夜は明けるのか

伊藤江梨 いとう・えり
1984年1月生まれ。安積黎明高、大阪大卒。共同通信社記者を経て、税理士に転身し、2017年4月に暁経営会計を開業。家業の建設会社を継承し、2020年に同名の株式会社として再出発を果たした。東北税理士会福島県支部連合会広報部長などさまざまな団体の要職を務めている。事実婚で2児の母。
スイスで人口増加を制限しようという国民投票が行われ、否決されたらしい。反対派の主張の中に「日本のようになりたいのか」とのフレーズが。美しい国スイス、日本から最も遠い国の一つになってしまった。日本では500円のビッグマックがスイスでは日本円で1400円。円安が止まらない。
日本の凋落をいよいよ目に見えて感じるようになってきた。失われた30年とその間に進んだ少子化、積みあがる国債残高。最後の決め手で、円安とコストプッシュ型のインフレ。我々は増税を拒否することで、消極的に円安・インフレを選んでしまっている。インフレ税は消費税同様、もしかしたらそれ以上に逆進性がある。仕方ない、と書きかけて、いや、凋落の40年を生きてきた身で仕方ないとは何事か、と思い直す。次世代に恥ずかしくないのか。本当に申し訳ない。
当然のように、地方の中小事業者は一層きつい。東北は人口減少も賃金水準もどこから切っても最もきつい。地方に、東北に生き延びるすべはあるのか。
福島が好き?
Uターン組なので、「福島が好きで戻ってきたんでしょう?」と言われることがあるが、さて、福島が好きかと言われると、「いや、さほど」というのが正直なところ。嫌いじゃないけど、すごく好きでもない。
高校を卒業後、大阪、横浜、松山と暮らしてきて、いろんな地域をみて、改めて「福島が好き♡」となるわけでもなく、まあでもそれなりに暮らしやすく、総合的に環境が悪くないといったところだろうか。日々の暮らしに求めるものってそんなものかも。「マジでダメすぎるわ~」と言いつつそれなりに愛着がある。震災時に「もう福島県は終わった」と宣った同僚とつかみ合いになりかけて絶縁するくらいには愛着はある。
Uターンの理由
Uターンの一番の理由は、仕事をするのに環境がちょうどよかったことだろうか。「好きな場所」という意味では松山は最高だった。瀬戸内海特有の美しさや人の気質、街の雰囲気、いいところはたくさんあげられるが、地縁が強く、そこに根を下ろして生涯を暮らすにはアドバンテージがなかった。
地元には良くも悪くも地縁がある。名門校の「卒業●期生」のような縁はないが、「よく帰ってきたね」となんとなく歓迎してもらえて仕事をもらえる。その割には郡山あたりだとそれなりに人の流入・流出があり、一つの地縁グループに固定されることもない。上下関係も緩く、むやみに怒られない(もう少し田舎だとそうもいかないらしい)。
そして、人材が不足している。同業他社も若手難。税理士の数は増えているが、都市部に集中しており、地方ほど減少が激しく、哀しいかな競合は減るばかり。
世界に誇る東北の美徳
個人の体感として、東北には悪徳が少ない。都会の絵具に染まりすぎて、拍子抜けするぐらいだ。騙し騙され、足を引っ張ったり足を引っ張られたり、考えなくていい。取引先や同僚が自殺したりすることもさほどない。夜の街でボコボコに殴られている人をみることもない。夕方5時台にはささやかな退勤ラッシュが始まり、その後は車通りもなくなる。平和だ。世界に誇っていい。
行政などは自分に都合のよい数字や情報だけを出すこともあるが、詰めは甘くそれほど悪質ではないことが多い。それなりに指摘すれば、素直に改善しようと努力してくれる場合も多い。
東北の雄・岩手県盛岡市
今、東北の街で一番気になるのは岩手・盛岡だ。ニューヨーク・タイムズ紙の「2023年に行くべき52カ所」に選ばれ、国内外から評価が高い。風情と自然のある街並み、豊かな食文化、宮沢賢治や石川啄木を擁する文化の香り、サードウェーブ珈琲のお店が並ぶ。2025年の国勢調査(速報値)でも、東北の人口10万人以上の都市では、仙台に次いで人口減少率が低かった。人口規模に比較して繁華街も賑やかで楽しい。
足を延ばせば、私が日本で一番好きな観光地・平泉があり、野球界で世界の頂点に昇りつめた大谷翔平を輩出した自信にあふれている。こうありたいと思う姿に近い気がする。
残酷な現実
東北は美しい地域だが、東京を中心とした日本のシステムからすれば、東北など吹けば飛ぶ存在。あからさまに格付けが低い。大手のピラミッド型人事ゲームで言えば東北はハズレ扱いだ。
大学の一般教養の授業で習った「世界システム論」。イマニュエル・ウォーラーステインが提唱した歴史社会学の理論で、世界のシステムは「中核(コア)と周辺(ペリフェリ)」で成り立っているとしている。東京が中核だとすれば、福島は周辺だ。郡山が中核だとすれば、郡部は周辺だ。郡部の街場が中核だとすれば、限界集落は周辺だ。中核は周辺から資源や利益を吸い上げる。世界システムの中で搾取され、搾取しているという現実。
経済学者アマルティア・センの「貧困と飢餓」によると、過去の飢餓を研究した結果、飢餓が起きるときは、都市部ではなく農村から飢えるという。なぜなら、食料を獲得する能力が弱いから、つまり、高騰した食料を買うお金が少ないから。そんな馬鹿な。米は渡さないぞ。
知識は容赦ない。面白くもない世界の仕組みばかり明らかにする。大きなシステムを否定しようとしても、力なく飲み込まれる確率の方が高い。
今はまだ夜更け
税理士には税務署退官組の方が多数いる。輝かしき一流省庁財務省の一角。裏話を聞けば聞くほど世界はつまらない。組織の理屈に絡めとられた虚しい生き方を「そういうものだ」と飲み下すことが私にはできない。仕方ないと許しがたいの狭間で、どこまで戦えるのか。本当に夜は明けるのか?
本エッセイのタイトルをみた人に、「夜明け前ってひどいね~」と言われたが、感覚的にはまだ夜の11時くらい。魑魅魍魎が跋扈する丑三つ時はたぶんこれからだ。夜を超えるにはまだ戦闘力が足りない。
戦っているつもりでむやみに暴れているだけかも。心が折れそうなときは、「いつだってここから逃げ出せる」と思うようにしている。きっとどこでだって生きていける。大きな組織やシステムに押しつぶされて虚しく諦めて小さく身を守りながら生きるより、会津藩士のごとく最後まで戦って討ち死にしたい。いや、やっぱり戦った上で生き残りたい。

























