只見町で食品スーパー・ブイチェーン只見店を経営していた三瓶政夫さんが、店舗を別の運営会社に売却し、引退することになった。平成23年新潟・福島豪雨で被害を受けてもすぐに店を再開し、地域の生活を支え続けた。50年以上に及ぶ経営の思い出を聞いた。
豪雨災害で水没も地域のため再開
只見町の中心部に「ブイチェーン只見店」というスーパーマーケットがある。川の近くに立地し、2011年に発生した「平成23年新潟・福島豪雨」で大きな被害を受けたが、店主の三瓶政夫さんが復旧させた。その被害状況について、本誌2012年4月号に掲載した。
その三瓶さんが8月末で店を閉めるという。
「もともとは65歳で辞めるつもりだったが、水害に遭ってから必死で店を大きくしてきた。ようやくひと段落したので、ブイチェーン本部に『引退したいので経営をそのまま引き継いでくれる人を紹介してくれないか』とお願いしたのです」
同町朝日地区出身。若松商業高校卒の75歳。50年以上前に実家の商店を継ぎ、友人からの紹介で現在の場所にブイチェーンをオープンした。
地域の人に少しでも新鮮な食材を届けたいと新潟県魚沼市や郡山市の市場まで出かけ、新鮮で珍しい魚や野菜を仕入れた。提案型の売り場は顧客から広く支持され、売り上げを伸ばした。
そうした中で遭遇したのが、「平成23年新潟・福島豪雨」だった。当日、増水を警戒し買い物客に少し早めに帰ってもらっていたが、そこに川から氾濫した水が一気に押し寄せ、閉店作業を進めていた三瓶さんは命からがら店外に脱出した。店は水没し、商品や機械などがすべて使い物にならなくなった。
ただ、三瓶さんは地域の人の生活を守るために復旧を決意。付き合いがあった郡山市の市場関係者などが駆けつけて、片付けを手伝ってくれた。安い中古機械などを買い集めて、何とか営業再開にこぎつけた。その後も「意気消沈する町内の事業者を勇気づけるため先頭に立って復興させなければ」と考え、3期にわたり店舗拡張工事を行った。
三瓶さんが納得いかないのは、こうした民間の動きを支援する姿勢が町などに見えなかったことだ。
豪雨災害後、只見川沿いにダムを設置している東北電力と電源開発は県に10億円ずつ寄付。「只見川流域豪雨災害復興基金」が設けられ、被災町村に分配された。只見町には9億円が入ったが、基金の目的は被災者の住宅の新築・改築・修繕や、自治体の産業復興支援事業などに固定され、被災した事業者や住宅を建て直す予定のない高齢者などは支援を受けられなかった。
町内の水害被害者が国、県、町、電源開発などに損害賠償を求める裁判を提起したが、中心人物の死去などが重なり、和解で終わった。一部事業者らは支援格差を訴え、町に支援金の支払いを要求し、只見区長にも要望書を提出したが、「裁判を起こしてすでに和解している」ことなどを理由に要望には沿えないと拒否された。
「地域のためにやってきたのに、周囲はそう思ってくれなかったのかと落胆しました」(三瓶さん)
店舗の経営を引き継ぐのは他町村でブイチェーンを展開する会社で、社員もそのまま移る。「引退する身なので、顔写真はいいよ。勘弁してくれ」と笑う三瓶さん。雪深く物流が不便な奥地で約50年、地域のことを思い経営してきた熱い気持ちは今後も店に残り続ける。