこには「西会津町長、議会、議員に文書を送ったが、対応する素振りが見られないため、報道各社に責任追及をお願いしたい」と次のように書かれていた。
《秦貞継議員によるハラスメントはこれまで数多くの証言により事実を確認しています。主な証言先としては、町役場農林振興課、学校教育課、商工観光課、議会事務局、道の駅よりっせ、ロータスイン、小学校、中学校等になります。内容としては、過度なプレッシャーや不快感を与える言動、態度を繰り返していたというもの。中には精神的苦痛により退職や休職を余儀なくされた職員が複数名います。このような振る舞いは、到底許すことができない愚行です》
その上で①秦氏によるハラスメントの実態調査、②秦氏の公の場での謝罪ならびに議員辞職、③町および議会におけるハラスメント防止条例の制定を求める、としている。
秦氏は1972年生まれ。議員3期目。副議長のほか議会活性化特別委員会委員長を務める。町内で空手道場「會士館」を主宰する。
投書を受け、議会は「ハラスメント実態調査及び議会ハラスメント防止条例調査特別委員会」(以下特別委員会と略)を設置。武藤道廣議員が委員長に就き、委員には伊藤一男議長を除く全10議員が就いた(西会津町議会は定数12)。
西会津町議会の構成
武藤 道廣⑧ | |
青木 照夫⑥ | |
伊藤 一男④ | 議長 |
猪俣 常三④ | |
三留 正義④ | |
秦 貞継③ | 副議長 |
荒海 正人② | |
上野恵美子② | |
小林 雅弘② | |
紫藤眞理子① | |
仲川 久人① | |
長谷川 正① |
なぜ〝当事者〟の秦氏も含まれるのかと疑問に思う人もいるかもしれないが、同委員会は特定人物のハラスメントを調査するのではなく、議員全般のハラスメントを調査するのが目的のため、秦氏も委員に就いたのだという。
翻って、秦氏とはどんな人物なのか。以下は筆者が取材で拾った声。
「空手をやっていることもあり、挨拶はとても丁寧。議場に入る際も一礼で済ませるのではなく、執行部一人ひとりに頭を下げる。しかし、いざ議論が始まりヒートアップすると、相手の意見に蓋をして自分の考えをゴリ押ししてくる」
「とにかくずっと喋っている。酒が入るともっと喋る」
「積極的に発言するし、活動的でもある。ただ行き過ぎた面があり、それがハラスメントにつながっている感は否めない」
「議会の中には秦氏の言動に嫌気を差し、他の市町村議に相談する人もいて、周辺議会でも秦氏のハラスメントは知れ渡っていた」
「外面は良くて、町民からの人気は高い。でも、職員や若手議員には高圧的で、外と内で見せる顔が全然違う」
これらのコメントだけでは秦氏のハラスメントを裏付けることにならないが、特別委員会が職員を対象に行った「町議会議員によるハラスメント行為に関する調査」で実態の一部が浮き彫りになった。同調査は正職員127人、会計年度任用職員73人、計200人を対象に3月から4月にかけて行われ、115人が回答した(回答率57・5%)。
以下、主な質問と回答を紹介していく(質問によっては答えなかった人がいたり、複数回答を求めているため、回答人数115人とは必ずしも合致しない)。
●あなたは過去10年間において議員からハラスメントを受けたことがあるか。
ある―20件
ない―91件
●あなたは過去10年間において職員が議員からハラスメントを受けているのを見たことがあるか。
ある―25件
ない―87件
●どのようなハラスメント行為があったか。
些細なミスを大声で叱責、必要以上に長時間の叱責、意に沿わない対応に恫喝―10件
威圧的・高圧的な発言、理不尽な罵倒―23件
人格を否定する発言、個人を攻撃する発言―12件
機関誌の勧誘、購読の強要―8件
過剰な資料要求―15件
●ハラスメントは誰からあったか。
現職議員―26件
元議員―7件
●ハラスメントがあった際、誰かに相談したか。
親しい同僚(同所属)―7件
上司(同所属)―8件
親しい同僚(別所属)―6件
上司(別所属)―4件
家族―6件
課内で共有―6件
●ハラスメントがあった際、どのように対応したか。
何もしなかった(我慢した、嫌だけど言えなかった)―21件
無視した―3件
それとなく嫌だということを相手に分からせるようにした―1件
事態収束のため不本意だが議員の言う通り謝罪した―1件
●ハラスメントがあった際、何もしなかったのはなぜか。
相談しても解決しないと思ったから―8件
業務に支障が出ると思ったから―15件
我慢した方がいいと思ったから―5件
職場での立場が悪くなりそうだから―11件
相手との関係が悪くなりそうだから―11件
●ハラスメント防止のために望むことは何か。
十分な調査、処分の厳格化―19件
意識改革、意識啓発、教育の実施―22件
相談しやすい窓口の設置―7件
ハラスメントに対処する体制づくり―14件
退職に追い込まれた職員

これらの調査結果から①2割前後の職員がハラスメントを受けたり見聞きしていた、②主に現職議員から威圧的、高圧的、理不尽な言動をされていた、③同僚、上司、家族に相談しても解決せず、我慢せざるを得ない状況にある――という実態が判明。④十分な調査や処分の厳格化、議員の意識改革によりハラスメントをなくしてほしい――と職員が望んでいることも分かった。
さらに9月7日付福島民友によると、公表されていない調査結果の中にはハラスメントをした議員の実名が7件記載され、退職した職員の1人は「議員からのハラスメントが退職の要因の一つ」と回答しているという。
この実名記載の多くを占めたのが秦氏だったのだ。実際、町役場関係者は「秦氏のハラスメントが原因で退職に追い込まれた職員がいる」と証言する。
「退職したのは農林振興課の某役職に就いていた職員です。農業公社の設立に当たり、秦氏から『仕事が遅い』『そんなやり方じゃダメだ』と執拗に詰め寄られていた」(町役場関係者)
アンケートに答えたのがこの元職員かどうかは分からない。ただ、議員によるハラスメントが原因で退職したのが事実とすれば、異様な職場環境と言うほかない。
周辺町村の議員からは次のような話も聞いた。
「知り合いの西会津町議から聞いた話です。特別委員会でハラスメント問題を研究する教授を招き、議員を対象とする勉強会を開いたそうです。その中で教授がハラスメントの事例を紹介すると、秦氏は『そんなことをする人がいるのか』と反応したそうですが、周りにいた議員は内心『あなたのことだよ』と思ったそうです」
ハラスメントが厄介なのは、ハラスメントをしている本人が無自覚で「自分は該当しない」と思い込んでいることだが、勉強会の一幕は秦氏の自覚の無さを物語る。
特別委員会は3月から9月にかけて6回開かれ、9月6日には前記の調査結果を受けて「議員によるハラスメントがあった」という事実関係を全会一致で議決した。議決に際しては、武藤委員長が委員一人ひとりに「議員によるハラスメントがあったことを認める、ということでよろしいですね」と念押しする場面もあったという。
全会一致は、秦氏も自らのハラスメントを認めたことを意味する。ところが、その議決から11日後(9月17日)、武藤道廣、三留正義、青木照夫、猪俣常三、上野恵美子、小林雅弘、荒海正人、紫藤眞理子の8議員が秦副議長に対する不信任案を提出し、賛成多数で可決されたものの、秦氏が「今後も職責を全うする」と発言したことから、提出議員たちは「自らのハラスメントを認めておきながら副議長を辞めないのは反省していない証拠」と憤っているのだ。
ちなみに不信任決議には、秦氏が副議長にふさわしくない理由が次のように書かれている。
《副議長は本来、議会が円滑に運営されるよう議長を補佐すべき立場であるとともに、議長が事故等あるときには、議長の職権を行使する地位にある。
(中略。特別委員会が行った議員のハラスメントに関するアンケートで)複数名の議員からと思われる事例があった中において、具体的に秦貞継副議長の行った言動が、氏名の記述を含め多くを占めている状況であった。
「ハラスメント実態調査及び議会ハラスメント防止条例調査特別委員会」は、ハラスメントの実態を調査するもので、議員への懲罰等を科するものではないが、本人を含め全会一致で議員のハラスメント行為が見受けられたことを議決した。
秦貞継副議長は、その職責と立場を十分に認識し、町民の模範となるよう行動しなければならないにもかかわらず、自身の言動により、議会に対する町民の信望を失墜させるとともに議会運営を混乱させ、また、町民の議会への不信感を抱かせたことは否定できない。今後、副議長という要職を継続することは、議会運営に多大な支障を来すものである》
少なくない職員からハラスメントをしていたと名指しされた秦副議長には、議長の代理を任せることはできないし、議会を混乱させ、町民の信望を失墜させた責任は重いと、3分の2の議員が批判しているわけ。
ちなみに秦氏の不信任決議は、当事者の秦氏と伊藤議長は採決に加わらず、提出者の前記8議員が賛成、仲川久人議員と長谷川正議員が反対した。両議員は秦氏と3人で、議会改革の実現などを目指し普段から行動を共にしているという。
反論・拒否しにくい職員
伊藤一男議長に一連の事態をどう思うか聞いた。
「公表されていないアンケートの調査結果には、ハラスメントをしていた議員として秦副議長の名前が多く挙げられるなど残念な記述がありました。不信任決議に法的拘束力はないため、議決されたからといって副議長を辞めなければならないということではありません。ただ、調査結果は秦氏本人も見ているので、そこに書かれていたことを本人がどう受け止めるかでしょう。議長としては、町民に多大な心配をおかけし、議会への不信感を抱かせたことを心からお詫びしたい」
県内では、会津美里町議会や白河市議会でハラスメントが問題視されている。
会津美里町議会では、議員による職員へのパワハラ的言動があったことを受け、職員と議員の全員を対象にアンケートを実施。その結果、議員によるハラスメント行為が複数確認された。白河市議会でも、ベテラン議員による職員へのストーカー・ハラスメント行為がマスコミに大きく報じられた。その後、両議会では議会ハラスメント防止条例の制定を目指し議論を続けている。
議員によるハラスメントは全国の議会でも散見され、国会議員でも自民党の長谷川岳参院議員(北海道選挙区)が道や札幌市などの職員に威圧的言動を繰り返していたことが発覚。首長によるハラスメントも、今話題の斎藤元彦兵庫県知事など度々世間を賑わせる。
なぜ、議員によるハラスメントは起きてしまうのか。自治体政策が専門の今井照・地方自治総合研究所特任研究員は次のように解説する。
「議員によるハラスメントが多いといっても議員の誰もがハラスメントをしているわけではないので、最大の要因は議員個人の資質に問題があることは間違いありません」
一方で、ハラスメントが起きやすい構造的要因もあるという。
「一つは、高齢男性の議員が多いことです。現在の社会的規範では、年少者や女性に対して高齢男性議員の方が『優越的な存在』であると錯覚しがちです。もう一つは、職員にとって議員は選挙で選ばれた住民の代表者なので『一目を置く存在』であることです。ただし、住民の代表者であることと議員個人の意見・感情とは、議員本人でも区別がつきにくいものです」(同)
いずれにしても、職員は議員からの無理難題な要求に反論・拒否しにくい立場にあり、それが高じてハラスメントにつながりやすいのかもしれないと今井氏は指摘する。
ならば解決策はあるのか。
「役所は一般的な法人と同様、ハラスメント対策を行うことが義務化されています。しかし、議会は単純な法人ではないので遅れているかもしれません。ハラスメント防止条例の制定をはじめ、相談体制の構築や相談者への不利益防止などにも取り組むべきでしょう。年に一度のハラスメント研修も必須です」(同)
しかし根本的な解決には、多様な人材が議員になることが最大のハラスメント防止策になるという。
「現在のようにただ議員定数を削減するばかりだと、多様な人材が議員になる機会が失われます。もし議員定数を増やせなければ、議員数程度の住民を募って議会モニターを依頼し、審議過程を見てもらって随時率直な意見を求めるなど、議会を開かれたものにしていく必要があります」(同)
秦氏が述べた反省の弁
一般財団法人地方自治研究機構によると、議会ハラスメント防止条例は今年9月現在、全国60の府県・市町村で制定され、県内では唯一、金山町議会で今年3月から施行されている。
金山町議会事務局は、条例制定の理由を次のように話す。
「昨年11月に議員の改選があり、新しい議員のもとで議会基本条例と合わせてハラスメント防止条例を制定・施行しました。ただ、議員の皆さんはこれで完璧な条例ができたとは考えておらず、議会基本条例等特別委員会を設置し、定例会ごとに勉強会を開いて必要があれば条例の見直しを行っています」
県内でこれに続くのが会津美里町議会、白河市議会、西会津町議会だが、いずれも問題が起きてから条例制定に動き出すあたりが認識の甘さを感じさせる。もっとも、地方議会は全国に約1800あるが、そのうちの3%(60議会)しか条例を施行していない点を踏まえると、ハラスメントへの意識の低さは議員全体に共通することなのだろう。
「逆に言うと、条例のない議会の方が、多くのハラスメント事案が隠れているかもしれません」(前出・今井氏)
渦中の秦氏に、自身の言動がハラスメントとされたことをどう受け止めるか聞いた。
――アンケートの結果をどのように捉えているか。
「私は声が大きいので、相手に対し自分の意図していない伝わり方になっていたかもしれない。そこは相手が不快に感じることもあっただろうし、それをハラスメントだと訴える方がいるのだとすれば、今後言動には気を付けなければならないと思
っています。ただ、厚労省がパワハラ3要件を定めているように、それに該当するようなパワハラをしたという認識はありません」
――ハラスメントは、本人が「ハラスメントじゃない」と自覚しないことが一番良くない。アンケートでああいう結果が出た以上は、今までの自分の言動は良くなかったと自覚し、改めることが大切ではないか。
「確かにおっしゃる通りです。自分ではそう思っていなくても、私の言動で相手を傷付けてしまうことがあるかもしれない。言動には今まで以上に気を付けていきたいです」
求められる真の自覚
――副議長の不信任が議決されたことはどう受け止めるか。
「結果が出た以上、真摯に受け止めるしかありません。ただ、これを直すというか、いいステージに上がれるよう努力していかなければならないと思うので、そこはこれからの姿勢や行動で不信任と議決した皆さんから信任を得られるよう頑張っていきたい」
――不信任決議に反対した仲川久人議員、長谷川正議員とはグループで活動しているそうですね。
「町民の目線に立ち、町民の声を身近で聞き、町政に届けようと同じ思いを持った議員同士で活動しています。両議員からは『初心に戻ってやっていこう』と言ってもらい、ゼロからやり直す気持ちで再スタートを切ったところです」
――2月に各所に届いた(秦氏を批判する)投書はご覧になった?
「はい」
――最初に見た時、どういう感想を持ったか。
「ショックでした。ただ、私のハラスメントの証言先として町内8カ所が書かれていたが、そのうち2カ所は、私は行っていないんです。しかも匿名なので、それが事実なのか(投書を書いた人に)確認することもできない。しかも辞職しろ、謝罪しろと書かれ、正直追い詰められたような心境になりました」
――ただ、投書をきっかけに特別委員会がつくられ、アンケートではハラスメントをしていた議員として秦氏の名前が多く書かれていた。これについてはどう思ったか。
「ショックでした。回答にどう書かれていたかは、特別委員会で口外しない決まりになっているのでお答えすることはできませんが、相手がそう思う以上は気を付けなければいけないと思っています。ただ、高圧的にこうしろと言った覚えはないんですが……」
――今後、秦氏がどう認識を改めていくかが問われているし、多くの人が秦氏の言動が本当に変わるのかを見ていくと思います。
「こういった問題が二度と起きないよう気を付けたいし、自分はこれでいいんだという慢心に陥らないよう、自分への指摘は素直に受け止めていきたいです」
反省の姿勢を見せ、目に涙を浮かべながら言動を改めることを誓った秦氏だが、時折「高圧的な言動をした覚えはない」と述べていたのは気掛かりだった。真に自覚しないと、不信任直後は大人しくしていても、ほとぼりが冷めたらハラスメントが再発する可能性が高いからだ。
「現在3期目の秦氏は町議選で2回トップ当選し、もう1回は2位当選している。それが『自分は町民から大きな信任を得ているんだ』と勘違いさせ、職員に高圧的な言動をする引き金になったのではないか」(前出・町役場関係者)
上辺だけ変わっても本質が変わらなければ、議員、職員、町民から見透かされることを秦氏は肝に銘じるべきだ。