共同通信の記者がニュース配信先であり「お客様」でもある地方紙を批判することは、事実に基づいた真っ当な論評であっても許されない。よって、懲罰的な異動は妥当――。
共同通信が地方紙の怒りを鎮めるために記者に加えた見せしめを追認する判決が出た。根本には、広告や事業収入などで地方紙が地方自治体に依存する構造、そして地方紙が出資者であるがゆえに共同通信に及ぼす強い影響力といったお金の問題が横たわる。
原告は元共同通信記者の石川陽一氏。長崎市の私立高校で起こったいじめ問題を取材して「いじめの聖域」(文藝春秋、2022年刊)を執筆した。本誌2025年9月号にも寄稿している。石川氏は自著に長崎県の地元紙長崎新聞を批判する一章を載せたために、社外執筆許可を取り消され、記者職を外された。不当だとして、2023年に共同通信に損害賠償を求めて提訴し、今年2月20日に東京地裁(大澤多香子裁判長)は請求を棄却した。石川氏は控訴する意向を示した。
著書の中で、石川氏は学校がいじめによる自殺を「突然死」として扱おうとしたことや長崎県も追認した態度を問題視。そのうえで、地元紙長崎新聞がこの問題を積極的に報じなかったことを「黙殺」と表現し、県を擁護したことを批判。怒った長崎新聞が共同通信に抗議した結果、同社が長崎新聞を慮り、「取材せずに一方的に相手を非難した」「記者として不適格」として異動させた。共同通信は地方紙などが出資する一般社団法人で、理事はその社長らが兼ねる。地方紙には頭が上がらない。
裁判で共同通信は石川氏の執筆内容に誤りはなく、長崎新聞の見解を尋ねず論評したことを「不適切な取材」としていた。原告側は共同通信が首相や俳優を批判する際に当人の見解を取材しなかった点を反証に挙げたが、裁判所は受け入れなかった。
この問題の本質は、長崎県に忖度した長崎新聞を石川氏が批判し、図星を突かれた同紙が出資者の威光を振りかざし、共同通信を介して石川氏に落とし前を付けさせた点にある。執筆者である石川氏個人や版元である文藝春秋ではなく、優位に立てる共同通信に抗議した点がポイント。県→地元紙→共同通信の順に金銭の流れと共に忖度があるのは福島県も無縁ではない。

























