県議選、市町村長選、市町村議選が無投票となる「トリプル無投票」。県内自治体の過去4年間の状況を調べたところ、5町村が該当した。本稿ではその一つ、棚倉町の事例を取り上げる。
背景に人口減少と議員成り手不足
2023年6月5日付の朝日新聞に「トリプル無投票全国16町村」という記事が掲載された。同年春の統一地方選で、住民の代表者を決める3つの選挙(道県議選、町村長選、町村議選)が無投票となる「トリプル無投票」が16町村で起きていたことを報じる内容。
トリプル無投票は有権者が票を投じて審判する機会が続けて失われていることを意味する。朝日新聞によると、統一選でのトリプル無投票は2015年が5町村、2019年が6町村で確認されたが、2023年は倍以上に増えていた。
福島県の市町村は該当していなかったが、県内でも無投票で決まる選挙をよく目にする。統一地方選に限定せず、前出・3つの選挙が無投票となった県内市町村をカウントしたところ、三春町、小野町、棚倉町、矢祭町、川内村の5町村がトリプル無投票となっていた。そのうち小野町と川内村の議員選挙は定員割れとなり、川内村は昨年4月に、小野町は今年3月に再選挙が行われた。なお、小野町議選の再選挙に関しては80頁の記事で詳報している。
本誌が注目したのが棚倉町の事例だ。人口1万2747人(3月1日現在)で、棚倉土木事務所、県南農林事務所森林林業部、棚倉簡易裁判所などの出先機関のほか、商業施設が立地する東白川郡の中心地であるにもかかわらず、トリプル無投票となったためだ。
棚倉町議選は2023年12月に告示され、定数14に対し14人が立候補。選挙戦を経ることなく当選を果たした。同町議選の無投票は1999年以来24年ぶり。
当初、多くの新人が立候補を模索しており、立候補予定者説明会には定数を3人上回る17人が出席した。ところが複数の新人が最終的に立候補を取りやめた。新人立候補予定者の一人は大竹盛栄町議(2期目)と同級生で同じ地域に住んでいたが、最終的に立候補を見合わせたため、大竹町議が無投票当選を画策したのではないかと疑う声も出ていた。大竹町議にコメントを求めると「そんな意図はなかった。(新人立候補予定者の一人は)知名度も低く、どぶ板選挙を戦うには準備不足に思えたので、率直に『4年後に挑戦した方が当選の確率が上がる』とアドバイスした。それだけです」と話した。
2024年9月に行われた棚倉町長戦では、新人で東白川郡選出の県議だった宮川政夫氏が立候補し、こちらも無投票で当選した。
宮川氏は棚倉町議3期を経て2015年11月の県議選で初当選。2012年には町長選に立候補し、当時現職の湯座一平氏と新人同士の一騎打ちとなり26票差で落選した。
湯座氏が3期を終えるタイミングで満を持して県議を辞職し、無所属で立候補したが、当時現職の湯座氏は突如引退を表明した。背景には後援会など支持者とのコミュニケーションが密でなく、はしごを外された形になったことがある。
結局、ほかに立候補者はなく、選挙戦を通じた対立候補との政策論争は行われなかった。
宮川氏が県議を辞職し、空いた枠には、宮川氏の後継である自民党新人・金澤拓哉氏が入り無投票で初当選を決めた。金澤氏は棚倉町出身。通信機器メーカーや保険会社に勤務し、棚倉町教育委員会の委員を歴任している。
宮川氏にコメントを求めたところ、「私は基本的に選挙をやるべきというスタンスなので、選挙で無投票が続いているのは残念」と語った。
「選挙は政策論争や現職の政策を検証する機会であり、有権者が持っている1票を投じる貴重な機会でもある。私が最初に町長選に立候補したのも、無投票で情勢が固まりつつある中、『声なき声を拾い上げるべき』と考えたからでした。影響力を持っている人が固定化し、選挙をしなくてもいいという雰囲気が生まれるのは望ましいことではないので、若い人がどんどん立候補すべき」
候補者探しだけで一苦労
一方で、宮川氏は「県議の後釜探しに加え、町議選でも多くの人に立候補してもらいたいと思い、さまざまな人に声をかけましたが、なかなか苦戦しました。成り手不足であることを実感しました」と語る。
特に県議選の後釜探しは難航しギリギリのところで金澤氏に決まったという経緯があったと言われている。バタバタと決まったので、東白川郡内の自民党関係者からはこんな不満の声も。
「宮川さんの後釜となる県議選立候補者を探す際、3町村の自民党関係者には声がかからず、事後報告のような形で終わってしまった。東白川郡全体を代表する立場なので、もっと広く意見を聞くべきではなかったか。もっと言えば、東白川郡は人口減少・地域経済縮小が深刻なエリアなのだから、政治経験ゼロの新人(金澤氏)より行動力がある議員経験者についてほしかった」
逆に、別の自民党関係者からはこんな声も聞かれた。
「県議選立候補者などについて本部に打診すると、どんなに優秀で政治や地域課題解決に関心がある人でも『若い候補者が望ましい』と言われて断念することがある。深刻な成り手不足なのだから、もう少し柔軟な姿勢が必要ではないか」
政治家にふさわしい人に住民の代表になってほしいが、条件を狭めると立候補者が少なくなる。人口減少地域の悩ましい現状と言えよう。
拓殖大学政経学部の河村和徳教授は、トリプル無投票について次のように語る。
「人口減少・少子高齢化、産業振興など地方自治体が直面している課題は多岐にわたり、どれも一朝一夕には解決できないものばかりです。にもかかわらず、首長や議員を見る目は厳しく、多額の報酬を受け取れるわけでもない。選挙に立候補したいという人が減り、無投票になるのは自然な流れです。成り手不足に伴い定数を減らすと、議員になることへのハードルはさらに上がり、政治への距離はより遠くなる。こうした流れは棚倉町だけでなく、県全体に広がっていくと考えられます」
棚倉町と同じくトリプル無投票になった矢祭町のある年配の経済人は「東白川郡においては、成り手不足というより、有権者にとって政治が遠い話になり、『首長や議員は特定の人が就くもの。自分たちには影響がない』と考えているのが大きいと思う。若い世代にそういう風に考えさせたのだとしたら、われわれの世代に責任がある」と述べた。
民主主義の機能不全を示す「トリプル無投票」。棚倉町民からは「国政選挙以外、しばらく選挙で投票していない。こうした状況が健全とは思えない」と危惧する声も聞かれる。解消していくためには、まずこうした現状を共有し、有権者も問題意識を持っていくことが必要となる。