
武塙麻衣子 たけはな・まいこ
1980年神奈川県生まれ。作家。立教大文学部卒。2024年「酒場の君」(書肆侃侃房)で作家デビュー。「西高東低マンション」(講談社)発売中。短編連作小説「一角通り商店街のこと」(小学館)が7月16日に発売。
※photo by Yusuke Nakanishi
五皿め 福島市・餅米、酒米との出会い
初福島の夜、バン才でたっぷり肉豆腐を食べた私がお店を出てどうしたかというと一目散に中野菓子舗まで戻ったのである。こんばんは、と息せき切って戸を開ける。
「さっきこちらで豆大福を買ったんですけど、クロワッサンがどうしても気になって戻ってきました」
私がそう言うと、店員さんは優しく、
「あっちに並んでいる生クリームと苺の挟んであるクロワッサンと、こっちのクロワッサンはちょっと違うの。これは毎回あるわけじゃないのよ」
と教えてくださり、私は満面の笑みで、ひとつください!
と言ってクロワッサンを紙袋に入れてもらった。店を出てかなり早足で暗くなり始めた通りを歩き、しかし途中で若隆景のポスターを見つければしっかりとその度に写真を撮った。次に向かうは岩瀧である。古着屋さんやカフェの隣に由緒ある着物のお店が並んでいるような通りの造りが面白い。タトゥー屋さんをそっと覗いてからさらに進むと少し向こうの蔵のような建物の中から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。あそこが岩瀧だ。すすめられたカウンター席に座り、壁に貼られた年季の入った短冊をぐるりと眺めた。軽い気持ちでアスパラフライと瓶ビールを注文したところ、運ばれてきたアスパラフライはものすごいボリュームだった。塩、からし、タルタルソースとレモンを少しずつぜんぶ順に使ってカリカリの衣をまとった熱いアスパラを口に運ぶ。「ナチュラルボーン悪意」という言葉が少し離れた席から聞こえてきて、面白そうだった。さすがに会話には入れないけれど、そういう話は大好物だ。
岩瀧でお会計を済ませるといよいよ満腹に近く、もう少し散歩することにした。日本の様々な繁華街をこれまでもよく歩いてきたけれど、誰も特にこちらを見たりしない。声をかけられることもない。まるで透明人間になったみたいに気楽なので、疲れないかぎり、私は夜をどんどん歩く。ぴたりと足が止まったのは文化通り沿いのあるお店の前だった。黄色い看板にコック帽のおじさんの絵、その隣にいろいろおかずの店と書いてある。「店内にできたてお惣菜あります」という赤いポスターの下には笹の葉でくるまれてぎゅっと結ばれたちまきが並んでいた。餅米に目がないので、早速ひとつ買ってみることにする。ちまきの隣に透明の小さなパックに入ったきなこもあったけれど、そちらは手に取らなかった。店内に入ってみると、広めの棚に美味しそうな卯の花なども並んでいる。これもください、とお願いすると店員のおばあちゃまの横で可愛い白いわんちゃんが、むくっと顔を上げたので驚いた。まるでお人形のようだった。
「きなこもサービスしましょうね」
包んで貰い、お礼を言って店を出る。本当は夕方に角打ちの店員さんに教えてもらった肉すいのお店に行かなければならないのに、クロワッサンやらちまきやら、駅ではソフトクリーミィヨーグルトというなにやらとても持ち重りのする飲み物も買ってしまった。一旦帰ろう。私はホテルを目指した。吹く風は、少し冷たくなって知らない街の匂いがした。
ホテルの部屋に着いた途端ぐらぐらと部屋が左右に揺れた。船酔いのような揺れ方にぎょっとし、しかしカーテンを開けてみても階下の街は大して驚いている風でもなかった。十四階にいるから余計揺れたのかもと思いながら私は手を洗い、ちまきを開けた。思わずえっと声が出る。ちまきは真っ白な餅米を炊いたものだった。
「だからきな粉をくれたんだ」
きな粉のパックを開け、指にとって舐めてみると甘かった。なるほどちまきはデザートなのか。炊き込みご飯が入っているイメージだったのでびっくりしたけれど、ほの甘くてもちもちしていてとても美味しかった。
飯野町で田植え
翌日。快晴。ホテルのロビーに政経東北のSさんが迎えにきてくださり、酒米を植える畑へ。どうやら福島市長もいらっしゃる田植えらしいと聞いて、なぜそんなところに自分が?
と思いながら車は良い天気の中を進んでいった。着いた先では政経東北でエッセイを連載している金水晶酒造の斎藤美幸さんにもご挨拶することができ、とても楽しかったのもつかの間、靴下まで全部脱いで田に入って植えましょうという案内。宙飛ぶ宴絆という純米吟醸を作るのだそうだ。「ここはUFOの里いいの街『正太郎』」という名札のついた宇宙人(顔が緑で金髪)がいたのが面白かった。お借りした田植え用の靴下を履いて恐る恐る私が植えた一列は終わってよく見れば案の定ガタガタ。Sさんはというとちっとも田植えに参加せず写真係に徹している。小さい蛙が何匹かいてとても可愛かったけれど、女の子にはまったく人気がなかった。
その後、金水晶酒造株式会社へ。近くにとても綺麗なバラ園もあるそうだ。中に案内していただくとふわりとお米の甘い香りがした。お米は炊くのではなく蒸すのだそうだ。私は日本酒に詳しくないけれど、どう作るのかということには興味がある。用意して下さった手袋、髪の毛を覆うカバーと靴カバーをつけて、メモとペンを手に酒蔵の中を斎藤さんとスタッフの皆さんに案内していただいた。秋の冷やおろしが美味しい理由を聞いたり、神棚に酵母が宿っているのだと知って思わず足を止めたり。すべての部屋の温度管理はしっかりしていて今は実際に稼働する時期ではないのにそれでもこんなにすべてが理路整然と並び、甘い匂いがそこかしこに満ちている。こんなに難しい仕事、心底夢中にならなければできない、と思った。ここの人たちは酒の神に愛されてしまった人々だ。一通りお話を伺って私は試飲させていただけることになり、片っ端からうまいうまいと上機嫌だったが、車の運転をしてくれたSさんは気の毒に一口も飲むことができず、アイスクリームをもらっていた。でもそちらも美味しそうだった。
私の植えた苗はちゃんと育つだろうか。美味しいお酒になるといい。帰りがけに肉すいのお店に寄ろうかと思っていたけれど、そんな元気はもうどこにもなく、福島駅まで送っていただいたお礼を伝えてSさんと別れると私は眠い目をこすりながら売店で駅弁とゆでたまごとお茶を買った。これにて楽しかった福島訪問と連載終了です。どうもありがとうございました。

























