編集部の本棚から『未来へのバトン』【門馬好春】

編集部の本棚から『未来へのバトン』【門馬好春】

福島県中間貯蔵施設の不条理を読み解く

【目次】

《序章》福島原発事故、私たちの向き合い方
《第Ⅰ章》中間貯蔵施設から見えてくる、この国の姿
《第Ⅱ章》中間貯蔵施設という不都合な真実―財産権を侵害する国
《第Ⅲ章》大熊町・双葉町民の終わらない苦悩
《資料編》中間貯蔵施設及び30年地権者会に関する年表

 原発被災者は原発事故に伴う放射能汚染により避難生活を余儀なくされ、住宅や生業、生まれ育った環境や人間関係などを失った。東電や国などが進める賠償・被災者支援・復興政策は一方的で被害からの救済という点で不完全な面も多く、不満の声も漏れ聞こえてくる。

 そうした中、国との交渉を通して、理不尽な対応に正面から異を唱えてきた団体がある。原発事故で発生した除染廃棄物などを一時貯蔵する「中間貯蔵施設」の地権者団体「30年中間貯蔵施設地権者会」(門馬好春会長)だ。

 30年後の確実な土地返還を担保する契約書の作成、地上権契約(国が土地を借りて使う契約)の補償額の是正などを求め、環境省と46回にわたり団体交渉した。

 特に地上権契約に関しては、一般の公共事業に土地を提供した場合の地代よりも補償額が低く設定されており、除染の仮置き場として土地を数年間提供した地権者の方が、受け取り金額が高くなる〝逆転現象〟が起きていた。

 これを受けて、同地権者会では「公共事業の用地補償に関しては明確なルールがある」として、低く設定された地上権価格を改善するよう厳しく追及してきた。

 こうした同地権者会の活動を1冊にまとめたのが標題の書籍だ。

 同地権者会の特色は、国のペースで進められがちな交渉に「待った」をかけ、専門家の力を借りながら疑問点をぶつけていくことだ。

 同地権者会に協力してきた社会学者で東北大学名誉教授の吉原直樹氏は、聞き手として参加した門馬氏へのインタビュー企画の中で、「同地権者会が国の用地補償に対するルール設定の矛盾点をついた」と評価し《国は法律やルールを決めているのに、それらを解釈によって変更する。(中略)国としては、地上権設定よりも売買に応じてもらいたいわけですね》と解説している。

 廃炉や最終処分場整備計画の遅れから来る焦り、大規模計画による「大文字の復興」を進めたいという国の思惑が透けて見える中、当初の約束が反故にされないよう、同地権者会は国(環境省)の対応をチェックしてきた。結局、環境省との団体交渉は小泉進次郎氏が大臣を務めていた時期に打ち切られたが、住民団体が「専門知」を生かしながら国と対等に交渉していく記録は貴重だ。

 帰還困難区域の現状や今後の復興政策の見通しも論じており、最後は次の文章で締めくくられる。

 《この中間貯蔵施設の問題は沖縄の基地問題と同様に福島だけの問題ではないのです。日本全体、世界全体の問題なのです。汚染水、汚染土の問題、福一(フクイチ)原発廃炉の問題も他人事ではなく、自分の事なのです。私たちおとなは子どもたちに明るい未来のバトンを渡す責任があるのです》

 門馬氏は「書店や図書館などで扱ってもらい、子どもたちなど幅広い世代に読んでもらいたい」と語る。理不尽な目に遭ったときは知識を武器に立ち向かわなければならない――同地権者会の活動の記録はそうした姿勢を象徴するものであり、次世代にとっても大きな教訓となるはずだ。

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