本誌2022年10月号で、福島市松川町在住の伊藤和彦さん(仮名、70代)が県中地区の男性司法書士と福島県司法書士会(福島市)を相手取り、計380万円の損害賠償を求めて福島地裁に提訴したことを報じたが(訴状は同年9月5日付)、今年7月、伊藤さんにとって〝極めて不本意な和解〟が成立した。
「口外禁止」を命じた裁判官に罷免請求
問題の詳細は同号に譲るが、大まかに言うと伊藤さんは2018年、二本松市内に所有していた住居を大玉村の町田輝美さん(仮名)に2年間賃貸した後、売却する契約を交わし、その契約業務を県中地区の男性司法書士A氏に委託したが、A氏が町田さんに誤った法律的助言をしたため契約が破棄され、依頼者である伊藤さんの利益が損なわれた。伊藤さんは「A氏の行為は民法で禁じられている双方代理」と強く憤った。
その後、町田さんは伊藤さんから借りていた住居の滞納家賃をめぐり円満解決を図りたいとして2019年、A氏の助言を受けて県司法書士会の調停センターに調停を申し立てた。しかし、伊藤さんが調べたところ、同センターで扱える紛争の目的額はADR法で「140万円以下」と定められ、伊藤さんと町田さんの紛争額は200万円を超えていたため、同センターでは扱えないことが判明。伊藤さんは同センターに「町田さんの申し立ては受理できないのではないか」と訴えたが、聞き入れられなかったため、調停から離脱した。冒頭の訴訟は、こうした経緯を経て起こされたわけ。
提訴の前には、A氏と県司法書士会を相手取り、福島簡易裁判所に民事調停を申し立てた伊藤さん。この時、A氏は不応諾(手続き不参加)だったが、県司法書士会は誤った解釈で調停手続きを行っていたことを認め、反省や再発防止策を示した。
ただ伊藤さんは、県司法書士会が自らの非を認めたことは評価できるとしたが、和解を受け入れる気にはなれなかった。
「A氏と県司法書士会の行為により私は多大な損害を被りました。当然、その損害は正しく算定され、きちんと救済されるべきなのに、県司法書士会は原因者を処分せず、私に解決金50万円を払ってお手軽に和解しようとしました。このまま和解すれば、私が体験したADR法の不備(調停参加者が被害を受けても救済措置がない状態)は解消されず、私のような被害者が出かねない」(伊藤さん)
こうして調停は不調となり、訴訟を起こした伊藤さんだが、実は今年7月10日、和解が成立した。和解条項には①被告(県司法書士会)は原告(伊藤さん)に解決金20万円を支払う、②原告および被告らは正当な理由がある場合に「和解が成立したことにより解決した」旨説明する以外は紛争の経緯および和解の内容についてマスコミ、書籍、SNSその他いかなる方法においても一切口外しないことを約束する――と書かれていた。これ以上『政経東北』に取り上げられたくないという県司法書士会の意図が透けて見える。
ともかく和解条項に則れば、これ以上詳報することは控えなければならない。ただ、②「口外禁止」を和解条項に盛り込むことについて、伊藤さんは強く抵抗した。
「私は自分が悪いことをしたとは全く思っていない。そうした中で福島地裁は口外禁止を付けた和解を提案したわけですが、私からすれば口外禁止を認めれば『政経東北』さんをはじめマスコミに事の顛末を説明できなくなる。口外禁止で得をするのはA氏と県司法書士会だけ」(同)
伊藤さんは和解成立の当日、福島地裁に以下の対応を求める文書を提出した。
《原告は口外禁止条項は意味を持たず、本件関係者への終了報告等をしたい希望もあるので求めない。口外禁止が付くことは原告にとって生涯にわたり精神的苦痛を受け続け、負担になる》《裁判所の意向に沿った口外禁止に関し、原被告当事者間の協議割合を多くする配慮をお願いしたい。裁判所主導による口外規制等は、原告にとって、精神的苦痛等の負担を裁判所から生涯にわたり科せられることにもなる》
福島地裁が主導した口外禁止に対し、強い不満を露わにしていることが分かる。
その上で伊藤さんは、もし口外禁止を付けるのであれば、それによって生じる精神的苦痛に対し金銭を含む配慮を求めたが、福島地裁は受け入れず、前記①の通り解決金20万円で口外禁止の付いた和解が成立したのである。
不都合な事実隠し
事の顛末を口外できなくなった伊藤さんは今、訴訟が和解に至った背景には「司法従事者による結託」があったからではないかという疑いを強めている。
県司法書士会が福島簡易裁判所での調停で自らの非を認めたことは前述したが、県司法書士会は訴訟に入ると一転争う姿勢を見せた。伊藤さんは調停で反省と改善策が示されたので「訴訟になればすんなり決着(勝訴)すると思っていた」(同)。
戸惑う伊藤さんを尻目に、訴訟ではこんな出来事も起きていた。
「県司法書士会は(自らのミスを認めた)調停では地元の弁護士を代理人に立てたが、訴訟では突然、神奈川県の弁護士に変更した。さらに口頭弁論には毎回、県司法書士会と日本司法書士会の職員6~8人が傍聴に来ていた」(同)
伊藤さんはなぜ日本司法書士会が関与してきたのか不思議に思っていたが、訴訟が進むうちに、ある確信を持つようになった。
「県司法書士会は調停では自らの非を認めたが、私が和解せず提訴したことで、今度は法廷で自らの非を認めなければならなくなった。そうなれば県司法書士会は敗訴し、争いの詳細が公になる。だから県司法書士会は、それは避けたいと日本司法書士会のサポートを受け、調停から態度を一転させたんだと思う」(同)
とはいえ、いったんは自らの非を認めた以上、勝訴に持ち込むのは難しい。そこで、和解で問題を決着させると同時に、口外禁止を付けることで争いの詳細を外部に漏らさないようにしたのではないか、と伊藤さんは推測するのだ。
「要するに、私の口を封じつつ自分たちにとって不都合な事実を隠そうとしたわけです」(同)
そう言って伊藤さんは記者に1枚の紙を見せた。「福島地方裁判所委員会」(※裁判所の取り組み等を協議する組織)と書かれた紙には6月15日現在の委員11人の名前が書かれているが、その中にO氏(福島地裁部総括裁判官)、I氏(県司法書士会調停センター長)、S氏(弁護士)が入っているのを伊藤さんは見つけたのだ。
O氏は今回の訴訟の裁判官、I氏は違法な調停手続きを行った調停センターのトップ、S氏は調停で県司法書士会が自らの非を認めた際の代理人。伊藤さんからすると、被告と深い関わりのあるI氏とS氏が、仲裁する立場のO氏と別組織でつなが
っていたことになる。
3氏の関係性を知った時、伊藤さんは「本当に中立的な裁判が行われたのか」と激しく落胆したという。
「第5回口頭弁論で、福島地裁は県司法書士会が調停で自らの非を認めたにもかかわらず、突然『調停手続きに違法性は認められない』と心証開示し、同時に和解勧告を行いました。しかし、違法性はないとする根拠は一切示されなかった。そこからの福島地裁の発言は、被告側に偏向していったように感じます。挙げ句、私が望まない口外禁止が和解条項に盛り込まれた。なぜ福島地裁はこういう決着を図ろうとするのか違和感を持ったが、O裁判官と被告側の関係者が福島地方裁判所委員会で一緒に活動していることを知り『なるほど、みんな仲間だったのか』と合点がいきました」(同)
すなわち、伊藤さんの推測はこうだ。県司法書士会と日本司法書士会は司法書士の社会的信用を維持するため、穏便に事を済ませたかった。そこを福島地裁が忖度し、司法従事者にとって都合の良い口外禁止付きの和解を提案したのでは――。
だったら和解しなければよかったのではないかという意見もあると思うが、実は口外禁止をめぐっては伊藤さんのように和解成立後に不満を露わにする人も少なくない。2019年には長崎県の男性が、雇い止めをめぐる労働審判で労働審判委員会から第三者に審判内容を口外しないよう命じられ精神的苦痛を受けたとして、国に150万円の損害賠償を求めて提訴。翌年、長崎地裁は「口外禁止は原告に過大な負担を強いており、労働審判法に違反する」と指摘したのだ(審判そのものは違法と言えず、男性の請求は棄却された)。
伊藤さんが「司法従事者による結託」を疑う理由はほかにもある。
伊藤さんは2020年11月にA氏と調停センター長、21年6月には県司法書士会長に対する懲戒処分を福島地方法務局に申し立て、受理された。同法務局はその後、A氏と調停センター長への調査を県司法書士会に委嘱したが(※伊藤さんによると県司法書士会長への調査はどこが行ったか不明)、調査結果は一向に示されなかった。
伊藤さんは調査が県司法書士会に委嘱された時点で〝身内〟を厳格に調査するはずがないと落胆したが、A氏と県司法書士会を提訴すると、その1、2週間後に福島地方法務局から「懲戒には当たらない」との連絡が寄せられたというのだ。
「納得いかない」と伊藤さん
伊藤さんからすると、放置されている感のあった調査が突然「懲戒には当たらない」と結論付けられ「なぜ、このタイミングなのか」と思ったそうだが、
「懲戒処分の流れは、県司法書士会が日本司法書士会に調査結果を上げ、日本司法書士会がそれを審査した後、意見を付して法務局に報告します。つまり、ここでも司法従事者はつながっていて、両司法書士会は私に関する情報を共有していた。私が起こした訴訟に日本司法書士会が積極的に関わってきたのは、県司法書士会とのつながりがあったからだと思います」(同)
伊藤さんの推測を聞いた人の中には被害妄想と受け止める人もいるかもしれない。しかし和解の際に口外禁止を付けることに強く反発したのは事実であり、もっと言うと伊藤さんはO裁判官(前出)らが行った和解判断は「裁判官に与えられた権限の趣旨を著しく逸脱し、自由裁量を濫用した不当・違法なものだ」として、最高裁判所に裁判所法に基づく処分と不服申し立てを行っているのだ(8月10日付)。更にO裁判官に対しては、裁判官訴追委員会に下級裁判所事務処理規則に基づく罷免まで求めている(同日付)。
こうした行動を起こすくらい、伊藤さんは口外禁止付きの和解に納得していないのだ。
「私は県司法書士会の不正行為により時間、お金、労力を無駄に使わされ、描いていた人生計画を狂わされました。また、最後の砦と信じていた裁判所にも納得のいかない対応をされ、事実も口外できない最悪の結末となってしまいました。福島地裁の判断は今も納得がいかない。不服申し立てや罷免請求がどのように扱われるか分からないが、自分にできる闘いに臨みたい」(同)
県司法書士会にコメントを求めると「こちらからお答えすることは何もありません」(事務局職員)とのことだった。
伊藤さんにとっては後味の悪さばかりが残った今回のトラブル。A氏と県司法書士会は口外禁止付きの和解により争いの詳細が公にならないと安堵しているかもしれないが、同じミスをなくし、伊藤さんのような被害者を出さないように対策を尽くすことこそが重要だということを肝に銘じるべきだ。