サッカーJ2いわきFCは今年10年の節目を迎える。復興への貢献と地域活性化を掲げて立ち上げたチームはアマチュアからJリーグへと駆け上がり、ファンを増やし続けている。同クラブ代表の大倉智氏に、この10年を振り返ってもらった。
「魂の息吹くフットボール」で復興後押し

3月11日、いわきFCのトップチームが練習場として使用している「いわきFCフィールド」で東日本大震災追悼式が催された。ファン数十人のほか、選手やスタッフ、クラブ関係者が献花し、地震発生時刻の14時46分に合わせて黙とうした。
いわきFCにとって3・11は特別な日で、例年同フィールドで追悼式を実施している。というのも、同クラブは震災・原発事故による被災地の復興に貢献することを目的に立ち上げられたチームだからだ。
「2013年ごろ、大学時代に顔見知りだった現オーナーの安田秀一(ドーム創業者)と再会した際、『被災地復興のためにスポーツで貢献できることがあるのではないか』という話題で意気投合して、サッカークラブを立ち上げることになったのです」
こう振り返るのは、いわきFCの運営会社・いわきスポーツクラブ社長で同クラブ代表の大倉智氏だ。
元Jリーガーで、当時はJリーグクラブ湘南ベルマーレの社長を務めていた大倉氏。当初は「チームのサプライヤー(ユニフォームなどの提供社)につながれば」くらいの思いで安田氏と面会したという。
ただ、世界のスポーツビジネスに精通し、被災地支援の活動を進めていた安田氏と話が盛り上がり、「被災地に世界最先端のプロサッカーチームをつくったら復興に貢献できるのではないか」というアイデアが浮かんだ。当時は二人とも40代で、「これからの人生は『スポーツによる人づくり・まちづくり』で社会に貢献していきたい」という思いがあった。それぞれいわき市など被災地に何度も足を運び、住民の生の声を聞き、2年にわたり議論しながら構想を練り上げた。
安田氏が創業したドームは米国スポーツ用品メーカー・アンダーアーマーの日本総代理店としてライセンス商品の製造・販売を担う。構想実現の第一歩として同社は2015年12月、いわき市に物流センター「ドームいわきベース」を開設した。
併せてサッカー県社会人2部リーグに所属する「いわきFC」の運営権を譲り受け、その運営会社である「いわきスポーツクラブ」を設立。前述の通り、大倉氏は当時湘南ベルマーレ社長だったが、職を辞して新たなクラブのかじ取り役を担った。
2017年7月には物流センターに併設する形で人工芝のフィールドやアンダーアーマーのアウトレット店、飲食店などを備えたクラブハウス「いわきFCパーク」を整備し、サッカーの社会人チームとしては異例の一大拠点が完成した。
実際にどのような試合をしていくか考える中で、フィジカル面をクラブづくりの核に据えることを決定した。
「米国でプレーし、スペインでスポーツビジネスを学んだ経験から、『日本サッカーはもっとフィジカルを重視すべき』と考えていました。一方、学生時代にアメリカンフットボールの選手として活躍した安田も筋トレや栄養について最新の知識を有しており、同じような思いを抱いていた。そこで『日本のフィジカルスタンダードを変える』というキーワードを軸に据えました」
被災地で「スポーツによる人づくり・まちづくり」を進めるという当初の目的と、フィジカル重視の方針を踏まえて、どんなサッカーを見せていくべきなのか――。
導き出されたコンセプトは「90分間止まらない、倒れない。魂の息吹くフットボール」だった。若い選手を獲得し、科学的トレーニング、栄養、睡眠に関する知識の共有などを通してフィジカル強化を徹底する。鍛え上げられた体力と走力で、全力で攻め続けるサッカーを展開して勝利を目指す。復興に向けてあきらめずに走り続ける姿勢をサッカーで見せたいと考えた。
国内のサッカークラブは近年、ジャパネットグループ傘下のJ2Ⅴ・ファーレン長崎、大手飲料メーカー・レッドブルが買収したJ2RB大宮アルディージャなど、明確な意思を持つオーナーのもとでクラブが運営されることが増えてきた。
だが、少し前まではスポンサー企業から出向し、サッカーやスポーツビジネスに精通していない人が社長に就くことも多く、成績不振で監督が変わるとサッカースタイルまで変わってしまう傾向が見られた。そうした〝コンセプト不在〟のクラブづくりのあり方を根本から変えたい、という思いも込められていた。
地域貢献活動に注力

ドームがスポンサーとなったのに加え、「ドームいわきベース」がアマチュア選手の勤務先として用意されたこともあり、すぐに若い有望選手が集まるようになった。
それでも当初は、練習風景を見に来る人はほとんどいなかったが、クラブ創設2年目にいわきFCパークが完成し、県社会人1部リーグ所属にもかかわらず天皇杯で当時J1北海道コンサドーレ札幌を撃破したことから、サッカーファンに注目されるクラブとなった。
試合の観客数が増え、ゴール裏で太鼓を叩く人やフラッグを振る人などが目に見えて多くなった。2022年シーズンにJ3に参戦すると、サポーターは一気に増えた。
大倉氏がこれまでで最も印象に残っているのは、楢葉町と広野町にまたがるサッカーのナショナルトレーニングセンター「Jヴィレッジ」が全面再開した直後の試合だという。
「2019年、東北社会人リーグ1部で優勝し、JFL昇格権をかけた地域チャンピオンズリーグに出場しました。そのとき決勝ラウンドの会場が地元・福島県のJヴィレッジになり、1500人から1800人が応援に来てくれました。かつて避難指示が出されたエリアに多くの人が応援に駆けつけてくれたことに、心から感動しました。翌2020年にホームタウンをいわき市から双葉郡8町村に拡大したが、この時点で大きな広がりを感じていました」
同クラブの大きな特徴は、「スポーツを通じて社会価値を創造する」ことをビジョンに掲げ、さまざまな分野で地域貢献活動に取り組んでいることだ。
健康分野では、いわき市との共同事業「健康な体づくりプログラム」として、チームが持つノウハウや最新テクノロジーを活用したトレーニングプログラムを提供している。
風評被害対策分野では、いわき市などで水揚げされた水産物〝常磐もの〟を選手たちが食べる様子を動画などで発信したり、試合会場にPRブースを出店したり、〝常磐もの〟弁当の試食体験を行っている。
シティセールス(まちを売り込むこと)分野では、官民の団体により発足した「スポーツによる人・まちづくり推進協議会」と連携し、いわき市内の小中学生や高齢者をホーム戦に無料招待する取り組みを実施。認知度の向上とシビックプライドの醸成を図っている。
さらに、J2参戦初年度の2023年シーズンからは、アウェーチームのサポーターを対象とした「着地型宿泊ツアー」をスタート。泊まりがけの観戦者向けに対象宿泊施設の料金を割り引きするプランを提供し人気を博している。
このほか試合後のごみ拾い活動やエコステーション設置、「ふくしま海ごみ削減プロジェクト」への参加や啓発活動、エコバッグ利用促進、再生資源グッズの展開、選手・スタッフによる認知症サポーター養成講座受講、移籍金収入の一部を子ども食堂に寄付する「GROWTH FOR TOMORROW」プロジェクトなど、SDGsの取り組みにも力を入れる。
「地元のプロスポーツクラブとして、スポーツを通した地域課題解決に貢献できないか向き合い続けていくことがクラブのブランド力向上につながっていくと考えています。僕らが動けば報道され、行動しやすくなるはず。ぜひ多くの方と連携して地域課題解決に取り組んでいきたいと考えています」
育成年代を対象としたチームをつくり、練習環境整備に取り組んでいるのも「スポーツによる人づくり・まちづくり」という考えに基づくものだ。小学生以下対象の「いわきスポーツアスレチックアカデミー」を設け、基礎体力と運動能力を高めるプログラムを展開している。
「アカデミーやユースで育った選手がいわきFCでプレーするのが夢だが、プロ選手が生まれやすいのは人口が多い首都圏などで、人口減少が進む地方ではなかなか難しいという現実がある。優秀な子のスカウトなどもしてきませんでしたが、現在当クラブに所属している熊田直紀選手(郡山市出身)のように、県内の才能を持つ子が首都圏のチームにスカウトされてプロ選手になっている事例が見られます。いわき湯本温泉街の旅館跡にユース寮を新設するなど育成環境が整いつつあるので、今後はさまざまな可能性を検討していきたいと思います」
スタジアム問題の行方

地域貢献をしながら走り続けてきたいわきFCがいま直面しているのがスタジアム問題だ。JリーグではJ1からJ3でそれぞれスタジアムなどの基準が定められており、それらを満たさなければリーグ戦に参加できない。
現在ホームスタジアムとなっているハワイアンズスタジアムいわきは2022年、市がいわきFCのJ2昇格に向けて改修した。現在は例外規定が認められ、J1ライセンスを取得しているが、今年6月末のライセンス申請時にスタジアム整備計画を提出しなければならない。
いわきFCでは2023~24年度にかけて、スポーツ庁のスタジアム・アリーナ改革推進事業に採択されたのを受けて「IWAKI GROWING UP PROJECT 〜思いを紡ぐ、地域を繋ぐ〜(IGUP)」を立ち上げ、新スタジアム建設に向けた意見収集と機運醸成を進めてきた。
IGUPでは地域に求められるスタジアムのあり方として、①まちの構造を変えるスタジアム、②常に時代の先をゆく可変的スタジアム、③教育・学びを支えるスタジアム、④人が集い「偶然の出会い」が生まれるスタジアム――という4つのビジョンを決定。議論経過やビジョンは冊子にまとめられて市内で配布されている。
今後はこのビジョンをもとに、いわきFCがさらに市民の声を聞き、場所や仕様、デザインを検討したうえで基本計画として取りまとめる。
いわき市の内田広之市長はJ1基準のホームスタジアムの整備に協力する姿勢を示しており、市内のどこに、どんな形でスタジアムが建設されるのか注目を集めている状況だ。
大倉氏は今後の見通しについてこのように語る。
「IGUPの話し合いの中でキーワードになったのは『まちの構造を変える』という点です。単にJ1、J2に対応したスタジアムを造ればいいという話ではなく、大きな箱(スタジアム)ができるまちがどう変わり、何が実現できるのか検討しなければなりません。試合がない日はどういう場所にしていくのかなど幅広い年代のメンバーが具体的に議論してきました。6月末には整備計画を発表する予定ですが、特に立地に関しては大きな関心事になっていると感じるので、3月末に発表したいと考えています」
長崎市では、前出Ⅴ・ファーレン長崎のホームスタジアムとなる約2万席のサッカースタジアムと、プロバスケットボールクラブ「長崎ヴェルカ」のホームとなる約6000席のアリーナ、ホテル、商業施設、オフィスビスを備えた「長崎スタジアムシティ」が昨年10月に開業し、話題を集めている。
今号が書店に並ぶころには、スタジアムの整備候補地が発表されていると思われるが、どこに建設されたとしても商業機能、交流機能などを備えた複合的なスタジアムができれば、まちづくりの起爆剤となるのは間違いない。6月末にどのような整備計画が示されるのか、サポーターや周辺住民のみならず、全国のサッカーファンの関心も集めそうだ。
「このスタイルを貫く」
さて、いわきFCは昨シーズン、J2参入1年目で9位だった。今シーズンは6節終了時点で3引き分け3敗と苦戦するが、大倉氏は「勝ち点3をなかなか取れないが、中身は全然悪くないし、選手たちは躍動しているので心配していない。1つ勝つことで自信が生まれ、結果を出し続けるのではないかと期待しています」と語る。
今シーズンは主力選手の大半が移籍せずに残ったが、その分相手としては研究しやすくなり、中心選手はマークされるようになる。J2の中でも強いチームと対戦していることもあり結果に結び付いていないが、若い選手が多いので、勢いに乗り始めたら一気に躍進することも考えられる。
前述の通り、いわきFCには若く可能性を秘めた選手が多く、さまざまなことを学び、自分と向き合うことで成長する途上にある。一人ひとりが成長して戦力が上がれば、勝率も自然と上がっていく。そういう意味では、この苦境をどのように打開できるか、という点も今後の見どころと言えよう。
県社会人2部リーグから8シーズンで7回昇格し、J2まで一気に駆け上がったいわきFC。大倉氏に今後の抱負を尋ねるとこう語った。
「『スポーツによる人づくり・まちづくり』という大きな目標があり、その実現を目指しつつ、目の前のさまざまな課題に対応するべくアップデートを繰り返してきたら10年経過していた……という感じです。今後もこのスタイルは変わらないし、次の10年でクラブのカルチャーとして定着させるためのベースづくりを進めていきます」
そして、次のように続けた。
「順調に計画が進んでスタジアムが完成すれば、クラブは収益的にブレイクスルー(限界突破)を実現できるだろうし、周辺地域も変わると思います。そういう意味でスタジアムは大きな転換点になるが、仮に計画が思うように進まなかったり、J3に降格したとしても『スポーツによる人づくり・まちづくり』という目標に立ち返って続けていくだけです。この地でサッカークラブを運営できていることへの感謝を忘れずに、その場で一生懸命やっていくことが大事だと考えています」
被災地復興を目指して止まらず、倒れず、走り続ける――いわきFCの挑戦はこれからも続く。
※いわきスポーツクラブは3月28日、新スタジアムの整備候補地をいわき市小名浜港のエリアとすることを発表した。