11月10日投開票の国見町長選は高規格救急車事業の成否が争点だ。町長選後には「国からの外圧」に直面し、新町長は対応の舵取りを担う。外圧の一つは、救急車事業に使われた寄付優遇制度が町を介して企業の「課税逃れ」に悪用され、制度を所管する内閣府が町からの資料を基に調査していること。もう一つは、関連の公文書を町が開示拒否したことを巡り開示請求者に訴えられ、その判決を裁判所が下すこと。どちらも、事業の杜撰さや町の条例曲解が原因の「身から出た錆」だ。
公文書開示訴訟判決が決まり手


国見町長選には10月24日時点で、現職の引地真氏(64)と、元県職員の村上利通氏(60)、元町議の松浦和子氏(75)の新人2人が名乗りを上げている。争点の一つは町が高規格救急車を研究開発してリースする事業の成否。事業が頓挫し、契約の公正性を欠いたと認定された今、誰が町長として先頭に立ち、どのようにして失った町政の信頼を取り戻していくかが問われている。
事業の実態は受注企業ワンテーブル(宮城県多賀城市)の主導で進み、企業の課税逃れに悪用されたことが河北新報の報道で明らかとなった。報道を受け、町議会の調査特別委員会(百条委)や町執行部設置の第三者委員会が調査し、町とワンテーブルの契約が公正性を欠いた不透明な契約と認定された。
両委員会の報告を受けて10月4日、町は救急車事業で不適切な情報管理をしたり利害関係者と飲食を共にしたりした町職員4人に減給や戒告の懲戒処分を下した。救急車事業と職員の懲戒処分の責任を取るとして、引地町長は同15日、1カ月間自身の報酬を全額不支給、佐藤克成副町長の報酬を半額にする条例案を町議会に提出した。引地町長の任期は11月26日に満了を迎える。
議会では「1カ月間の報酬減額で済ますのか」「責任は減額では済まない。辞任を求める」「報酬減額で責任を果たしたとお墨付きを与えるわけにはいかない」との意見が多数を占め、報酬減額案は議員9人中7人の反対で否決された。部下が減給処分を受けたにもかかわらず、町長、副町長は報酬を満額のまま受け取る辱めを受けた形。
採決に先立ち、議員からは厳しい質問が出た。蒲倉孝議員は「今まで町は救急車事業の誤りを認めなかった。なぜ選挙間近に謝罪して報酬を減額しようとするのか。責任の取り方を間違っていないか」と引地町長に辞任を促した。
引地町長は次のように答えた。
「問題発覚後、二度と起きないよう対策を考えた。昨年4月に住民説明会で住民の皆様から意見を聞き、第三者委員会に検証していただくことになった。検証結果を受けて問題はどこにあったのかをつまびらかにする陣頭指揮を執るのが町長の責任と判断した。辞任することで責任を果たす選択肢はあると思うが、解決策を構築するのが一番大事と考えている」
「町長就任時に二十数年に渡り続いていた固定資産税徴収の誤りに対応した。問題が発覚したのは私が町長に就任する前で、その時の判断は知る由もないが、前任者はきちんとした対応を取っていなかった。引き継ぎもなかった。この経験から自分の任期中に発生した問題の対処は任期中に形にしておくべきという思いが強くある。選挙を控えているから対応策を取っているつもりは毛頭なく、そう受け取ってもほしくない」
佐藤孝議員は公文書管理の杜撰さが対処を後手にしたと追及した。
「第三者委員会は発足後2人が辞めた。町長は『理由は分からない』と言うが、私は委員が町に資料を提出するよう求めても出さなかったから辞任したと聞いている。百条委は昨年10月に設置したが、報告書提出まで8カ月要した。第三者委は昨年6月に始動し1年4カ月かかった。時間を要した原因は、肝心の書類やメールを町が破棄したからではないか。組織的隠蔽と思っている。文書がなく調査が進まなかったのが、任期満了1カ月前になってようやく町長の報酬減額案が出てくる原因だ」
引地町長の答弁はこうだ。
「町は、第三者委の委員2人が辞任した理由を『一身上の都合』としか聞いていない。佐藤議員が聞いた理由が本当かどうかも、町では把握していない。委員の辞任後、後任が決定するまでの3カ月間、第三者委は開かれなかった。この期間が9月に報告書が提出された要因になったと捉えている。文書がない、メールがないというだけで、第三者委の報告書の作成に時間を要したとは考えにくい」
引地町長は報酬減額案が否決された後に開いた会見で、百条委と第三者委の提言を受けて今後行う町の対策が十分に効果を上げているかどうかを検証する「(仮称)国見町事務執行適正化検証委員会」を12月以降に設置すると発表した。引地町長の任期は残り約1カ月。自身が同委員会に本格的に関わるのは再選後になるが、「別の方が町長になったとしても引き継ぎたい。その方も事の重大さから検証委員会設置は当然と考えるのではないか。引き継ぎ書にも当然明記していく」と話した。
検証委員3人には弁護士や公認会計士、大学教授を想定。第三者委の初期メンバーが所属していた地元大学から法学者が参加してくれるかどうかは未定。調査の過程では文書を作成していなかったり廃棄していたりするなど公文書管理の杜撰さが露呈した。研究者の間では「ろくに調査ができない中で不十分な検証結果を出し、お墨付きを与えたら職業倫理に反する。キャリアに傷がつくので国見町には関わらない方がいい」が共通認識になっているのではないか。
国見町を既にチェックしている国の機関がある。内閣府地方創生推進事務局は9月、町に対し地域再生法に基づく「報告徴収」の形で救急車事業に関する一連の資料を提出するよう要求した。内閣府は税控除をインセンティブに自治体への寄付を優遇する企業版ふるさと納税制度を管轄する。救急車事業では、企業側の課税逃れに悪用され、国見町はその片棒を担いだ。内閣府は制度の隙を突いた悪用を、企業版ふるさと納税の根幹を揺るがすものと問題視している。同制度は今年度で期限を迎え、存続するかどうか検討中。町提出の資料が、制度継続の是非に大きく作用するだろう。
内閣府に続き裁判所の俎上に

国見町は救急車事業問題に端を発する行政訴訟で被告となり、裁判所の判決を待っている。
今年3月、町の男性職員が職務を逸脱して救急車事業に関する内部情報を取得し、監査委員事務局に提供したとして減給の懲戒処分を受けた。男性職員は後に「監査委員への公益通報目的だったので処分は公益通報者保護法に違反する」と主張し、公平委員会に撤回を申し立ている。
町の処分に疑義を抱いた愛知県西尾市の簗瀬貴央氏(60)が、男性職員への処分根拠を示す文書を町に公文書開示請求したところ、町は「個人情報」を理由に全面不開示。簗瀬氏が審査請求(不服申し立て)すると、引地町長は開示請求権者を「何人も」と定めた情報公開条例を曲解し「町外在住者は開示請求権者ではないので審査請求できない」と却下した。
簗瀬氏は西尾市職員で、全国の自治体に開示請求し行政監視することをライフワークにしている。簗瀬氏は全国の自治体と比較して、国見町の行政レベルの低さに呆れると同時に舐めた対応に憤り、町に公文書の全面不開示決定を取り消すよう求める訴訟を起こした。第3回口頭弁論は11月5日午後3時半から福島地裁で開かれ、結審する見込み。
同種訴訟では被告の県が敗訴

国見町役場で別件の開示文書を受け取るという
簗瀬氏が町に対して起こした訴訟は、町にとって分が悪い。町は文書を全面不開示にし、簗瀬氏はその取り消しを求めている。裁判所が町に全面不開示の文書の一部でも開示を命じれば簗瀬氏の勝訴、町の敗訴。逆に町の全面不開示決定が妥当と判断されれば、簗瀬氏の敗訴、町の勝訴。町の勝訴条件は「全面勝訴」を狙うしかない。
簗瀬氏はそもそも、処分された男性職員の個人情報の開示は求めていない。黒塗りが残る一部開示を許容し、11月5日の裁判では開示が妥当な部分を個別に求めていくという。
同種の裁判で一部勝訴した原告が福島県内に既にいる。公文書開示請求と行政訴訟をライフワークにしている川原浩氏(中島村)は、福島県が下した一部開示決定処分の取り消しと慰謝料を求め2022年に福島地裁に提訴した。福島地裁は昨年10月に不開示部分の一部開示を認める一方、慰謝料請求は棄却した。審理は小川理佳裁判長、荒井格裁判官、飯田悠斗裁判官が担当。小川裁判長と荒井裁判官は国見町の公文書開示訴訟も担当している裁判官だ。
川原氏提起の訴訟で一部開示になったのは、県職員の氏名。「公務員の『職』及び『当該職務遂行の内容』は不開示情報に当たらない」と県情報公開条例の解釈を示した。国見町の情報公開条例も県に準拠する。
裁判所は、県の条例が「公務員の『氏名』についてもその職務遂行に係る情報として開示されるときには、県民への説明の責務という公益に資するものと位置付けていると解することができる」とも言及した。情報公開制度に関するこの解釈は真新しくもなんでもなく、既に最高裁の判例が出ている。
川原氏は「国見町の裁判は、開示部分を決めた最高裁の判例で解釈が示されているので、もはや争う内容ではない。決裁者の名前を一部開示すれば済む話で、弁護士を2人もつけるのは通常あり得ない」と話す。
異例だとすれば、町が弁護士報酬をどのくらい払っているかが町民の気になるところ。簗瀬氏は国見町が雇った弁護士の報酬を示した文書を開示請求しているという。
「町から開示決定の通知が来ました。裁判は午後からなので、その前に見学も兼ねて国見町役場を訪ね、直接文書を受け取ります」(簗瀬氏)
裁判がある11月5日は町長選の告示日だ。簗瀬氏の来町で国見町がアツい。
最後に忘れてはならないのが、救急車事業が企業版ふるさと納税制度を揺るがす悪事例として5月に国会で取り上げたられたことだ。国見町の名が議事録に残った。町は内閣、国会、裁判所と三権の俎上に載ったことになる。国見町は名前の通り国の機関から見られている。