食品スーパー大手・ヨークベニマル(郡山市)の新社長に、大髙耕一路・取締役専務執行役員営業本部副部長(54)が就任した。3月1日付。創業者・故大髙善雄氏の孫で、商社で要職に就いていた経験を生かし、組織再編などに精力的に取り組んでいる。5月中旬、大髙新社長にロングインタビューを実施した。(志賀)
組織改革で「脱カリスマ」経営目指す
ヨークベニマルの前身は㈱紅丸商店で、1948(昭和23)年、郡山市中町で創業。食料品や日用品をセルフサービス方式で手に取りレジで一括精算する「スーパーマーケット」業態をいち早く採り入れて人気を集めた。1973(昭和48)年には㈱イトーヨーカ堂と業務提携し、現在の商号に変更した。
1984(昭和59)年に東京証券取引所市場第一部に上場。2006(平成18)年には株式交換によりセブン&アイ・ホールディングス(HD)の傘下に入った。現在は福島、山形、宮城、栃木、茨城の5県に248店舗(2月末現在)を出店している。
資本金99億2700万円。従業員数約1万9000人。2024年2月期の売上高4799億3100万円(前期比4・6%増)、営業利益187億0100万円(同3・8%増)で、いずれも過去最高。
社長は歴代、創業者・故大髙善雄氏をはじめ、長男・故大髙善兵衛氏、次男・故大髙善二郎氏、三男・大髙善興氏(現名誉会長)と創業家が務めてきた。2015(平成27)年に真船幸夫副社長(当時)が創業家以外から初めて社長に就任したが、今年3月に会長に退き、54歳の役員に経営のかじ取り役を任せた。
その人物こそ、大髙善興氏の長男・大髙耕一路氏だ。
「この間、全店舗に加え、デリカ工場なども回り、お取引様にもごあいさつさせていただきました。そうした中で、お客様はもちろん、従業員やそのご家族に至るまで、相当な責任を負っているということをふとした瞬間に実感します」
大髙社長は就任後の率直な感想を笑顔でこう明かす。
1969(昭和44)年11月生まれ。安積高卒。善雄氏が生前「創業者の3代目(孫世代)が会社を継いでも発展させるのは難しい。ヨークベニマルに入れるつもりはない」と話していたことを伝え聞いていた。そのため、実家を出ることをモチベーションに大学受験に臨み、慶應義塾大学法学部に進学。大手商社・伊藤忠商事に入社し、27年間にわたり食品の原料関係の仕事を担当した。海外にも3度赴任し、現地法人の副社長(シニアバイスプレジデント)と北米食料部門長を任された。しばらく帰国しない覚悟でニューヨークのオフィスで働いていたところ、日本から国際電話がかかってきた。
「突然父からヨークベニマルへの入社を促す電話がかかってきたのです。断りましたが、半年間にわたりしつこく『どうだい?』と電話をかけてきて、最後は根負けしました」
2019(平成31)年にヨークベニマルに入社後、1年間の研修を経て、堤下店(郡山市)の店長に就任。本部に新設された商品企画室でチラシの作り方を学んだ後、取締役執行役員兼郡山ゾーンマネジャー、営業本部副本部長などを歴任。5年間の準備期間を経て、満を持して社長に就任した。
社長就任に当たっては、従業員に2つのお願いをしたという。
「法令・コンプライアンスの遵守と、弊社で打ち出している基本4項目(①明るい元気な挨拶、②清潔な売場、③鮮度と味の追求、④豊富な品揃え)の徹底をお願いしました。中でもあいさつは基本中の基本であり、誰でもできることなので特に強調して伝えました」
もともと同社ではあいさつの徹底、笑顔を崩さずに握手する〝スマイル握手〟といったフレンドリーサービスに力を入れており、各店舗で研修を実施したり、習得度に応じた社内資格を設けていた。だが、コロナ禍で研修の中止を余儀なくされ、社員同士が握手をしながらあいさつをすることも控えられていた。
この状態を「ヨークベニマルにとって当たり前のことができなくなっている」と捉えていた大髙社長は、営業本部へ異動した昨年、新型コロナウイルス感染症が5類引き下げになったタイミングで、全ゾーンを回り直し、各地で店長やゾーンスタッフと会食を解禁。そこで職場の雰囲気を変える必要性を実感したため、社長就任時にあいさつの徹底を全店に向けて呼びかけた。
「笑顔で握手しながらあいさつをすれば社内の雰囲気が確実に変わる。各店舗に行った際の握手も再開し、出社した際には周りのスタッフ全員と握手しています。もちろん、コロナ禍を経て素手で握手をすることに抵抗感をお持ちの方もいるでしょうから、無理強いはしていません」
就任時のあいさつでは、創業者の思いもあらためて伝えた。行商から会社を立ち上げた創業者が唱えた「野越え山越えの精神」は、顧客への感謝と奉仕の心を表す創業精神として社内で伝え続けられている。「コロナ禍からポストコロナの正常な状態に戻るに当たり、自分がやるべきことはその精神をあらためて理解し、継承していくことだと考えた」と大髙社長は語る。
経営会議を月曜午前中に集約
創業家出身らしく原点回帰を図る一方で「脱カリスマ」を打ち出し、社内では絶対的存在である大髙善興名誉会長や真船幸夫会長に頼りすぎない組織の構築も進めている。
「カリスマの2人にお伺いを立てれば、店づくり、商品展開などあらゆる指示が出て事業をスムーズに進められる。それが当社の強みでしたが、私は生え抜きではないので同じようにはできない。そこで、本部組織内に営業本部など4つの本部を設けてそれぞれ本部長を配置し、各本部が自分で考えてから私に提案する仕組みに変更しました」
営業本部には商品事業部、販売事業部、デリカ事業部、開発室、物流事業部を設けるほか、営業本部長直轄の「営業企画室」を新設。エース級の社員を集結させ、ニューフォーマット(新たな店づくり)、サプライチェーン(供給体制構築)、サステナビリティー
(持続可能性)、ブランディング(ブランド価値の向上)といった課題に横断的に取り組んでいく。管理本部には人事、総務、教育推進、作業改善など人に関する機能を集約させた。
大髙社長が手掛ける改革はこれだけにとどまらない。
効率面を重視して、本部で行われていた各種会議をすべて月曜午前中に集約し、取締役・本部長以上の幹部クラスが参加する経営企画室主導の会議で議論することにした。少ない人数で集中的に議論し、空いた時間を有効活用するのが目的だ。
本部幹部が各店舗を定期的に視察する「トップインタビュー」は「スマイルインタビュー」という名称に変更した。店舗スタッフが緊張のあまり本音で話せなくなり、互いに笑顔がなくなるのを根本的に変えるためだ。
同社では従来、資料に説明を細かく詰め込んで各担当者に送付するスタイルだったが、ユニクロなど国内大手企業の経営者の手法を参考に、簡潔に伝える方法に見直した。
「経営方針に関わる重要なことはプレゼンテーションソフトで1行ぐらいにまとめた方が伝わりやすい。『元気なあいさつをしていますか?』、『お店をきれいにしていますか?』などのメッセージを5ページぐらいにまとめて送るようにしています。特に私は店舗運営や商品づくりに関する知識・経験が乏しいので、伝わりやすいメッセージで誰でもできることをやっていこうと呼びかけていきたいと思います」
昨年からは「7連休取得」にも挑戦している。まずは取締役・本部スタッフから取得。店舗スタッフはシフト制で休みを取っているので難しいと思われたが、一部のゾーンからは近隣の2、3店舗で「ミニゾーン」を作り、相互に支援する体制を採ったところ、96%の社員が7連休を取得できた――という成功事例が報告された。
「コロナ禍で店舗スタッフが不在となった際に助け合った経験が生きた。『牛肉のスライサー担当がいなくなる』、『発注者がいなくなる』など店舗・部門によって条件は異なるが、細かく情報交換すれば休みを取るのは難しくない。中には休みたくない社員もいるが、旅行や遊びに使うだけでなく、人間ドック受診などのきっかけにもなるし、休み期間中にサポートするスタッフのレベルアップ、各部門で連休を取ろうという意識の醸成につながるメリットがある。店長などには『7連休を取っている人を見つけたらほめてあげてください』と伝えています」
社長に就任して2カ月だが、すでにさまざまな改革に取り組んでいることが分かるだろう。
ベニマルならではの強み
ヨークベニマルならではの強みを尋ねたところ、次の3点を挙げた。
「1つ目はデリカ部門です。惣菜部門担当の100%子会社だった『ライフフーズ』と合併し、社内で製造、値付け、販売する体制が強化されました。これは競合他社と比べても大きな強みです。2つ目は店内で商品を製造するインストアのオペレーションが構築されており、どの店舗でも鮮度の良い生鮮食品の〝できたて作りたて〟商品を提供できる点です。3つ目はプライベートブランドの『セブンプレミアム』です。名誉会長が発案して開発されたものですが、現在1兆5000億円近くの売り上げにまで成長し、HD全体の売り上げ増に相当貢献している。店舗でも目立つ場所に配置され、各店舗のマネジャーも構成比を細かく把握するほど大きな存在となっています」
積極的なCSR(企業の社会的責任)活動で、地域住民の生活を支えている点も同社の特徴の一つと言えよう。食品トレーや牛乳パック、ペットボトル、段ボール、古紙などの資源物を分別・回収する「リサイクルステーション」は休日になると多くの利用者でにぎわう。
「店長時代には全店で一番リサイクルステーション管理の作業をやった自負がある。現場の負担を減らす仕組みやレイアウトも考えつつ、今後も継続していきたい。SDGs関連の担当者と友人の研究者がいるので、相談しながら取り組みを加速させていきます」
「少子」対策として子ども向けイベントや子育て支援にも注力しており、4月28日にはイトーヨーカ堂、グループ会社のテルべとの共催で「子育て応援フェスタin白河」をメガステージ白河店で開催し、多くの家族連れでにぎわった。人気の屋内遊び場「ペップキッズこおりやま」(郡山市)を設置する際には、土地・建物・設備を無償提供し、遊具等も寄付した経緯がある。
「今後も子育て支援に力を入れるのはもちろん、社員の育児休暇取得率の向上にも積極的に取り組んでいきます。夫婦で当社に勤めている方に関しては、必須で育児休暇を取れる仕組みを作りたい」
もっとも、少子高齢化、人口減少のスピードは凄まじく、本県をはじめヨークベニマルの出店エリアである5県はマーケット縮小の危機を迎えている。出店を増やすことで成長していくチェーンストアにとっては非常に厳しい環境と言えるが、大髙社長は、「今後もコストを意識しながら出店を続け、成長していく」と意気込む。
「人口が減りにくい仙台市や北関東への出店を優先して進めていきたい。一方で、当社がここまで成長できたのは出店地域の方々に育てていただいたおかげと考えているので、既存店舗に関しても老朽化・耐震対策などを講じながら引き続き営業していきます。地域の実情に合わせて電話注文宅配サービスや移動スーパー『ミニマル』、フードデリバリーを使った食品配送など、『ラストワンマイル』を考えたサービスも提供していきます」
基準に置いているのは「楽しさ」
ヨークベニマルの動向は県内のみならず、全国からも注目されている。4月にはセブン&アイHDが、スーパーストア事業を独立させ新規上場株式(IPO)を目指す方針を発表した。今後は同事業を担うヨークベニマルとイトーヨーカドーが中心となり、株主に支持される成長戦略を示していくことになる。大髙社長はセブン&アイHDの常務執行役員も兼務している。
「当社が単独で上場していた十数年前は日本のマーケットも右肩上がりで、出店も積極的に進められた。いまは真逆の時代ですが、財務体質も含め恵まれた環境で社長に就任させていただいたので、前向きに捉えて挑戦していきたいと思います」
セブン&アイHDで言えば、イトーヨーカドーが東北地方から撤退することになり、郡山店、石巻あけぼの店の撤退後の建物の運営をヨークベニマルが引き継ぐことになった。大規模な建物の老朽化・耐震対策、魅力的なテナントの誘致など、通常の店舗づくりとは勝手が違うので苦心している面があるようだ。
ちなみに4月に行われた決算会見で、真船会長はイトーヨーカドー福島店(5月6日閉店)の建物について「施設所有会社からオファーがあり条件が合えば前向きに検討したい」と話していたが、あらためて大髙社長に意見を求めたところ「会社としてはノーコメント」と回答した。前述のような事情に加え、施設所有会社が未だ見解を示していないこともあり答えにくいようだ。こちらの行方も注目を集めそうだ。
大髙社長は今後の抱負をこう話す。
「いままでやってきた強みをさらに磨いて、会社が良い方向にどんどん変わっていくという期待を持ってもらえるようにしたい。基準に置いているのは『楽しさ』です。お客様に楽しく買い物をしてもらうためにはどうしたらいいか、どうすれば楽しく仕事をしてもらえるか。それを目安にどんどん挑戦していける会社にしていきたいと思います」
創業家でありながら「脱カリスマ」を掲げる大髙耕一路社長。「楽しく挑戦し続ける会社」の実現に向け、〝野越え山越え〟の精神で着実に経営道を歩んでいく。