「酒どころ」として知られる福島県。県内には個性豊かな多くの酒蔵(蔵元)があり、それぞれが伝統を守りつつ、新しい技術を取り入れた酒造りを行っている。その成果もあって、全国新酒鑑評会で、金賞受賞数「日本一」を幾度となく獲得している。そんな酒造メーカーは現在、トランプ関税と酒米の高騰という二つの大きな課題に直面している。」
トランプ関税、酒米高騰が酒どころ・ふくしまを直撃
本誌昨年8月号に「県のトランプ関税対策の中身」という記事を掲載した。アメリカ合衆国が発動した相互関税政策、いわゆる「トランプ関税」の影響が懸念される中、内堀雅雄知事は6月補正でトランプ関税対策予算案を計上した。県議会6月定例会に提出された一般会計補正予算案の総額は70億5100万円で、このうち50億1700万円は、いわゆるトランプ関税対策予算だった。主な内容は①相談体制の強化、②「関税対策特別資金」の創設、③販路開拓支援の強化――の3点。
目玉になるのは2つ目の関税対策特別資金だが、当時の本誌取材に県商工労働部経営金融課の担当者は「やはり、自動車産業への影響が多いと考えています。そのほかにも、完成品をつくり輸出しているところは直接的に影響が出てくると思います。その点で言うと、日本酒を製造・販売・輸出しているところも、自動車産業と並んで影響が懸念されます」と話した。
トランプ関税の話が浮上した際、自動車・自動車部品や半導体・電子機器などへの影響が懸念されるということは、さまざまなメディア等で伝えられた。県では自動車産業だけでなく、酒造メーカーへの影響も想定して、支援制度創設に至ったというのだ。県内において「日本酒」がそれだけ大きな産業であるということができよう。
日本酒への関税率は、トランプ関税が発動される前(昨年4月初旬)まではほぼゼロ%だったが、4月上旬から一律10%(ベースライン関税)がかけられた。その後、一時停止・交渉期間を経て、8月上旬からは一律15%となっている。当初は日本製品に一律24〜25%を課すとされていたが、日米協議の結果、15%に落ち着いた。
近年、日本酒は海外での日本食ブームや円安を背景に、輸出を伸ばしていた。中でも、アメリカ市場への輸出は拡大傾向にあった。しかし、トランプ関税により、海外展開戦略の見直しを余儀なくされる格好となった。
そのため、国内の日本酒業界では、関税を回避するため、アメリカ国内に醸造所を持ったり、アメリカ国内の関連企業と提携する動きが加速しているほか、東南アジアやヨーロッパなど、関税リスクの低い市場の開拓などにシフトチェンジしているという。
ちなみに、財務省貿易統計によると、日本酒(清酒)の輸出数量(2024年)が多いのは、1位がアメリカで約800万㍑、2位が中国で約532万㍑となっている。以下、韓国約490万㍑、台湾289万㍑、香港約202万㍑と続く。
金額ベースでは1位が中国で約117億円、2位がアメリカで約114億円だった。以下、香港約51億円、韓国約38億円、台湾約27億円などとなっている。アメリカが大きな輸出先であることがうかがえる。
県内酒造メーカーへの影響

県内の酒造メーカーへの実際の影響はどうなのか。
大七酒造(二本松市)の太田七右衛門社長によると、「(最初に関税が課された)4月から6月までの3カ月間で約3割減となりました」という。
前述したように、最初は10%の関税が課された。その後、一時停止・交渉期間を経て、関税率は一律15%になり、さらなる影響が懸念されたが、意外にも少し戻ってきているという。
「最初は25%の関税が課されると言われており、実際は10%から始まりました。その後、政府間交渉があり、どうなるのかと注目していたところ、一律15%に落ち着きました。(トランプ関税が始まった)当初は落ち込みましたが、7月以降は平常に戻りつつあり、関税率が15%になってからも落ち着いています」(太田社長)
太田社長によると、同社の輸出の割合は、売上全体の1割強という。一方で、太田社長は「国外で日本酒のシェアが1%を超えている国はありません」とも話した。言い換えると、それが1%、あるいはそれ以上になったらと考えると、ビジネスチャンスは広がる。そのきっかけとなるアメリカへの輸出は、「当初は落ち込み、7月以降は平常に戻りつつある」とのことだが、今後どうなるのかはもう少し様子を見る必要がありそうだ。
そのほか、いくつかの酒造メーカーに問い合わせたが「ウチはアメリカへの輸出はそれほど多くない(全くない)ので」というところが多かった。
そんな中、ある業界関係者はこんな見解を示した。
「アメリカに限らず、中国でも、韓国でも、台湾でもどこでもそうですが、(輸出されている日本酒の)多くは富裕層向けなんです。大体、向こう(海外)に持っていく(輸出する)のは大吟醸酒とか、ランクの高いものが多い。国内で3000円代で売っているものが、輸送費その他で海外では3倍くらいの価格で売られています。もともと富裕層向けですから、トランプ関税によって例えば70ドル(約1万円)で買えたものが80ドル(約1万2000円)になったとして、どのくらい買い控えが起きるか。多少は減ったとしても、著しく落ち込むことはないのではないかという気もします」
富裕層の感覚は計りきれない部分はあるものの、確かに「お金持ちにとって、1万円が1万2000円になったところで……」というのは分かる気がする。もっとも、富裕層をきっかけに、いずれは大衆にも好まれる価格帯の日本酒を輸出して、シェア拡大を図るという構想を持っていたところも少なくないと思われ、いまの状態ではそうした広がりは期待しにくい。
いずれにしても、トランプ関税の影響については、もう少し経過を見守る必要がありそうだ。
酒米高騰の方が深刻

一方で、多くの業界関係者は「トランプ関税の影響より、酒米の価格高騰の方が深刻」と口を揃えた。
主食用米の価格が高騰していることは多くの人が実感していることと思うが、これに伴い、加工用米の価格も上昇している。日本酒の主要な原料である酒造好適米、いわゆる酒米の価格は、この2年間で2倍に跳ね上がった。それだけでなく、十分な数量を確保できない状況になっているという。
福島県酒造組合の清野和浩専務理事はこう話す。
「酒米の仕入れ価格がこの2年間でほぼ倍になっており、加えてモノ(酒米)がない、手に入りにくい状況になっています。全農さんにもお願いして、何とか数量が確保できるように努めてますが、県内全体で例年と同じ量がつくれるのかという状況です。おそらく、数量は減少すると思われます」
組合ではJA全農福島などから酒米をまとめて調達しているが、県オリジナル品種「福乃香(ふくのか)」、「夢の香(ゆめのかおり)」の2025年産の仕入れ値は、1俵(60㌔)当たり2万8500円。2024年産は福乃香が1万7000円、夢の香が1万6400円だったから、いずれも約7割上昇した。2023年産に比べると約2倍になっているという。
そこで大きな問題になるのが、原材料費が上がった分を販売価格に転嫁できるのかということだが、それも簡単ではない。
「酒米だけでなく、ビン、ラベル、輸送費など、すべての面でコスト増になっていますが、それをすべて販売価格に反映できるかというと簡単ではありません。ある蔵元(酒造メーカー)では、10%ほど値上げしたところ、売り上げ本数が減少したという事例も聞いています。ただでさえ、『日本酒離れ』が叫ばれている中で、それを加速させるようなことは避けたい。ということで、対応に苦慮しています」(清野専務)
一部では「令和の酒米騒動」などとも言われるこの問題だが、そんな中、県では昨年9月定例会で県内酒造メーカーに、酒米の購入費の一部を補助するための補正予算案を計上し可決された。予算額は約2億17000万円に上る。
内堀雅雄知事は会見で「県産日本酒は県復興のトップランナー。5月の全国新酒鑑評会で、3年ぶりに金賞受賞数日本一を奪還した。このような中、酒米の価格高騰が懸念されている。県産日本酒の生産量・品質を維持するため、酒蔵に対して原料米購入を支援し、安定した酒づくりを支援する必要があると考えている」と述べた。
前段で述べたトランプ関税対策支援と同様、県内で「日本酒」は大きな産業だから、支援する必要があるとの判断だ。
そのほか、会津若松市は独自支援策として1842万円を計上し、県の支援に金額を上乗せして補助することを決めた。こうして、行政の支援が広がっている。
関係者からは「うち(会津若松市以外)でも独自の上乗せ支援があれば」との声も聞かれたが、総体的には「県の支援は非常にありがたい」という声が大勢を占めた。
その一方で、「来年以降どうなるのか」といった不安や、「補助はあっても、それですべてを補填できるわけではないから、価格をどうするかという課題は残る」と、頭を悩ませるところは少なくない。
中には「従業員がいるところはそうはいかないでしょうけど、家族経営のところだったら、今年はつくらない方がいいのではないかとさえ思える。もちろん、それは冗談だけど、そのくらい厳しい状況だということです」といった声も。
仕込みをしないメーカーも
実際、「冗談」ではなく、そういう判断をしたところもある。以下は福島民報(昨年11月27日付)より。
日本酒の酒米価格の高騰が全国の酒どころを直撃する中、日本酒の「会州一」ブランドで知られる会津若松市の老舗酒造会社・山口が、今季の仕込みを見送る方向であることが26日、分かった。酒蔵の設備の老朽化に、酒米高騰などが重なったことが要因。来季の醸造については現時点で未定としている。
山口は1643(寛永20)年創業で、代表銘柄は「会州一」と「儀兵衛」。15代蔵元の山口佳男さん(69)が妻と2人で営む。冬場は例年、外部から招く杜氏(とうじ)らと数人で仕込む時期だが、今年は作業に入っていない。同社によると、老朽化した設備の更新費用に加え、例年の2倍近くに跳ね上がった酒米の購入費、販売価格の値上げによる影響などを総合的に判断し、今季の醸造を見送る方向になったという。
会津若松市が市議会12月定例議会に提出する2025(令和7)年度一般会計補正予算案に盛り込んだ原料米購入費補助金には申請していない。
同社は最盛期は1600坪の土地を有し、11の蔵で醸造していた。日本酒愛好家にその名を知られたが、約20年前、関連会社の経営破綻の影響で2年間休業。広大な土地を手放し、小さな蔵一つで再出発した。近年も全国新酒鑑評会で会州一が2023、2024年と連続金賞に輝くなど高い評価を得てきた。
酒米の価格高騰が「死活問題」になっていることが分かっていただけよう。
前出・大七酒造の太田社長は次のように話す。
「酒米の数量確保については何とかメドが立ちました。ただ、価格については頭を悩ませています。実は9月に値上げをしたのですが、その時は、酒米の価格がここまで上がるとは予想していませんでした」
値上げに踏み切ったばかりで、短期間で再度値上げをするのは簡単ではない。それだけに対応に苦慮しているようだ。
日本酒の難しいところは、販売の際に「規格化」されているところ。例えばほかの食品なら、それまで5個入りで500円だったものを4個入りで500円にするとか、300㌘で500円だったものを250㌘で500円にする――というように、価格表示は変わらず実質値上げすることができる。
ただ、日本酒は1升(1・8㍑)、4合(720㍉㍑)というように規格化されている。例にした食品のように、1・8㍑(1升)を1・5㍑に、720㍉㍑(4合)を500㍉㍑に、ということがやりにくい。むしろ、そのためのビン・ラベルを新たに用意するとなると、余計にコストがかかる可能性がある。
ある関係者は「本来は50〜60%くらいは値上げしないとやっていけない。でも、それは現実的ではない。10〜15%くらいが現実的だとは思うが、それだって消費者が受け入れてくれるか」と話す。
値上げをしないと厳しいけど、そうすると売れなくなるのではないか――そんな苦悩を抱えているのだ。
そもそも、酒類はコロナ禍で大きく需要が落ち込んだ。コロナ禍が落ち着いてからも、生活スタイルの変化も相まって、完全に回復しきってはいない。そんな中で、今回の問題に直面した。酒どころ・ふくしまの酒造メーカーは、難しい判断を迫られている。

























