東京電力福島第一原発事故で帰還困難区域となった大熊町図書館の解体工事現場から鉄くずを盗んだとして、窃盗の罪に問われた作業員の男4人の裁判が1月16日に地裁いわき支部であった。解体工事は環境省が発注し、鹿島建設と東急建設のJVが約51億円で落札。鉄くずを盗んだのは1次下請けの土木工事業、青田興業(大熊町)の作業員だった。4人のうち3人は秋田県出身の友人同士。別の工事でも作業員が放射線量を測定せずに物品を持ち出し、転売していた事態が明らかになり、原発被災地の無法ぶりが浮き彫りになった。
鉄くず窃盗事件
窃盗罪に問われているのはいわき市平在住の大御堂雄太(39)、高橋祐樹(38)、加瀬谷健一(40)と伊達市在住の渡辺友基(38)の4被告。大御堂氏、高橋氏、加瀬谷氏は秋田県出身で、かつて同県内の同じ建設会社で働いており友人関係だった。2017年に福島県内に移住し同じ建設会社で働き始め、青田興業には2023年春から就業した。3人は加瀬谷氏の車に乗り合わせて、いわき市の自宅から大熊町の会社に通い、そこから各自の現場に向かっていた。
大熊町図書館の解体工事は環境省が発注し、鹿島建設と東急建設のJVが約51億円で落札(落札率92%)、2022年5月に契約締結した。1次下請けの青田興業が23年2月から解体に着手していた。図書館は鉄筋コンクリート造りで、4人は同年5月に6回にわたり、ここから鉄くずを盗んだ。環境省は関係した3社を昨年12月11日まで6週間の指名停止にした。
建物は原発事故で放射能汚染されており、鉄くずは放射性廃棄物扱いとなっている。放射性物質汚染対処特別措置法に基づき、持ち出すには汚染状態を測定しなければならず、処分場所も指定されている。作業員が盗んで売却したのは言うまでもなく犯罪だが、汚染の可能性がある物を持ち出し流通・拡散させたことがより悪質性を高めた。
その後、帰還困難区域で作業員による廃棄物持ち出しが次々と明らかになる。大熊町内で西松建設が受注したホームセンター解体現場では、商品の自転車が無断で持ち出されたり設備の配管が盗まれたりした。(放射性)廃棄物の自転車が転売されているという通報を受け同社が調査したところ、2次下請け業者が「作業員が知り合いの子にあげるため、子ども用の自転車2台を持ち出した」と回答したという(2023年10月28日付朝日新聞より)。
大熊町図書館の鉄くず窃盗事件は、複数人による犯罪だったこと、作業員たちが転売で得た金額が100万円と高額だったため逮捕・起訴された。裁判で明らかになった犯行の経緯は次の通り。
高橋氏(勧誘役)と加瀬谷氏(運搬役)は2023年4月末から大熊町の商業施設の解体工事現場で作業をしていた。青田興業が担う図書館の解体工事が遅れていたため、5月初旬から渡辺氏が現場に入り手伝うようになった。そのころ、大御堂氏(計画者)はまだ商業施設の現場にいたが、図書館の解体工事にも出入り。そこで鉄くずを入れたコンテナを外に運び出す方法を考えた。4人は犯行動機を問われ、「パチンコなどのギャンブルや生活費のために金が欲しかった」と取り調べや法廷で答えている。
大御堂氏が犯行を計画、同じ秋田県出身の高橋氏と加瀬谷氏を誘う。最初の犯行は5月12、13日にかけて2回に分け、同郷の3人で約7㌧の鉄くずを運び出した。コンテナに入れてアームロール車(写真参照)で運び出す必要があり、操作・運搬は加瀬谷氏の仕事だった。高橋氏は通常通り仕事を続け、異変がないか見張った。鉄くずは南相馬市の廃品回収業者に持ち込み、現金30万円余りに換えた。大御堂氏が分配し、自身と高橋氏が12万5000円、加瀬谷が5万円ほど受け取った。
味をしめて5月下旬にまた犯行を考えた。高橋氏は渡辺氏が過去に別の窃盗罪で検挙されていることを知り、犯行に誘った。同25~27日ごろに同じ方法で約14㌧を4回に分けて盗み、今度は浪江町の回収業者に持ち込み70万円余りで売った。
発覚は時間の問題だった。7月下旬に青田興業の協力会社から同社に「作業員が鉄くずを盗んで売っていたのではないか」と通報があった。確認すると4人が認めたため元請けの鹿島建設東北支店に報告。警察に被害を通報し、昨年10月25日に4人は逮捕された。青田興業は9月末付で4人を解雇した。
4人は大熊町の所有物である図書館の鉄筋部分に当たる鉄くずを盗み、100万円に換金した。しかも、その鉄くずは放射能汚染の検査をしておらず、リサイクルされ市場に拡散してしまった(環境省は「放射線量は人体に影響のないレベル」と判断)。4人は二重に過ちを犯したことになる。元請けJV代表の鹿島建設は面目を潰され、地元の青田興業も苦しい立場に置かれている。だが、被告側の証人として出廷した青田興業社長は4人を再雇用する方針を示した。
「もう一度会社で教育し、犯した罪に向き合ってほしい。会社の信用を少しずつ回復させたい」
検察官から「大変温情的ですね。会社も打撃を受けているのに許せるのですか」と質問が飛ぶと、
「盗みを知った時は怒りを覚えました。確かに会社は指名停止を受け大打撃を受けました。元請けにも町にも環境省にも迷惑を掛けた。でも今見放したら、この4人を雇ってくれる人はどこにもいないでしょう」
監視カメラが張り巡らされる未来
鉄くず窃盗事件は、数ある解体工事の過程で起こった盗みの一部に過ぎない。鉄くずは重機を使わなければ運び出せず、1人では不可能。本来、複数人で作業をしていれば互いが監視役を果たせるはずだが、実行した4人のうち3人は、同郷で以前も同じ職場にいた期間が長かったため共謀して盗む方向に気持ちが動いた。作業員同士が協力しなければ実現しなかった犯罪で、そのような環境をつくった点では青田興業にも責任はあるだろう。4人を再雇用する場合、同じ空間で作業する場面がないように隔離する必要がある。
原発被災地域で除染作業に携わった経験を持つある土木業経営者は、監視の目が届かない被災地の問題をこう指摘する。
「帰還が進まず人の目が及ばない地域なので、盗む気があれば誰もが簡単にできる。窃盗集団とみられる者が太陽光発電のパネルを盗んだ例もあった。防ぐには監視カメラを張り巡らせて、『見ているぞ』とメッセージを与え続けるしかないのではないか。もっとも、そのカメラを盗む窃盗団もいるので、イタチごっこに終わる懸念もある」
原発被災地域では監視の目を強めているが、パトロールに当たっていた警察官が常習的に下着泥棒を行っていたり、民間の戸別巡回員が無断で民有地に侵入し柿や栗を盗んだりする事件も起きている。人間の規範意識の高さをあまり当てにしてはいけない事例で、今後、監視カメラの設置がより進むだろう。