昨年2月、南相馬市の高齢者宅を襲った闇バイト強盗事件が地域住民に不和を与えている。強盗の被害に遭った男性A氏(78)が近所の男性B氏(74)を犯人視し、昨年8月に木刀で突いた。A氏は傷害罪に問われ、現在裁判が続く。B氏が根拠なく犯人扱いされた窮状と、加害者が既に別の犯罪の被害者であることへの複雑な思いを打ち明けた。
※A氏は傷害罪で逮捕・起訴され、実名が公表されているが、闇バイト強盗被害が傷害事件を誘発した要因になっていることと地域社会への影響を鑑み匿名で報じる。
強盗被害者に殴られた男性が真相を語る
傷害事件は、昨年2月に南相馬市で発生した若者らによる闇バイト強盗事件が遠因だ。20~22歳のとび職、専門学校生からなる男3人組が犯罪グループから指示を受けて福島駅(福島市)で合流し、南相馬市の山あいにある被害者宅に武器を持って押し入った。リーダー格の男は札幌市在住、残り2人は東京都内在住で高校の同級生。2組はそれぞれ指示役から「怪しい仕事」を持ち掛けられ、強盗と理解した上で決行した。
強盗致傷罪に問われた実行犯3人には懲役6~7年の実刑判決が言い渡されている。東京都の2人に強盗を持ち掛けた同多摩市のとび職石志福治(27)=職業、年齢は逮捕時=は共謀を問われ、1月15日に福島地裁で裁判員裁判の初公判が予定されている。
強盗被害を受けた夫婦は家を荒らされ、現金8万円余りを奪われただけでなく大けがを負った。何の落ち度もないのに急に押し入られたわけで、現在に至るまで多大な精神的被害を受けている。にもかかわらず、犯行を計画・指示した札幌市のグループの上層部は法の裁きを受けていない。SNSや秘匿性の高い通信アプリを通じ何人も人を介して指示を出しており、立証が困難なためだ。犯罪を実行する闇バイト人員は後を絶たず、トカゲの尻尾切りに終わっている。被害者は全容がつかめず釈然としない。その怒りはどこに向ければいいのか。
矛先が向いたのが近所に住む知人男性B氏だった。当人が傷害事件のあった8月11日を振り返る。
「その日はうだるような暑さでした。午後2~3時の間に車でA氏の自宅前を通るとA氏が道路沿いに座っていました。私は助手席の窓を開けて『暑いから熱中症になるなよ』と声を掛けるとA氏は『水持ってるから大丈夫』と答えました」
A氏からB氏の携帯電話に着信があったのは午後10時41分ごろだった。
「私は深夜の電話は一切出ないことにしています。放っておくと玄関ドアを叩く音が聞こえました。開けるとA氏がいたので『おやじ、どうした?』と聞くと、A氏は『お前を殺しに来た』。私が『お前に殺されるようなタマじゃない』と答えるやA氏は左手に持った20㌢くらいの木刀を私の額に向かって突き出してきました。眉間に当たった感覚があり、口の中にたらたらと血が入ってきたので出血がおびただしいと理解した」
B氏がのちに警察から凶器の写真を見せられると、木刀の切っ先や周りに釘が複数打ち込まれていたという。「釘バットという凶器があるでしょ。あんな感じです。これで額を突かれればあれだけ血が出るのも頷ける」(B氏)。
攻撃を受けた後、B氏はA氏の両手を掴んで動きを封じ、B氏の借家と同じ敷地に住む大家の元へ連れていき助けを求めた。警察に通報してもらうと、A氏と軽トラを運転してきたA氏の妻はそのまま帰っていったという。A氏は凶器の木刀を置いていった。B氏は「大家が軽トラの荷台に戻していたので、木刀の現物を詳しくは見ていない」と語った。
地裁相馬支部で昨年12月11日に開かれた公判ではB氏や大家に対する証人尋問が行われた。B氏は「A氏を許すことはできない」と厳罰を求めた。
この傷害事件で気になるのがA氏の動機だ。なぜ強盗被害者が木刀で知人を襲うに至ったのか。裁判で検察側は「B氏が北海道出身だったことで、A氏は早合点した」と言及している。どういうことか。
12月11日、証人尋問を終えたB氏に相馬市内のファミレスで話を聞いた。
「確かに私は北海道出身です。東日本大震災・原発事故後に土木工事業者として福島県に来ました。除染関連の仕事に従事していました」
B氏は、A氏が闇バイトを利用した一連の強盗事件で、指示役「ルフィ」らが北海道出身で日本では札幌市を拠点にしていたことと自分を結び付けたのではないかと推測する。南相馬市の闇バイト集団は、全国の高齢者が自宅に持つ現金や金塊などの資産状況を裏ルートで把握していた。B氏は「A氏は資産情報を漏らした犯人が自分だと因縁をつけたのではないか」と憤慨する。
「疑うべきところは私ではない。震災直後、A氏の自宅敷地内には除染や工事作業員の寮があり、全国から身元が判然としない人物が多く出入りしていた。私は南相馬に10年以上根を下ろし、大家さんや地元の方に良くしてもらっている。強盗の片棒を担いだと思われていたのは残念です」
救済制度の周知不足
B氏から話を聞くうちに、犯罪被害者救済制度を知らないことが明らかになった。福島県は犯罪被害者等支援条例を2022年4月に施行しているが、取り調べた警察や検察、居住地の南相馬市からは同制度が十分に周知されていなかった。筆者の取材を受ける中で同制度の存在を知り、検察から渡された手引きを見返すと支援の内容が載っていた。
犯罪被害者支援に特化した条例を制定している県内の自治体
白河市、喜多方市、本宮市、天栄村、北塩原村、西会津町、湯川村、金山町、昭和村、西郷村、矢吹町、棚倉町、塙町、三春町、小野町、広野町、楢葉町
(警察庁「地方公共団体における犯罪被害者等施策に関する取組状況」より)
犯罪被害者を支援する条例は岩手県以外の都道府県が制定する。被害者やその家族が被害から回復し、社会復帰できるように行政と事業者、支援団体の連携と相談体制、被害に対する金銭的支援を定めたもの。福島県は「犯罪被害者等見舞金」として、各市町村が給付する見舞金を半額補助している。
けがを負わされた被害者は治療費が掛かるし、外傷は治っても心理的ショックは長期間なくなることはない。その間は仕事に就けなくなる可能性も高い。B氏も額のけがが気になり、しばらく人前に出られなかったという。
問題意識を持って被害者支援に特化した条例を制定する市町村も出て来た。警察庁の2023年4月1日現在の統計によると、県内では表の17市町村が制定している。南相馬市は制定していない。
条例があることは当事者への理解が進んでいる自治体のバロメーターと言っていい。近年制定した自治体には、凄惨な事件の舞台となったところもある。誰もが加害者と被害者になってはいけない。だが、現に起こり、近しい人の協力だけでは復帰は難しく、公的支援が必要だ。南相馬市で発生した二つの事件を機に、全県で実効性の伴う犯罪被害者・家族の支援体制を整備するべきだ。