
金髪にして気づく
数年前のある日のこと、私は金髪にして会社に行きました。
私はもともと黒髪のワンレン、ロングヘア、前髪なしという髪型でした。花柄のワンピースやパンプスなどを好んで着用しており、「強さ」はありつつも、基本的にはコンサバティブな服装をしていました。そういうファッションが好き、というよりは、顔つきや体型からそういうファッションが「似合う」とされていたので、していた、という感じです。
ただ、ある時、人事面談で、今期の成果について問われ、上司や社長からちょっとした嫌味を言われてしまったのです。もちろん私にも至らない点は数々あったと思います。とはいえ、当時の私は、すでに多忙を極め、毎日サービス残業に追われていました。「もう少し頑張りを認めてくれてもいいのに」という、ムシャクシャした気持ちが立ち上がってきました。そこで、私は美容室に行って、ブロンドのボブカットにしてもらうことに決めました。
髪色を人工的にブロンドにするにあたっては、ブリーチを使って髪の色を抜くことになります。黒髪から金髪となると、2、3回ブリーチを繰り返すことが必要です。かなり強い薬剤なので、人によっては頭皮に痛みを感じることがあります。私の場合は、痛みはなかったのですが、頭皮が熱くなるのを感じました。
そして脱色した髪に、カラーリングをしていきます。黒髪を脱色しても、多くの場合、黄色が強く残ってしまうので、反対色の紫色などを乗せて、黄味を抑えることで「おしゃれな」ブロンドに仕上がります。さらにカットなどの時間を含めると、5、6時間は作業に必要です。半日がかり。美容師さんも私も、終わる頃にはへとへとです。
そのようにして仕上がった金髪で、週明け、会社に行きました。社長と目が合うと、少し動揺した様子で、「な、何かあったの?」と聞かれます。私は「なんかムシャクシャして」と言うと、社長は目を逸らして「ムシャクシャって……」とぶつくさ言いながら、どこかへ行ってしまいました。
日本では、長らく「黒髪」こそが「まとも」な髪色とされてきました。明文化されているか否かにかかわらず、髪色についての職務規定がある職場も少なくありません。私の母校の中学校・高校では、生まれつき髪色が「明るすぎる」とされる生徒に「地毛証明書」を提出させるという風習がありました。保護者に一筆書かせた上で、小さい頃の写真などを添付させます。私の母校には、ひとつ上の学年に外国人のルーツを持つ生まれつきブロンドの生徒もいました。
こうした校則などは深刻な問題を引き起こすこともあります。2017年には、生まれつき茶色い髪を黒く染めるよう何度も指導され精神的な苦痛を受けたとして、大阪の女子高校生が訴訟を提起しました。生徒は指導に応じていましたが、色が戻るたびに染め直すよう繰り返し指示されました。後に、黒染めが不十分だとして授業への出席や修学旅行への参加を禁じられ、不登校になってしまいました。訴訟をきっかけに、ほかの多くの学校でも、下着の色の指定があり、女子生徒が男性教員に下着を確認された、防寒具の使用や水分補給を禁止されているなど「問題校則(ブラック校則)」が存在している、として社会問題化しました。訴訟では、髪を黒染めすべきという校則自体の違法性は認められなかったものの、文科省が校則の積極的な見直しを求める事態に発展しました。
たかが髪色ひとつとっても、日本社会の反応は大変なものです。社長は動揺するし、強迫的な指導を繰り返した教師は、一人の生徒の学生生活を奪ってしまいました。また、金髪にしてから街を歩くと、私はとある変化に気が付きました。コンビニや駅のエスカレーターの列に並んでいる時に、横入りされる確率がぐっと減ったのです。というか、金髪にするまで私は、ふだん自分が横入りされていることすら、あまり意識していませんでした。ある日、駅のエスカレーターに並ぼうとして、横並びの人に「どうぞ」と譲ってもらった時に、あれ、珍しいな、と思ったのです。しかし、その日以来、そういうことがスーパーやコンビニでも続きました。どうやら金髪がおそれられているのです。
柚木麻子さんの『BUTTER』という小説があります。実際に起きた首都圏連続不審死事件(木嶋佳苗事件)をモチーフにした小説で、男性の金と命を奪ったとされる女性・梶井真奈子と、彼女に取材する週刊誌記者・町田里佳を描いた長編小説です。イギリスのミステリー小説に贈られる世界最高峰の文学賞「ダガー賞」の翻訳部門にノミネートされたことでも話題になりました。
この小説では、殺人の容疑で勾留中で、フェミニストとマーガリンを嫌悪する梶井真奈子(通称「カジマナ」)が、取材に来た里佳に対して、料理の話をするなら話し相手になってもいい、「本物」を食べてどんな感想を抱いたのか聞かせろ、と持ちかけるところから物語が始まります。初めはエシレの有塩バターを使ったバター醤油ご飯、たらこパスタ、ウエストのクリスマスケーキ、ジョエル・ロブションのコース、セックス後の塩バターラーメン……。美食に触れるうちに欲望が解放されていき、ひとよりずっと瘦せていた里佳は、だんだん太っていきます。すると、里佳のパートナーや親友、同僚が動揺し、ダイエットを強要するような発言をし始めます。そうして里佳の周りに広がった波紋が、事態を思いがけない方向へ転がし始めるのです。
『BUTTER』に潜む皮肉
『BUTTER』はサスペンスの形式をとってはいますが、内実は皮肉のきいたブラックコメディだと、私は思います。スレンダーな女性がBMIの数値上は「標準」とされる体型になっただけで動揺し、あれやこれやとお節介をし始める周囲の人たち。確かに絶世の美女とはいえないかもしれないが、どこにでもいそうな30代半ばの女性が、多くの男性を手玉に取り、その結果、男性たちが次々と不審死したことをセンセーショナルに報道するマスメディア。社会に埋め込まれた「まとも」さへのこだわりを内面化した人々が、次々と翻弄されている姿は、見た目の画一性に固執する日本社会を批判的に描き出しています。
先日、私が電車で座席に座って俯いていると、前に立っている人から足を踏まれました。そうしたこともあるだろうと、最初は気にかけていなかったのですが、うとうととしていると、また足を踏まれました。不可解に思って足をどかして薄目を開くと、どうやら目の前の40、50代の男性はゆっくりと私の足ににじり寄って、わざと踏んでいたのです。「ぶつかりおじさん」ならぬ「足踏みおじさん」。そういえば私は黒髪に戻してから、再び列に横入りされる生活に戻っていました。しかも、健康診断で懸念を示されてから、食生活を改善して少し痩せていました。「足踏みおじさん」はこちらが抗議したとしてもギリギリ「気のせいでしょ」と言い逃れできるようなかたちで加害をしてくる小心者です。人を選んで被害者を見繕っているように思えてなりません。もしかして、舐められている。
今の私には再びブリーチをして、傷んだ髪のケアを続ける気力がちょっと足らないような気がします。でも、ブリーチをしなくても済むような「赤色」にするなんてどうだろうか、とその日から考え始めるようになりました。






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