クマの市街地出没に脅かされる福島

クマの市街地出没に脅かされる福島

 クマの人的被害が東北を中心に多発している。特に山から流れる川沿いを伝って市街地に現れる例が近年の特徴で、一般市民は戦々恐々とする。クマの駆除が求められる中、動物愛護の観点から駆除に猛抗議が寄せられるなど対策の議論は過熱。クマ被害ではないのに、クマが犯人扱いされる事例も出た。野生動物の生態系に詳しい専門家と長年クマに向き合ってきた奥会津の「マタギ」に話を聞き、中庸を探った。

専門家とマタギに聞く根本解決策

ツキノワグマ
ツキノワグマ

 クマが人を襲う件数が過去最悪を記録している。全国の被害者数は2023年度は11月末時点の暫定値で212人。国が統計を取り始めて以降、最多を記録した20年度の158人を既に上回っている。秋田県70人、岩手県47人、福島県14人の順に多く、東北6県で全体の3分の2を占める。

 本州に生息するのはツキノワグマだ。全長は1㍍10㌢~1㍍50㌢ほど。福島県では奥羽山脈が連なり標高の高い山間地が多い会津地方で人前への出没が多かった。ここ最近は会津若松市街地でも頻繁に目撃され、2年連続して鶴ヶ城公園に出没するなど、県内でも都市部に現れ人前に出ることを怖がらないアーバン・ベアが恒常化しつつある。

 昨年11月1日に市街地の旭町で発生した事件は、人間のクマへの恐怖を象徴するものだった。

 《1日朝、福島県会津若松市の市街地で頭などをけがした高齢の女性が倒れているのが見つかり、その後、搬送先の病院で死亡しました。

 市と警察は、怪我の状況などからクマに襲われた可能性があるとみて住民に注意を呼びかけています。(中略)市と警察によりますと、女性の頭や顔には何かでひっかかれたような大きな傷があるということで、付近での目撃情報はないということですが、クマに襲われた可能性があるということです》(11月1日午前11時3分配信、NHKニュースWEB)

 現場は住宅街で近くには小学校があり、安全性の観点から「犯人」をクマとみて注意喚起していた。だがのちに、人間が運転した車によるひき逃げと分かった。

 発生から1日立った11月2日の福島民報は「ひき逃げか88歳死亡 熊襲撃?から一転 複数の傷や血痕」と報じた。《会津若松署が死亡ひき逃げ容疑事件を視野に捜査を進めている。同署は当初、女性の顔にある傷痕などから、熊に襲われた可能性もあるとみて捜査に入った。正午ごろにかけ、署員や市職員が周囲の現場を捜索したが熊の発見には至らなかった》(同紙より抜粋。原文では女性は実名)。

 クマの被害に脅かされているのは会津だけではない。昨年は浜通りにはいないとされたツキノワグマがいわき市で相次いで目撃された。ただし海岸近くで目撃情報があったものは、のちに足跡や糞からクマとは疑わしいものもあった。

 浜通りにはクマがいないと言われてきたが、単にこれまで人前に現れなかっただけかもしれない。浜通りで目撃情報が出た要因を福島大学食農学類の望月翔太准教授(野生動物管理学)は次のように考察する。

 「阿武隈高地にはエサとなるドングリがあるのでクマはいます。10年ほど前から10件に満たない数で毎年目撃情報はありました。クマの人的被害が注目されているので通報する人が増えたのではないでしょうか。駆除が減り個体数が増えている可能性もあります」

 望月准教授によると、クマが人里に現れる原因は森のエサがクマに対して十分かどうかと関係する。ある年にはエサとなるブナやナラの実が多く実って栄養を付け、冬眠中にクマが多く生まれる。次のシーズンに個体数が増えれば、その分エサは少なくなり、エサを確保できないクマは新たなエサを求めて森を出ることになる。これが人里に現れる一因になる。特に1歳半ごろから母グマを離れ、単独で動くようになると好奇心旺盛という。

 また、ブナやナラが凶作だと、そのシーズンはエサを求めてクマが徘徊するようになる。

野生イノシシの豚熱と関連?

野生イノシシの豚熱と関連?

 山あいの集落に現れるのは分かるが、離れた市街地に現れるのはどのような理由からなのか。

 「河川沿いに植えられた河畔林を伝ってきます。草木が整備されなければ身を隠す場所になる。川は線的で、山を下ればその先の平地にある人里にたどり着きます。追い立てられてきた道を引き返すのは難しい」

 エサはどうするのか。

 「福島市内に限って言えば、5、6月頃に河川沿いのウワミズザクラが実を付けて主食となる。7月にはミズキの実がなります。8、9、10月は農作物や実ったままの柿などです。川沿いは一見食べ物が少ないように思うが、野生動物にとっては年中食べ物があると言っていい」

 エサの有無がクマの行動を決定することは分かったが、この点について望月准教授は興味深い話をする。

 「私はなぜ秋田と岩手でここまで人的被害が多いのか、福島との違いを探っています。ここからはあくまで私の仮説ですが、福島県は豚熱の影響があったのではないかと。エサの競合相手であるイノシシの数が豚熱によって抑えられたことで、クマが山林にとどまることができたという見立てです」

 ここからはあくまで仮説である。クマは木登りができ、高所のエサに利がある。イノシシは1度の出産に付き、4、5匹生まれ、クマよりも落ちた木の実を多く食べる。イノシシが増えるとクマがエサ争いに負け、人里に出るが、野生イノシシに豚熱が広まり増加が抑制されると、クマが森のエサにありつける。結果、イノシシに豚熱が流行っている地域ほどエサ争いに負けるクマは増えないので、市街地に姿を現さないのではないか。

 本誌が調べた東北6県の野生イノシシの豚熱感染状況の計測数と陽性率は表1の通り。検査数を考慮する必要があるが、秋田、岩手は野生イノシシの豚熱陽性率が低い。イノシシの数は維持されているとみられ、表2のクマによる人的被害と比べると関連しているように見える。

表1:東北6県の野生イノシシの豚熱感染の累計

陽性(頭)検査頭数(頭)陽性率計測時点
青森0470.00%2023/12/21
岩手12514198.80%2023/12/21
宮城220126217.40%2023/12/14
秋田91864.80%2023/12/21
山形158110214.30%2023/12/21
福島10386012.00%2023/12/20
出典:6県のホームページや聞き取り

表2:2023年度の東北6県のクマ人的被害

被害順位被害者数うち死亡者数全国の被害順位
青森1105位
岩手4722位
宮城30
秋田7001位
山形50
福島1403位
(11月末時点暫定値) 出典:環境省

 望月准教授が留保するように、まだ仮説の段階で検証が必要だが、森にはクマだけが生息しているわけではなく、森を出る要因に競合する野生動物やエサとなる植物との関連が無視できないのは確かだろう。

「見えないけどいる」と恐れ合う関係

クマと対峙した経験を話す猪俣さん=2022年11月撮影
クマと対峙した経験を話す猪俣さん=2022年11月撮影

 クマ被害への関心が高まり、目撃情報の通報件数も増えているが、果たしてどれくらいの人がクマの怖さを知っているのか。金山町で「マタギ」として小さいころからクマと対峙していた猪俣昭夫さん(73)に畏敬すべきクマの生態を聞いた。

 「簡単に『共生』と言いますが、クマと一緒にお茶飲みをするわけではありません。めんこいから保護するというのは勘違いです。かと言って、人への被害が増えたからと手当たり次第駆除してしまっては森の生態系を乱す。互いに『見えないけどいる』と意識しながら恐れ合う関係を維持しなければいけません」

 クマは人間の想像を超えることを軽々しくやる。15年ほど前の秋、猪俣さんが金山町の山でキノコ採りをしていた時のこと。山を分け入って進むと滝が流れる崖の下に出て、5㍍ほど先にクマが滝つぼで水遊びに興じているのを見た。10㍍ほどの崖の上には下を伺う、体長のより大きなクマが行ったり来たりしていた。

 「クマの母子だ。失敗した」

 母熊が猪俣さんに気付いた。滝つぼに落下し着水。母熊がこちらに向かってくる前に、猪俣さんは後ずさりして難を逃れた。「母熊の度胸に度肝を抜かれた」。

 身体能力は想像を絶する。滝つぼダイブを見た以前には沢でクマに遭遇した。先手を打って「コラッ!」と怒鳴ると、高さ200㍍ばかりの見通しの良い尾根筋を駆け上がっていった。手元の時計で測ると約5分要した。自分がキノコ採りをしながら尾根を上ると1時間半かかる。速さと持久力に愕然とした。

 過去には本誌2022年12月号で取材に応じてくれた猪俣さんだったが、同月に脳梗塞で入院し、現在は会津若松市内の老人介護施設でリハビリに取り組んでいるという。経過は順調で、今春には復帰できそうだ。

 猟師やマタギは山に足繁く入り獲物を取ることで、野生動物に人間の存在を知らしめ、人里に寄せ付けない役割がある。猪俣さんは会津地方でのクマの人的被害を聞き、大事な時に身体が動かない状況に悔しさを感じている。入院している病院の駐車場にクマが出没したこともあり、窓越しに気配を感じていたという。

 70代前半で、山に鉄砲を持ち入る負担は大きい。それでも後進を連れて分け入るのは森の生態系を守るマタギの全てを伝えるためだ。現在、金山町で20代が1人、いわき市から40代5人が猪俣さんのもとに通い教えを乞うている。猪俣さんは大病をしたことで、マタギ文化を継承する思いを強めたという。

 前出の望月准教授は今後の獣害対策をこう話す。

 「熟練した狩猟者に育つまでには長い時間が必要です。短期の対策では駆除が必須ですが、県、市町村、地域住民が連携し、中長期的な対策に取り組む必要があります。具体的には人里からクマのエサとなる物を取り除く。放置された柿の木の伐採などが挙げられます。うっそうとした里山は間伐を進め、日が差すようにする。クマは本来臆病で、見通しの良い空間が苦手だからです。さらに人里、緩衝地帯、クマなど野生動物が棲む場所とゾーニングを3区分し、人里にだけは入れないようにします。電気柵を効果的に設ける必要があります」

 クマと適切な距離を保つという根本解決策は、専門家とマタギで一致している。庭先の柿の木やごみの処理、空き家の管理など地域住民にもできることはたくさんある。

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